09 実験
その翌日。
魔塔での初めての実験に参加することになった私は、期待と緊張の入り混じる気持ちで、アイリスと共に研究室へ向かっていた。
ちなみに今日のアイリスは、赤色の大きなリボンをつけていた。銀髪に映えていてとてもかわいい。
実験って、どんな感じなのだろう。
「リリアナ。こちらです」
アイリスに案内された魔塔の実験室は、まるで錬金術師の研究室のような雰囲気だった。
壁には様々な魔道具や薬品の瓶がずらりと並び、机の上には古びた魔導書が広げられている。
中央には蒼白い炎を灯した大釜がぐつぐつと煮立ち、淡い香りが漂っている。
すべてが魔術の世界そのものだ。
「お、いらっしゃい。さっそく実験開始しよう~!」
エリオット殿下が楽しそうに声を弾ませる。
私は、少し緊張しながらも、彼の隣に並んだ。
「今日は、君の認識阻害魔法を測定する実験をするよ!」
エリオット殿下は目を輝かせながら説明を始める。
「リリアナの魔法は、人々の意識から消えるタイプだから、どれくらいの範囲まで影響するのか調べてみるんだ~!」
「なるほど……」
確かに、自分の魔法がどれくらいの影響を持つのか、私自身も知らなかった。
目の前にいる人から、消えることが出来るのは自分で何度か試したけれど……
「まずは、この石の上に立って魔力を込めてみて!」
エリオット殿下が指差したのは、魔法陣が刻まれた円形の石板。
私は深く息を吸い込み、ゆっくりとその上に立った。
そして——
意識を集中させる。
静かに魔力を巡らせ、“存在を薄める”意識を強める。
「……わあ、本当に消えるんですね!」
アイリスの顔がぱあっと明るくなる。
どうやら無事に、空気になれたみたいで安心だ。
「うんうん、やっぱり面白いね!」
エリオット殿下が興味津々といった様子でメモを取り出し、何やら書き込んでいる。
私は魔法を解いて、深く息を吐いた。
その瞬間——
じっとこちらを見つめる視線を感じた。
フードを深く被ったセドさんが、壁際に立って静かに私を見つめていた。
セドさんも、来ていたんだ。
「……」
彼の瞳は、魔法の影響を確かめるように、細かく観察しているようだった。
……なんだろう?
彼は何も言わない。ただ、淡々と私の魔力の流れを目で追っているみたい。
「よーし、今日はリリアナの魔法を極限まで試すのです!」
アイリスが気合いを入れた声をあげた。
彼女が持ってきた箱の中には、さまざまな小物が並んでいる。
銀貨、羽ペン、小さな本、そして実験用のガラス瓶。
……私の魔法が、物に使えるのか試すのかしら?
これまで、私は”自分自身を消す”ことにしか意識を向けてこなかった。
試したことはないから、どうなるのかワクワクする私もいる。
「まずは確認なのです。リリアナは、無意識に自分の気配を消す魔法を使ってきたと思うのです。その延長で、物も消せるのではないかと考えたのです!」
アイリスが実験ノートを手にしながら説明する。
「うんうん。人間にかけられるなら、物にも応用できるはずだよね~」
エリオット殿下も興味深そうに机の上の銀貨を指で弾く。
「まずはこの銀貨で試してみるのです!」
「わかりました」
私は、テーブルの上の銀貨に手をかざした。
“この銀貨は、誰の目にも映らない”
私が消える時の感覚を、今度は銀貨に——そう強く意識する。
集中すること数秒。銀貨の輪郭が薄れ、光の加減によっては見えなくなった。
「すごいのです! もう少し集中するのです!」
「……っ!」
私はさらに魔力を込めた。
そして——銀貨は完全に見えなくなった。
「おお~! これはすごいね!」
エリオット殿下が手を伸ばして触ろうとする。
「うん、ちゃんとある。でも見えない!」
「……なるほど。物体でも空気に馴染ませることは可能なのか。あとは質量がどの程度いけるのか……」
セドさんが冷静に観察している。
私はそっと自分の両手を見つめた。
こんな風に、自分の魔力が何かに作用するだなんて考えた事がなかった。
小さい頃にこの存在に気付いてからこっそり発動してきたけど、細かく試したことはなかった。
「なるほどなのです……!」
アイリスがノートに何かを書き込む。
「じゃあ、次の実験。遠隔でも消せるのか、試すのです!」
アイリスが、少し離れた机の上に別の銀貨を置いた。
「リリアナ、そこからこの銀貨を消すよう魔法をかけてほしいです」
「はい。わかりました」
私は銀貨をじっと見つめる。
“あの銀貨は、誰の目にも映らない”
そう念じながら、魔力を放出しようとした。
しかし——
「……ダメ、ですね」
銀貨はびくともしない。
「うーん、やっぱり遠隔は難しいか~」
エリオット殿下が頬に指を当てる。
「今までリリアナが魔法を使っていた時って、必ず”自分自身に”発動していたでしょ? でも、今回は遠くにある物にかけようとしている」
「だから、魔法の伝達が難しいのですね……」
アイリスが頷いた。
「じゃあ、今度はリリアナが直接触れたものならどうなるか試すのです!」