2章 歌劇を観に行く
女帝の間章はどっかで挟みますね。本編を進めていきます
六月初旬の貴族学園の理事長室。
私はレオン様に呼ばれて理事長室でお茶を飲んでいた。
先日、歌劇のチケットを頂いたお礼もしなきゃ!
「レオン様、チケットありがとうございます。『皇子レオンと魔王と嘆きの令嬢』の歌劇、楽しみに観に行きますね!」
「ははっ、あの話は誇張されているから少し恥ずかしいんだ。セイヤ君と楽しんで来なさい。それと新しい歌劇の噂を聞いたかな? ちゃんと出来上がったら二人には試写会に招待しよう、と俺は思っている」
「あの噂の歌劇ですね……、女帝マリア様……」
女帝マリア様の話題になると、少し身構えてしまう。
なぜなら、私とセイヤ様の婚約は女帝からストップがかかったからだ。
あの薔薇会の後、私とセイヤ様の婚約は女帝の一声によって否定された。この帝国で女帝に逆らえる貴族なんて誰もいない。レオン様はその事をすぐに伝えてくれた――
『ピオネ、セイヤ君。君たちの婚約は女帝が反対した。だが、今回は私は君たちの応援すると決めたんだ。なに、少し時間はかかるかも知れないが婚約できる、と俺は強く思う』
と言ってくれた。
それに、私とセイヤ様は――
『大丈夫です! 絶対に認めてもらうようにしますね! 私、どんな困難があっても諦めません』
『ああ、俺はピオネさんを幸せにする。そのための覚悟はすでに出来ている。どんな障害も驚きも屈しもしない』
強く握り合うお互いの手。誰かに反対されるなんて分かりきっていた事。なら、婚約に向けて全力で立ち向かうだけだと思う。
自分たちの行動に酔っているわけじゃない。ただ、心の底からセイヤ様と一緒にいたい、その想いだけだった。
レオン様はあの日から時折、私達を理事長室へ呼んで帝国皇室や女帝マリア様について様々な事を教えてくれた。
そして、今日はセイヤ様は所用があり、欠席している。私一人でレオン様とお茶をしている。
もしかしたら、昨日の夜、中央区の通りでセイヤ様のお兄様である『クレハ』様と出会ったからかもしれない。
――あの後、セイヤ様は私を先に道場へ帰らせたけど大丈夫だったのかな?
「それでな、ピオネ。女帝マリア……まあ私の母様ではあるが、非常に勘違いされやすいお方だ」
「あ、は、はいっ!」
ちょっと色々考えてしまって、言葉がうまく出てこなかった。レオン様は私が女帝マリア様の事を気にしていると思っている。
「なに、安心しろ。君等が思っているよりも女帝マリアは人間臭さを持っている。本来歌劇など創作が七割だ。だが、あれは違う。なにせ、俺が母様から聞いた話をそのまま歌劇化したからな。ノンフィクションだ。謎とされていた年齢まで公開されるんだからな」
「あの〜、なんでマリア様は歌劇の題材にされる事をお許しになったんですか?」
「それは秘密だ。ははっ、何にせよ、悪いことではない、と俺は思う」
女帝マリア様を題材にした『新歌劇』が発表された。
その内容に帝都民は衝撃が走った。
皇室公式『女帝マリア〜〜アンナの悲恋〜〜』
というものだ。それは女帝マリアの若かりし頃の恋愛劇。本来ならそんな歌劇を書いた事自体、不敬となるが――今回は女帝マリア様直々に第三皇子レオン様にプロデュースを任せる事になった。……。脚本はレオン皇子様の友人であり、帝都で随一の人気歌劇作家エミリー様。
そして、新歌劇は夏に公開する予定で、各地の水晶放送館(映画館)でも放送される予定だ。
宣伝広告のために帝都中央区にある街頭水晶には若かりし頃の女帝マリア様役の女優さんの初々しい可憐な姿が映し出されていた。
貴族学園でもこの歌劇の話題でもちきりだ。
「というわけで、自由都市皇国と王国、それに超大国での開催の手配をしないといけない。ふふっ、女帝マリアは俺の本気をわかっていない、と思う」
「婚約を認められていないが、二人でいる事は問題ない、と俺は断言する。ある程度、根回しが済んだら母様と話し合いの場を作ろう。まずは帝国国内でしっかり地盤を作って母様から許可をもらい、その後自由都市皇国へ行くんだろ? ……皇帝はもっと手強いぞ」
大丈夫、私達はもう独りじゃない。
独りで悩まない。
いついかなる時も、私達は二人で進む。
あの日、あのサクラの木の下で、そう決意した。
だから――
「はいっ! 頑張ります!」
笑顔で前に進まなきゃ。
***
貴族学園は大きく二学期に分かれている。春から夏は一学期で8月に入ると学生たちは大型休暇の夏休みとなる。
自分の領地に帰る生徒が大半だけど、私たちは婚約へ向けた問題を解決していかなければならない。
セイヤ様は夏休みに自由都市皇国へ行こうとしている。もちろん私も一緒だ。
セイヤ様は少しだけ難色を示していたけど、私はセイヤ様のお父様に会ってみたい。
その前に女帝マリア様の婚約反対をどうにかしないと。
「でも、なんでマリア様は私達の婚約に反対なんだろう?」
隣の空間には誰もいない。セイヤ様がいるのがいつしか当たり前になっていた。少しだけ寂しい気持ちになる。でも悲しい寂しさじゃない。希望がある寂しさっていうのかな?
セイヤ様の所用がいつ終わるのかわからない。
中央区の街を一人で歩く私。なんだか一人で歩くのは久しぶりだった。自分が本当に変わったっていう実感が溢れてくる。昔は下を見て歩いていた。でも、今は前を見て歩いているもん。
中央通りはいつも人ですごい。貴族も平民も関係ない。みんなが平等な笑顔で笑っている。数十年前までは全然違ったっていうのを授業で習った事がある。
女帝マリアの改革による近代化。
――マリア様、本当にすごい人なんだよね。……だからこそ、ちゃんとした理由をはっきり聞きたい。
公爵家の娘である私でさえ、マリア様と話したのは数えられる程度しかない。
私達の婚約の反対についての撤回のお願いも、簡単には会うことさえ出来ない人。
だから、レオン様が後ろ盾になってくれて本当に嬉しい……。
「マリア様、すっごく怖いっていうイメージだけど……、どんな歌劇になるんだろ?」
そういえば、中央区の歌劇場はディン師範の道場から歩いて行ける範囲。
……確か旧帝国城の跡地を改造した劇場だったよね。あんまり行ったことないから迷子になりそう……。
「セイヤ様と歌劇を観に行く前に、下見しないと!」
私はいつもと違う方面へと足を向ける事にした。
「うわぁ〜すごい人! ……令嬢教育の一環で歌劇は何回か観たことあるけど、お客さんがいっぱい!」
大きな門が特徴的なフィルガルド歌劇場の前にはたくさんの人が集まっていた。確かに、お城だった跡がそこかしこから感じられる。
こんな都会のど真ん中にお城があるってすごい! でも、昔のお城だからそんなに大きいわけじゃない。劇場としてはとっても大きいけどね。
門をくぐり、劇場内に入るまでの道のりはまるで庭園をお散歩しているみたい。
様々な露店がたくさんある!
活気があってまるでお祭りみたい。あっ、そういえば、夏には下町の北区で大きなお祭りがあるからセイヤ様と行かなかきゃ。それまでに問題を……。
人気演目のグッズが所狭しと置かれてある。とんでもない列の露店もある。
お客様の層は主に女性が多い感じかな。でも、男性もちらほら見かけるね。
「いやぁーー!! あっちでリュウ様を見かけたわ!」
「あなたバカ、ちゃんと出待ちのルール守りなさいよ、貴族でしょ!」
「リュウ様、どこどこ!? あ、あそこにいるわ!」
「あっ、私達に手を振って……」
「し、失神しちゃ駄目! 気をしっかり、ちゃんとリュウ様を目に焼き付けて!!」
……何やら人気俳優が近くを歩いていたみたい。私は俳優さんに詳しくないからあまりわからない。
令嬢さんたちの視線の先には確か男性が立っていた。サングラスをしているからお顔はよくわからない。
……あれれ? あの人、私の事見てる? 護衛に守られた俳優さんじっと私の方を見ていたような気がした。
ううん、気の所為じゃない。私の眼がしっかりと『視た』から。
と、その時――、背中に軽い衝撃がきた。
「お姉さん、ごめん。僕、前、見て無くて」
振り向くと少年が鼻を押さえていた。
「ううん、私は大丈夫よ。あなたこそ大丈夫?」
「あっ……」
少年の視線の先はさっきまでいた俳優さんの場所を見ていた。俳優さんはすでに歌劇場の中に入ったのか、もういなかった。
私は少し屈んで少年と視線をあわせた。
「あの俳優さんが好きなの?」
少年は少し考えてから首を振る。
「いや、別に好きじゃない……。でも、何故かとても気になる。理由はわからない。あっ、僕はシグルド」
「ふふ、私はピオネ。迷子かな? 一緒に歌劇場に入る?」
少年はまっすぐ私の目を見つめる。オッドアイの瞳はとても綺麗だった。ただ、それ以上に、この少年の言動が少し気になった。
なんていうんだろう……、心が伴っていないというか……。
「ううん、大丈夫。バイバイ、お姉さん。僕はここにまだ用事があるらしいから」
そう言って、少年は歌劇場に備え付けられている大きな街頭水晶ディスプレイをじっと見つめて動かなくなった。
そこに映し出される女帝マリア様の歌劇の宣伝が繰り返し流れている……。
私も道場の時間に近づいたから、少年に別れの挨拶をしてその場を離れた。
何か妙に変な感じがした。胸の奥がざわついている。
「何も『視え』なかった……?」




