表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/20

彼女は何を捧げるか

神殿の奥深く、誰も立ち入ることを許されぬ聖域。

レーネは一人、純白の祭壇に膝をついていた。


求めるは、ただ一つ。


ノエルを救う力を。


今の自分では届かない。

あの姫、リュシアを止めるには、世界すら揺るがす力が要る。

故に、レーネは「人の身」を棄てる覚悟を持ってここに来た。


神殿の中央に立つ女神像を見上げ、目を閉じる。


静かに、祈りを始める。


一秒で一週間分の祈りを捧げる。

肉体が軋み、精神が擦り切れても、祈りを止めない。

ただひたすらに祈る。


そして、十年分の祈りを積み上げたその時。


天から、声が降りた。


──何を、求める


「彼女を……ノエルを救う力を」


──何を、捧げる


「私の記憶を」


──足りぬ


「私の自我を」


──足りぬ


「私が本来持ち得た未来を」


──足りぬ


「私の命を」


──足りぬ



差し出せるものは、もう何もないはずだった。

レーネは俯き、己の存在の軽さに打ちひしがれる。

僧侶としての人生——それは、人を癒し、救い、手を差し伸べる道だった。


初めて癒したのは、膝を怪我をした少女だった。

大事故で死にかけていた老人を助けた。

家族を殺された、瀕死の戦士を癒した。

貴族の馬車に跳ねられ、首が折れた男を最後まで癒そうとした。

自殺しようとした人を癒し「どうして死なせてくれないの」と言われた。

両手を失って生かされた女は「死んだほうがマシだった」と泣いた。


それでも挫けなかったのは、僧侶としての誇りがあるからだ。

譲れないものがあるからた。

それを取り除けば、きっと私は私ではなくなる。

それが僧侶としての覚悟だ。

私には、もうそれしか残っていなかった。

それならば。


祈りの問いが、最後の選択を迫る。


──何を、捧げる


頭の奥で警鐘が鳴る。

これを差し出せば、私は僧侶ではなくなる。

それどころか人ですらなくなる。

鬼畜へとなり下がる。


しかし、それでも。


「私は——」


声が震えながらも、確かに告げる。


「私が今まで癒してきた者たちの命を、捧げます」


瞬間、空気が反転する。

世界が、神の理に触れる音を立てた。


彼女が癒し、延命し、救った全ての“命の余白”が一斉に神殿に集まり始める。

それは星の光のように瞬き、神の領域に達するエネルギーと化す。


天が開かれた。

女神が降りてくる。


「願いは果たそう。だがそれが終われば、お前は咎人となる」


「この先、お前は永遠に罪に苦しむだろう」


——構わない。


レーネの瞳に、涙はなかった。

そこにはただ一つ、ノエルを救うという揺るがぬ願いと、神をも動かす執念が燃えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ