死んでしまうとは、情けない
遠く離れた女神の神殿で、僧侶――レーネは目を覚ました。
純白の天蓋がかかった天蓋付きの寝台、磨かれた石造りの天井。そしてその傍らには、ひとりの神官が立っていた。
「おお……死んでしまうとは、情けない」
無遠慮なその一言を、レーネは無視する。
「……他の仲間は、蘇生しましたか?」
静かに尋ねたレーネの声音には、凪のような静寂があった。
「いえ、貴女ひとりです」
神官の返答に、彼女は小さく頷いた。
勇者の一行には、特殊な加護が与えられていた。
それは――「女神の敵たる魔族に殺された場合」のみ、女神の神殿で蘇るというものだ。
たとえ肉体が燃やされようと、異界に引きずられようと、その魂は神殿へと戻される。
だが、それは「魔族に殺された場合」に限る。
人間同士の争いで命を落とした者に、女神は手を差し伸べない。
つまり。
「……やはり、勇者様に殺されたふたりは」
言葉の続きを飲み込む。
それを口にすれば、何かが壊れてしまう気がして。
レーネは天蓋の帷を払って立ち上がる。
足元には温かな陽光が差し込んでいた。
レーネの精神状態は完治していた。
ノエルとの逃避行の記憶はある。
だが、こうやって精神が快調した以上、優先すべきは世界の平和なのだ。
その為に行動するのが僧侶の使命。
頭の中で幾つかの策が出る。
勇者と合流するか、国王に助言を仰ぐか、思考が回転を始める。
そして、彼女は一歩踏み出そうとして。
最後に目にした、ノエルの顔が頭によぎる。
絶望した彼女の顔を思い出す。
何時も優し撫でてくれた手を思い出す。
手を握ってくれた時の温かさを思い出す。
なんだ、結論なんて決まっているじゃないか。
光が差し込む女神の神殿。
大理石の床には、傷ひとつなく。
正面には、天を仰ぐ女神像が鎮座している。
何も変わらない。
だが、私の中の何かは変わった。
ノエルの声が、笑顔が、温もりが、胸の奥に確かに残っている。
あの時、あの夜、手を握り合った感覚――忘れられるわけがない。
「彼女と、海に行くんです」
それが、すべてだ。
その為だったら、世界の命運だって捨てても構わない。