25 昼食会
今日アップした内容に誤りがありました…!
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王宮の昼下がり。陽の光が美しく差し込む貴賓用の小広間では、特別な昼食会が静かに進められていた。
円卓の中央には、美しく盛りつけられた料理と、温かな湯気を立てるスープ。その席には、第二王子セドリック殿下と、第三王子エリオット殿下が並んで座っている。
私は侍女として後ろの方に立っていた。
レオン兄様も同じく、エリオット殿下の護衛として、テーブルの近くに控えている。
「ボク、ここの料理も好きなんだよね~。魔塔のごはんも悪くないけど、やっぱり王宮のは贅沢だよ!」
無邪気に喜ぶエリオット殿下に、セドリック殿下は小さく息をついた。
「エリオット、食べすぎて午後の仕事に支障をきたすなよ」
「はーい。……でも、ボクもう少し育ちたいんだもん。背とか、体力とかつけたいし~!」
そんな和やかなやりとりが続くなか――。
扉の外から、控えめなノックの音が響いた。
「――殿下方、クラリス妃殿下がお越しです」
侍女の声と共に、扉が静かに開く。
そこに現れたのは、優雅な身のこなしと気品をまとった女性。柔らかな白金の髪に、静かな微笑み。その姿は、エリオット殿下とどこか似ていた。
第三妃クラリス――エリオット殿下の実の母だ。後ろには侍女が四人、連なるようについてきている。
「母さま!」
エリオット殿下が嬉しそうに椅子を蹴るように立ち上がり、駆け寄る。少年のような笑顔に、思わず私の口元もゆるんだ。
「そんなに急いで立たなくても、逃げたりしないわよ?」
「でも、久しぶりだもん。最近、あんまり顔見せてくれないから!」
「ふふ、ごめんなさいね。少し立て込んでいたの。でも、あなたの元気そうな顔が見られて安心したわ」
クラリス妃の声音は穏やかで、まるで絹のように柔らかい。そのままセドリック殿下に視線を向け、丁寧に頭を下げた。
「セドリック殿下も、ご機嫌麗しゅうございます」
「こちらこそ、クラリス妃殿下。ご足労感謝します」
礼儀正しいやり取りの後、クラリス妃の視線がふと私たちの方へ流れた。
侍女という立場を忘れぬよう、私は静かに会釈する。兄様もまた、護衛の作法に則って控えの姿勢を保つ。
「まあ……そちらの方は、殿下にお仕えしている侍女かしら?」
クラリス妃が柔らかな声で尋ねる。
「はい。リリアナと申します。殿下の身の回りをお手伝いしております」
「……はじめまして。殿下の体調にはくれぐれも注意してくださいませね。まあ、わたくしが言わずとも、控えめで気の利く方のように見えますわ」
言葉は優しい。けれど、どこか測りかねるような眼差しがわずかに注がれていたような気がして、私は微かに背筋を伸ばした。
クラリス妃は再び、セドリック殿下に視線を向けて柔らかく微笑む。
「セドリック殿下……ご快復、おめでとうございます。お顔色もよろしいようで何よりです」
「恐縮です。クラリス妃殿下」
セドリック殿下は椅子に座ったまま一礼を返す。その声音には礼儀があるものの、どこか緊張を含んでいた。
クラリス妃はふんわりと微笑を崩さぬまま、続けた。
「王太子殿下とは、もうお会いになられましたか?」
その問いに、一瞬だけ空気が揺らいだ気がした。
セドリック殿下は視線を少しだけ逸らしながら、淡々と答える。
「ええ。公務上のすれ違いはありましたが、兄には先日お会いしました。……お変わりはないようで、安心いたしました」
「それは何よりですわ。アルフォンス殿下はお忙しい方ですもの。次期国王としての責務も多く……どうか、弟君であるあなたも、良き支えとなってあげてくださいな。きっとアデライド様もそう望んでいらっしゃるはずです」
「……承知しております」
クラリス妃の声音は穏やかだが、どこか探るような含みがあった。
セドリック殿下の表情は固い。
(アデライド様というのは、すでに亡くなられたセドリック殿下のお母さまよね……?)
背後で控えていたレオン兄様が、わずかに表情を引き締めていたのを、私は見逃さなかった。
「ふふ、邪魔するつもりはありませんのよ。エリオットがセドリック殿下とお食事をしていると聞いて、顔を出したくなりましたの」
そう言ってクラリス妃はエリオット殿下の頬を軽く撫でた。エリオット殿下はすこし照れたように笑う。
「もう、母さまったら……子ども扱いしないでよ」
「子どもだったのに、いつの間にかこんなに背が伸びて。いくらあなたの魔法の才が誰よりも優れているからと言って無理はしないようにね、エリオット」
優しく微笑むその顔に、わずかに影が差した気がしたのは、私の気のせいだろうか。
「ではお食事中、失礼しましたわ」
「いえ、お越しいただいて嬉しかったです、母さま!」
クラリス妃はふわりと微笑むと、「ごきげんよう」と静かに踵を返して部屋を後にした。
私も頭を下げ、彼女の退出を見送る。
扉が閉まった瞬間、まるで何かの緊張が解けたかのように、室内に重く静かな空気が落ちた。
なぜだろう。エリオット殿下との再会を喜ぶ母の姿にしか見えなかったのに、どうしてだか何かが引っかかる。
「びっくりしたね~! 突然母さまが来るなんて思わなかったよ」
「……そうだな」
「ほんとにもう、過保護なんだから。ボクだってもう十六なのに~!」
「ああ」
エリオット殿下の言葉に、セドリック殿下はワインに口をつけながら返事をする。
その横顔がどこか寂しげで。私はそっと息をつきながら、再び姿勢を正した。