15 王宮
少し短めです
部屋の扉がノックされる。
「セドリック殿下、失礼いたします」
落ち着いた声とともに、端正な身なりをした女性が姿を現した。王宮の侍女頭である彼女は、穏やかな表情を保ちながらも、その瞳の奥には隠しきれない緊張感が漂っている。
「殿下。王妃様より、病気快癒のお祝いとしてお茶会への招待が届いております」
「……そうか」
セドリック殿下は表情を崩さず、侍女頭の言葉を受け止めた。
「ちょうど一週間後、午後に王妃様のおられる翡翠宮にて開催されるとのことです。殿下にはぜひご出席いただきたい、とのお言葉でした」
「……予定は空けておこう」
殿下は静かに頷く。
侍女頭は続けてもう一つ、別の報告をした。
「また、殿下の執務復帰に伴い、身の回りのお世話をする侍女を増やすことになりました。すでに何名かの侍女を候補として手配しておりますが、殿下のご意向をお聞かせください」
「必要ない」
セドリック殿下は即座にそう答える。
「身の回りのことはひとりでもできる。今はリリアナだけで十分だ」
「……承知いたしました」
侍女頭は驚いたようだったが、すぐに表情を整え、一礼した。
「では、お茶会の詳細は後ほどお伝えいたします」
彼女は静かに部屋を辞し、扉が閉まると、私はセドリック殿下を見上げた。
「殿下……本当に、私だけでよろしいのですか?」
「問題ない」
殿下は淡々とした口調で答える。
「余計な人間が周囲にいると、かえって煩わしい。それに、君の立ち回りの方が好ましい」
その言葉に、私は軽く息を飲む。
(セドリック殿下は、私を信頼してくれているのだわ)
護衛としてここにいるのだから当然なのかもしれないが、それでも、殿下のはっきりとした言葉は胸の奥を静かに揺らした。
「……お茶をおいしく淹れられるようにがんばりますね」
「そうだな、それは頼む」
「えーなになに、リリアナのお茶ってそんなにおいしいの!?」
エリオット殿下がそんな質問をしてきて、私はセドリック殿下と視線を合わせて思わず笑ってしまった。
全然正反対の出来事だったから、なおさらだ。
「あ! なんだよ~二人だけで楽しそうでずるいな~」
エリオット殿下は口をとがらせる。
その仕草がかわいらしくて、私はまた笑ってしまった。
「エリオットにはまだ早いな、あれは」
「ちえー!」
なんだか誤解されているような気がするけれど、セドリック殿下も訂正するつもりはないみたい。
私のお茶はひどく苦くてまずかっただけなのだけれど。
「それにしても、王妃のお茶会か~~ボクのことも誘ってほしいのに」
「王妃様のお茶会、どんなものなのでしょう……」
私は思わずそう口にしていた。
王妃。すなわち、第一王子の母だ。
彼女はこれまで政治に大きく関わることはなかったが、王太子が確実視されている第一王子の支えとなっている女性。そんな王妃が、わざわざ第二王子を交えてお茶会を開くというのは……。
「何か意図があるのでしょうか」
「だろうな。何かを探ってくるか、もしくは何かを仕掛けてくる可能性が高い」
「王妃様が、セドリック殿下に直接……?」
私は息を呑んだ。
確かに、王妃が第一王子を支援しているとはいえ、彼女自身が表立って動くことはほとんどなかった。そんな彼女が今、セドリック殿下に接触しようとしている。
何か、引っかかる。
――私は、これまでお茶会や夜会でさまざまな噂話を耳にしてきた。
影が薄い私が近くにいても気にならないのか、貴族たちは興味深い話をたくさんしていたのだ。
『第一王子様の周りには、やはり名門の家々が揃っているわね』
『ええ、王妃様がしっかりと後押ししていると聞くわ。王太子の座は揺るがないでしょうね』
『けれど、最近になって第二王子様を支持する動きも出てきているとか……?』
『まあ、病気で静養されている方を今さら支持する意味があるの?』
『表向きはそうね。でも、実は第一王子様が即位した後の王政に不安を抱いている貴族もいるらしいわよ』
『噂によると、陛下はまだ跡継ぎを明言していないのですって』
『本当なの? 第一王子様が当然だと思っていたけれど……』
エドワードを待ちながら聞いていたそれらの話が、今になって頭の中で繋がり始める。
(つまり、王宮の勢力は大きく分けて二つ……)
第一王子を支持する王妃とその派閥。そして第二王子派。
その中で、セドリック殿下が執務に復帰したことは、まるで静かに燃え広がる炎のように、王宮内の均衡を揺るがすことになるのかもしれない。
ぼんやりとしていたあの日々も、全くの無駄ではなかったのだわ。
存在感がなさすぎるおかげで誰にも警戒をされていなかったことを、少しだけよく思えた。