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閑話 公爵令嬢アナスタシア

・アナスタシア(アイリス視点)

・駆けつけたエリオットとのあの時の会話


 わたし、アナスタシア・フェルナーは、公爵家の令嬢なのです。

 けれど今は、王都の外れにあるこの魔塔で、幼名であるアイリスと名乗ってひっそりと研究の日々を送っています。


 理由は、わたしの持つ『治癒』の力――とても珍しい、けれど争いの火種になりかねない力を持って生まれてしまったから。


 幼い頃から、どんな傷でも、触れれば癒えてしまうと知った時、母はわたしを強く抱きしめて、そして静かに泣きました。


『これは、人を救う力。けれど、使い方を間違えば、人を傷つける口実にもなってしまうのです。だから、大切に、隠すように使いなさい』


 お母様とお父様は、わたしを傷つけないために、社交界に出すことも、縁談を進めることもせずに、魔塔での暮らしを選びました。


 治癒の力を求める人々の期待や野心に、まだ幼いわたしが耐えられるはずがないと――その判断は、今になってみると、間違っていなかったのかもしれません。


 時代によっては聖女として崇められることもある癒しの力――幸いにも、両親がうまく隠してくれたおかげで、わたしは魔塔でのびのびと暮らすことができました。


 ここでは、第三王子であるエリオット殿下の庇護のもと、わたしは一人の魔術師として扱ってもらえます。


 治癒の力以外にも、多少は魔法が使えます。

 年齢も身分も、あまり関係なく、魔法の力と探究心で評価してくれる場所。


 だからこそ、わたしはここが大好きなのです。


 そして今日も、友人のリリアナを護るためにどうしたら治癒魔法をうまく魔道具に込められるかを研究していたのですが……



「アイリス!」


 突然、バンッと大きな音と共に扉が開かれ、見慣れた白金の髪が風を巻き起こして現れました。


「え、エリオット……殿下?」


 普段は明るくて、ひょうひょうとしていて、どこか少年のような無邪気さのあるエリオット殿下。


 でも今の彼は、まるで別人のような真剣な表情で、わたしの名前を呼んだのです。


 そして次の瞬間、部屋の中の調度品――本棚の書物や机の上のペン立て、果てはティーカップまで――が、ふわりと浮かび上がりました。


「わっ……!? エリオット殿下、魔力が……!」


 わたしが慌てて駆け寄ると、殿下はぴたりと動きを止めたまま、難しい顔でじっとこちらを見つめていました。

 その視線に、思わず胸がどきりとします。


「どういうことなんだ、アイリス。君が……セドと、婚約するって、本当なのか……?」


 その声は、いつものような朗らかさとはほど遠くて。


 言葉を発するたび、魔力が波打つように広がって、また本棚の隅がガタリと揺れました。


 わたしはただ、その場に立ち尽くして――何も答えられませんでした。


 こんなエリオット殿下、初めて見ます。


 わたしは慌てて両手を広げ、そっと浮かび上がるティーカップを宙で受け止めました。


 そして、胸の内のざわつきを落ち着けるように、深呼吸をひとつ。


「ええと……お話が見えないのですが、きっと、母と王妃様が、最近お茶会をしたからだと思います。そこで、まだセドリック殿下の婚約者が決まっていないという話になって……母が、わたしを候補に、と言ってしまったのだと思うのですが……」


 わたしに考えつくのはそのくらいでしょうか。

 うちの母とエレオノーラ様は仲が良いので、勝手にそうして盛り上がることは往々にしてありそうです。

 絶対それなのです。


「……言ってしまったって……君の意思じゃないのか?」


 エリオット殿下の低く沈んだ声に、わたしはぎゅっとスカートの端を握りました。


「わたしも、今聞いてびっくりしています。本当に、天地がひっくり返ってもありえないのです、王子と結婚だなんて……!」


「……!」


 思わず力強く言い切ってしまったその瞬間、また魔力がばちりと弾けて、机のインク壺が跳ねた。


 どうしたのでしょうか。


「魔塔にこもりきりのわたしに王子妃なんて務まるはずがありません。それにセドリック殿下にはもう相応しい相手がいるように思うのです」


 お母さまたちは、きっとリリアナの存在を知らないのです。もしくは、何か裏があると思っているに違いありません。


 リリアナといるときのセドリック殿下が、どんなに優しい目をしているか。

 彼が暗殺の脅威に晒され続け、エリオット殿下が魔塔に匿うようになってからの昏い表情を見たことがないから。


――これは、お母様に厳重に抗議しなくては。


 リリアナは空気のように清らかで、澄んだ人。

 彼女の存在しか、セドリック殿下には見えていません。



 真っ直ぐにそう言うと、エリオット殿下がほんの少しだけ肩の力を抜いていました。


「……そっか。なら、よかった」


 ガタガタと騒がしかった調度品もあるべき場所に戻り、静かに鎮座しています。


 エリオット殿下から発せられていた虹色の魔力も、翼を折りたたむようにして収まったのです。


「アイリスは、王子妃にはなりたくないの?」


「はい。もちろんです」


「ふーん、そっか! まあボクも、王子の身分はいらないからちょうど良かった」


「? はい」


 エリオット殿下が何を言おうとしているのかは分かりせんが、彼が王子の身分にこだわっていないことは分かります。


 この国最強の魔術師。笑顔の魔王。爆弾魔。

 彼を呼ぶ二つ名は色々ありますが、何より彼は魔法に愛されているとわたしも思います。


「じゃあアイリス。君は王子妃にならず、魔塔にずっといたいってことでいい?」


「もちろんです! エリオット殿下との開発が一番楽しいのです」


 素直な気持ちを伝えたら、エリオット殿下はなぜかぴたりと動きを止め、目を見開いたまま、顔を真っ赤に染めてしまいました。


「……っ!」


 一体どうしたのでしょうか。熱でもあるのかと心配になってしまいます。


「アイリスとセド兄との婚約の話……反故になるようにボクからもちゃんと王妃様や母さんにも話すよ。アイリスは魔塔に必要だって」


「ありがとうございます、エリオット殿下」


 ぐっと拳を握りしめたその横顔は、いつもより少し大人びて見えました。


 そして次の瞬間、彼は深呼吸して、まっすぐに私を見つめます。


「そうしたらアイリス、ボクと……婚約してくれる?」


「えっ……えっ?」


 思わず変な声が出ました。きょとんとしてしまった私の頭が追いつくより早く、彼の言葉はさらに続きます。


「ずっと一緒にいて、魔道具も、研究も、ぜんぶ……これから先も君と一緒にやっていきたい。そう思ったから」


「……っ、あっ、はい……はいっ!?」


 頷いたのか、うなずいていないのか、自分でもよく分からないまま、私は勢いよく返事をしていました。


 鼓動が、うるさいくらいに高鳴っているのが分かります。


 どうしよう、エリオット殿下が、こんな真面目な顔で……!


――これって……夢じゃ、ないですよね!?


 返事をした瞬間、自分の心臓がどくんと跳ねたのが分かりました。


 すると、そのタイミングで――


 ガタン、と隣の椅子が浮きました。


 その次には、壁際の書類棚がぷかぷかと宙に浮かび、カップの入ったトレイがわずかに揺れています。


「ひゃっ……! あ、あの、エリオット殿下! 落ち着いてくださいなのですっ!」


「わ、わっ、や、やばっ! 魔力が、わ、暴れて……!」


 あわあわと手を振るエリオット殿下の後ろで、空中をふよふよ漂う椅子と書類とカップたち。


 また虹色の魔力がぶわぶわと揺れまくっています。


――わたしがエリオット殿下の婚約者に……。


 どうしよう。嬉しい、けど、びっくりしすぎて頭が真っ白です。それでも、全然嫌じゃないのです。


 そして何より、エリオット殿下――いえ、エリオッ トの、真っ赤な顔が……とても、とても可愛かったのです。



 それからしばらくして。


 魔塔にはなぜかボロボロのお仕着せを来たリリアナと、それを抱えたセドリック殿下が現れました。


 どうやらまた、なにか問題があったようなのです。


 その後リリアナにわたしの本当の名前と身分がバレてしまったので説明をして、婚約話について説明をしました。


 エリオット殿下と同じく、リリアナも安心したような顔をしていて。全くもう、お母様には強く抗議しようと改めて思いました。

お読み頂きありがとうございます!完結目指して頑張ります〜!!

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