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【連載版】そんなに姉が大好きで、私に興味が無いのでしたら私も無関心になりますね  作者: 野良うさぎ(うさこ)


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薔薇会2

 会場の中に入るとそこは大勢の生徒たちがすでに歓談をしていた。


 私達に気がつくと誰もが声を発するのを止める。 


 演奏の音だけが空間に広がる。


 とても学園内の施設とは思えないほどの豪奢で華美な内装。


 受付からの入口は二階に繋がっており、ここは貴族たちの待合室的な場所。


 それなのに、置かれている美術品は心を奪われてしまうものばかり、時間が許すならばずっとここで見ていたい。


 吹き抜けの天井、下の階を見てみると、音楽家たちが生演奏で楽器を弾いていた。会話の邪魔にならない選曲と音量。


 指揮をしているのは……カーディスおじ様!

 私と目が合うとウィンクを飛ばす。


「カーディス音楽隊なのね。教授は趣味で帝国の音楽界を荒らしているのね」


「あははっ、おじ様って多趣味なお方ですね」


「僕、歌ってくるのね! あっ、大丈夫、ちゃんとしたお歌を歌うから安心するの」


 アリスさんが手を振って階段を降りておじ様の元へ向かった。


 私はその後ろ姿を見守ってから下の階へと続く螺旋階段へと進む事にした。


 天井から吊るされている大きなシャンデリアは帝国史で出てくる年代物の魔道具。


 伝説時代と呼ばれている千年前に作られ、数多の戦争や略奪を乗り越えてあるべき場所に収まったと言われている一品。


 この帝国螺旋階段も数多の建築本に載っている有名な美術品の一つ。


 古代帝国の技術と美術の粋を集めた代物。


「セイヤ様、本で見たことあります!」


「美しい螺旋だ。この技術が遥か昔に作られたとは思えないな」


 螺旋階段の先は本会場のフロア。ゆっくりと階段を降りる。


 全校生徒が入っても十分余裕がある空間。


 螺旋階段から見える景色はフロアの不思議な光景だった。


 窓がない? ううん、魔法? 魔道具? 


 壁も窓も仕切りも柱も何もない。ホールと外の世界が繋がっているような不思議な光景。


 まるで中庭でパーティーをしているような開放感。なのに風や外の空気を感じない。


 落ちそうに思えるけど、ちゃんと魔力を感じる。窓に変わる特殊な魔道具が仕込まれているんだ。


「あれは……フロワシェフ?」


「貴族学園学食のシェフですね!」


 コック服姿のシェフが人の背丈ほどある大きなお魚をナイフで捌いている。


 そこに多くの学生たちが興奮した様子で見学していた。


 シェフの隣にいるコックさんが捌いたお魚をその場で調理していた。


 お皿を受け取った生徒が目を輝かせている。

 お料理を食べて生徒が美味しさのあまり身体を震わせて感激していた。


「セイヤ様、先に何か食べましょうか?」


「ああ、料理に気を取られて階段で転ばないようにな」


 うん、本当に転びそう……。


 セイヤ様の腕を少し強めに掴み直して、何事もなく螺旋階段を最後まで降りることができた。


「うん、到着っと……?」


 フロアの様子がおかしかった。まただ、生徒たちが無言でこっちを見ている

 と、その時、静寂の中ガラスが割れる音が聞こえた。


 近くにいた生徒さんがグラスを落としてしまったんだ。


 それでも様子がおかしい。割れたグラスを気に掛けるでもなく、私を見つめていた。

 そして――


「女神様が……、薔薇会に……降臨された……」


 女神様? えっと……え?


 静寂はその言葉を皮切りに打ち破られる。音楽隊がムーディーな曲調から一転、軽快な曲へと変わる。


「美しい……。身体が痺れるほどの感動というのはこの事だ」

「ああ、美の化身である女神様よりも美しいのだろうな……」

「ピ、オネ様? ピオネ様だ! 誰か写真魔道具を持っていないのか? あの美しさを切り取れないのだろうか……」

「バカ、今ここに存在しているからこそ美しいんだろ? 貴族なら俗物的な事をするな」

「妖艶という言葉が相応しい。ああ、何たる事だ。感激で俺は身体が震えているぞ」

「ピオネ様も素晴らしいが、あのドレスとコーディネートは芸術品の域に達している……。はぁ……気品というものを具現化するならば今のピオネ様の事を言っているのだろうな」

「乾杯」「ああ、乾杯」「乾杯!」「ピオネ様に乾杯」


 私は突然の事でどんな反応をしていいかわからない。ちょっとだけ戸惑ってしまう。


 ……うん、気にしないでおこう。


 今日はセイヤ様のエスコートのためにドレスを頑張って選んだから、きっとドレスが良かったんだね。


 紫色のグラデーションがかったドレスは光の加減によって薄紫にもピンク色にも見える。

 私が大好きなお花のサクラと同じ色。

 ピンク色だけだと子供っぽく見られがちだけど、薄紫を基調にするととっても大人っぽく見える。


 私のシルバーの黒髪は丁寧に編み込まれてアップしており、横から垂らした髪がとっても可愛い。この髪型はアンリにお願いしてセットしてもらった。


 ありがと、アンリ。


 濃い紫の派手な髪飾り。


 ドレスの上の羽織ったボレロも同じ系統の紫のもので、細かい丁寧な刺繍はエレガントな雰囲気を醸し出す。実は今日のドレスとボレロと髪飾りはリディアお祖母様が持っていた形見なんだ。


 ……子供っぽい私には似合わないと思ったけど、ううん、似合おうとしなかっただけなんだ。


 今の私はこれを付ける勇気がある。

 過度な装飾は好きじゃないけど、必要最低限のネックレスやピアスもお祖母様のものを借りた。


「……ピオネさん、あっちで飲み物をもらおう」


 あれ? セイヤ様の表情が少しだけ変化した。口元がいつもと違ってへの字になってる。


 私はセイヤ様に身体を任せる。

 私達が歩きだそうとした時、セイヤ様の横を通り過ぎた令嬢が何かおかしなモノを見かけたかのように二度見をする。


「え……?」


 前を見ていなかった令嬢は転びそうになったが――


「気をつけるんだ、ちゃんと前を見て――」


 セイヤ様がとっさに令嬢の背中を支えて身体を起こす。


 何事も無かったかのようにセイヤ様は歩き出す。


 今度は爆発的な黄色い歓声が聞こえてきた。

 涙を流している令嬢もいれば、気絶しそうになっている令嬢もいる、倒れそうになった令嬢は宙を見上げて涙をこらえていた。


「セイヤ様が……氷の皇子様の凍てついた氷が……」

「ええ、あの柔らかい笑み……、心臓を貫かれるようですわ」

「ああっ……、美しいですわ……」

「セイヤ様、何故あなたは皇国の皇子様なのでしょうか? 願わくば一生帝国にいて下さい」

「それにしてもお似合いなお二人ですこと」

「ええ、嫉妬する気も起きませんわ」

「セイヤ様……」「セイヤ様」「セイヤ様に乾杯」「ええ、乾杯」「セイヤ様に三度目の乾杯」「推しに乾杯!」


 私は少し胸が誇らしかった。だってセイヤ様がこんなに皆さんから愛されているんだもん。


 ずっと一人ぼっちだったセイヤ様。この帝国でも嫌な目にあったというのは聞いている。


 セイヤ様は冷たくなんかない。氷の皇子様なんかじゃない。


 セイヤ様はご苦労とされたから、夜会で正装を用意するのも一苦労だったんだよ。


 今回のパーティーは――


 ディン師範が『おう、セイヤ、お前に入学祝いだ。……俺には少し『重たく』て着れなかったんだ。これはお前に相応しい』と言ってセイヤ様に渡した正装。


 後でディン師範は私にだけ言ってくれた。私のカインお祖父様がディン師範に渡した形見の正装。


 普段のセイヤ様もとっても素敵なのに、この正装を着ているセイヤ様は誰がどう見ても皇子様、ううん、皇帝にしか見えない威厳。


 懐かしいな……。あの正装を着たお祖父様を一度だけ見たことあるんだ。


 白を基調としたロングのスーツには金色の刺繍がとっても映える。


 鮮やかな黒のファーが付いたマントは深い赤色にこれまた金色の刺繍が散りばめられている。


 この正装が似合うのはお祖父様とセイヤ様以外絶対いない。


 カーマイン家のわたしが断言するもん。


 給仕の方から飲み物を受け取り、私達は軽い乾杯を交わす。と、そこにレオン様と侍女のクラリスさんがやってきた。


「二人とも、楽しんでいるか? ん? その正装は……」


 少し疲れた顔のレオン様がセイヤ様と私の服をじっと見つめる。


「……懐かしい、な。ピオネ、リディア様と瓜二つだな。……美しくも怖い令嬢になりそうだ、と俺は思う……。それにセイヤ――」


 なんだろう、レオン様の様子がいつもと違う。まだパーティーは始まったばかり。酔っているわけではないし、レオン様は酒豪だから全然酔わないはず。


「どうしました?」


「いや……、似合ってると思うぞ。俺には着る資格が無かったからな。……カインさんも喜んでるだろうな。ははっ、俺は少し中庭で夜風に当たってくる。少し昔の事を思い出して、な。カインさん、俺はあなたみたいになれたか……」


 レオン様はまるで子供みたいな表情だった。少し泣きそうな顔をしながら沢山の料理をお皿に乗せて、侍女のクラリスさんと一緒に中庭に行ってしまった。


 私達は顔を見合わせて首を傾げる。

 よくわからなかったけどいつかわかる日が来るかな?


 と、その時、音楽隊の曲調が変わった。これはダンスの音楽だ。

 私達の周りの生徒たちがお互いのペアと踊り始める。


「ピオネさん、いかがですか?」


 役者のような口調と仰々しい仕草で私に礼をするセイヤ様。


「ええ、よろしくてよ。ふふっ」


 私も精一杯の演技でセイヤ様に応える。

 ゆったりとした曲調、それに合わせてセイヤ様が動く。私はセイヤ様に動きを合わせる。

 セイヤ様は耳元で囁く――


「実はまともに踊った事が無いんだ。この日のためにルアン兄さんから教わった。もしかしたらピオネさんと踊るかも知れないと思って」

「完璧な姿勢ですよ、ふふっ、不思議ですね……」


 吐息を感じる距離。男性は苦手なのに、セイヤ様だとなんで大丈夫なんだろう。


 本当に不思議。


 セイヤ様のダンスは少しだけぎこちなかったけど、すぐに私をリードできるほどの動きを見せる。


「何が不思議なんだ?」


 私もセイヤ様の耳元で囁く。


「だって、一ヶ月前までは私達……学園で会ったとしても会釈する程度の仲でしたから」


「ピオネさんの邪魔をしちゃ悪いと思ったからさ」


「ええ、あの時の私も私です。ディット様に恋をしていた。忘れたい過去ですけど、あの時の私が行動しなかったら記憶も思い出せませんでした」


 初恋は泡となって消えてしまった。無駄な感情が消える、本当に不思議な経験。


 でもね、本当にディット様の事を愛していたら、あの恋は絶対に消えなかった。


 だって――恋は無駄な感情なんかじゃないもん。


「セイヤ様は本当にジゼルへの恋心を消してしまったんですか?」


 この一ヶ月間、私はセイヤ様とずっと一緒にいた。

 セイヤ様が何か隠しているような気がした。

 時折見せる後悔にも似た感情。


 セイヤ様は私の言葉に応えるように、私の背中に手を回した。とても力強い、包容にも似た形で――




「……最初から、そんなものは存在していなかったんだよ、ピオネさん」



「え?」


 セイヤ様は微笑を浮かべ私を見つめる。そして曲調が変わる。ダンスのリズムが速くなり、セイヤ様はなんだか嬉しそうに踊っていた。


 そんなセイヤ様を見て、私もそれ以上は何も言わずこのダンスを楽しむ事にした。


 私達の周りに人垣の輪ができる。

 難しいダンス曲で有名な『ディエイトの狂騒曲』。古典とニューウェーブの融合曲。


 激しい曲は最後に緩やかな情緒ある流れへと変わる。


 そして――


 曲の終わり、余韻に浸りながらセイヤ様は私の前に跪いて手の甲に口づけをした――

 静寂――一転して大歓声と拍手の洪水。

 私達は顔をあわせる。こんな拍手を貰えるとは思わなくて驚いた。

 私とセイヤ様はみんなに礼をして締めくくる。




 が、そこに喧騒と呆れ声が飛び込んできた。


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