たいせんげぇむ
轟音が世界を引き裂く。
空間そのものが悲鳴を上げているような破壊音が、魔王城の一角を切り崩す。
黒き翼が宙を舞い、地を焼く紅蓮が弧を描く。
災禍の魔姫リュシアは、宙を舞いながら三本の黒鎌を自在に操っていた。
大気を断ち、魔力を喰い、空間をえぐる死の鎌。
その斬撃は一振りごとに城壁を削り、床を抉った。
対するは、セラフィナが持つただ一振りの変幻の刃──勇者の剣。
持ち主の意志に応じて姿を変えるその剣は、
時に双刃、時に巨大な大剣へと変化する。
そしていま──
雷を纏った一対の翼を持つ、光の龍と化していた。
激突。
炎と雷が咆哮し、窓が吹き飛ぶ。
壁は熱で黒く焼け、断裂音と共に崩れ落ちる。
「ノエルを返せ!!」
「あの子は最初から、私のものよ!」
言葉が交わされるたび、衝撃波が走った。
その余波だけで、魔王城の魔族たちの大半は死に絶えた。
扉の向こうで待機していた兵士が、廊下ごと押し潰される。
天井から落ちた瓦礫に、逃げ遅れた魔族の影が潰れて消えた。
──狂ってる。
私は、ベッドの下に避難していた。
這うように入り込み、膝を抱えて、息を潜めて。
けれど、恐怖の震えは止まらなかった。
外では、リュシアが召喚した異形のワームの姿が見える。
闇の中から現れた巨大な牙虫は、城壁を喰い破り、セラフィナが放つ雷の龍と激突する。
何百、何千の魂が、今まさに消えようとしている。
しかし、この部屋、このベッドの下だけは、まるで守られているかのように、傷ひとつない。
おかしい。
狂ってる。
「や、やめてください……!」
私は、喉の奥からかすれた声を絞り出す。
けれど、戦いの轟音に、私の声はかき消された。
「やめてください……二人とも……やめて……」
もう、聞こえないのはわかっている。
それでも私は、叫ぶしかない。
──そのときだった。
唐突に、頭の中に“何か”が流れ込んできた。
白昼夢のような、幻のような、優しい風景。
笑い声。
木漏れ日。
学校の帰り道。
「やめてください、二人とも。喧嘩しないで」
あれは──私の声だ。
ふたりの少女は、それぞれ木の枝を手にしていた。
枝の先で相手をぺちぺちと叩いている。
深刻な怒りではない。だが真剣だった。
「今日はわたしと遊ぶって約束したもん!」
「ちがう! 昨日は私が風邪で来れなかっただけ!」
2人の喧嘩は収まらない。
何時もそうだ。
仕方なく私は提案する。
「じゃあ、昨日買った対戦ゲームで、三人で遊びましょう」
2人は顔を見合わせ、仕方ないという表情で私の意見を受け入れる。
そんな日常の光景が、薄れて消えて行った。
ベッドが軋む。
天井のひびが広がる。
誰かが吹き飛び、壁に叩きつけられる音。
私は、両手で耳を塞いだ。
──今の記憶は何だろう
──たいせんげぇむ、とは何だろう。
何もわからない。
外では、まだ雷が唸り、炎が吠えている。
彼女たちの「愛」は、止まらない。
自分の存在を証明するために、互いを殺すほどに。
私は、その中心にいる。
けど、その理由がわからない。
私は、ただのメイドに過ぎないのに。
私は、ただ祈った。
この戦いが止まることを。
あの優しい幻のように。