助けた蝙蝠の子は攻略対象
「ここは………どこだ?」
魔族として魔法が使えるようになって数週間。
魔法が使えないから、危ないからと許してもらえていなかった外出が、やっと許された。
魔法もある程度使えるようになった、自分の身は自分で守れる、と豪語してやっと許してもらった。
のに、迷子になってしまった。
この歳で迷子は恥ずかしすぎる、とか思ったけど私一応5歳だった。
「どうしよう、此処どこなんだろう…」
とりあえず適当に歩き回ってみることにした。
「完っ全に悪手だったわね」
さらに迷ってしまった。
それにしてもここはスラムのような場所なのだろうか?
痩せ細って倒れている者が多い。空気も悪いし、お世辞にもいい香りとは言えぬ匂いがする。
魔界にもスラム街というのはあるのだなと勉強になった。
「大人しくしろッ!!」
「ッイヤだ!!離せッ!」
嫌なものを見てしまった。
奴隷商なのだろうか、なんにしろ気分が悪い。
連れていかれそうな子どもは獣人だろうか?
獣人を狙った奴隷商は少なくない。
普通の魔人などを狙うより、身内能力的に色々と能力が高い獣人の方が、奴隷として使えるのだろう。
そしてあの連れていかれそうな子供には、
「羽……」
ラレーヌから聞いたが羽を持つ獣人というのは珍しいらしい。
子どもで、羽を体内にしまうことに慣れていない者は、奴隷商に目をつけられやすいのだとか。
そしてそういう子どもは親から十分な教育を受けられていない貧困層や孤児に多いと聞いた。
あの羽は蝙蝠だろう。
まあとにかく、見て見ぬふりも後味が悪い。
「すみません、道をお尋ねしたいのですが」
「あ”!?ちっ、他を当たりな…っておまえ、お貴族様か?」
「えぇ、まぁ、そうですけど?」
「へぇ〜……どこに行きたいんだぁ?」
貴族ってわかった途端ニヤニヤしてきて、本当に気持ちが悪い。何か要求したら見合わない対価を求めてきそうだ。
そもそもどうして貴族らしい身なりの子どもがスラムにいることに疑問を抱かないんだろうか。
こんな底辺で残念なことをするやつは頭も残念なことになっているのだな。
「そうですね……その獣人の子の家に。」
「は?おいおい、それは無理な相談だな」
「無理?どうして?」
「こいつは商品なんでな」
「あら、商品?そうなの、知らなかった。じゃあ、私が買ってもいいかしら?」
「は?」
「え?」
やっと喋ったな、獣人くん。
私と奴隷商が話してる間ずっと黙ってたから喋れないのかと思ってしまった。
まあさっき思いっきり大声で対抗していたけど。
「ね?ダメじゃないでしょ?」
「だ、ダメだッ!!こいつは買い手がいるんだよッ!」
「へえ〜、じゃ、いくら払えばいい?」
「いや、だから、こいつは…」
「あはっ、じゃあ、私がつけてるこのイヤリングは?これ宝石だし、結構いい値段すると思うよ」
「え……た、確かに」
食いつくのが早い。
イヤリングがいくらかなんて、お父様とラレーヌに用意された高価そうなものをあれよあれよと身に付けさせられた私が知っているわけないけれど。
「じゃあ、はい。」
「あっ!?」
「見失っちゃう前に追いかけなよ」
「ま、待ってくれ〜!!」
ぽい、と放り投げたイヤリングは、最近習得した風を操る魔法の風に乗り奴隷商とどこかへ行った。
そんなに欲しかったか、イヤリングごときが。
やっぱり大変なやつはやりやすいから助かる。
にしてもやっぱり魔法は便利だ。
「で、君はどうしたい?」
「え?」
「だって、私買うとは言ったけど、正式に買った訳ではないもの。貴方は自由でしょう?したいようにしなさいよ。」
「……なんでもいい」
なんでもいい、か。
本気で言っているのだろうか。
まるで自分の意思がない人形ではないか。
そんなに人間味のないヒトが、この魔界にいたのか。
全くおもしろくないではないか。
魔族とは、人間よりも欲深い強欲な者が多く、なんでもいいなんて言葉は、魔界では全く聞かなかった。
だからこそ、魔界は魔族は面白い。
報酬をちらつかせればなんとしてでも手に入れたがり、自らの強欲に負けて地の底まで落ちる。
その様子が面白いというのに、このザマはなんだ。
何がこの子をこんな無欲にしたのだろうか。何をどうすれば、祖先からの遺伝とも言える魔族特有の強欲さを失くせるのだろう。
───だが、他と違って面白い。
(あぁ、やっぱり私は魔族になったのだ。
こんな感情は初めてかも。)
背筋がぞくりと震える気がする。
「なんでもいいというのなら、うちに連れて行くけど、文句言わないでよね」
多少反応くらいしてくれると思っていたのに全くの無言。
少しは反応してくれないとつまらない。
自分の意思で歩こうとしない、かと言って引きずっても何も言わない。もはや病気ではなかろうか。
♢
「いや、いくらなんでも想像してないって!?」
「なにが?」
スラムを出て街に進んでいくとラレーヌがいた。
「あまりに遅いから探しにきた」だそうだ。
そのおかげで無事に城に、帰れた。
城の門前まで帰ってきたら急に彼が叫び出した。
「スラムにわざわざ来て奴隷商から奴隷を買おうとしてる奴が魔王の娘とは思わない」
スラムに貴族がいる時点では驚いていなかったのになぜここで驚くのか不思議でたまらなかった。
「とりあえず、ラレーヌ、この子お風呂に入れて。少しは清潔にしないと、このままお父様に合わせるわけにはいかないわ。」
「かしこまりました。」
「あ、ねえ。あなた名前は?名前を教えて。」
「ルー、セット…」
「ありがとう。ルーって呼んでもいい?」
「なんでもいい」
「よし、じゃ、綺麗になっておいで。」
ルーセット・スヴィ……
ラレーヌに連れられる彼を見て、ふと気づいた。
攻略対象の中にも同姓同名の青年がいたことを。
蝙蝠の獣人とは明記されていなかったが、羽を持つ獣人ということがわかっていたのに加え、黒褐色の髪に灰褐色のメッシュ、陰気な感じからして蝙蝠の獣人では、と考察がされていた。
シエル・エトワール、私は今日気づかぬ内に、自分の死亡フラグと親しくなってしまった。