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28 警告(*キャラクター一覧)

*ページ下にキャラクター表を載せています

 私は小さな銅のポットを手に、執務室の脇にある給湯室へ向かっていた。

 さすがにあの紅茶では……と再度挑戦しようと思ったのだ。


(少し気を落ち着けたかったのかもしれないわ)


 胸の中は未だざわざわしていた。自分でも理由がよくわからない。ただ、風に当たりたかったのだ。

 渡り廊下の窓をすり抜け、中庭の端へと足を進めたその時。


(……?)


 遠く、見覚えのある後ろ姿が目に入った。


 あの侍女。先日、私を小部屋に誘導した、見知らぬ顔の女だった。


(まだ城に……?)


 思わず足を止め、物陰に身を潜める。彼女は周囲を見回しながら、城の外れへと足を速めていく。

 私はその背を見失わないよう、空気になって慎重に距離を取りつつ、後を追った。


 彼女は、使用人用の搬入口を抜けると、外壁近くの林の縁に向かっていく。そして、そこで立ち止まり、低く誰かに声をかけた。


「やっと来たわね!」


「……カミラ様、もう少しお静かに……」


 木の陰に身を寄せて、私は息を殺す。声の方を見ると、少し先に、カミラ・アルトマンの姿があった。

 場違いな艶やかなドレスの裾をかかげ、苛立ちを隠そうともしない。


「静かにしていられると思ってるの!? エバンス伯爵家からも抗議が来て、うちのお父様の事業が厳しくなったのよ!? あんな令嬢一人のせいで、どうして私がこんな思いを……!」


「ですが、計画はまだ」


「もういい! あなたがちゃんと殿下を誘導しないから、すべてが狂ったのよ!」


 ぴしゃりと手を振り払う音が聞こえる。

 その場に渦巻く緊迫感に、私は思わず一歩、後ずさった。


 そのとき——。


 パキッ。


 足元の小枝が折れて、乾いた音が林の中に響いた。


(しまった……!)


 カミラと侍女の二人が同時にこちらを向く。


「誰っ!?」


 カミラが鋭く声を上げる。私はとっさに身を低くし、木の陰に隠れたが、心臓の音がやたらと大きく響いて聞こえた。空気になっているとはいえ、実態はそこにあるのだ。

 触れられると違和感に気付かれてしまう。



 そう思った瞬間だった。


「ニャアァ……」


 私のすぐそば、低木の陰から、猫の鳴き声が聞こえた。


 カミラと侍女の視線がそちらに逸れる。


「……猫?」


「野良かしら。……なんだ、びっくりしたわ」


 カミラは胸に手を当てながら舌打ちし、侍女は苦笑を浮かべて首を振る。


「カミラ様。今度、夜会で……王妃が……計画……ます」


「殿下と……、わたしが? それで……守れるのね!?」


「はい」


 二人は再び声を落とし、そのまま林の奥へと移動していった。

 私はその場にうずくまったまま、しばらく動けなかった。


 ところどころしか聞こえなかった会話は、何かの陰謀だろうか?


 カミラとエドワードの件は家に伝えてある。その影響が出ているようだが、それも含めて人のせいにするだなんて滑稽だ。


(……それに“計画”って……)


 胸の奥に冷たい何かが差し込んでいく。


 あの侍女は、やはりただの使用人ではなかった。まだ何かが動いている。

 そう思った瞬間、そっと顔を出した黒猫が、私の足元をすり抜けていった。


(……あの侍女、やっぱりただの使用人じゃないのだわ)



 林の奥へと去っていったカミラと侍女たち。その背を追って、私は静かに歩を進めた。


 空気のように気配を薄めながらも、地面の枝を踏まないように細心の注意を払う。こんなに心臓の音がうるさく感じたのは久しぶりだった。




 何かが引っかかっていた。あの目。あの声。何かを隠している気配。


 だから――どうしても、確かめたかった。


 やがて林の先、わずかに開けた草地に足を踏み入れたその瞬間だった。


 ——キィィィン。


 耳鳴りのような音とともに、空気が震えた。


 何かが、起きた。


「っ……!?」


 私はとっさに足を止めた。まるで、足元がぐらりと歪んだような感覚。けれど、それ以上に違和感を覚えたのは――周囲の気配だった。


 風が止まっていた。虫の音も、鳥の声も、消えていた。

 世界が、音を失っている。


(……魔力の気配……!?)


 すぐに気づいた。これは結界だ。

 閉じ込めるための、誰かが意図して張った“檻”。


「……罠……だったの……?」


 呆然と呟いた瞬間、森の奥から聞こえてきた、くぐもった笑い声。

 カミラのものではない。もっと冷たい女の声だった。


 全身が地面に押しつけられるような感覚があり、顔が上げられない。


「あらまあ、こんなところまで。献身的な侍女ですこと」



 私はなんとか顔を上げて身構える。だが、視界は霧がかかったように白く、しゃべっている者の姿は見えない。


 

「ライナ、つけられていたわよ? 気をつけなさい」


「ハイ、申し訳ありません」


 姿が見えない向こう側で、あの侍女らしき人と女性が会話をしている。


(姿は見えない。だけど、この声は──?)


 聞いたことのある声だ。最近。

 あの侍女の名前がライナだというなら、この女性はそのライナの主だということになる。


 つまりは、前回のカミラたちの手引きをした大元の人物で……。


 冷や汗が背中を伝う。焦ってはいけないと分かっているのに、喉が渇く。


「これが警告で済めばいいけれど……ふふ、あなたの行動次第よ」


 その言葉を最後に、気配はふっと消えた。


 空気は重く、光すら歪んで見えるこの空間。

 逃げ道も、助けもない。


(落ち着いて、リリアナ。自分の力を使えば、きっと……)


 私は震える手を胸に当てながら、結界の内側から自力で抜け出す方法を探し始めた。

お読みいただきありがとうございます。

情報整理のため、簡単なキャラクター一覧を載せておきます!!こいつ誰?と思ったときにご活用ください!私も活用します!!


❄︎••┈┈┈┈••❄︎••┈┈┈┈••❄︎


◆登場人物まとめ(夜会前時点)


◾︎リリアナ・エバンス

•伯爵令嬢。元婚約者に捨てられた過去を持つ

•空気魔法を駆使して「存在を消す」技術に長け、現在はセドリックの護衛兼侍女。茶髪、空色の瞳


◾︎セドリック・ウィンフォード

•ウィンフォード王国の第二王子

•病弱だとされていたが、政務に復帰。第一王子派に幼い時から生命を狙われている。黒髪、紫の瞳


◾︎エリオット・ウィンフォード

•セドリックの異母弟で、天才肌の魔導士。魔塔の主。

•楽観的でマイペース。天才らしい突飛な発明を数々行っている。白金の髪、赤い瞳。


◾︎アイリス(アナスタシア・フェルナー)

•魔塔の研究員として活動中の少女。実は公爵令嬢で“妖精姫”の異名を持つ

•活発で言いたいことをハッキリ言うが、リリアナには優しく接している

•セドリックとの婚約話が水面下で浮上中(本人の意志は不明)。明るい金髪に青い瞳。


◾︎ レオン・エバンス

•リリアナの兄。エリオットの近衛騎士として仕えている

•真面目で堅物。妹を溺愛しているが、信頼もしている。

・がっしりした体格で凛々しい印象。茶髪、空色の瞳


◾︎ライナ

•カミラと繋がっていた侍女。リリアナを結界に閉じ込めた実行犯

•現在、レオンに拘束されて取り調べ中


◾︎カミラ・アルトマン

•リリアナの元婚約者エドワードと関係がある男爵令嬢

•“夜会”で何かを企んでいる


◾︎謎の女魔法使い

•ライナに結界の魔法を指示した存在。正体不明

•魔力封印・重力干渉など高度な術を使う

•王妃派か、それとも別勢力かはまだ不明


◾︎エドワード・バークレー

•かつてリリアナの婚約者である伯爵子息。カミラと浮気し、リリアナのことは空気みたいに地味だと見下す発言を繰り返していた。

•自分に非があるにも関わらず、リリアナに未練がある様子。


◾︎アルフォンス・ウィンフォード

•ウィンフォード王国の第一王子。知略に長け、政務にも厳格。濃金の髪に鋭い蒼の瞳。

•セドリックに「素敵な侍女がついているんだって?」と含みのある発言をしたことがある。


【第一王妃・エレオノーラ】

•王太子アルフォンスの母。格式と伝統を重んじる保守派

•王宮内で最も影響力が強い妃


【第二王妃・アデライド】

•セドリックの母。すでに亡くなっている


【第三王妃・クラリス】

•エリオットの母。感情豊かで自由な性格

•魔法や学術に理解があり、魔塔ともつながりがある

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1024800
■ 『空気みたいだとあなたが仰ったので。~地味令嬢は我慢をやめることにした~』
書籍になります!web版から幸せいっぱいの番外編などなど加筆しておりますのでぜひ*ˊᵕˋ*
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