初恋は無関心へと変わる2
ディット・フィルガルド第五皇子。
高等部入学祝いの夜会。これは学生が主体で行われる次の夜会『薔薇会』の前夜祭みたいなものだ。
俺、ディットは夜会でジゼルと談笑をしている。俺もジゼルも子供の頃から夜会やら昼会やら親睦会やらお茶会やら……パーティーばかり出席している。ぶっちゃけ嫌いなんだよな……。
周りは皇子だから自覚を持て、とか言うけどさ。もう少し自由にさせてくれてもいいだろ?
俺は魔法の研究の天才と自負している。あの魔法大国である自由都市皇国の奴らにも負けないと思っている。
十三歳で上級魔法は習得した。その上の魔法にも挑戦している。俺は自分が強くなるよりも、他者がより強い魔法を使えるようになればこの国がもっと成長できるんじゃないか、と思っている。
家族の奴らは俺のことを子供っぽいと言うけど、子供心がないと研究なんて出来ないだろ?
……それにしてもピオネちゃんには悪い事をしたな。研究を優先して何度もデートを断った。いや、本当は行きたかったけどさ……研究が終わらないんだよ。
仕方ないだろ? うん、大事な研究だ。俺がすごくなればピオネちゃんもきっと喜んでくれる。恋愛はその後でいいと思う。っていうか、正直研究の邪魔になる。
……そういや、手紙、あれ、少し面倒なんだよな。多分、俺は文系の才能は皆無だ。研究以外の文字、そう例えば恋愛小説なんて見ると眠たくなってくる。
ある時期から全然読んでないや。……手紙どこにしまったっけ?
隣にいるジゼルが周りをキョロキョロ見渡している。
子供の頃からずっと一緒にいる幼馴染のジゼル。俺にとっては馴染みがある落ち着く顔してるけど、こいつとは絶対結婚できないって思っている。
たまにムカつくけど、お互い魔法研究については最高の相棒だと思っている。
「はぁ……」
こいつはピオネちゃんを見習ってもっとおしとやかになれってんだよ。令嬢なら儚く可憐で可愛らしくないと駄目だろ。令嬢としてどうなの?
「あなた何ため息ついてんのよ。どうせ私の悪口でも考えてたんでしょ? もしくはピオネの事とか?」
「相変わらず勘が鋭いっていうか、ん? ピオネちゃんがいなくなっちゃったぞ? 帰ったのか?」
「ったく知らないわよ。婚約者なんだからしっかり見ときなさいよ」
「ていうか、セイヤ君もいないんじゃねえか? だからキョロキョロしてたのか」
「う、うるさいわね……」
さっきまでバルコニーにいたピオネちゃんがいない……。
正直、ピオネちゃんは可愛すぎて一緒にいると緊張するんだよな。
でも、俺はこれから変わるんだ! 研究も一段落したから一緒にいられる時間も取れる。ピオネちゃんは高等部に進学したから昼休みも登下校も一緒にいられるぜ!
と、その時ジゼルが俺の袖を引っ張った。
いつもの仕草だ。
こいつが困った時はいつも俺の服を引っ張る。まるで子供みたいなやつだ。
ジゼルは口をへの字にして不機嫌そうな顔になった。
不機嫌そうに見えるだけで内心は不安と寂しさの塊なんだよな。
「セイヤ様もいなくなっちゃった……。うぅ、セイヤ様……またちゃんと話せなかったわ」
「ジゼルはセイヤ君に対していつもそうじゃねえかよ……。人の事言えねえよな。ツンデレこじらせてきつい言葉しか言えないって……マジで恋愛小説かなんかかよ……」
「しょ、しょうがないでしょ! あなたに言われたくないわよ! というよりもディットは皇子のクセにガサツすぎるのよ……。ピオネに嫌われるわよ」
婚約者に嫌われる。
俺達はそんな事微塵も思っていなかった。なぜなら俺は手紙と言葉で愛を伝えられたからだ。一度だけじゃない、何度もだ。
ジゼルも同じだ。セイヤ君から求愛の言葉を何度ももらったらしい。
「あははっ、大丈夫だ俺が嫌われるわけ無いだろ」
天地がひっくり返ってもそんな事はありえない。
「それに俺達研究が終わっただろ? なら時間は沢山ある。俺はピオネちゃんを……あ、あ、あ、愛してるし、お前はセイヤ君に首ったけ、だろ?」
ジゼルの顔が真っ赤に変わる。それでも小さくコクリと頷く。
かぁー熱いね。うん、恋も悪くないかもな。
こんなどうしょうもない二人だけど、ピオネちゃんが高等部に上がるから変わろうと決意したんだ。
俺もジゼルで生徒会室でお互いの婚約者との過ごし方を『研究』したんだ。
俺とジゼルの共同研究も一段落して、あとは卒業に向けて準備をするだけ。
だから、これからはやっとピオネちゃんとの時間がいっぱい作れる。
「で、でもさ、私、セイヤ様に好きって一度も伝えてないのよ……。だ、大丈夫かしら?」
「ん? そんなの大丈夫だろ、何を心配する必要がある。だって両思いだろ? なら少しくらい放っておいても構わないだろ」
「まあそうね……、セイヤ様は子供の頃から私の事大好きみたいだし……。うん、結構何回も約束すっぽかした気がするけど大丈夫よね。私、公爵家の令嬢だし研究忙しかったし仕方ないわよね」
子供の頃か……。
俺が初めてピオネちゃんと出会った時の事を思い出した。
とっても可愛くてジゼルとは違って内気で優しくて……。
目も合わせられないあれは一目惚れってやつだ。
ジゼルと俺は幼馴染でいつも一緒にいるけど、絶対に恋愛感情なんて抱かない。というか、異性の枠を超えた親友みたいなもの。
それにジゼルと一緒にいてもピオネのお姉さんだから変な心配もされないし、女避けにもなる。ジゼル怖いし魔法戦闘強いしな……。
はぁ……ピオネちゃんももう少し魔法に興味持ってくれたらいいのにな。
「ピオネちゃん、入学祝い喜んでくれたかな? 魔法が苦手って聞いたからしっかり勉強してほしいな。なあジゼル、ピオネちゃんは魔法が好きじゃないのかよ」
「正直、あんまり話さないからわからないわよ。でも魔法実技の成績は良くないし、魔力量も低いからね……」
「そこは妥協するか。まっ、結婚してもどうせジゼルと研究するんだからどうでもいいか。そんなことよりさ、ピオネちゃんの手紙ってすごいんだぜ。俺にはよくわからない詩の表現うまいし、こう想いが伝わるっていうか」
「あなたね……、褒めてるか貶してるかわからないわよ……。というか、あなたが手紙読んでいる姿を見たことないわよ」
「ば、ばかやろう、ちゃんと……読んでるぜ」
「まあどっちでも構わないわよ。ねえ、あなた顔がニヤけて気持ち悪いわよ。はぁ……セイヤ様、今夜はどこに行かれたのかしら……」
俺達は顔を見合わせて自然と微笑み合った。なんでかわからないけど、同じ気持ちなんだろうな。
恋ってすごいな。
まずはピオネちゃんとデートしたいな。今までは研究が忙しくて二人で会っても上の空だったし……、反省しなきゃ。
それに一緒の学園にいられるのは一年間だけだから、お昼ごはんを一緒に食べて、一緒に放課後過ごして、ああ、やることは沢山あるぞ!
「俺達、幸せになろうな」
「ええ、幸せになるわ」
とその時後ろから声をかけられた。。
レオン兄……?
俺の兄貴であり、家族のまとめ役でもある第三皇子レオン・フィルガルド。国の中枢の政に関わっている帝国最重要人物。交渉事に強く、他国との折衝を担っている。
といっても、俺にとって気の良い兄貴って感じだ。
胡散臭い髭面だけどやる時はやる男レオン。
そんなレオン兄がワインを零して口を半開きにし、眉間にシワを寄せてとんでもない顔をしていた。呆けているのか?
バリン、というワイングラスが割れる音が聞こえた。
「……お、おいディット、お前はピオネの事が好きだったのか? ……お、お前らの話を聞くつもりはなかったが……思いも寄らない会話で立ち止まってしまった。というよりも、ディット、お前は何を考えている? お前ら人の心はないのか……? ガキの頃から成長してないのか?」
突然現れたレオン兄がよくわからない事を言ってきた。
「ちょ、レオン兄さん、ピオネちゃんの事が好きに決まってるじゃないですか!」
「いやいや、お前ジゼルの事を愛してるんじゃないのか? と俺は思っていた。ピオネとは仮面婚約者で好きでもなんでもないって……」
「レオン兄さん……あのね、俺はピオネちゃんの婚約者ですよ? ていうか、ジゼルだけは勘弁してください……、絶対こんながさつな令嬢とは結婚できないって!」
ジゼルもレオン兄に猛抗議をする。
「わたしだって絶対嫌よ。わたしはセイヤ様一筋ですから」
レオン兄は今度はジゼルを見つめていた。その瞳は死んだ魚の眼みたいだった。
家族の面倒事の処理をすることの多いレオン兄は綺麗な金髪に少しだけ白髪が出てきているの気にしている。
俺はそんなに迷惑かけてないけど、他の奴らは好き勝手してるからな。
「はぁぁ〜〜〜〜〜。お前ら……、ちょっと別室へ来い。婚約者同士の事だから今まで放っておいたが少し状況を説明する必要がある……。これだから研究者バカどもは……、またウォーロックから胃薬を貰わないと」
俺はレオン兄が何を言っているかわからなかった。
これから俺はピオネと仲良く過ごしてハッピーエンドなのに?
「なんで? わかんねえよ……レオン兄さ、……あっ、ヤバ」
レオン兄が俺の肩を両手で強く握りしめる――死んだ魚の眼が徐々に生気を取り戻し、その瞳には怒りが伴っている。あ、これレオン兄が本気でムカついている時の顔だ。
その智性と勇気で『帝国の懐刀』とも言われるレオン兄。
その威圧感に押されて思わず後ずさってしまった。でも肩を掴まれてるから動けねえよ!?
レオン兄が俺の耳元で怒鳴りつけた。
「婚約者が大切なら何故今まで放っておいた……この馬鹿者がっ!!」
そして俺は知ることになる。
『第五皇子ディットとピオネは仮面婚約者で、姉のジゼルが想い人』
と呼ばれていた事を……。




