学園の氷の公爵令嬢
「……結構です。あなたの事は知りませんので」
これで何度目だろうか? 休み時間のたびに私の元に貴族子息がやってくる……。
他の教室や上級生までもがやってきた。
いい加減私がうんざりした所で、この教室の平民? の女の子が私目当ての子息を追っ払ってくれた。
「あ、あの……目障りなんで帰ってください! 気持ち悪いです!」
「平民上がりの名誉男爵が気概を見せているならば我々貴族も頑張らないとな」
「おう、ピオネ様の平穏のために」
「私達も気が休まらないしね」
「お昼時くらいゆっくり食べてもらいたいわ。ちょっとそこの髪が薄い子息! 勝手に教室に入らないで!」
「あなた、どこの家柄、男爵子息? おほほっ、このわたくしが辺境伯令嬢だと知っていまして?」
それをきっかけに他の令嬢子息たちも教室にやってくる厄介子息たちを追い出してくれた。
この状況に戸惑っている私に平民の女の子が声をかけてきた。
「ピオネ様、教室だと落ち着かないと思うから違う場所でご飯食べてね! ここは私達に任せて!」
「え、ええ……」
私に熱弁する平民の女の子。なんだか素直に言う事を聞けた。
そして私が教室を出ようとしたら意外な人物が待ち構えていた……。
「ピ、ピオネちゃんっ!! い、一緒にご飯を食べないか!!」
数人の取り巻きを引き連れた第五皇子ディット様が私の前に現れた。
「あの……なんで私とお食事を一緒にする必要があるんですか? ジゼルと間違えていませんか?」
「そ、そんな事はない! 俺たちは婚約者なんだからこの昼休みを一緒に過ごそう! さあ、生徒会室へ――」
と、そこに平民の女の子が割って入ってきた。
「あの、ピオネ様が嫌がっていますのでやめて下さい! ささっ、ピオネ様、お好きな場所へ」
「うん、ありがと! またね!」
平民の女の子が頬を真っ赤に染めてにこりと笑ってくれた。そして平民の女の子がディット様の前に立ちふさがる。
「ちょ、ちょっ? お前誰だよ? 俺の事がわからないのか!! 俺は帝国の皇子ディット様だ! そこをどけ!」
「はい、自分の事を様付けして呼ぶ男なんて知りません! 私、物知らずの平民ですから!」
取り巻きの声も聞こえてきた。
「ディット様、駄目です。この平民はレオン様が直々にこの学園に入学させたアンタッチャブルな存在です。絶対に力で解決してはいけません! レオン様に処罰されます!」
「ぐぐっ……あのクソ兄貴っ! あぁ、ピオネちゃんが……」
私は廊下を足早に通り抜ける。ディット様の嘆きの声だけが廊下に響く。
あっ、そういえば手紙を返信しなかった理由をちゃんと聞いたことがない。うーん、一応確認しないと気持ち悪い。いつか機会があったら聞いてみよ。
そんな事より私は行きたい所がある。それは『学食』。
貴族学園の学食は帝都でも美味しいと評判。私は一度も行ったことがない。
昔の私は大勢いる中で一人でお食事するのが怖くて行けなかった。
でも、今なら――
***
貴族学園学食『アトリエフロワ』
校長先生が帝都の街で直々スカウトしたシェフ『フロワ』さんが取りまとめている学食。
噂でしか聞いたことがないけど、フロワさんは帝都で見たこともない料理を作れると評判でとても美味しくて大人気らしい。
昼食はビュッフェスタイルらしく、学生たちで賑わいを見せている。
……ど、どうすればいいんだろ?
一人でカフェにも入った事がない私は戸惑ってしまった。
お会計は後なのかな? 先なのかな? 誰か案内してくれるのかな?
入口に変な魔道具がある。そこに学生たちが集まっている。
マニュアルらしき張り紙があるけど、学生たちの山でよく見えない……。
「ピオネ様だ」
「あれが噂のご令嬢……」
「お近づきになれれば。俺、行ってくる」
「バカ、やめろよ。公爵家のご令嬢だぞ!」
「学食ではナンパが禁じられてるんだぞ!」
一人の子息が私に近づいて来ようとしたが、顔を青ざめさせて後ずさる。
「……セ、セイヤ……君」
え? セイヤ様?
後ろを振り向くと、いつもの無表情のセイヤ様がそこに立っていた。
「俺の連れに何のようだ? 用がないなら大人しく飯を食べろ。ここはナンパの場所じゃない」
去っていく子息を見つめながらセイヤ様はため息を吐いた。
「ふぅ、ピオネさん。あなたは今学園でも有名人だ。確かにこの学食は食事を楽しむための場所で……」
「あの……、セイヤ様? す、少し恥ずかしいのですが……」
セイヤ様のお顔がとても近かった。内緒話をしているみたいな距離感。
顔が熱くなっていくのがわかる。
「……すまない。つい昔のクセで。ところで、今日は学食なのか?」
「はい! 美味しいと評判の学食を味わってみたかったので」
「なら付いてこい。初めてだとわからない事が多いと思う。俺が説明をしよう」
「お昼、ご一緒していいですか?」
「……ああ構わない」
セイヤ様が動くと令嬢たちの感嘆の声が湧き上がる。
「あのセイヤ様が誰かを一緒にお食事を!」
「とても喜ばしい事ですわ」
「ピオネ様でしたら安心ですわね」
「セイヤ様のご尊顔を拝見するために学食へ通っていましたが……今日は良い日になりそうですわ」
面白い事に一定の距離以上は誰も近づいてこない。
私はセイヤ様に食券の買い方を教わって、一緒に席に着くことになった。
札をテーブルに置いて料理が陳列してある所に向かう。
セイヤ様は手慣れた感じでトレーを手に取って私に手渡した。
眼の前には沢山の料理が並んでいる。
見るからに美味しそうな料理たち。
熱々のスープはじゃがいもとハーブを煮込んだ帝国地方の郷土料理。王国で流行りの香草とレタスと塩ビネガーを合わせたサラダ。南の魔族領から取れたお魚を使ったムニエルや焼き魚、それに超大国で人気の小籠包という、餡を皮で包んだお肉料理やこんがり揚げた豚肉、自由都市皇国の鉄板料理のローストビーフにローストチキン。
それだけじゃない、見たこともない料理やサイドメニューも盛り沢山。
「うわぁ……、すごいです。目移りしちゃいますね……。これ全部食べていいんですか?」
「ああ、好きな物を取るんだ」
そう言いながらもセイヤ様はお皿に料理を取り始めた。私も後に続いて料理を取り始める。
「……ピオネさん、お肉ばかりだけじゃなく野菜も取るんだ」
「バレちゃいました?」
「まったく、俺がピオネさんのサラダ皿を作ろう」