【コミカライズ開始記念SS】心の声ダダ漏れ装置
本日10/1から、コミックシーモア様でのコミカライズ配信が開始されました!1話無料なので、ぜひよろしくお願いいたします。
「はい、これ! 完成したよ」
魔塔の実験室に呼び出された私とセド様の前に、エリオット殿下が誇らしげに差し出したのは、手のひらに収まるほどの小さな水晶球だった。透き通った内側に、細かな術式が幾重にも刻まれている。
今朝、王宮に届いた手紙には「大事な実験があるから、ふたりで魔塔に来て」とだけ書かれていた。
セド様は公務の合間を縫って急いでやってきたのに、着いてみればいつもの実験室で、机の上には見慣れない道具が散らばっている。
「相手の本音が、声になって聞こえる魔道具だよ。王族同士の腹の探り合いが可視化できたら便利でしょ?」
エリオット殿下の説明によれば、この水晶に触れた人の魔力の揺らぎを術式が拾い、心の動きをそのまま音に変換するのだという。
触れている本人には何も聞こえず、周りにいる人にだけ聞こえる仕組みらしい。
「アル兄の能力を参考に作ってみたんだ〜!」
真面目な研究のようなことを言っているのに、目がきらきらと輝いている。見学に来ていたアイリスさんも、隣で興味津々に身を乗り出していた。
(また、何かとんでもないことになりそう)
これまでの記憶がそう告げている。きっと、レオン兄様もずっとこんな気持ちだったに違いない。
私は思わずセド様の顔を見上げた。
「これに触れたらいいのか? やってみよう」
「わーい! さすがセド兄!」
セド様は落ち着き払った様子で水晶を手に取った。もうやらないと始まらないと観念している。
エリオット殿下が嬉しそうに魔力を通すと、水晶の内側の術式がぼんやりと光を帯びた。
私は紅茶をいれることにした。まだ味には自信がないが、淹れる所作だけは侍女頭に何度も直されて、ようやく様になってきたと思う。
その瞬間だった。
『リリアナ、今日の髪型も似合っている』
低く落ち着いた声が、水晶から流れ出した。
「えっ」
私はカップを置きかけた手を止めた。セド様は紅茶を見つめたまま、いつも通りの涼しい顔をしている。
『早く二人だけになりたい』
「っ!?」
私はぴしりと固まった。顔から火が出そうになる。セド様本人は眉ひとつ動かしていないのに、声だけがひたすら甘い。
(これが、心の声ってことなの!!)
婚約してからのセド様は、口に出す言葉も十分すぎるほど甘い。それなのに、口に出していない分まで、まだこんなにあったなんて。
「セド兄、顔と心が別人だね」
「そうか?」
エリオット殿下が真剣な顔で帳面に何かを書きつけている。アイリスさんは両手で頬を押さえ、目を輝かせていた。
「セド様……」
「事実だからな」
セド様は水晶を左手に持ったまま、平然と紅茶を口に運ぶ。水晶はまだ光っていて、案の定、続きが流れた。
『やはり癖になる味だ』
「少しは美味しくなりましたから!」
思わず大きな声が出た。セド様はそれを聞いて、ほんの少しだけ口の端を上げる。その顔を見れば、わざとなのはすぐに知れた。
「じゃあ次はリリアナね!」
エリオット殿下が水晶を私の手に押しつけてきた。魔力が通る感覚がして、私は必死に何も考えないよう努める。
空気になるときの要領で、心を静かにして。護衛時代に何度もやってきたことだ。気配を消すのと同じ要領なら、きっと大丈夫。
『セド様の手、大きくて安心する』
「ひっ」
『さっきの言葉、ずるいです。私も二人になりた……』
「わーーーー!!だめ!だめです!!」
静かにしようとすればするほど、押し込めていた気持ちの方が先に出てくる。
慌てて声を出したが、ほとんど筒抜けだ。
今度はセド様が目を見開いて固まっている。カップを持ったまま、動かない。
「……リリアナ」
「……何も言わないでください」
私はもう、耳まで熱くなっているのが自分でもわかる。ふたりで同時に真っ赤になった。
水晶を机の上に転がして、私は顔を覆う。
「素晴らしいのです! これは記録に残すべきなのです!」
アイリスさんが興奮した声を上げているのが聞こえる。記録に残さないでほしい。エリオット殿下の帳面をめくる音が、やけに大きく響く。
「あーおもしろかった。これは研究の大成功だね」
エリオット殿下は満足そうに水晶に手を伸ばした。調整のためか、術式の表面を指でなぞりはじめる。
「魔力の出力を少し下げれば、もっと安定するかな。あとは範囲の調整を」
ぶつぶつと独り言を言いながら、ほんの一瞬、隣にいたアイリスさんへ視線を向けた。
『アイリスかわいい』
実験室が、しんと静まり返った。
私はゆっくりと顔を上げた。セド様も、持っていたカップをそっと置いている。エリオット殿下本人だけが、まだ気づいていない様子で水晶をいじっていた。
『今日もかわいい。今日はいつもより髪がきらきらしてる』
「エリオット殿下?」
アイリスさんがきょとんとした顔で首をかしげた、その瞬間。
「うわああ!?」
エリオット殿下は真っ赤な顔で水晶を掴み上げ、床に叩きつけた。透明な球が音を立てて砕け散り、術式の光が散って消える。
「研究は失敗だね! 魔力の反応が不安定で使い物にならないよ、うん!」
早口でまくし立てながら、殿下は破片を足で隅に寄せている。耳まで真っ赤なのは、さっきの私と同じくらいだった。
アイリスさんは何もわかっていない顔でにこにこと笑っている。
「そうなのですか? でも、とても楽しい実験でした」
「うん、うん、そうだね、また今度ね」
「残念なのです。また頑張りましょう!」
エリオット殿下は目を合わせないまま、そそくさと机の反対側へ回っていった。アイリスさんは嬉しそうに殿下の後をついていく。
私はセド様と顔を見合わせた。どちらからともなく、こっそり笑いがこぼれる。
(あんなに得意げだったのに)
「同じ気持ちで良かった」
セド様が小さく耳元でささやいた。
「……そう、ですね」
私も小声で、そう返す。それでも赤くなった頬は、しばらく元に戻りそうにない。
(さっきの声、全部本当のことだから)
言葉にしなくても、この人にはきっと伝わっている。
机の隅では、エリオット殿下が砕けた破片を集めながら、何やら真剣な顔で帳面に書き込んでいる。
絶対に、また作るつもりだ。
そのときはもう、実験室には近づかないでおこうと私は心に決めた。




