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初恋は無関心へと変わる4

 帝都中央区の繁華街から少し離れた路地裏にある剣術道場。


 お祖父様との記憶を頼りに道を進む。

 朝の帝都は新鮮だった。様々な表情を見せる人々、活気があるお店に、通りを行き交う沢山の馬車。


 そんな場所を通り抜けた先にある剣術道場の前に私は立つ。


 少し傾いた木の看板には『ディン剣術道場』と書かれてある。



 胸が高鳴った。緊張とも言えるけど期待の方が大きく上回る。


「ノックでいいのかな? すみません……」

 ノックを二回……返事は返ってこない。


 訪問の連絡はしていない。突然だったから留守でも仕方ないもんね。


 今日は休日、全部の用事をキャンセルしたから時間は沢山ある。


「ふふっ、こんな事があろうと本も持ってきたし、おやつのお菓子もあるもんね。――ん? あれって……?」


 道場の方に誰かが歩いてきた。男の人が二人。買い物帰りなのか沢山の荷物を抱えている。


「師範……少しは荷物を持つんだ。重いぞ」


「あん? 俺は酒瓶を持ってるだろ? それも鍛錬だ」


「全く、このおじさんは……」


「おじさんだと? お前な、俺はまだ若いん……ん? 客か?」


「あれは……ピオネさん? 何故ここに?」


 二人は立ち尽くしている私に気がついた。


 私は『久しぶり』に再会できた『誰か』さんの姿を見て、感極まってしまった。


 それにディン師範のお顔はずっと前と変わらなくて懐かしくて嬉しかった。


「お久しぶりです、セイヤ様!」


「久しぶり? ピオネさんとは先日の夜会で……」


「それにディン師範、突然押しかけて申し訳ございません、私は――」


 ディン師範が少し面倒そうな顔に変わる。


「あんたカーマイン公爵家の令嬢か……、あのさ、俺、貴族とはあんまり関わりたくないんだ。わりいけど、帰ってくれねえか?」


 多分、昔の私だったらその言葉をそのまま受け取って帰っていたのかも知れない。でも、今の私は違う。


「いえ、帰りません。私はカイン・カーマインの孫娘ピオネ。帝国随一の剣技の持ち主であるディン師範に剣術を習いたいんです」


「……俺なんて三流剣士だぞ。公爵家なら俺じゃなくていいだろ。お抱えの剣士が沢山いるだろ」


「駄目です。私、わかるんです。六歳の頃に『視た』剣技は忘れられません」


 私の言葉に反応したのはディン師範では無く、セイヤ様だった。


「ピオネさん……、もしかして記憶が? いや、その話は……。おい、師範、今の彼女は本気で剣術を教わろうとしている。俺は弟子入りさせてもいいと思うぞ」


 ディン師範はあごひげを擦りながらセイヤ様を一瞥する。空気が一瞬重くなった。


「……あん? 勝手な事言うんじゃねえ。はぁ……、カイン様の孫娘か。……とりあえず寒いから中に入るぞ」


 私とセイヤ様は顔を見合わせた。


 沢山話したい事があるけど、今はまだ心の整理がついてない。それにちゃんとディン師範と向き合わないと駄目。


 でもね――なんだか嬉しくて私は微笑んでいた。あの時の夜会みたいに、あの頃一緒に遊んだ時みたいに――



「……六歳の頃に見た剣技が忘れられねえか。十年前か……随分と昔だな……」


 ディン師範は昔を懐かしむかのように遠い目をしていた。


 言葉は粗暴だけど、嫌な感じがしない。とても柔らかくて優しさを感じられる。


「でもな、嬢ちゃん。あんたが剣術を覚えてどうする? 確か皇子と結婚するんだろ? 必要ねえだろ?」


「……必要か必要じゃないかは私が判断します。生きる上で必要だと思ったのでディン師範の元へ来ました」


「でもな……、うーん、公爵家か……絶対面倒だよな……、ただでさえ皇国の皇子のセイヤがここにいて面倒が舞い込んで来てんのにさ」


 セイヤ様がディン師範の肩を強く握る。


「……誰が師範とルアン兄さんの尻拭いをしたと思っている。俺は学園を休んで王国国境近くまでルアン兄さんを迎えに行ったんだぞ。あんたとルアン兄さんが面倒事を持ってくるって自覚しろ」


 えっと、詳細はわからないし、自分の事で色々あったから気にしていなかったけど、確かに昨日はセイヤ様の姿を学園で見かけなかった。

 それにしてもセイヤ様ってお兄様がいらしたんだ。帝国の第二皇子ルアン様と一緒の名前。


「わりいわりい、そんな時もあったな」


「いや、昨日の出来事だろ」


 セイヤ様は私の方をチラリと見てからごほんっと咳をする。


「失礼、取り乱してしまった。……この道場の弟子は数人しかいない。今は俺以外は卒業して各地で活躍している。だから師範には時間がある。ピオネさん、正直この師範は見た目と違って修練に関しては真摯だ。その苛烈さには大人が泣いて逃げ出すほどだ。それでもピオネさんは弟子入りしたいのか? 一時の感情じゃないのか?」


 セイヤ様と向かい合っていると走馬燈のように様々な思い出が蘇る……。


 うん、私は剣術を知りたい。剣術を使えるようになりたい。


 だって剣術は私の『憧れ』だから。


「もちろん、強くなりたいっていうのはあります。でも、一番最初の理由は幼い頃『カーメル英雄戦記』っていう冒険小説で読んで主人公に憧れて、っていう単純な理由です。でも、憧れがあるからこそ、強い原動力になるんです。だから、どんな事があっても大丈夫です」


「……カーメル英雄戦記、か。……ピオネさん、そうか……やはり――」


 鉄仮面のように変わらないセイヤ様の表情が動く。

 そして――


「なら、絶対に師範の弟子入りしないとな……」


 セイヤ様が静かに立ち上がり訓練用の剣が置いてある所まで歩く。

 私はその姿を見た。


 セイヤ様が剣を手に取ると、剣が真っ赤に色づいたかのように見えた。

 不思議な力がセイヤ様から湧き上がっているのを感じる。


 セイヤ様、少し楽しそうに笑ってる。うん、顔は無表情だけど感覚でわかる。

 低くて綺麗な声が道場に響く。


「――ディン師範、俺の本気を受け止めろ。俺の剣が師範に届いたらピオネさんの弟子入りを許してくれ」


 ディン師範がため息を吐く。


「(いや、別に弟子入りさせねえって言ってねえけど……)、まあセイヤがやる気なってるから構わねえか。嬢ちゃん、しっかり見とけよ。血を見ても逃げ出さなかったら褒めてやるよ」


 ……誰にも聞こえないような小さな声。うん、聞こえなかったフリをしよう。


 ディン師範は私の方を見てウィンクをしてきた。……あれれ、聞こえているってバレたみたい。

 二人は練習用の木剣を手に取る。


 そして道場の中央で向かい合い。

 そして――


 ***


 剣で身体を支えながら膝を着くセイヤ様、それを見下ろすディン師範。


「……マジかよ。おじさん驚いちゃったぜ。何年ぶりだ? こんな若造の剣が届いたのは? 油断はしてねえ。手加減もしてねえ。……あれか、それだけあの子が――」


「ディン師範。確かに、俺の剣は届いた。これで、弟子入りを……」


 ディン師範が首に出来た擦り傷を擦りながら驚きの表情でセイヤ様を見下ろす。


「ああ構わないぜ。嬢ちゃん、今日からよろしくな。俺は嬢ちゃんのお祖父ちゃんであるカイン様と友達だったディンだ。こいつは知ってると思うが一番弟子のセイヤだ」


「はい、お願いします!」


「……ったく、なあ嬢ちゃん。あんたさ、俺達の打ち合いの最中に『セイヤ様、フェイント!』って言ったよな? あれなんで分かったんだ?」


「えっと、なんか視えたんです」


「見えた……、あの剣速を、か。……あの二人の孫娘ならあり得るか。まあいいや、とりあえずそいつを奥の休憩部屋にぶち込んで稽古をするぜ」


「え?」


 気がつくとセイヤ様が木剣で身体を支えながら気を失っていた。私は慌てて身体を支えようとしたが、ディン師範がセイヤ様の身体をヒョイっと持ち上げた。


「ははっ、いつもの事だ。ったく、学園では天才剣士なんて言われてやがるが、初めて俺の身体に剣を当てられて嬉しかったんだろうな。張り詰めた気が切れただけだ」


 と、言いながら奥の部屋へとセイヤ様を運ぶ。


 うん、確かにセイヤ様の口元は心做しか口角が上がっていて笑ってるように見える。ふふっ、寝顔は子供の頃と一緒。


「あっ、なんでわかったんだろ?」


「ん? どうした?」


「いえ、私、ちょっと色々あって数日前に姿が変わってしまったんです。でも、セイヤ様はすぐに私ってわかって……」


「見た目が変わっただけだろ? 大した問題じゃねえよ。ちゃんとその人の心を見てるならな」


 私は首を傾げる。


「そら、道場の決まりを色々説明するからこっちに来てくれ」


「あ、はい!」


 これが私の初めの一歩。ここから何かが変わる予感がする。それはまだ今の私にはわからない。



 でも感じるんだ。きっとここから始まるんだ――




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