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初恋は無関心へと変わる3

 

 フィルガルド貴族学園魔法練習所。


 広大な敷地には沢山の施設がある。


 部活動というものを通して他国との友好を図るとう政策が推し進められている今日。様々な部活動というものが存在している。


 私はどこの部活に所属するか決めていない。


 公爵令嬢の娘として生徒会に入ってほしいとは言われていた。……そんなのまっぴらごめんです。

 今、私がいる場所は『魔法修練所』と呼ばれる場所。様々魔道具があり、生徒たちが魔法の練習をするための場所だ。


 早朝のこの時間は部活動で朝練をしている少数の生徒たちしかいない。

 ……どうしても試したかった事があった。


 あの『成長』というスキルを使った私は心も身体も成長した。幼い頃の記憶も全て取り戻した。


 それと同時に、何故か魔力量が膨大に増えた。

 それはまるで私の中で押し込められていたモノが戻ってきた感覚。きっとあのスキルが私の枷を解き放ったんだ。


「魔法は術式を正しく起動させて、魔力を込めて出力をする、詠唱は正確な術式を行うための補助的な役割。うん、方法は全部本で覚えているし、今なら魔力も十分ある」


 今日試すのはどの属性の魔法が得意か知るため。下級魔法で十分。

 見つめているのは20メートル先の練習用魔力威力測定人形君。


「少し緊張してきた……。私、人形に届かない程度の魔力量しかなかったし」


 頭を振る。昔の事でウジウジするのは終わり。したい事は沢山ある! 


 まずは何事も試してみなきゃ!


 お祖父様から昔教わった補助詠唱が自然と口にでる――


「――刮目せよ」


 詠唱を全部言い終わる前に瞬時に頭の中で術式が構築され、『下級氷魔法アイス』が発射された。


「えっ??」


 術式の構築がこんな短時間でできるわけ無い、通常なら数十秒、早くて数秒、それも補助詠唱があってこそ……。


 一瞬だった。思考が高速で走り、術式の構築を瞬時に理解し、実行した。


 私が放った氷の槍が人形君を串刺しにする。上級魔法、その上の超上級魔法でも壊れないとされる人形君。


 その人形君が粉々に砕け散り――辺りに散らばった氷の破片から氷柱が生み出され周囲一帯を氷の世界に変えてしまった……。


「きゃっ!!!!」

「な、何が起こったの? せ、先生を呼んでくるわ!」

「あ、あそこにいらっしゃる令嬢はどなた?」

「み、見たこと無いわ。でも、あの学生服は公爵家の印が……」

「最上級魔法を超える氷魔法の使い手……。すごいわ! 私話しかけてくるね! 絶対部活に勧誘するんだから!」 


 面倒な事になる。そう思った私は走り出した。

 魔法修練所を出て、学園の広大な敷地を走り続ける。

 走りながら私はひとり呟く。


「全然息が上がってない。身体が軽い! そっか、成長するってこういう事なんだ。あははっ、魔法が使えるってすごい。普通ってこんな感じなんだ!」


 嬉しかった。


 みんなが使える魔法を使えただけなのに、なんでもない事なのにすごく嬉しかった。

 私はそのまま校舎に入り誰もいない教室へと向かうのであった。


 ***


 スキルによって成長した私の姿を見た学園の令嬢令息たちは驚いていた。


 幸い、校長先生や先生方はスキルや魔法による様々な事例を見てきたから、私の変化にも柔軟に対応してくれた。


 今日の殆どの時間を校長先生との面談や、担任の先生とお話をして帰宅するようにお願いされた。


 そもそも校長先生はお祖父様とお祖母様と御学友だったらしく、私の姿を見てすごく懐かしそうな顔になり世間話をずっとしていた。


 私の姿が昔のリディアお祖母様にそっくりって言われた。


 私の変化について、生徒たちに説明するための時間を作ってくれるみたい。


 一人で下校するために私は廊下を歩く。


「……ふふ、なんか変な感じ。みんなが授業を受けているのに私だけが誰もいない廊下を歩くって」

 

 そう、不思議な感覚だった。

 以前なら一人ぼっちでいることに寂しさを覚えていた。今は全然違う。解放された空気感がとても心地よい。


 昇降口の廊下に飾られている鏡。そこに映し出される自分の姿を確認する。


 小さかった私も随分と大きくなった。ジゼルよりも背が高い。骨格もしっかりしているから少し運動すれば筋肉がつきそう。うん、色気っていうのが出てきたのかな? 自分の事だからよくわからないけど、ドレスが似合いそうな体型だね。


 今ならあの黒のドレスも着こなせる。


 一番のお気に入りは長く伸びた黒みがかったシルバーの髪。しなやかで透き通るような髪は光に当たると違った表情を見せてくれる。


「ピオネ様」

「わっ!? びっくりした……」


 自分の確認をしていたら侍女のアンリが横から声をかけてきた。

 なんでこの時間にここにいるの?


「早退と聞きましたのでお迎えに上がりました。別邸までお送りいたします」


 アンリは書庫では驚いていたけど、その後の対応は何事もなかったかのようにいつもどおり私の世話をしてくれる。


「ええよろしくね。明日は休日ですが行きたい所があります。ですので、家庭教師やお茶会のお誘いは全て断ってください」


「しかし、それは侍女として――」


「お願いします」


「……畏まりました」


 恭しく頭を下げるアンリ。ごめんね、明日は用が済んだらちゃんと別邸に帰るからね。


 ***

 

 休日、鏡の前で髪をアップに結っている私。


 魔法をうまく使えなかった。公爵令嬢でありながら一般人以下の魔法の腕。それが以前の私……。


 成長スキルによって魔法が自由に使えるようになった。というよりも、自分の魔法の力量を整理しないといけない……。


 強すぎる力は人を傷つけてしまうから。


 魔法の書物を見るのは子供の頃から大好きだった。


 うん、幼い頃の思い出ははっきりと思い出せる。


『ピオネさんは意外と筋がいい。このまま練習すれば立派な剣士になるんじゃないか。ピオネさんが大好きな『少年シグルドの冒険譚』みたいに』


 ふふっ、今なら『誰が』この言葉を言ったかわかるもんね。


 剣術は私にとって大事な大事な憧れ。だって冒険譚に出ている主人公はみんな剣術ができるんだ。

 理由はただの憧れでも本気でちゃんと学びたいと思っている。


 昨日、幼い頃の記憶の一つが浮かび上がった。


 私が6歳の頃、お祖父様に連れて行かれた帝都中央区の裏路地にある剣術道場。


 その時に一度だけ会ったことがある道場の主であるおじさん師範。名前はディンさんって言ってたかな?

 貴族ではない、平民だけど凄まじい剣技だった覚えがある。


「えっと、確かお祖母様はこんな感じで髪を結っていて……」


 自室の鏡の前で悪戦苦闘する私。侍女のアンリが髪を整えてくれると言ってくれたけど、断った。なんでも自分で挑戦したいんだ。


 休日の朝は気持ちの良い目覚めだった。


 以前は幼少期の記憶が無くて、朝起きると夢を見ていた事を思い出し、わけもわからず何故か悲しい気持ちになったり、暗い気持ちになったり、ディット様の事を考えて胸が苦しくなったりしていた。


「……よし、髪型これで大丈夫。服装は……学生服だと目立つから、普通の格好で……」


 アンリにお願いして用意してもらった平民の洋服。


 動きやすく、それでいて帝都最新の流行を取り入れてあり、可愛らしい服だ。


 貴族が着るにはラフ過ぎるけど、帝都の街には溶け込む。


「よし、準備万端! あっ、その前に――」


 私はうさぎのぬいぐるみのピピンちゃんを抱きしめた。


「ピピンちゃん……いつもありがとう……」


 ほんの少しの時間、それでも私には大事な大事な時間。

 そのままピピンちゃんをお椅子に移動させて座らせる。心做しかピピンちゃんが嬉しそうな顔をしているように見えた。


「行ってきます!」



 部屋を出て階段を降り一階の廊下を歩く。


 長い廊下の先にはジゼルの姿が見えた。こんな時間にジゼルが起きているのが珍しい。


 屋敷ではほとんど顔をあわせる事がない。ジゼルはディット様と研究三昧。私はずっと本を読んで過ごしていた。


 ジゼルは怒気を振りまきながら私に駆け寄る。


「ねえピオネッ! あなたなんでディットに連絡しないのよ? なんでディットに会おうとしないの! あんなに好きだったのにどうしたのよ?」


 話の内容が理解できなかった。


「あの、少し意味がわからないんですが……。私がディット様と会う必要性がありますか? ディット様はジゼルお姉様がいれば問題ないのでは?」


「そ、それは違うわよ、誤解よ! あなたがディットの婚約者でしょ!!」


 確かに私は未だにディット様の婚約者だ。しかし、ディット様が私の事に興味が無いように、私もディット様に関心がない。


 今の最大の関心は新しい世界を見る事。


 身体を鍛えて剣術を覚えて、本を通じて身につけた様々な知識の応用、それに魔法だってもっとうまく使えるようになりたい。


 最近だと隣国の文化に興味もある。うん、セイヤに会いに行こうかな。きっとセイヤも『スキル』を使ったと思うし。


「すみません……、時間は有限なので。朝の運動に行ってまいります」


「ああん、もう! ちょっとまて、もうすぐディットが来るから――」


「ですからそれはお姉様に会うためではないですか?」


 玄関先が騒がしかった、扉の開く音、従者を引き連れた誰かが別宅に入ってくる。廊下を歩く足音。

 こちらに向かってくるディット様が見えた。少し眠そうな顔をしている。その手には何故か花束を持っていた。


「あ、ピ、ピオネちゃん……、お、おはよう……」


 私が書庫で成長してからディット様と面と向かって会ったのはこれが初めて。

 昨夜、ディット様の事を考えても何も感情が浮かばなかった。

 今、ディット様と向かい合ったとしても感情が揺れ動かなかった。


「おはようございますディット様。今日もジゼルお姉様と魔法研究ですか? 私は少し出かけますのでごゆっくりなさってください」


「え、あ、ううん、ち、違う違うそうじゃない! 今日はピオネちゃんに会いに来たんだよ!」


「私、に?」


 私は訝しむ。夜会も薔薇会もまだ先。

 いくら仮面婚約者だとしても一緒にパーティーに出席する必要がある。ジゼル含む私達の今後の身の振り方の相談だとしたら理解出来たけど……。話す用事が本当に思い浮かばない。


「何を話す必要がありますか?」


 純粋な疑問。首を傾げる。


 そんな事に大事な休日の時間を使いたくない。


 ディット様は私の様子を見て、口元が引きつっていた。


「あ、あはは、ちょ、きついな……。え、えっとね、俺はただピオネちゃんと一緒にいたいだけなんだ……。あのさ、研究で色々忙しくて構ってあげられなくてごめんね。これからは一緒にいるよ」


 なんだろう、ディット様の言葉が軽すぎて何も心に響かない。


 私はただ、自分の心に正直に答えた――




「いえ、必要ありません。一人が楽でしたから」




「ピ、ピオネちゃん……」

 ディット様の顔が固まってしまった。口元が引きつっている。


 なんでそんな顔をしているんだろう?

 ジゼルがぽつりと呟いた。独り言にしては大きな声。その癖は直した方がいいと思うよ。


「これ、怒ってるわけじゃないわね……。構ってほしいわけじゃないし……。本当に無関心? ちょっとフォロー必要かも。――ピオネ、今日は三人で一緒にいよう!」


「二人の魔法実験に必要な事ですか? 大変申し訳ありませんが、今日は少し時間がなくて……。またの機会でお願いします。それに、無理して婚約者のフリはしなくて結構ですよ。私もなんとも思ってないですから。それでは」


「あっ、ちょっと!? え? 婚約者のフリ? なんとも思ってない? え、えっ??」


 特に連絡事項はない。行儀が悪いけど走って屋敷を出ることにした。


 ディット様の謎の絶叫が屋敷中に響き渡った。


 私にはその理由がよくわからなかった。


 だって、どうでもいいもん。

 私は帝都の街へと向かう。朝から少し面倒だったけど、気にしなければいい。


 別邸を走って出て、しばらくして私はゆっくり歩く事にした。


 晴れやかな天気、鳥さんの囀り、これから仕事へ向かうであろう帝都の人々の姿。

 自分のペースで歩く。それだけで気持ちが良い。


 離れたところに侍女のアンリが付いてきてるのがわかったけど、それはそれで構わない。

 それにしても――


(ディット様は本当になんの用だったんだろう? まあどうでもいいか。剣術道場へ早く行こう)



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