閑話 第三王子の考察
〇第三王子エリオット視点です
王宮がざわついているのが、肌でわかる。
どこを歩いていても、侍女や騎士たちの会話がいつもよりひそひそとしたものになっているし、顔を見合わせて何かを確かめ合うような仕草が目につく。
「……聞いた?」
「ええ、まさかここにきて第二王子が復調されるなんてね」
「でも王妃様は、まだ何も仰っていないわ。お気になさらないのかも?」
「陛下は、どうするつもりなのかしら」
そんな言葉が、そこかしこで囁かれている。
(ふむふむ、やっぱり動き出したねぇ~)
ボク――第三王子であるエリオット・ウィンフォードは、興味深そうに耳を傾けながら廊下を歩いていた。
今、王宮中の話題はただひとつ。
第二王子セドリックの病気が快癒したこと。
これは王宮にとって、とんでもなく大きなニュースだ。
だって今まで、兄さん――セドリック・ウィンフォードは「病弱な王子」ということになっていたんだからねぇ。
ボクの目の前を通り過ぎた侍女たちは、真剣な顔で話し込んでいた。
「第二王子って、ずっとお体が優れないって聞いていたのに……」
「ううん、むしろ第一王子より優秀だったって、昔の侍女さんたちが言ってた」
「じゃあ、もし本当に回復していたとしたら……?」
(うんうん、いいリアクションだね~)
ボクはにこにこしながら、そんな噂話を聞き流す。
でも、ただ「面白いから」聞いているわけじゃない。
王宮の動きを見るのは、ボクの役目だからね。
その証拠に、王宮内のある派閥は明らかに焦り始めている。王妃派――第一王子を支持する派閥の人々だ。
彼らは王妃様の意向に従い、ずっと第一王子を王太子として立太子することを目指して来たらしい。
セド兄さんが表に出なくなると、「第二王子セドリックは病弱で表に出られない」ということも強く周囲に印象付け、その地位を盤石なものにしていた。
でもそれが突然快癒したとなれば……当然、状況は変わる。
第一王子派の貴族たちは、必死に情報を集めようとしているだろうなぁ。
「王妃様は、どうされるおつもりか」
「まさか、第二王子が王位継承争いに加わることは……」
「そんなことは、あってはならない……!」
(おやおや~、なんだか大変そうだなぁ)
ボクは飄々とした笑みを浮かべながら、ふと手元のメモを見下ろした。
そこには、ついさっき入ったばかりの「新しい情報」が書かれている。
【王妃が、セドリック殿下の侍女を新たに指名】
【彼女たちは、王妃直属の者たちである可能性が高い】
(あーあ、やっぱり来たね)
王妃様が、侍女という形で兄さんの周囲に「目」を送り込もうとしているのは間違いない。
彼女の目的は明白だ。
セドリック兄さんの動きを監視し、場合によっては抑え込むつもりだろう。
(……でもまぁ、兄さんがそんなことで抑えられるとは思えないけどね~)
ボクは軽く肩をすくめると、メモをくしゃりと丸めてポケットに突っ込んだ。
病弱な第二王子に甘んじていた兄さんに刺客を送り続けたせいで、逆に怒らせているんだけどねぇ。
そんなことを考えながら、ボクはふと別の人物のことを思い出した。
「リリアナ・エバンス……か」
少し前に、ボクが偶然見つけた面白い子だ。
彼女は本当に、驚くほど空気のような存在だった。
でも、ただ目立たないだけじゃない。
彼女が持つ魔法――認識阻害の才能は、これまでボクが見てきたどんな魔術師のものとも違う。
まるで意識しなくても、人々の視界からスルリと抜け落ちる。
自分の存在を、まるで自然に溶け込ませてしまう。
……本人は無意識かもしれないけどねぇ。
(まぁ、だからこそ護衛に推薦したんだけど)
だけど、彼女はまだ自分の価値に気付いていない。
(……兄さん、気づいてるかなぁ?)
彼女の魔法が、なぜかセドリック兄さんには効きづらいことを。
兄さんは無意識のうちに、彼女の存在を見つけることができる。
完璧な空気になれるはずの彼女を、ただひとり認識できる存在。それってとっても面白い!
(……さて、どうなるかな~?)
ボクはにんまりと笑いながら、ゆっくりと足を進めた。
第三王子という肩書きはあるけど、ボクにはもう魔塔があるし、そもそも政務なんて何もやっていない。母様もそれを分かっていて、こうして好きにさせてくれている。
さあ、これから忙しくなりそうだ。
またレオンにお願いして、騎士たちでいろいろ実験をしないとね