努力で全てを乗り越えようとした男
『皇子公爵令嬢誘拐未遂事件』
事件は未遂で終わったが、あの事件の後ピオネさんは子供の頃の記憶を失った。俺との思い出は全て消えてしまった。
ピオネさんが無事ならそれでいいと思った……。
あの日、俺は燃え尽きたんだ。愛する人を守るために、全力を尽くし、限界を超えて戦い続けた。
婚約者たちのお茶会『ロイヤルブラッド』もあの日を最後に再開する事は無かった。
そして、俺達は決して交わらないレールの上に置かれる。
だが、それでいい、と自分に言い聞かせた。
膨れ上がるピオネさんへの想いを隠しきれなくなっていた。
本来の婚約者であるジゼルと向き合う必要があった。
それが俺の使命なんだから……。
***
「あ、あのさセイヤ様って結構強いじゃない。……あ、あの日、私を助けてくれて、あ、あ、あり……、ううん、助けるのは当たり前よ。もっと早く助けなさいよ!」
あの事件の日以来、ジゼルの態度が少し変化した。理由はわからなかった。
以前は名前を呼ばれた記憶がない。お前、あなた、としか呼ばれていなかった気がする。
「セイヤ様の剣術ってまあまあじゃない? 魔法ほどじゃないけどね。……まだ火魔法しか使えない? はぁ、ディットなんて上級魔法が使えるのに……」
「デ、デートの誘い? ば、馬鹿じゃないの? べ、別に図書館なんて興味無いわよ。どうせなら魔法研究所にしなさいよ。こっちは研究で忙しいのよ」
中等部になり、俺は帝国貴族学園に入学することになった。
ジゼルがいる学園。俺は婚約者らしくジゼルの教室へ会いに行ったり、昼食を誘ったり、様々な努力を重ねてみた。
しかし――
「け、研究の邪魔しないで。ディット、そう、ディットと用事があるのよ」
「昼食は生徒会室で研究しながら食べるから……、その、一緒にはいられないわ。部外者は立ち入り禁止よ」
「なんで教室に来るのよ! ほ、他の令嬢に見られたら――ううん、なんでもないわよ。さあ早く帰ってちょうだい!」
何故だろうか? あの事件以来、俺は前よりも嫌われているような気がする。
顔を真っ赤にしながら叫ぶようにツンツン怒るジゼル。
あの事件のときに、俺は婚約者であるジゼルも守り通した。……嫌われるような事をした覚えがない。
それでも理由はわかる。俺が魔法を少ししか使えないからだ。自由都市の落ちこぼれというレッテルは
ここでも健在だ。
フィルガルド貴族学園でも俺は一人ぼっちだった。それでいい。
俺は婚約者のジゼルと距離を縮めなければいけない。それさえできれば構わない。
――心の奥で何かが暴れるが、そんなものは押さえればいい。心を殺せばいい。
ジゼルは婚約者だ。
ジゼルを愛さなければならない。
愛というものは十分に理解している。だから、ジゼルを愛するように努力すればいいだけの話だ。
そんな事を考えると胸が痛くなる。心の奥底にいる『あの人』の事は考えない。
考えると苦しみが襲いかかるからだ。
だから、俺は努力を続けた。
落ちこぼれと言われている評価を覆すために、血の滲むような努力を――
魔法が使えなくても誰にも負けない強さを。
研究者にも匹敵する知識を。
皇子として貴族としての品性を。
そして、婚約者としての愛し方を。
ロイヤルブラッドが行われていた時の方が、まだジゼルとの距離が近かったような気がした。
俺の前には大きな壁がある。
誰の目から見ても一目瞭然。ジゼルはディットの事を愛していた。また、ディットもジゼルを愛している様子だっった。それは学園の常識として存在していた。
……それでも俺はジゼルを愛さないといけない。
結局、中等部の卒業間際までは俺が何をしても嫌われてしまった。
俺は考えに考えた。
ジゼルへの想いを書き綴った手紙。デートの誘いの文言。ありったけの努力で想いを作り上げた。
以前一度だけジゼルに誘われて帝都中央区の洒落たカフェに行った事がある。
その時はディットとの待ち合わせの時間潰しだったが、ジゼルは『ふふっ、私ね、このカフェ大好きなのよ』と言っていたのを覚えている。
ジゼルの大好きなカフェで二人だけのお茶会を開いて、ジゼルが喜ぶプレゼントを渡そうと思った。
直接高等部の教室に行くと嫌がられるから、廊下で呼び止めて校舎裏につれていく。
「大事な話がある。この手紙を今ここで読んでくれ」
ジゼルは「ふーん、あっそ」と言いながらも金色の巻き巻きに巻いた髪を指で弄びながら手紙を読んでくれた。
ジゼルは俺と目が合うとしかめっ面で嫌そうな顔をし、髪を指で弄ぶ癖がある。
今回も顔を真っ赤にして嫌そうな顔をしていたが、俺の想いは少しだけ伝わったようだ。
「いいわ、明日の19時にカフェね。多分行けるわ」と言って、俺から逃げるように去っていくジゼル。
俺はその後ろ姿を見てどう思ったんだろう? 嫌な予感? 信じてもいいのか?
……大丈夫だ、俺達は婚約者なんだから。
ジゼルのためにプレゼントを用意した。
今までどんなプレゼントをあげても喜ばれた事はなかった。
『貧乏臭いデザインね。こんなものはいらないわよ。は、早くどっか行きなさいよ!』と言われ、眼の前で捨てられた時もある。……しかし、不思議な事に俺があげたプレゼントそっくりな物を身に着けている時もあった。きっと、俺からのプレゼントが気に食わなかったんだろう。
今回はかなり前から準備した。
魔法研究が好きなジゼルが喜びそうなモノ。それは論文だ。
研究者がそれを見て驚くような論文を書く。
共和国上級のダンジョンに潜り、階層主を撃破して立証した剣術理論を元に書き上げた論文は会心の出来であった。
『剣術物理系魔力学研究の論文』。
ルアン様とディン師範にその論文を見てもらった。
彼らが目を見開いて驚いていたほどであった。
そしてもう一つはちっぽけな俺の魔力を込めたブローチの形をした手作りの魔道具。
ジゼルは俺がプレゼントするアクセサリーを受け取った事はない。魔道具ならジゼルもきっと受け取ってくれる。
ただの魔道具ではない。
材料は王国の上級ダンジョン最奥で希少な鉱物を手に入れた。魔力吸収率が非常に高く魔力をいくらでも保存できる素材。
俺が唯一使える火魔法。うまく使えば簡単な加工もできる。
そう思った俺は、元々は公爵領で営んでいたが最近越してきた『カーディス茶屋雑貨店』へと向かった。
店主のカーディスさんからブローチの作り方と希少鉱石の取扱い方を教わり、火魔法を使って魔道具を一心不乱に作り上げる。
炎は自分の想いを形作る。炎は相手に魔力を授ける。炎は姿形を変えてどんなモノでも作れる。
愛する人、愛すべく人を思い浮かべながら俺は炎を操った。
しかし出来上がったモノは――
乾いた笑い声が出ていた。
「……これが俺の想いなのか……」
明らかにジゼルの好みではない可愛らしいうさぎさんの形をした魔道具【ブローチ】。
ずっと忘れようとしていたピオネさんを思い出してしまった。
罪悪感、後悔、あの頃の温かい思い出、愛情が俺に襲いかかる。
はっきりと思い出す、ピオネさんへの愛情。こんなにも苦しいなら……感情なんて消えてしまえばいい。
出来上がったブローチを握りしめながら、俺はそれを投げ捨てようとした。
が……、
「魔道具、これは魔道具だ。……魔道具ならジゼルも受け取ってくれる」
俺は自分の心を制御して魔道具を包むのであった。




