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公爵令嬢ピオネの初恋4


「ディ、ディット様――」


 先に振り向いたのは姉のジゼル。『あらあなたそこにいたの?』といった無関心な表情。


 ジゼルがディット様の肩を叩く。……その仕草が本当に気安くて心の奥にある嫉妬心が強く燃え盛る。


「あっ……やべ。……ごほんっ、あははっ、ピオネちゃん、ごめんごめん、研究がギリギリで学園から直接来ちゃったんだ。ささ、そんなところで立ってないで一緒に中へ入ろう」


 私はディット様に促されて夜会会場の中へと入ることにした。……三人で。

 そして、給仕から飲み物を手渡されて三人で乾杯をすると、ディット様は私を見ながら変な顔になった――


「ピオネちゃん? なんだかチグハグな格好だね。ピオネちゃんは可愛らしいドレスが似合うと思うけどさ。それに足がプルプルしてない? ああ、ヒールを履いてるんだ。ぷははっ、大人っぽくなりたい年頃だもんね」


 心臓が止まりそうになった。恥ずかしさで顔から火が吹き出しそうだった。


「は、はい、その……、高等部になったので、少し大人っぽく……」

「別に無理しなくていいんだよ。――あ……えっと、まあ別にドレスなんてどうでもいっか。あのさ、聞いてよ俺さ、上級魔法の研究が成功したんだ!ジゼルの論文が決め手だったんだぜ――」


 ――どうでもいい……。その言葉が私の胸に突き刺さる。心の中でピピンちゃんを抱きしめて平静を装う。

 ディット様は私の変化に気づいていない。うん、大丈夫。


 そして、ディット様はもう私との会話は終わったとばかりにジゼルとの研究成果を報告する。さっきまでとは全然表情が違う。熱が籠もっている。目が輝いている。


 隣にいるジゼルに合いの手を求めながら私に説明を続ける。


「いや〜、過小魔力で上級魔法を使える論文を作っていたんだけど、どうしてもあと一歩何かが足りなかったんだ。ずっと学園で研究していたんだけど、増幅装置は間違えてなかったし、術式も問題なかった」


 ジゼルも嬉しそうに微笑んでいた。そっか、二人はずっと学園で一緒にいたんだ……。今夜は……高等部入学祝いの夜会なのに。


「ただの素材だと思っていた『月夜の花』が決め手だったのよね。ふふ、私じゃなかったらあの素材の価値に気がつけなかったわね、ディット」


「いやいや、今回は完敗だ。ジゼルのおかげだぜ。へへ、ありがとうな。それで上級魔法の発動は順番があって――」


「そこら辺の術式回路はやっぱりディットは天才なのよね。私ではその領域にたどり着けないわよ」

「ははっ、そんなに褒めんなよ。ジゼルがダンジョンで取ってきた魔法付与の指輪も役に立ったしな」


 人差し指にはめている綺麗な指輪。嬉しそうに笑うディット様。幼い頃と一緒、その視線の先にはジゼル。


 私の事はもう見てもいない。

 三人でいるのに……一人ぼっち。

 私は下を向いてしまった。


 頑張って履いたヒールだけが視界に広がる。滲みそうになる視界をドレスの袖で拭う。

 ――練習。ピピンちゃんとお話の練習したんだ。だから――頑張らなきゃ。


「あ、あのディット様、じょ、上級魔法ってどんな魔法ですか!」


 ディット様は私を一瞥した。


「えっ、上級魔法は学園で習うよ。というよりも中等部でも習ったよね。ははっ、常識だね」


 心底不思議そうな表情のディット様。私は選択肢を間違えたと思った。背中から汗が吹き出す。


「あ、あの、その……、私、魔法が得意じゃなくて……、ディット様に色々教えてもらいたくて……」

「ああそう、えーと……」


 ディット様は心底どうでもいい、といった返事だった。無関心なんだ、私には……。

 怖い、すごく怖い。


 心が急速にしぼんでいくのを感じる。


 私が路傍の石のように思えてしまう。


 偽物の笑みが張り付いて取れない。


 なんで、ジゼルの事ばかり……。私、今日頑張ってお化粧したんですよ!! そう言いたかった。大人っぽい装いでディット様を驚かせたかった。


 でも私にはそんな事言えない……。


 言って嫌われるのが怖い。……でも、嫌われてさえいない。私はディット様にとってどうでもいい存在。

 ディット様の隣にいるジゼルは優しげな表情でディット様を見ていた。ディット様はそれに気がつくと自然な様子で微笑む。


 分かっている。ディット様はジゼルの事を愛している。そんな事周知の事実。学園の生徒がみんな言っている。


『ディット様にはジゼル様がお似合い』『婚約者を間違えた公爵家』『出来損ないのピオネはディット様から相手にされていない』


 帝国の貴族にはよくある事。婚約者がいようが愛人を作るのが普通。

 多分、私がディット様と結婚しても愛される事はないだろうな……。



 ――仮面婚約者なんだ、私……。



 悲しいけど泣いちゃ駄目。私は知ってる。ディット様はすぐ泣く女の子は好きじゃないって。


「――あのさ魔法の事を教わりたいなら最高のプレゼントがあるよ! ピオネちゃん遅れたけど高等部入学おめでとう! 君はあんまり真面目に魔法の授業を受けてないみたいだけど、これを見れば君もジゼルみたいに魔法のスペシャリストになれるよ。はい、この論文をプレゼントするね。しっかり勉強するんだよ。あっ、ジゼル、あそに魔法省の首席研究員がいるぞ! ジゼル、あの人に会えるのはレアだから行こう!」


「うん、もちろんだわ!」


 私の方を見ずに適当に手渡されたのは『ジゼルが書いた魔法論文書』。ディット様とジゼルは何も言わずに私の元から去っていった。


「あっ――」


 心の中の何かが溢れ落ちた。


 いつの間にか手に力が入っていた。握られた拳が赤くなっている。

 口から血の味がした。何かを堪えるようにすごい強さで歯を食いしばっていた。

 胸が締め付けられる。苦しい。


 ディット様のせいじゃない。努力しても出来損ないな自分自身が許せなかった。


 ――結婚して一生この感情が続く。


 そう思った時、心臓が凍てつくような寒気に襲われた。


 泣きたい気持ちも悲しい気持ちも何故か凍てついた。


 それでもディット様を慕う気持ちがなくならない。


 無くならないからこそ胸が苦しくて痛くなる。


 初恋ってなに? 恋ってなに? 嫌いになりたいのになれないのはなんで?


(あはは、なに、これ? こんなに苦しいのに……私バカみたい……)


 周りの子息令嬢が私を見ていた。表情には出していないけど笑っているような気がした。

 一人ぼっちで立ち尽くす私。

 寒気は孤独感に変わり……、私は逃げるように誰もいないバルコニーへと移動するのであった。



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