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学園の氷の公爵令嬢


「ねえ聞きました? 同級生のピオネ様がディット様と本当に仮面婚約者ですって……」


「しぃー、声が大きいですわよ。私は中等部の時に一緒のクラスでしたので有名な話で」


「それにしてもピオネ様とても美しくなられたわ。あれなら薔薇会でさぞ目立つでしょうね」


「あのさ、元から綺麗じゃなかった?」


「同年代としては少し幼い見た目でしたが、確かに整っていましたね」


「あの噂は本当ですか? 戦術対抗戦部の生徒が朝練をしている時にピオネ様らしき人が上級魔法を使いこなして――」


「ジゼル様が妹に見えてしまいますわね。ディット様は見る目が無いですね」


「私、この前の夜会でレオン様に叱られている二人を見ましたわ。少し幻滅ですね」

 

 フィルガルド貴族学園高等部一年A組。


 授業の合間の休憩時間。


 この学園はクラスによって高位貴族を固めたり、同じ実力者で固めたりする事はない。様々な身分の生徒が集まる教室。


 殆どは貴族だけど、数人の平民や名誉男爵も在籍している。


 貴族は高度な教育を受けたと言ってもそこは年頃の女の子。昔みたいにガチガチの作法は文化的に廃れていった。


 優秀な平民が貴族になったり、腐敗していた貴族が没落したり、今の帝国の情勢は安定していると思う。


 噂話は夜会のネタになるから仕方ないけど、ちょっとうるさすぎるね……。


 私がスキル成長で変化してから一週間。


 有意義な休日も終わり、学園の日々が始まった。


 授業はとても新鮮だった。昔ならディット様への恋煩いのせいで授業に身が入らずボケッとしている時も多かったね。


 頭の中の整理は大方終わった。


 幼少期の記憶は生きる上に置いてとても大切な事柄だったんだ、と認識した。


 それもそうだよね、子供の頃でその人の人格が決まるくらい重要な時期なんだし。


 私はその部分の記憶を失っていたんだ……。


 でも、すぐにセイヤ様に会えて良かった。


 ふふっ、あの頃と全然変わってない。無表情に見えて冷たい雰囲気はあるけど、すっごく優しさを感じられるもんね。


 ふと、前の席の令嬢二人の話が耳に入ってきた。セイヤ様の話してる!


「ねえ、聞いてくださる? あの『氷の貴公子』セイヤ様が笑顔になってる姿をお見かけしたのよ!」


「あらまあ! ど、どうでした? どこで見たのですか!!」


「〜〜〜〜っ、もう最高っ! 遠くの空を見つめながら思い馳せて緩むお顔……。休日の帝都よ。中央区でお買い物をしていたら偶然見かけたのよ」


「ちょっと、私その時臨海地区にいたわよ……。呼んでよ、もう。写真魔道具を貸せばよかったわ〜」


「ふふ、私の心に刻まれているわ。それに勝手に撮っちゃ駄目よ」


「わかってるわよ。断られたら撮らないわよ。それにしてもやっぱりセイヤ様が一番よね〜。自由都市皇国でご苦労されたって聞きましたわ。魔力が少なくて……」


「ええ、努力家でそれを誰にも見せないで……、鍛え上げられた天才的な剣術は学園で敵なし!」


「剣術だけじゃなくて、勉学も優れていて、論文は帝都で話題になっていましたね。……でも、学園ではセイヤ様に対して否定的な生徒もいるのも否めないわ」


「少し冷たそうに見えるだけよ! 私達が推してみんなの評価を変えるのよ! セイヤ様は最高よ」


「ええ、最高ですわ。最推しですわ!」


「推しは推せる時に推さないと」


 私の前に席にいる令嬢たちがガッと固い握手を交わしていた……。

 令嬢たちからは不穏な力強いオーラを感じる……。


 えっと、セイヤ様ってそんなに人気なんだね。噂では少し聞いていたけどすごいね。頑張ったんだね。

 セイヤ様のお陰で私は剣術道場に入門することが出来た。


 現在の門下生は私とセイヤ様のみ。世界各地でディン師範の道場を卒業したお弟子さんがいるって聞いたんだ。いつか会えるのが楽しみ!


 それにしても充実した週末だった。

 セイヤ様が気絶から回復して私が弟子入り出来たことを聞いたらすごく喜んでくれた。


 でも、午後から用事があったらしく『……くっ、約束の時間が迫ってる。悪いが俺は出かける。――また会おう』といって大荷物を持って出ていってしまった。


 次の日の休日も道場に来なかったけど『あいつか? ああ、ちいとルアンと一緒にトラブルに巻き込まれてな。ははっ、明日にはひょっこり顔を出すと思うぜ』と言っていた。


 私はこの週末、師範から基礎の基礎から剣術を教わった。


 憧れは現実へと変わる。現実は憧れを超えることができる。


 やるからには目標は帝都最強の剣士。だって、冒険譚の主人公はみんなそうでしょ?

 道場を後にした私は帝都の街並みを楽しみながら散策した。


 お菓子屋さんにレストラン、仕立て屋さんに雑貨屋さん、大きなカフェに驚いたり、動物の売買ができるお店を見学したり、すごく楽しかった。


 なんだろう、昔と違って、景色に色が付いたみたい。


 もちろん昔もちゃんと見えていたけど、何かが違う。全部新鮮に見える。


 そういえば昨日中央通りで見かけたお茶屋さん。店内には帝国内のお茶や海外から取り寄せたお茶が可愛らしく梱包されて沢山並んでいて、とっても素敵な空間だった。


 お茶だけじゃなくて雑貨も売っているみたい。


 昨日は時間が無かったからちゃんと見られなかったけど、今日の放課後に寄ってみよう!


 あのお店だけ色が違った。光っているように見えたんだ。きっと素敵な品物との出会いがあるはず。

 これからはお茶も自分で入れてみたい!


 ちょっとした事だけど心がウキウキする。昔のウジウジした自分が本当にどこかへ飛んでいったみたい。

 頭の中で色々な計画を立てる。自分に足りない事が沢山ある、やりたい事も沢山ある! それがとても充実している。


 ――と、今度は後ろからクラスメイトの声が聞こえてきた。


「ジゼル様の話聞きました? なんでも本当はセイヤ様の事を愛してるって言ってるらしいのよ」


「ええー、ディット様とあの距離感でそれはちょっと……ねえ?」


「ですわよね……。仮にセイヤ様を本当に愛していたとしても妹の婚約者様と『愛人』という噂になるのは

いかがかと思いますね」


「ジゼル様は今までと違って積極的にセイヤ様と距離を詰めようとしてらっしゃるわ。でも、あのセイヤ様ですから。こっちまで凍えそうな態度でしたわ」


「だって、色んな事件がありましたから……、とある夜会ではセイヤ様のお顔にワインをかけたり、東の国で有名なツンデレだかなんだか知りませんが、罵倒に近い言葉を公衆の面前で言ったり……」


「多分、私達が知らない所でセイヤ様はもっと苦しい目にあっていたと思いますわ」


「お労しや……」


 ……セイヤ様は私と同じ『だった』。セイヤ様の雰囲気も以前とは違っていた。ということはスキルを使ってジゼルへの愛情を消したと思う。


 私は自分の胸に手を当てる。ディット様の事を考える。無関心という言葉しか思い浮かばない。

 愛するという感情はなくなった。『スキル成長』によって無駄な感情を消費した。


 だから、私はほとんどの感情を失ったと思った。

 でも、そうじゃなかった。


 大切な感情は全部残っている。あのガラスが割れたような音が聞こえた時、全ての記憶を取り戻した。

 失くした感情以上のものを私は手に入れた。それは過去の大切な思い出。


 私の人格形成に必要不可欠な記憶。


 昔、私が時折思い出していた『誰か』はセイヤ様だった。


 私達は友達だった。二人で駆け回って遊んでいた。別邸の書庫で一緒に読書もした。


『ピオネさん、これあげるよ。友達が居れば寂しくない』といって、ピピンちゃんをくれたのはセイヤ様だった。


 お部屋にあるうさぎのぬいぐるみのピピンちゃん。


 もしかして、大人の感覚を手に入れたからもう無関心になるかと思って怖かった。

 

 でも、違ったんだ……。


 ちゃんと抱きしめて愛情を確かめられた。私の大好きで大切なお友達のピピンちゃん。


 ――愛ってこういう事を言うんだと思う。


 今ならわかる、私はディット様に恋をしていた。でもそれは恋に憧れている少女みたいな儚いものだったんだ。


 ふと、視線に気がつく。


 教室を見渡す。私と目が合うとにこやかな笑みを浮かべてすぐに目を逸らす令嬢子息たち。


 前の席の令嬢たちも私を見ていた。嫌な視線ではなかった。何か心配しているような視線で……?


 眼の前に一人の子息が立っていた。多分……違う教室の生徒さん。


 突然私に話しかけてきた。名前は知らない、興味もない。


「はじめましてピオネ様、僕は伯爵子息ダルガリア・ミゼルと申します。もしよろしければ今後とも末永いお付き合いを……。雑事はこのわたくしにお任せあれ」


「そういうのいりません。考え事の邪魔です」


 即答――


 知らない人と話す必要もない。それに、普通に話しかけてくる分には構わないけど、私には『視える』。打算と下心が渦巻いている胸の内を。


「っ……、し、失礼いたしました……。ピオネ様があまりにもお美しくて――」


 貴族特有の社交辞令。関心が湧かない。だからどうでもいい。


 私はただ彼を見つめた。誠実さが足りない、覇気が足りない、あなたにも婚約者がいるのではないの? 

 目でそう訴えかける。


 伯爵子息は目を泳がせて教室の隅へと消えてしまった。


 教室の入口では子息たちが年齢相応の少年らしさで和気あいあいと慰め合っていた。

 ちょっと苛つく。


「どんまい、ミゼル」

「お前婚約者がいるだろ……、このバカ」

「まあ分かるぜ。ピオネ様、美しすぎて声をかけたくなるよな。べ、別に変な気持ちはないぞ」

「ああ、俺達は貴族。美しいものに弱い」


 入口でかたまっている子息たちにツッコミを入れる令嬢。


「ちょっと子息たち〜。あのね、ピオネ様は色々大変なんだから変なちょっかいかけないでよね」

「そうよ、子息たちは子供なんだからさ」

「う、うるさい、子息子息って言うな。俺達にはちゃんとした名前があるんだ」

「あなた婚約者いるんでしょ。最低ね……、言いふらしてあげるわね」

「くっ、帰ろうみんな!」


 ざわめく教室。みんな仲良しでいいことだね。


 ……ふと気がついた。私は顔をあげる。


「あれ?」


 ――昔の私ってディット様に振り向いてもらうために色々行動してたけど……、学園で同年代のお友達って誰もいない、かも。


 私が声を発すると、教室のざわめきが一瞬止まった。


 クラスメイトたちは悪い人じゃないけど、あんまり興味が沸かない。うん、優先順位が低いというか、面倒臭いというか……。


 クラスメイトの事よりも、今はディット様との関係をどうしようかと思う。


 当面はディット様とは婚約者としての務めは果たす必要がある。それが仮面だとしても。

 ……少し嫌な気持ちになった。そう、嫌だと思える感情がある。


 その事を考えると――わけもわからない孤独感に襲われた。


 例え成長したとしても、公爵家としての務めが変わるわけではない。ディット様が婚約者という事実も変わらない。


 むしろ、成長したからこそ、その重みを重々感じる事ができる。


 ――うん、それでも私は前と違うんだ。行動するんだ。自分を変えて周りを変えるんだ。


 家族も姉妹も婚約者もクラスメイトもその孤独を埋めてくれるものじゃないってわかってる。

「――いつかきっと……、ううん、いつか必ず」

 この孤独感の正体を知るために。


 本当に信じ合える誰かに出会うために――


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