王都墜つ
私の名前はノエル。
どこにでもいる、王都の片隅で働くメイドの一人だ。
正確には、王都だった場所に住んでいた。
──それはある晩のことだった。
空が裂け、地が砕け、無数の黒翼が空を覆い尽くした。
魔族の襲撃だった。しかもただの襲撃ではない。
彼女。
《災禍の魔姫リュシア》がこの地に降臨したのだ。
名のある騎士団も、熟練の魔導士も、皆、一瞬で殺された。
火と悲鳴と血の海。
それは「侵略」というにはあまりに一方的で、「殺戮」と言うには芸術的だった。
何故か──
生き残ったのは、私ただ一人だった。
気がつけば、私は瓦礫の上で目を覚ました。
喉の奥に鉄の味、全身に焼けるような痛み。
それでも私は生きていた。
──そして目の前には、彼女がいた。
真紅のドレスに黒き翼。
肌は白磁のように滑らかで、指先には鮮血が滴っていた。
地に伏せた私の頬を、その手で優しく撫でながら──彼女は言った。
「……起きたの?よかった……心配したんだから」
意味がわからなかった。
あれだけの命を、何のためらいもなく奪った女が──
私には、まるで恋人を気遣うような眼差しを向けていた。
「ノエル、今日は何が食べたい?」
「……残り物でいいです」
「だーめ。あんな粗末なものじゃ、身体が保てないわ、さあ、あーんして?」
口にスプーンを突っ込まれる。
──やめてほしい。
というか、どうして私は「魔王城」でメイドしてるんだ。
この女魔族は、町を焼いた。
人を喰らった。
王を嘲笑し、神を貶した。
そんな彼女が、どうして私だけを「大切な存在」と言って抱きしめるのか、わからない。
ただ一つ、確かなのは。
彼女の瞳には、私しか映っていないということだった。