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19 夢

 ***


 その日、私は夢を見た。



 白い霧が立ち込める空間。

 どこまでも広がる、灰色の世界。


 私はそこにいた。

 逃げることもできず、ただ、立ち尽くしていた。


「……お前は、僕の婚約者なんだから」



 硬く冷たい声が響く。


 目の前にいるのは、エドワード様だ。

 淡々と、機械のように言葉を紡ぐ彼の瞳には、私という個が映っていない。


「僕の言うことに黙って従っていればいいんだ」

「余計なことはするな」

「お前が目立つと、僕が困る」

「慎ましく、僕の隣にいろ」


 冷たい言葉が降り注ぐ。


 繰り返される、そのフレーズ。

 知っている、これは私の記憶。何度も聞かされてきた言葉——。


 それでも、私は誰にも言えなかった。


 婚約者に大切にされていないなんて、家族には言えなかった。


 婚約は家と家の約束。

 私が我慢すればいいだけ。

 私が彼に合わせれば、いつかきっと——。


「ふふっ、地味ねぇ」


 どこか甘ったるい声が響く。

 ふと振り向くと、そこにいたのはカミラだった。


 淡く光る瞳が、私を見下ろしている。


「影が薄いっていうか、存在感がないのよねぇ。ねえ、なんでそんなに地味なの?」


 ——地味?


「ねえ、知ってる? 貴族の令嬢って、本来もっと華やかに振る舞うものなのよ?」


「なのにあなたって、まるで飾り気のない置物みたい」


「まぁ、それがエドワード様の気を引けなかった理由でしょうけど?」


 嫌味な笑みを浮かべながら、彼女は優雅に指を揺らした。


「婚約解消されたら、ただの影の薄い女でしかないわよね?」


 胸がざわりと波打つ。

 言葉が刺さる。

 ——そう、私は……。


「お前は、僕のために生きるんだ」


 エドワードの声が重なる。


「だって、お前は誰にも必要とされない」


「お前には、僕しかいないだろう?」


 視界が歪む。

 足元から黒い霧が湧き出して、私の足を縛る。


 このまま、ずっと、囚われたままなのかもしれない——。


 ——パンッ!!


 突然、夜空に弾けるような音がした。

 次の瞬間、色とりどりのリボンや星が空に散らばる。



「……?」


 呆気にとられる私。見上げる視界の隅で、カミラとエドワードの姿が霞んでいく。


 なに……?


「リリアナ」


 その声に、私はハッとした。


 気がつけば、すぐそばにセドさんがいた。

 まるで最初からそこにいたかのように、静かに私を見下ろしている。


「セド、さん……?」


 どうして、ここに?


 不思議に思う間もなく、ふっと意識が遠のく。

 霞む意識の中で、私はとっさに魔力を巡らせ——空気になった。


 ——そして、目が覚めた。





「……なんだか、すごく嫌な夢だった気がする」


 息苦しさに目を覚ました私は、喉の渇きを感じてむくりと起き上がる。


 カミラに偶然遭遇したからか、すごくすごく嫌な夢を見た。

 でも、最後は安心できたような気がする。



 ここは魔塔の一室だ。


 魔塔とセドリック殿下の部屋の方が行き来がしやすいからという理由で、私はそのまま魔塔で暮らしている。


 「魔塔なら誰も来ないしね!」とエリオット殿下も言っていた。それもそうだ。



 やっぱりあの花火はエリオット殿下とアイリス監修で、お茶会を盛り上げるために打ち上げたと言っていた。


 偶然、なのかしら……?


 そこは疑問だらけだけど、無事に魔塔に持ち帰った例のポットは、アイリスがすぐに分析すると言っていた。なんとかちゃんと持って来られてよかった。


 外はまだ薄暗く、朝までまだ時間があるようだ。


 エドワード様とカミラのことはもう忘れよう。

 そう考えながら、またウトウトと眠りについた。



***


 アイリスが調査した結果、あのお茶会のポットから検出されたのは、魔力をじわじわと蝕む微量の毒だった。


「やはり、何者かが殿下に毒を盛ろうとしていたのですね……」


 アイリスが苦々しい表情で呟く。エリオット殿下は腕を組みながら、眉をひそめた。


「うーん、やっぱり王妃の仕業なのかなぁ。……でも、確証はないしねぇ」


 エリオット殿下の言葉に、私も考え込む。


 王妃様が犯人であると決めつけるのは早計だけれど、セドリック殿下を気にしているのは明らかだった。


 お茶会での様子では、特に殿下に対してひどい振る舞いをした訳ではなく、紅茶の件以外は至って和やかにお話をされていたような気がするけれど――?


 セドリック殿下はしばらく沈黙したあと、低く静かな声で答えた。


「……まずは、王妃の侍女たちを調べる。それが最優先だ。リリアナ、あの時お茶を注いだ侍女が混入したのか?」


「は、はい。紅茶の勉強をしようと背後からずっと見ていたので……その方が何かを入れるところを見ました」


 私はセドリック殿下にあの時のことを打ち明ける。ただ美味しい紅茶をいれたかっただけなのに、どうしてあんなことに……。


「その侍女について、調べを入れておく」


 セドリック殿下が重々しく告げたその翌日。

 例の侍女はすでに行方不明になっていると判明したのだった。


 ***


 数日後の執務室。


 ポットの薬物についての調査が一段落したものの、進展はない。


 あのときもっとはやく行動に移せたら、なにか新しい事が分かったのかもしれないのに。


 それに、カミラのことだって。


 本当は、私が彼女に好き勝手に言われる立場にはない。今になって思えば、エドワード様の呪縛から解いてくれたのは彼女の存在のおかげでもある。


 ……そうだわ。今度カミラさんに会ったらお礼を言いましょう!

 彼女がエドワード様と婚約したとは聞かないけれど、そのお祝いもしたらいいんじゃないかしら。

 


「リリアナ」


 私が決意を固めていると、セドリック殿下が名を呼んだ。


「はい、セドリック殿下。どうされましたか?」


「君は馬には乗れるんだったよな?」


「? はい。乗馬は再開しておりますが……」


「少し、遠乗りにでも行かないか」


「えっ?」


 思いがけない提案に、私は目を瞬かせる。


「何も考えず、馬を走らせるのもいい気晴らしになると思うが」


 私が少し落ち込んでいることに気を使ってくださったらしい。

 私は少し戸惑いながらも、その優しさに気付き、小さく頷いた。


「……はい、行ってみたいです」


 セドリック殿下は満足げに頷き、「では、魔塔経由で行くか」と提案した。


***


「えっ、二人でデート!?」


 魔塔に立ち寄った途端、エリオット殿下の楽しげな声が響いた。


「いや、気晴らしの遠乗りだ」


 セドリック殿下が淡々と返すが、エリオット殿下はニコニコと笑みを浮かべている。


「すっごくついて行きたいけど、今回はやめとくね! 馬なら下にいるから、自由にどうぞ。あ、そうだリリアナ。この鎧着てみない!?」


 エリオット殿下が取り出した鎧は、どう見ても重たそうなごついものだ。その後ろでアイリスもニコニコとしている。


 ……とっても怪しい。


「……不要だ。エリオット、変な実験にリリアナを巻き込むな」


「ちえー。バレたか」


 セドリック殿下が断ると、エリオット殿下は口を尖らせる。やはり例の実験の内のどれかだったんだわ。


「じゃあ普通に楽しんできてね~! セド、森の方までなら大丈夫だから」


「ありがとう」


「リリアナ、楽しんできてくださいなのです!」


「はい、行ってきます」


 エリオット殿下とアイリスに見送られ、魔塔の厩舎から馬を借りた私たちは静かに森の道へと向かった。

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■ 『空気みたいだとあなたが仰ったので。~地味令嬢は我慢をやめることにした~』
書籍になります!web版から幸せいっぱいの番外編などなど加筆しておりますのでぜひ*ˊᵕˋ*
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