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「驚いたわ。川崎君が私よりも上手だったなんて」
俺の演奏が終わると彩華は軽い拍手と同時に俺の事を褒めてくれた。
確かに今の俺は彩華よりもピアノが上手いけど、10年後の彩華には全く敵わない。
それを知っている俺は彩華の褒め言葉を素直に受け止めることが出来ず、ぼそっと「ありがとう」と返すだけに留めてしまった。
「にしてもここまで上手いのなら私が選曲した方がよさそうね」
「まあ俺が選んでもいいけど。俺は篠原さんに合わせるよ」
彩華は元妻なのだ、彼女の弾ける曲はその殆どを押さえているし、連弾だってしたことがある。
だから俺の緊張を度外視すれば、俺が前世の経験を活かして彩華を支える形に連弾をすればかなりの完成度の高い演奏が出来るはずだ。
「じゃあチャイコフスキー作曲で花のワルツなんてどうかしら?」
そう来たか。
勿論弾けるし何度か未来の彩華と連弾した事もある。
だけどこの曲は連弾曲の中でも、奏者同士の距離が近づく場面が多い曲なのだ。
今の何故か恋愛経験値を巻き戻された俺にそのような演奏が出来るのか疑問ではあるが、男なら腹を括らないといけないと気がある。
「かなり名曲だしいいんじゃないか」
「ありがとう。実はこれ今川先輩と連弾する予定だったんだけど、先輩が急病でコンテストに出れなくなって練習したのに披露できなかった曲なのよね」
「へえ、今川先輩と連弾……」
人生2週目にして、今の時点の彩華と今川先輩が連弾するほどの仲だったことを初めて知った。
にしてもやはり高校時代の彩華は今川先輩の事が好きなのだろうか?
今度後ろで高みの見物を始めた芽衣に聞いてみよう。
「それで自信はありそうな顔をしてるけど、川崎君はどれくらいの完成度で弾けるのかしら?」
「完成度? 勿論今川先輩以上だ」
「ふふ、強気に出るのね」
しまった、先輩に謎の対抗心を燃やしてしまい失言をしてしまった。
ただ言ったからにはもう後には引けない。
事故で引退したとは言え俺も一流プロピアニストの端くれ、いくら相手が天才だろうと高校生の青二才に負けてたまる物か。
「じゃあ早速練習してみましょう」
「そうだな、あっちから椅子を借りてくる」
「ありがとうね」
俺は適当に使えそうな椅子を多目的室の奥から持ってきて、彩華と共に連弾の練習をし始めた。
俺も彩華もある程度は暗譜している曲なので、最初から思ったよりも上手く弾くことが出来た。
俺は10年以上彩華のピアノを見ながら生きてきたので彩華の癖なんかは全部知っている。だから俺が彩華のピアノを支える形で俺ら二人の旋律を奏でていった。
彩華が弱くタッチしてしまう所、少し飛び出してしまう所、その全てを俺が優しくフォローしながらお互いの演奏を合わせていった。
「驚いたわ。川崎君が私のピアノの癖を全部見抜いてるなんて」
「まあ、中学時代は篠原さんのピアノばっか聞いてたから自然と耳に残っているんだ」
「そう、よく聞いてくれてたのね」
俺は今にもはち切れそうな心臓を理性で抑えつつ、新入生歓迎コンサートの為に練習を再開する。
何度かミスで手が当たってしまっても、俺はひたすらピアノに集中していく。
ピアノ以外の事、例えばすぐ隣にいる彩華の体温とか、細かな仕草とかに気を取られた瞬間に俺の演奏は崩れてしまう自信があった。
そしてそんなギリギリの練習は一瞬にして終わり、気が付けば本番の時間が迫っていた。
「そろそろ時間ね。完成度はまあまあと言った所かしら」
「そうだな。どうせならトップバッターで演奏して先輩に篠原さんのピアノを見せつけようじゃないか」
「何言ってるの、川崎君のピアノも一緒に見せつけてやるのよ」
「確かにそうだな」
フルートの練習なんかそっちのけで俺らの事を遠くから観察していた芽衣を回収して俺らは音楽室に戻った。
音楽室は1時間の間に観客席、そして奏者が演奏する為の台が新たに用意されていた。
そして総勢30人近い先輩が観客席に座りながら雑談をしていた。
少し盗み聞きしてみると、どうやら先輩達は彩華の話をしていたようだ。
「どうやら今年の一年はあの今川に並ぶほどの天才ピアニストがいるらしいぞ」
「しかも今川の中学の後輩で滅茶苦茶可愛いらしい」
「ほら、あそこのちょっとイケメンなやつの隣!」
「確かに彼女は可愛いね。演奏が楽しみだ」
どこからか情報が漏れたのか知らないが先輩達は可愛くてピアノが上手い彩華の演奏が楽しみなようだ。
「佐藤先輩、新入生歓迎コンサートのトップバッターは私に行かせてください」
「君は確か今川君の後輩の篠原さんかな?」
「そうです、篠原彩華と言います。今川先輩とは中学からの先輩です」
そう言って彩華は彼女を見ながら笑顔で手を振っていた今川先輩に手を振り返した。
その光景を見て俺は少し心がモヤモヤしてしまう。
「じゃあ最初は篠原さんのピアノソロでいいのかな?」
「いえ、私は隣の川崎君と連弾で出場します」
彩華がそう言い切ると音楽室内が一瞬にして静まり返った。
まあ一番期待されてた彩華が眼中になかった冴えない男と連弾なんて俺でも驚く。
そしてその静寂を最初に破ったのは急に立ち上がった今川先輩だった。
「ちょっとどういうことだ? 何故彩華がそこの根暗野郎と連弾を?」
根暗野郎って事実だからちょっと傷つくな。
でもちょっと色々な人がいる前でその発言は無いと思うぞ、今川先輩。
「べ、別に誰と連弾しようが自由でしょ」
「そこの根暗野郎と連弾なんかしたら君の実力が正しく分からないじゃないか!」
今川先輩は声を張って彩華に圧力をかけている。
対する彩華は今の今川先輩に少し怖がっているのか、一歩足を引いてしまっていた。
「今川先輩、これは俺が頼んだことなんです。俺から篠原さんに連弾がしたいと言ったんです、だから不満があるなら俺に言ってください」
俺は彩華と今川先輩の間に立つように一歩進みながら、少し声を張って嘘をついてでも会話に割り込んだ。
「川崎、僕は君が中1の頃こっそりと君がピアノを弾いているのを聞いた事がある。だから正直に言わせてもらうが君のピアノは彩華に比べたら下手だ。彩華に近づきたいのは分かるが、彼女のピアノを汚すのはやめてくれ」
「確かに中1の俺は下手だったかもしれませんがもう3年も経っています。一度俺と篠原さんのピアノを聞いてくれませんか。もしそれで先輩が不満を感じたのなら最後に彩華がソロでピアノを弾けばいい」
「そうだな、僕もこれ以上君の相手をするのは時間の無駄だ。最後の彩華のソロピアノを楽しみにするとしよう」
「絶対に先輩が驚くような演奏をしてやりますよ」
「戯言を」
そう言って今川先輩はパイプ椅子に腰を下ろした。
「じゃあ最初は篠原、川崎ペアの演奏という事でいいかな?」
「大丈夫です」
「大丈夫よ」
佐藤先輩の一言で俺ら以外の一年生も観客席に座り始めた。
「さっきは後輩がごめんよ。今川には後で注意しておくから」
「大丈夫ですよ、佐藤先輩。これは俺の問題なので」
「そうか。じゃあ演奏、期待してるよ」
俺がピアノに向かおうとしたら佐藤先輩がこっそりと話しかけてきた。
どうやら先輩は先ほどの今川先輩の事をよく思っていないらしい。
俺は何か困ったらこの先輩を頼ろうと思いピアノの前に座った。
「さっきはありがとうね。川崎君」
「気にするな。それより最高の演奏をしてやるぞ」
「そうね。気合入れていきましょう」
既に俺は彩華が隣にいる事への緊張なんか綺麗に吹き飛んでいる。
今俺の中にあるのはあの今川先輩があっと驚くような演奏をしたいと言う思いだけだった。
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