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24 お兄様と稽古

 城の訓練場の片隅。午前の陽射しが差し込む中、私は木剣を手に、兄と向かい合っていた。


 あの時のことを思い出すたび、悔しさが胸を締め付ける。


 エドワード様に力づくで手を引かれ、扉が開かず、逃げ場もなくて、どうすることもできなかった。

 結局、私を助けてくれたのはセドリック殿下だった。

 本来なら、私は殿下をお守りする側なのに——。


(私がもっと強かったら……)


 魔法だけでなく、自分自身の体も、心も鍛えなければならない。

 そう決意した私は、レオン兄様にまた剣の稽古をつけてもらうことにしたのだ。


「いくぞ、リリアナ」


「はい、お兄様」


 軽い打ち合いから始まった稽古は、次第に本気の手合わせへと変わっていく。


 数度目の打ち合いのあと、兄様の剣が鋭く私の側頭を狙って振り下ろされた瞬間——私は反射的に横に跳ねた。


 ふっと、空気に溶けるように。


 バシッ。


 兄様の木剣は虚空を切る。


「……今の、お前、どこに行った?」


 レオン兄様が驚いたように言う。私は自分でも驚きながら答えた。


「無意識に……魔法と組み合わせたのかもしれません」


「消えるような動きだったな。気配も、姿も……一瞬、見失った」


 兄は腕を組み、唸るように言った。


「リリアナ、その魔法、物にもかけられないか?」


「物に、ですか? 可能ですけれど……」


「たとえば、剣に“空気魔法”をかけて透明にできたら……お前の一撃が見えないってことになる」


 私はその可能性に、はっと息を飲む。


「それって、かなり……有利かもしれません」


「だろう? 武器が見えないなんて、どんな騎士でも苦戦する。気配まで消されたら、防ぎようがない」


 私は目を見張った。

 剣に、認識阻害を……?


「相手に気づかれずに一撃を入れることも可能ですね」


「そう。武器が見えなければ、受けられない。お前の気配まで消えてたら、攻撃がどこから来るのかも分からない」


 兄の言葉が胸に響く。


 私は思った。


(私は、ただ“空気”になりたかった。でも……空気のように戦う、という方法もあるのかもしれない)


 私はしっかりと木剣を握り直した。


「私……守られるばかりじゃなくて、守れる人になりたいです」


 その言葉に、兄がわずかに目を細めた後、笑みを浮かべる。


「いい目になってきたな、リリアナ。だったらもう一本いくぞ。今度はその“消える動き”、狙ってやってみな?」


「はいっ!」

 

 空気になることは、逃げじゃない。

 私はそれを、誰かを守る力に変えていく。


 そんな決意を胸に、私は木剣を握り直した。



***


「今日はここまでにしよう」


「はい、ありがとうございました」


 レオン兄様との早朝鍛錬を終え、私は控えめに息を吐く。

 

 その静寂を破るように、周囲がざわつき始めた。


「……え?」


 何ごとかと顔を上げた私の視線の先には、ゆっくりと歩いてくる二人の姿。


「リリアナ!」


 満面の笑みで手を振るエリオット殿下、そしてその隣には、いつもと変わらぬ静かな瞳のセドリック殿下がいた。


 二人の到着に、訓練場にいた騎士たちがざわめくのも無理はなかった。

 王子二人がそろってこの場に現れるなど、そうそうあることではないもの。


「お疲れさま。いい汗かいてるね~」


「どうしたのですか? こんなところまで」


 私が不思議そうに尋ねると、セドリック殿下がわずかに眉を寄せた。


「……ひとつ、君に伝えておかなければならないことがある」


 その言葉に、嫌な予感が胸をよぎる。


「——昨夜、エドワード・バークレーとカミラ・アルトマンが、王宮の拘束施設から“何者かの手引き”で解放された」


「……っ!?」


 私は思わず息を呑む。


「当然、ボクたちの許可ではないし、騎士団も混乱している。でもね、もっと問題なのは……」


 エリオット殿下の声が一段低くなる。


「王宮内に、あの二人を自由に出し入れできる権限を持つ人間がいるってことなんだよね~」


 ニコニコとしてはいるが、その瞳は笑っていない。セドリック殿下も、静かに続けた。


「彼らを解放した者は明らかに、王宮の内情を熟知していた。……あの密室に、見張りをかいくぐって侵入し、扉の鍵を開け、二人を外へ出した」


 不意にレオン兄様も私の隣に立ち、険しい顔をする。


「王宮の護衛体制は、そう簡単に破られはしないでしょう。だが“内側”に協力者がいたとなると話は別です。……騎士にもいるのかもしれません」


 私たちは、沈黙のまま顔を見合わせた。


 レオン兄様、セドリック殿下、エリオット殿下、そして私。


 王宮に忍び込んだ二人を、意図的に解放できる立場の人物。

 ただエドワード様たちが暴走したのかと思っていたけれど、そもそもあの場所に誘導した謎の侍女もいて――


「はいこれ、みんな護身用に持っててね!」


 エリオット殿下が何かを差し出す。丸くて白く、手のひらに収まるくらいのぷにぷにとした物体だ。一体なんだろう。


「ボクとアイリスの最高傑作! 投げつけられた相手がぷかぷかと浮いちゃう武器だよ」


「……なんという」


 レオン兄様が遠い目をしている。

 これまでの実験の成果だと微笑むエリオット殿下は、ものすごくいい顔をしていた。

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■ 『空気みたいだとあなたが仰ったので。~地味令嬢は我慢をやめることにした~』
書籍になります!web版から幸せいっぱいの番外編などなど加筆しておりますのでぜひ*ˊᵕˋ*
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