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【連載版】そんなに姉が大好きで、私に興味が無いのでしたら私も無関心になりますね  作者: 野良うさぎ(うさこ)


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シグルド視点 リュウの演技指導

 

 リュウの演技指導。


 やっぱりリュウが少しおかしい。女性と触れる合うのは当たり前って考えているリュウが、ピオネの身体に指一本触れようとしない。


 演技中の今、触ろうと思えば触れるのに。


「そう、もっと声は腹の底から出すように! いくら特別公演だからって雑はあかん。観客はうちらを見に来てるんや。楽しませな」


 しかも演技の練習は本格的なものだ。発声練習から始まり、公演の心構えや精神論、そこから技術論へと発展していった。


 歌劇部の生徒たちも程々の人数がいた。俺は隅っこでその様子を見学している。

 多分、この歌劇部の中が今、帝国でもっとも安全な場所だろう。リュウもそれがわかっている。


「いいね、リュウ君。流石プロだ。ぜひ僕の部員たちにも演技指導してもらいたいものね」


「すんません、僕、好きな子にしか教えないんで」


「ははっ、なら仕方ないね!」


 この人がいるからだ。

 ルアンっていう顧問のおじさんは明らかに尋常じゃない。今みたいに歯をきらりと輝かせているけど、学園全体を包み込むような魔力があの人から感じられる。端的に言って化物だ。

 俺とリュウなんて虫けらのように殺されてしまう。それこそ、女神教の戦闘要員幹部でないと相手にならない。リゼ司教ならあるいは、もしくは枢機卿かな。



 ――頭が痛い。こんな事考えたくない。俺はピオネの演技だけを見たい。


 と、そんな時、一匹のワンコがトコトコと俺の方へと歩いてきた。あれはリュウが警戒しろと言っていた特殊な個体ビビアン。自称魔王。周りは冗談だと思っているけど、明らかに次元が違う存在。周りの部員たちはビビアンの事を認識していない。


「よっこらしょっと。ふむ、我の事が視えるのだな? 少年、良い目をしているのだ。ならば、我が君の膝の上に乗っかってあげよう」


「え?」


 ビビアンが膝の上に乗っかってあくびをして寝転んだ。と思ったらいびきをかき始めて寝てしまった……。


 ――柔らかい。毛がふさふさしている。……気持ちいい。


 恐る恐るビビアンを撫でてみた。毛触りがとても良い。あっ、ピオネがこっちを見た。にっこり微笑んでくれた。そうだ、俺も笑えるんだ。ピオネにそれを知ってもらいたい。

 でも意識するとうまく笑えない。ちゃんと笑えてるのかな?





 ***





「見たかシグルド。今日は最高の日やな〜。ピオネさん、ほんま可愛えなぁ」


「ちょっと、重い。どいて」


「なんや、嫌そうやな。前は『どうでもいい』って感じの顔だったのにな」


 ピオネの演技指導は二時間ほど練習して終わった。。リュウは思いの外あっさりと部室を出ていった。俺達は西地区にある自分たちのアパートへと向かう途中だ。

 リュウは俺の肩を抱きながら歩いている。上機嫌だ。


「もっとピオネといたかったんだけど」


「わるいな、シグルド。これも作戦のうちなんや。ずばり、押して駄目なら引いてみろってやつ?」


「なんで自分で言ってて疑問系なの……。そんなんじゃセイヤに勝てないよ」


「あー、セイヤか。あいつええ男やな。ちょっと生真面目な感じさかい、融通きかんけどな。……あいつも一緒に仲間にならへんかな? あははっ、僕は何言ってるんだ」


 その言葉に俺達の空気が少しだけ重たくなる。本当に今の生活が幸せなんだ。一分一秒でも長く幸せに浸りたい。


 西地区、繁華街の汚いアパート。気配を薄くしながら進む僕達。

 アパートの前には昼間っから酔っ払いが寝転んでいる。すぐ近くの広場では喧嘩の声が聞こえてくる。治安が悪い場所は隠れ蓑に丁度いい。


「はぁ、なんで僕の稼ぎが全部仕送りしなきゃならんのかな〜。ほんまムカつくで」


「駄目、女神教の悪口を言うと――」



 アパートの扉のノブに手を掛けると背筋が凍りついた。心臓がとまりそうになる。俺もリュウも深呼吸をして扉を開ける。





「やあ、遅かったわね。晩御飯できてるわよ」


 女神教戦闘幹部リゼ司教が立っていた。数カ月ぶりの再会。あの時は何もわからなかった。でも今ならわかる。


 この人は――邪悪だ。関わってはいけない化物だ。


 俺もリュウも扉を閉めて臣下の礼を取る。


「あらあら、いいのに〜。楽にしてなさいよ。ふぅ、身体の修復するのに手間取っちゃったわ。聖王国楽しかったわよ」


 リゼ司教は今年の初めにかけて、女神教の使命により聖王国にいた。その時瀕死の重傷を負い、表舞台から一旦消えた。


 帝国に普及し始めた水晶通信を介してリュウは使命を受けている。


 リゼ司教はリュウの肩をポンポンと叩く。


「あのね、リュウ司祭。私ね、糸目に聖王国弁のイケメンってあんまり好きじゃないのよ。だって、あなた裏切りそうじゃない?」


「……そんな事は絶対にしません。僕は司教に、女神教に忠誠を誓っています。今度の作戦が成功したら、僕は本当に最高幹部の一員になれるんですか?」


「ふふ、そうよ、あなたは幹部になれるわよ。女神教帝国中央支部のリュウ司教。良い響きじゃない。あなたの目的も達成できるわよ」


「っ、そ、それは」


「あら、私が知らないわけじゃない。消えてしまった聖王国の王族、あなたの家族の居場所を知りたい。あれを調べるには、司祭の力じゃ無理よね。司教になって力を分けてもらって、枢機卿の話を聞いたら糸口が掴めるわよ」


「……はい、もしも可能ならそれを望みます、が、すでに過去の事。女神教のために前に進みたい、と僕は思います」


「思います、ね。はぁ、嫌な口調じゃない。あのレオンちゃんを思い出すわ。まあいいわ、あなたは裏切らない。シグルドちゃんもいるし……、あらあら、あなた自我に芽生えたのね」


 司教に関心を向けられただけで身体が動かなくなる。ヘビに睨まれたカエルだ。


 リュウは大きく息を吸った。何か大きな決心をした時の顔。……あれ? なんで俺はそんな事がわかるんだ?


「お願いがあります。観察対象『第二女神候補ピオネ』についてです。現在、対象と僕、シグルドは良好な関係を結んでいます。そこで提案がございます」


 リュウの全身が震えている。俺は歯を食いしばってリュウの腕を強く掴む。少しでも俺の力を分け与えたいんだ。


「続けなさい」


「はっ、『拉致』ではなく、対象と僕達とは良好な関係を続け、対象の心が消耗するような大きな悲劇を作り、対象を女神教へと懐柔するというものです」


 一拍の間。たった数秒なのに永遠の長さに感じられる。


「ぬるいけど、心を消耗させるのは悪くないわね。あなた以外に婚約者候補がいるのよね? ならピオネの大切な人を殺しなさい。残酷にね。そうそう、あのガキはいるのかしら? セイヤって言ったかしら?」


「はい、セイヤは対象の近くにいます。対象のもっとも大切な人、です」


 あっ、リュウはピオネの名前を言いたくないんだ。なんの意味もないけど、気持ちは少しだけわかる。だって、僕らはピオネが大好きなんだもん。こんなところで名前なんて言いたくないんだよ。



「そ、じゃあ殺しなさい。はぁ、嫌になっちゃうわ。この国は居心地が悪いのよ。あなた達はうまく潜入しているわね。……わかっていると思うけど、同情は厳禁よ。腹の足しにもならないわ。じゃあね私の手料理残さず食べてね〜」


 と言って、リゼ司教はアパートを出ていった。

 俺達は自然と安堵のため息が出る。緊張が切れて精神が疲弊して床に倒れ込んでしまった。


 俺達は頭をくっつけながら天井を見上げる。汚い天井には虫が這っていた。宙に手を伸ばす。何も得られない、届かない、生きる意味が見いだせない。


 それでも――、それでも、俺はピオネに出会えたんだ。


 聖王国なんて、もう存在しない。あの国はすでに女神教が支配しているからだ。

 元王子であるリュウでさえ、こんな扱い。


 ガランとしたアパートの机の上にはリゼ司教が作ったであろう夕食匂いが部屋に充満する。


 俺は寝転びながら、リュウに話しかけた。


「ねえ、リュウの案ってこの状況の中だったら、悪くない案かもね。ピオネが仲間になってくれたら俺は嬉しい。でもセイヤを殺すのは無しね」

 ――けど、それは違う、と思っている。ピオネの笑顔が曇る。それが俺にはわか


「ほんまそうや。ははっ、当初の案はクレハの精神異常スキルを利用してピオネさんの心を変えるってやつだな。クソ喰らえだ、そんなもん。安心せえ、セイヤは……まあ殺さんわ」


「リゼ司教に殺されるよ」


「ギリギリや。あの提案はギリギリの線をついたんや。はぁ、ほんま辛いわ。帝国の有名歌劇役者がこんなボロっちいアパートで過ごしてるなんて誰も思わないやろ」


「でも、僕はこの暮らしって結構好きだ。リュウと一緒だし」


「……アホタレ、ならこの状況どうにかせなあかんな」


 僕は立ち上がった。そして――


「それ!!」


 リゼ司教が残した夕飯を――窓から投げ捨てた。なんか見たくもなかったからだ。


「何してんねん!? バレたら殺されるぞ」

「でもあれって毒が入ってるし。僕、ちょっと身体うごかしてくるよ。さっき行ったギルド? で運動できるんでしょ?」


 リュウが僕を見て糸目を少し開けた。


「……シグルド、ヤケになってないやろうな」


「ああ、俺は大丈夫。前を向けってピオネと――リュウから教わったから」


 俺の言葉を聞いて、リュウも立ち上がった。


「ちょい待ち。腹が減ってはなんとやら、だろ? 聖王国名物お好み焼きを作ったるわ」

 リュウは嘘くさい笑顔で俺に笑いかけるのであった。




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