破壊の権化
外が騒がしい。
魔王城の奥深く、この離れの部屋にまで、地響きと戦魔の音が届いてくる。
「……勇者たちが来たぞ!」
「正門のフレイグ様がやられた!」
「第三広間でベリアス様が迎撃中だ、時間を稼げ!」
断末魔と怒号。
魔族たちの慌ただしい声が、重苦しい空気となって染み込んでくる。
私は、静かにベッドの端に腰掛けたまま、
燃えるような祈りにも似た願いを抱いた。
「……このまま、勇者様が……魔王を倒せば」
──私は、解放される?
そう思ってしまったのだ。
けれど、振り返ればそこにいる。
指揮を執るでもなく、ただ私の側にいて、果物の皮を剥いている。
災禍の魔姫、リュシア。
「ノエル、こっち向いて。口、開けて」
どこ吹く風。
四天王が殺されようが、城が炎に包まれようが、
この女はまるで興味がない。
興味があるのは、ただひとつ──私の表情だけ。
戦闘音が、近づいてくる。
城の奥へ向かうのではなく、明らかにこの部屋の方向へと。
何故……?
そのとき、部屋の扉が爆音と共に吹き飛んだ。
炎と煙の中から現れたのは、ひとりの少女。
──勇者セラフィナ。
伝説の武具、《勇者の剣》。
変幻自在の刃を手にした、正しき英雄の象徴。
彼女は、真っ直ぐ私を見て、こう言った。
「……見つけた。助けに来たよ」
助け……に?
私は思わず、自分の胸に手を当てた。
私を? どうして?
姫でもなければ、要人でもない。
ただのメイドにすぎない私を。
理解が追いつかない。
頭がぐらりと揺れる。
「セラフィナ殿! なぜこのような寄り道を! 魔王の間に急がねば──」
剣士の男が声を荒げて割って入る。
私の思いと、まったく同じ言葉。
正論だった。
だが──
次の瞬間、目の前が真っ赤に染まる。
勇者の剣が、横一文字に振るわれた。
音が遅れてやってくる。
ずるりと地面に滑る臓腑。
血と肉片が壁を染める。
剣士は、即死だった。
目を、見開いたまま。
信じられない、という顔で、絶命していた。
私の心臓が、喉元で跳ねる。
──あの勇者が、仲間を?
「魔王とか、どうでもいいの」
セラフィナが、笑う。
だがそれは、正義の笑みではなかった。
「私はね……彼女を取り返しに来たんだよ」
勇者セラフィナは私の方へ、一歩、また一歩と近づいてくる。
その視線は、熱く、まっすぐで、
けれどどこか狂気を帯びていた。
「ねぇ、ノエル。帰ろ? 私と、二人で」
何も言えなかった。
リュシアも、動かない。
まるで、獣が牙を研いでいるかのように、静かにこちらを見ている。
私は……どうすればいい?