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篠原さんをもう一度振り向かせたいっ!  作者: 柴木雨月
#4 篠原宅と部員選考
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 第一音楽室にはステージが存在し、それに付随する形でステージの横に軽い物入れが存在している。

 普段、そこには部員の楽器が置かれているのだが、今は夏のコンクールの為のピアノ奏者部員選考に立候補する三人がそこにいた。


「順番はこのくじで決めろって部長が渡してくれたよ」


 長身で少しロン毛のイケメン、そして彩華のストーカーでもある今川先輩。そんな先輩は割りばしが三本入った箱を持ってこの控室(仮)に入ってきた。

 隣を見ると彩華がいかにも緊張してそうな顔をしていた。


「篠原さん、リラックスして。まずは俺が引くよ」


 彩華の肩にポンと手を置いてから俺は一歩前に出て今川先輩の持っている箱から割りばしを一個引き抜いた。

 割りばしに書かれていた数は『3』、どうやら俺は最後に演奏するようだ。

 次に彩華が前に出て割りばしを引いた。


「私は二番目のようね」

「俺は三番目だったよ」


 彩華が俺に向かって『2』と書かれた割りばしを見せてくれたので、俺も同じように割りばしの番号を彩華に見せた。


「どうやら僕がトップバッターみたいだね」


 そう言って今川先輩は最後に残った割りばしの数字を確認した。


「今川先輩、頑張ってください」

「彩華も頑張るんだぞ」


 彩華は小さくガッツポーズを作って今川先輩を応援した。

 それに対して今川先輩も同じようなポーズを取ってから深呼吸をしてステージの方へと向かっていった。


「なんだか緊張してきたな」

「そうね、中学最後のコンクールよりも緊張してるかもしれないわ」

「それはなんで?」

「単純にレベルが高いからよ。自分よりも上手な人と勝負しないといけないのよ? 誰でも緊張するでしょう」

「ただの部活動が全国上位レベルだと流石の篠原さんでも緊張するか」

「そう言うあなたはどうなのよ?」

「俺か? 俺もほどほどに緊張してるぞ。あまり緊張しすぎても手元が狂う、かと言って緊張感が無いのもダメだからな」

「随分と余裕そうね」


 俺だって人生一周目でこのイベントに遭遇してたら絶対に滅茶苦茶緊張した自信がある。

 けれど俺にはプロピアニストとして何度かステージの上に上がった経験がある。

 それに今は自分の実力にも自信が湧いてきた所だからむしろ自分の実力がどこまで通じるのか気になってもいる。


 すると部長の佐藤先輩の声が聞こえてきたので俺は気持ちを整えた。


「さて、まずはNO.1の奏者です! ではよろしくお願いします」


 佐藤先輩のアナウンスの後、少しだけ時間を置いて今川先輩の演奏が始まった。

 今川先輩の音色は荒々しくも洗練されている、そんな一見矛盾しているかのように思える音を完全に支配している、最高の演奏だった。まるで虎のような威圧感で聞き手であるこちら側を音の世界に引きずり込んでしまうような感覚を感じた。


 流石は今川先輩、途轍もない個性を感じる演奏に俺は少し鳥肌が立ってしまった。

 いずれ世界の頂点を知る稀代の天才、俺はこんな先輩と戦わないといけないらしい。


 隣を見ると珍しく彩華が首筋に汗をかいていた。

 恐らく彩華も今川先輩のレベルの高さに驚いたのだろう。


「大丈夫だ、篠原さんも最高のピアニストだと俺は思ってる。だからそう緊張しない方が良い、そうだな俺にハイソックスを脱がさせた時くらいの余裕さが理想だな」

「な、何言ってるのよ。私だってプライドがあるから、絶対に負けないわよ。勿論川崎君にも」

「そうだ、その意気だ」


 俺達は演奏の邪魔にならないように小声で会話を交わし、最後にはお互いを勇気づけるように握手をした。

 それから間もなくして今川先輩の演奏が終わり、カーテンの裏からは大きな大きな拍手が響いてきた。


「ふう、じゃあ行ってくるわ」

「頑張れよ、篠原さん」


 控室に戻ってきた今川先輩に代わって今度は彩華がステージの方へと歩いて行った。

 そして今度は今川先輩と狭い控室の中で二人きり。

 少しだけ気まずい。


「川崎は彩華の演奏と僕の演奏、どっちが勝つと思う?」

「俺は篠原さんに一票だな」

「ほう? 理由を聞かせて貰おう」

「篠原さん、いや彩華はピンチに強いからな。恐らく先輩の化け物ピアノを聞いて進化してくると俺は思ってる」

「なるほど、川崎はよく彩華の事を分かっているな。実は僕も同意見だ、彼女は幼い頃から本番に強いからな」

「幼馴染自慢やめてくださいよ、先輩」


 それから俺と今川先輩は無言になり、やがて佐藤先輩のアナウンスが入って彩華の演奏が始まった。

 そして俺は本物の天才と言う物を肌で感じる事になった。


 彩華のピアノは元々譜面を飛び越えて暴走してしまう欠点があった。だけど彼女のピアノは暴走したところで美しい音を奏でていたのでコンクール以外ではそこまで問題ではなかった。


 そして今の彩華のピアノはその暴走を完全に手中に収めていた。

 彩華が譜面を飛び越えて走り出したときにだけ感じられる、心に直接響くような音が譜面通りの演奏に組み込まれていた。

 思わず感動で手が震えてしまう程のピアノに俺は俄然やる気がわいてきた。


「まさか本番でここまで覚醒してくるとは」

「そうだな、僕も同意見だよ。毎回彩華には驚かされる」


 俺と今川先輩は二人して彩華のピアノの完成度の高さを称え合った。

 練習で完成度を途轍もなく上げてきた今川先輩、そして本番で自らの殻を破った彩華。


 俺だって負けられない、このままで終わりたくない。

 その気持ちを胸に全てをここにぶつける!

 俺は演奏が終わった彩華に代わり、長い人生の中で最高の集中力を発揮し鍵盤に手を乗せたのだった。

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