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【書籍発売記念SS】魔法実験の結果

★本編終了後のみんなの様子

 魔塔の第一研究室は、日没を迎える頃でもなお淡い魔灯の光に包まれていた。

 卓上には精密な記録用紙と練られた魔法陣、そして中心には一対の椅子と、向かい合って立つふたりの姿がある。


「じゃあリリアナ。こっちの手を取ってくれる〜?」


「はい、エリオット殿下」


 リリアナは静かにエリオットが差し出した右手に自分の左手を重ねた。

 魔力の受け渡しが出来ることは、ここに来た時に知った。


「じあ今から魔力を流すね! 少しずつ送ってみるから、リリアナは空気魔法を意識して」


「わかりました」


 返事と同時に、リリアナの瞳が真っ直ぐに一点を見据える。

 エリオットの魔力が手のひらから注がれ、彼女の内部を流れ、わずかに空気の流れが揺らぎ始めた。

 それは、見えない手が室内の温度や気圧を撫でるような、淡い魔力の波。


 リリアナは深く意識を潜らせ、魔力を空気に溶かし込む。

 自身の空気魔法を起動するのではなく、『他者の魔力を媒介し、自身の魔法として再構築する』という実験だ。


 エリオットの膨大な魔力を使って、リリアナが空気魔法を使ってみたらどうなるのだろう。

 そうエリオットが呟いて、この実験は急遽決まった。


「いけそう?」


 エリオットが小声で呟いた。真剣な眼差しがリリアナの魔力の動きを追っている。

 彼の赤い瞳はきらきらと輝いているが、それはいつもの無邪気さではなく、研究者としての純粋な興味によるものだ。


「はい、エリオット殿下の魔力はとても素直で流れやすいです。……このままなら、いけます」


 声に確信がこもる。

 室内の空気が緩やかに、しかし確かに渦を描き始めた。まず手始めに、リリアナが触れていた魔道具が消えた。


「よし、次はアイリスを消してみよう」

「リリアナ、がんばるのです〜!」


 アイリス本人に応援されながら、リリアナはそっと彼女に手を向ける。

 二人は手を繋いだまま、互いの魔力の流れを確かめ、息を合わせる。


 エリオットの魔力で補完されている分、とても楽に出力できる。


 空気が震え、光が屈折し、ゆらりと揺らめいた瞬間――アイリスの姿がふっと掻き消えた。


「よし、成功だね」

「はい。完全に視界から消えています」

「気分はどう?」

「とても楽です」

「リリアナを介せば、空気魔法が発動できるんだねぇ」

「ふふ、不思議ですね」


 淡々と記録を取りながら、リリアナはわずかに微笑んだ。


 そこへ、扉が音を立てて開く。

 ちらりと振り返れば、セドリックが入ってきたところだった。


 問題が解決し、セドリックはアルフォンスの側近として政務に邁進している。


 王城の執務室に籠もり、改革案の精査や各領から届く報告書の確認に追われる日々らしく、最近はげっそりと疲れが滲んでいる。


 リリアナは彼の補佐をしつつ、魔塔の研究には以前のように協力している状況だ。


「…………何をしているんだ?」


 彼の視界には、机を挟んで手を取り合うリリアナとエリオットの二人しか映っていない。


 低い声。冷静を装っているが、紫の瞳がわずかに揺れた。


「セドリック殿下、おつかれさまです」


 リリアナの声が少しだけ弾んだ。

 その隣で、エリオットがにっこり笑って手を振る。


「セド兄見て見て! 今ね、リリアナと新しい実験をしてるんだ〜!」


 そう言って、エリオットが空いている方の手を掲げる。


「リリアナを媒介にしたら、僕の魔力でも空気魔法が発動できるんだ〜!」

「……そうか」


 どうしたのだろう。表情が暗い気がする。

 リリアナが不思議に思ってセドリックを見つめると、何か躊躇しながらも、彼は口を開いた。


「……そろそろ、離してもいいんじゃないか?」

「え?」


 リリアナがきょとんと顔を上げた。

 セドリックの視線の先――そこには、しっかりと手を繋いだままのエリオットの手があった。指先までぴたりと重なっている。


「あっ、ああ〜! ハイハイハイ、わかったわかった。ごめんね」


 エリオットは悪びれもせず笑いながら、ぱっと手を離した。

 しかしその瞬間、室内の空気がふっとゆらぎ、風の渦がほどけていく。


 ゆるやかに魔法の効力が解けて――消えていたアイリスの姿が、ゆらめく光とともに現れた。


「……」

「……」


 なんとなく、微妙な空気が流れる。


「じゃあ僕たちは今の結果をまとめてくるね!」

「いってくるのです!」


 エリオットがぱんっと手を叩くと、アイリスが元気に続く。

 ふたりは資料を抱えたまま、わたわたと部屋を飛び出していった。


 開いた扉がぱたんと静かに閉まると、残されたのは、リリアナとセドリックのふたりだけ。


 魔法の余韻がまだ漂う部屋で、気まずい沈黙がほんのり混ざり合う。


「……えっと、殿下?」

「リリアナ」


 その声には、わずかな怒気と――それ以上に、感情がにじんでいた。

 セドリックはゆっくりと歩み寄り、リリアナの前に立つと、彼女の手を取った。


 ぎゅう、と。

 指が絡むほど強く握りこまれて、少し痛い。


「い、痛いです、セドリック殿下」


 慌てて訴えると、はっとしたように手の力がゆるむ。


「……すまない」


 紫の瞳が揺れて、ほんのりと赤みを帯びている。その瞳がまっすぐに彼女をとらえた。


「君が……他の男と手を繋いでいたのが嫌で」

「で、でも、エリオット殿下ですよ?」

「弟でも、嫌なものはいやなんだ」


 ふいに視線をそらす殿下。その仕草が、どこか拗ねたようで。

 胸の奥が、くすぐったく温かくなる。


 ――いつも冷静で、どんなことにも動じない人だと思っていたのに。


 意を決したように、リリアナはそっと一歩近づいた。そして、両腕を伸ばし、彼の胸元に抱きつく。


「……リリアナ?」


 驚いたように息をのむ声が、頭の上から落ちてくる。


「ごめんなさい。嫌な気持ちにさせたとは思うのですが、そう思ってくださって嬉しいです」


 リリアナの素直な気持ちだ。

 その言葉に、セドリックの身体がびくりと固まった。


「……狭量な男だと思わない……か?」

「ふふ、そんなこと思いません」


 やがて、ゆっくりと腕が返される。

 彼の手が、今度は優しく、包み込むようにリリアナの背に触れた。


(可愛く思えたことは、内緒にしなくちゃ)


 最近は忙しいので、お互いにあまりゆっくりとした時間を過ごせていなかった。だからこうして体温を感じるのが嬉しい。


 セドリックとリリアナは、しばらくそのままで二人の時間を過ごした。魔法の実験室は、ふたりだけの甘い空気で満たされていたのだった。



 後日、エリオットは「あのときのセドナ兄の顔がめちゃくちゃこわかったんだ!」となぜかレオンに伝えたのだという――。

お読みいただきありがとうございます。

空気令嬢の書籍が10/5にベリーズファンタジーさまから発売されました!

加筆修正の上、番外編も追加しております(*^^*)

読みやすくなった上に最高の挿絵もありますのでぜひ!

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■ 『空気みたいだとあなたが仰ったので。~地味令嬢は我慢をやめることにした~』
書籍になります!web版から幸せいっぱいの番外編などなど加筆しておりますのでぜひ*ˊᵕˋ*
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