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時が経つのは早く、既に部員選考がまじかに迫って来ていた。
俺は基本的に第2音楽室のピアノを借りて練習しているのだが、今日は気分を変えて多目的室のピアノを使っていた。
基本的に多目的室のピアノは彩華の縄張りなのだが今日は珍しく放課後直ぐに家に帰って家で練習すると言う話を聞いたので俺が多目的室のピアノを使う事にした。
「ん? 忘れ物かな」
椅子に座り、視線を上げると譜面台に誰かの楽譜が残っていた。
恐らく彩華が使っていた楽譜だろうと思い、手に取って中身を見てみる。
そこにあった楽譜には紙いっぱいにメモが書かれていて思わず「すげぁな」と呟いてしまった。
俺と同じ「With Heart and Voice」と言う曲の楽譜なのにぱっと見だと違う曲の楽譜だと勘違いしてしまう程の書き込み量だった。
「彩華の気合の入り方もかなりだな。よし、俺も頑張らないと」
彩華の忘れ物だと言う事は分かったのでこれ以上中身を見るとフェアじゃなくなると思い、楽譜を横に置いて俺もピアノの練習を始めた。
しかし自分の楽譜を譜面台に置いた瞬間、俺はある事に気が付いてしまった。
「彩華のやつ絶対に楽譜忘れたらまずいだろ……」
課題曲が発表されてからまだ一週間も経っていない。だから俺はまだ完全な暗譜は出来ていないし、楽譜の書き込みを見ながらじゃないと練習も満足にできない状態だ。
要するに俺とそこまで実力の変わらない彩華が楽譜無しで満足の出来る練習が出来るかどうかで言えば「NO」なのだ。しかも彩華はかなり楽譜に書き込みを入れているので尚更俺の手元にある楽譜が必要だ。
「頑張ってるのに何バカな事してんだよ……」
俺は素早く持ってきた自分の荷物をまとめ、彩華の楽譜を丁寧にファイルに入れてから多目的室を飛び出していった。
現在時刻は4時ちょうど、芽衣と二人で帰っているとしたら駅に着いた頃だろうか?
ここから走れば駅まで10分、そこから4時10分過ぎの地下鉄に乗り、最寄りで降りてから彩華の家まで走って5分。
なんとか間に合いはしなくてもかなり早めの段階で彩華に楽譜を届ける事が出来るだろうと思い、俺は学校の廊下を走り抜ける。
途中複数人の先生に廊下を走るなと注意されたが一応「すみません」とだけ言って気にせずに下駄箱まで走っていった。
既に肩で息をしている自分の体力の無さを嘆きつつ、俺は靴を履き替えて学校を後にした。
幌北の制服を着た人が多い道を俺は走っていく。
途中申し訳なさそうに人と人の間を潜り抜けたり、車がいないのをいいことに赤信号を渡ったりしてなるべく早く駅に着くようにした。
途中から走っていると言うより歩いていると言った方がよさそうなスピードになってしまったが、それでも俺は足を止めずに必死に駅まで走っていった。
達也のように運動部に入っていて体力がしっかりあったならこんな事にはならなかったかもしれないなと思いつつ、クタクタの状態で俺はICカードを改札にかざし、ホームを通過した。
すると丁度良く地下鉄が到着したので地下鉄に乗り込むと運よく席が空いていたので座る事にした。
座席に座ると動かなくなった事により体温が段々と下がっていくので今度は汗が気になってくるようになってしまった。
「思ったよりもグチョグチョだな」
ワイシャツを少し引っ張って振って風を作ってみたけど正直気休めだろう。
これも彩華の為だから少し恥ずかしいけどしょうがないと割り切り、俺はそのまま地下鉄に揺られていった。
角山公園駅と言う駅で地下鉄を降り、今度は彩華の家まで走っていく。
地下鉄に揺られている間に体力が少し回復したので学校を出発した時の感覚で彩華の家まで走りきる事が出来た。
「時刻は5時前か、俺の足の遅さと体力の無さがかなり悪さをしたな」
本当はもっと早くに着く予定だったのだが、自分の足を過大評価していたようだ。
一度呼吸を整え、心の準備をしてからゆっくりと篠原家のチャイムを鳴らす。
前世を合わせると数年前の正月以来の篠原家だ。
勿論今世では初めて篠原家の門を潜る事になる。
篠原家は代々音楽家を輩出している音楽の名門一家で、家の入口には門があり、その先には人工池と自然が豊富な庭がある、そして肝心の家は滅茶苦茶広いうえに4階建ての所謂豪邸である。それも『超』が付くほどの豪邸だ。
チャイムを鳴らしてから少しだけ待っていると門の方に美人なお姉さんタイプのお手伝いさんがやってきた。
「すみません彩華お嬢様のお知り合いでしょうか」
「突然押しかけてすみません、篠原彩華さんの友達の川崎俊と言います。今日は篠原さんの忘れ物を届けに来ました」
「まあそうだったのですね、今門を開けるので少し待っててください」
「親切にありがとうございます」
彩華の家のお手伝いさん、久しぶりに見たな。
当たり前だが前に見た時よりも若くなっていて、若い頃は美人な人だったんだなと新たな発見をした。
例のお手伝いさんに門を開けてもらい、そのまま案内されるがままに篠原家へとお邪魔することになった。
「現在当主様、並びに奥様は外出中でして今この屋敷にいるのは彩華お嬢様と私だけになります」
「そうだったのですね。できたら挨拶をしたかったのですがまたの機会にさせていただきます」
「川崎さんは高校1年生なのに礼儀正しいですね。さて、こちらの部屋の奥に彩華お嬢様がいらっしゃいます」
そう言って美人なお手伝いさんがノックをして彩華の部屋のドアを開けた。
すると部屋の中で必死な顔をして何かを探している彩華とつい目が合ってしまった。
「なんで川崎君がここに……?」
あからさまにまずそうな表情を浮かべた彩華は頼りない声でそう呟いた。
別に楽譜を忘れて焦って探しているくらいで何も彩華に対する評価は変わらないのに。
「ここにいる理由はこれだな。はいよ、これが探し物でしょ? お嬢様」
そう言って俺は彩華の楽譜をバックから取り出したのだった。
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