デート待ち合わせ
待ち合わせの1時間前。予定よりも早く帝都中央駅に着いてしまった。
早すぎるのは分かっているのに身体が勝手に動いていたというか、気が急いて駅に向かっちゃった。
駅前のケルベロス噴水広場。帝国では縁起物とされている獣神ケルベロスの噴水が有名な観光名所でもある。
このケロベロス噴水像の前で告白するとカップルは幸せになれるという伝説がある。
「うーん、これが観光名所っていまいちわからないよね。噴水だし……、見慣れているからかな?」
嫌な事を少しだけ思い出してしまった。
私が中等部の時、ディット様とここに一緒に来たくて誘ったんだ。ケルベロス噴水像の前で告白をすればきっと振り向いてくれると思って。
『ああ、わかった! 研究が終わったら行くよ!』と言われて、今度こそ来てくれるって思ったんだ。
手紙を徹夜で書いて送って……ずっと待っててもディット様は来なかった。
うん、やっぱりあのケルベロス像を見ると嫌な事を思い出しちゃう。
そんな事を言ったら帝都のどこへも行かれなくなる。
「嫌な事は忘れちゃえばいいんだよね……。きっとこのケルベロス像も良い思い出に変わるかも知れないよね」
噴水の前のベンチに座る。
休日の駅前には様々な人々が通り過ぎる。
――そういえば誰も私が公爵令嬢ピオネだって気が付かなかった。
公爵令嬢の顔は帝都に知れ渡っている。それも出来損ないの妹の方、として。同級生とすれ違っても反応もされない。
と、その時視線を感じた。
視線の先には二人組の若い男の人たち。何やら私の事を指さして相談している。
なんだろ? こっちに歩いてくるけど……。
軽薄な笑顔が印象的で――あれ? 急に恐怖に駆られたハムスターみたいな顔になってる? 二人組みの男の人たちは走って逃げてしまった。
後ろから声が聞こえてきた。
「ピオネさん……まったく……本当に自分に無頓着なんだから……」
「セイヤ、様?」
振り向くとセイヤ様が腕を組んで立っていた。
「わぁ……、とっても素敵なお洋服……、カッコいいセイヤ様にとっても似合いです! 髪型も変わってるね!」
セイヤ様が突然現れた驚きよりも、その御姿に驚嘆の声が出てしまった。
肩まで届いていた黒髪が綺麗に切られ、帝都の若者に人気の流行り髪型になっていた。
そういえば私服のセイヤ様を初めて見たかも。今までずっと学園服しか見た事なかった。
私服のセイヤ様は……歌劇や水晶映画に出てくる主人公みたいな着こなし。
セミロングの春物のトレンチコートは大人の香りが漂い、仕立ての良いシャツの上に暗い赤色に近いカーディガンを着こなし、胸には見たことのない鉱石で作られたブローチ。……よく見るとうさぎさんの耳みたいな形をしている。
ギラギラしすぎていないそれはセイヤ様の気品さを向上させている。
付けているネクタイとブローチの色が同系色。淡いチェック模様とスラックスに足元は少し厚底のブーツ。
セイヤ様、ちゃんと帝都の流行りを押さえている!
「ふふっ、ブーツがお揃いです。あっ、すいません、おはようございます。……あの、約束の時間はまだ先ですよね?」
セイヤ様は正面から私を見て動かなくなった。
少しだけ口を開いている。
手が動く。顔を隠すように口元を触る。
「セイヤ様?」
「………………ああ、おはよう、ピオネさん。とても綺麗で言葉を失った」
「もう、お上手ですね、セイヤ様は。えへへ、わたし楽しみで早く来ちゃいました」
「俺もだ」
「なら行きましょうね! まずは鍛冶屋でいいんですか!」
セイヤ様の視線は私の胸元のブローチに注がれていた。
「ピオネさん、そのブローチはどこで……」
「これですか? セイヤ様のブローチとお揃いですね、うさぎさんの形で。これはカーディスおじ様のお店で、ひと目見て気に入って買ったんですよ。ずっとお店に置いてあったのに誰も手に触れなかった一点物ですよ! これ、不思議なんです、作った人の気持ちが伝わってくるっていいますか、付けていると穏やかな気持ちになれるんだです」
「そう、か……」
「はいっ! きっと素敵な方が作られたんですね!」
そして私はベンチから立ち上がり歩きだそうとした。
あれ? セイヤ様?
数歩歩いてセイヤ様が付いてくる気配がなかったから後ろを振り向いた。
「ピオネさん、3分だけ、待っててくれないか? 少し気持ちを落ち着けたい」
「ええ、わかりました。じゃあ待ってますね」
一瞬だけ見たセイヤ様の顔は真っ赤に染まって震えていた。
セイヤ様に何があったかわからない。でも、これだけはわかる。悲しい事じゃない。嬉しいこと。
感情が満ち溢れて感極まる。先週の私みたいだったから。
セイヤ様に背中を向けて私は独り言のように呟く。
「確かアンリが言ってたっけ。待つ楽しみもデートの醍醐味だってね」
たったの数分。
背中をポンと押される。
横を見るといつものセイヤ様に戻っていた。
「待たせたな」
「ううん、そんなに待ってないですよ」
こうして私達の……デートが始まった――




