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12 王子の護衛


 王宮へ向かう馬車の中、私は何度も手のひらをぎゅっと握りしめた。


(大丈夫、私はただ、エリオット殿下の護衛をがんばるだけ……)


 そう自分に言い聞かせるものの、不安はぬぐいきれない。


 王宮の中で、影の護衛として働く——それは私が選んだ道だ。

 この空気になる魔法が生かせるんだもの。


 アイリスが実験結果をまとめてくれたおかげで、私も今まで知らなかった自分の力を知ることができた。


 近くにある小さなものだったら、触れずに透明にすることができ、人の大きさくらいであれば触れることで目視しても気づかれない状態になれる。


 私の身体に触れる範囲が広いほどその効果は確実なようだった。


(……なぜかあのあと、セドさんにピッタリくっつく形で実験させられたのよね。今でも恥ずかしいわ……)


 本当に、あの実験はなんだったのかしら?


 それに毎回空気になる度に不思議に思うのだけど、エリオット殿下たちはキョロキョロとするのに対してセドさんとはいつもしっかり目が合う。


──見えてるのかしら?


 そう錯覚するくらいには、しっかり目が合っている。失敗しているのかと思ったら、エリオット殿下たちには見えていないようだし……?


 長時間発動すると消耗が激しく、遠隔での発動は難しい。それでも随分とコントロールできるようになった気がして嬉しい。


「ねぇ、リリアナ。王宮での生活、楽しみ?」


 向かいに座るエリオット殿下は、相変わらず楽しそうにしていた。


「楽しみ……というか、今はとても緊張しています。私に務まるのかどうか」


「えぇ~? ボクは絶対楽しいと思うけどなぁ」


「……護衛の仕事ですよ?」


「でもさ、リリアナの“空気の力”がどこまで通用するのか、王宮で試せると思うとワクワクしない?」



 軽い調子に見えて、彼の言葉は的を射ている。


 魔塔で訓練を積み、“影”のように姿を消せる私の魔法がどれほど役立つのか。私もドキドキする。


(とはいえ……やっぱり緊張するわ!)


 両親には殿下の侍女として城に仕えることになった旨の連絡はした。


 お城には行儀見習いとして貴族令嬢が仕えることはままあることだ。

 だからその点は、不自然ではなかったらしい。


『変な実験には巻き込まれないように』


 というレオン兄様からの手紙。


 兄様も城で騎士をしているから、もしかしたら勤務中に会うことがあるかもしれない。

 それはちょっと楽しみだ。


『エドワードの様子がおかしかったから気をつけろ』


 手紙はそう締めくくられていた。


 どうして今さら私に執着するのかまるで分からない。あの愛しのカミラはどうなったの?



「リリアナ。ひとつだけ約束してね。本当に危なくなったら、君だけでも隠れて。それでいいから」


「え……?」


「あとこれ、いつも首からぶら下げといてね」


 そう言って手渡されたのは、赤色の石がついたペンダントだった。とてもかわいいけれど、これは一体なんだろう。



「ボクとアイリスの特製品だから!」


「……はい」


 なんだろう、とっても危険なもののような気がする。


 それでも私は言いつけどおりにそれを身につける。


 新しい仕事への期待と不安、それからエドワードのことを考えているうちに、馬車は王宮の門をくぐり、静かに停車した。


 扉が開くと、先にエリオット殿下が軽やかに馬車から降りた。


「さ、リリアナも行こう!」


「はい……」


 私は静かに息を整え、足を踏み出した。

 馬車から降りた瞬間、視界に広がったのは、壮麗な宮殿の姿だった。


(これが、王宮……)


 磨き抜かれた白い石造りの壁が高くそびえ立ち、精巧な彫刻が施された大理石の柱が並ぶ。

 宮殿の屋根には金色の装飾が施されており、光を受けて眩しく輝いていた。


 石畳を歩く音が響き、侍女たちが忙しなく行き交う。

 近衛騎士たちは鋭い視線で周囲を見渡しながら持ち場を守っている。


(ここで私は、護衛として生きる……)


 不安がないといえば嘘になる。

 けれど、ここで迷っている暇はない。

 私は、私の役目を果たすだけだもの。


 エリオット殿下は振り返り、にこやかに私を促した。


「まずは挨拶しないとね!」


 私は一歩前に出て、彼の後ろを歩いた。

鼓動は静かに早まるが、視線はまっすぐ前を向く。


 ほどなくして、案内された部屋の前でエリオット殿下が足を止めた。


「中に入っていいよ! きっと歓迎してくれると思う!」


「……?」


 どこか楽しげな殿下の様子が気になったが、私は軽く息を整え、礼儀正しくノックをする。


 きっとここに、エリオット殿下の他の護衛や侍女たちがいるのだろう。挨拶をしなければ。


「本日より侍女として仕えることになりました、リリアナ・エバンスと申します」


 静かに扉を押し開け、中に足を踏み入れた。


 ——その瞬間、目に入ったのは窓辺に佇む長身の黒髪の男だった。


 柔らかな陽光が彼の輪郭を縁取り、深い紫の瞳が静かにこちらを見据えている。


 整った顔立ちと、鋭い眼差し。


 そこにあるのは、威厳と気品――そして、どこか影を感じさせる静けさだった。


(……どなたかしら)


 一瞬、戸惑いが胸をよぎる。

 しかし、その声が響いた瞬間、思考が止まった。


「……君か」


 落ち着いた低い声。

 空気を震わせるような、深みのある響き。


 私は、その声を知っている。


「……セドさん?」


 驚きとともに口をついて出た言葉。


 目深にフードを被り、髪で目元を隠していた魔塔での姿とは違う。

 けれど、確かに彼だった。


 男は微かに口角を上げ、静かに言った。


「……そうだ。正式な名は、セドリック・ウィンフォードだがな」


「……!!」


 その名は、この国の第二王子のもの。


(まさか……そんな)


 この国には王子が三人いる。

 立太子間近だと噂される第一王子。

 病弱で表にほとんど出ない第二王子。

 そして、魔塔の主である第三王子——エリオット殿下。


 茶会などの公の場にはほとんど姿を現さないため、第二王子の存在を知る者は少ない。


 だが、私の目の前にいるのは確かに、魔塔で「セドさん」と呼んでいたあの人だった。


 彼から病弱さなんて感じたことはない。


「ちょっと待ってください。私は……エリオット殿下の護衛ではなかったのですか?」


 混乱しながら、私はエリオット殿下を振り返る。


「あれ~? ボク、言わなかったっけ?」


 殿下は、にこにこと笑いながら言った。


「リリアナの護衛対象は、セドリック王子だよ!」


「……え?」


 一瞬、理解が追いつかない。

 だが、次第に言葉の意味が明確になり、私は大きく目を見開いた。


(私が護衛をするのは、セドリック殿下……?)


 今までずっと、エリオット殿下の護衛を務めるのだと思っていた。


 確かに『王子の護衛』としか言っていなかったが、まさか第二王子でしかもセドさんだったなんて。


 そんな私の混乱をよそに、セドリック殿下が静かに言葉を継ぐ。


「驚かせてしまったようだな。……リリアナ、気持ちは嬉しいが無理はしないでほしい」


「え?」


 思いがけない言葉に、私は彼を見上げた。


「侍女の名目とはいえ、慣れない環境で無理をする必要はない。君の力を発揮できる形で、共にやっていこう」


 彼は穏やかな声でそう言うと、私に向かって手を差し出した。


 魔塔での姿とは少し違う。


 王族としての品格を持った、堂々たる態度。

それでいて、“無理をしないでほしい”と気遣うその言葉——。


 落ち着いて考えれば、私がここで王子の護衛を務めることは決まっていたことだ。


 混乱している場合ではない。


 エリオット殿下がここに私を呼んだのは、きっと意図がある。


 どうして病弱と言われている第二王子に影の護衛が必要なのか。それは、もしかしたら――


「……改めてご挨拶申し上げます。本日より護衛として仕えることになりました。リリアナ・エバンスです」


 スカートの裾を摘み、深く礼をする。


 セドリック王子は軽く頷きながら、言葉を続けた。


「君の能力は、非常に有用だ。これから王宮の中で、それを活かしてほしい」


「はい……!」


 私は静かに覚悟を決めた。


 セドさん――いえ、セドリック殿下にお仕えするのが私の力を生かすことになる。


「うんうん、頑張ってね! ボクは護衛をつけると、何かあったら護衛が空まで吹き飛んじゃうかもしれないからさ~!」


 ニコニコと微笑むエリオット殿下に、底知れないものを感じた。……お兄様、気持ちがわかるわ。

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