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第9話 リチャードの気持ちと言葉と

「えっ? リチャード?」



 涙があふれそうになって来ているこのタイミングで、リチャードに手首を掴まれてしまい、動けなくなった。

 このままじゃ、こんな場所で泣いちゃう。離して、もうわたしみたいな女、気に掛けないで。



「アンルィ。僕の方こそ、アンルィの気持ちに気づけなくてごめん。女の子に、そんな勇気の要る言葉を言わせるなんて、僕はノブレスなんて名乗れない無粋な人間だよ」

「ううん。気づかれない様にしてたのは、わたしの方だから。だからもう、私のことなんて気にしないで。勉強は、ノブレスなら確か、先生に依頼すれば課外授業してもらえるじゃない。そうすれば」

「アンルィ!」



 リチャードが急に大きな声で私の名を呼んだ。いや、叫んだ。

 わたしは突然のことだったのと、リチャードがそんな大声を出すようなタイプだと全く思っていなくて、不意を突かれて身体が硬直した。



「僕は、恋愛の感覚がいまいちよく分からないんだ。どこからが男女の『好き』で、どこまでが友達同士の『好き』なのか。付き合うと何が変わるのかすら、想像も付かない」

「リチャード……」

「僕も、君のことは好きだよ。でもその気持ちの熱量は、アンルィの方がとても熱いかも知れない。僕だって、好きでもない相手に勉強を教わるなんて言ったら、それは屈辱だよ」



 リチャードが、掴んでいた手を優しく離してくれた。

 さっきまでは逃げ出したい気持ちしかなかったけれど、今はもう少しだけ、リチャードの言葉が聞きたいと思える。


 リチャードは私に目を向けながら、ハッキリと、困った表情をしている。

 リチャードを困らせたいわけじゃないのに……でも、リチャードの次の言葉を待っているわたしがいるのも確かだ。



「アンルィ、勉強だけじゃないよ。サロンに一緒に来ることだってそうだよ。僕は、誰彼構わずサロンに連れてきたりなんて絶対しない。というか、ノブレスじゃないメイトだと、アンルィが初めてだよ。僕とサロンを共にしたのは」



 そ、そうなんだ。サロンにも、わたしのエスコートにも慣れてる感じだったから、色々な人を招待しているのかなって思ってた。

 あの時リチャードは、とても軽い様子で「サロンに行かない?」って言ってたし……


 リチャードにとっても、サロンで時間を共にすることは、特別なことだった、ってことに、わたしは気づけていなかった。



「偉そうな言い方になってしまうけれど、アンルィだったら、僕の横にずっといて欲しいと思える」



 私の両手は口元を押さえていた。いつの間にか、だ。

 足が勝手に、小刻みに震えるのも感じる。


 これって……

 もしかして、ひょっとして、プロポーズ?


 さ、さすがにそれはわたしの思い上がりよね、きっと……

 でも……ずっといて欲しい、って……



「僕はアンルィのことをもっと知りたい。優等生で良い面だけじゃなくて、たとえどんなに醜い思いを持っていたとしても、そのアンルィの思いを全部、本当に些細なことも全部、知りたいんだ。アンルィ、僕では、ダメかな? 僕はアンルィの全てを知りたいし、その上でずっと一緒にいたい」



 わたしは、ただただ首を縦に振ることしか出来なかった。


 告白って、もっとこう、ロマンチックでゆったりとした雰囲気の中、お互いニコニコしながら進むものだと思っていた。

 けれど実際は違った。リチャードの、生の思い。熱い思い。わたしの、逃げ腰で悲観的な思い。それがぶつかって、融合する。


 ……本当にリチャードは、わたしみたいなので良いのかなぁ。

 リチャード、わたしのこと知れば知るほど、失望するんじゃないかな……



「ねぇリチャード」

「うん。アンルィ、なんだい?」

「わたしね、自信がないの。リチャードがわたしのことを知りたいって言ってくれて、それを受け止める覚悟だけは出来たわ。だけど……知られれば知られるほど、幻滅されるんじゃないかなって。不安なの」

「幻滅、か……少し逸れた話をしても良いかい? アンルィ」

「えっ? え、ええ」



 逸れた話? 何かのたとえ話とかかしら。



「僕の父は、シスト男爵として貴族家の当主をしている。母は、父が男爵位を継ぐ前、学生時代からの付き合いだったんだそうだ」

「リチャードの、お父様とお母様?」

「うん、そう。それでまぁ色々あって、父が男爵を継いだら、母は家のお金で贅沢をし始めたんだって」

「贅沢? それって……?」

「僕が聞いた中身だと、一流陶芸家に自分だけのティーセットを作らせたり、どこに飾るんだってくらい大きな自画像を描かせたりとか」

「……貴族、って感じよね」

「そうだね、ハハッ、貴族らしい贅沢と言っても良いかもしれない。そんな母の変貌に父は、『浮かれているなぁ』と、軽いため息で眺めていたんだそうだ」

「浮かれている……ん? そのくらいの、えっとつまり、男爵家が傾くほどの贅沢じゃなかったってこと?」

「いや、かなり浪費は深刻で、父は金貸しから金を借りざるを得なかったと言っていたよ」

「えぇー……それじゃあ、お父様とお母様の仲は……」

「当時も今もだけど、すごく仲は良いんだ。父が言うには、金はなんとか出来るが妻はただ一人替えがきく訳ではないし、それに好きな相手が羽目を外して楽しんでる姿を見るのも割と楽しいものだ、って」

「シスト家って、とっても寛容なのね……あれ? それとも、シスト男爵様が奥様に寛容なだけなのかしら」

「多分後者だね。僕が余分な贅沢をすると、額なんて大したことなくても、父にすっごい怒られるからね。父は母のことがぞっこん好きなんだと思う」



 シスト家の内情、ちょっと面白い。醜聞的な面白さだけれど。

 結婚して、自由にお金が使えるようになったら贅沢をトコトンやり始めたお母様。

 けれど、それを何と言うか、苦笑いで眺めているようなお父様。


 貴族と金貸しは、意外と持ちつ持たれつだって聞くけれど、お金を借りるのは、きっと貴族にとってもあまり嬉しい事ではないわよね……


 それでも奥様の贅沢三昧を、楽しんでるのがシスト男爵。

 懐が広いというより、リチャードの言う様に、単に奥様にぞっこんで歯止めが効いていないと言うか……



「そんな父母の息子が僕だからね。僕自身、これまでも、誰かに幻滅した経験っていうのも無いんだ。普通なら悪く見える様な人の変化は色々味わってるけれど、僕にとってはその都度新しい発見が出来て、むしろ嬉しいことなんだよ」

「リチャードの考え方って、お父様譲りなのかも知れないけれど、懐の広い、大きな心なのね……」

「いや、別に僕自身そんな出来上がった人間じゃないよ。単に何にでも好奇心を持っちゃう性質、ってくらいだと思うよ」



 だから、とリチャードは言った。



「アンルィがどんなに変わっていっても、僕はアンルィを愛し続けられる自信がある。僕の気持ちを、受け入れてくれないか」



 不意に、わたしの頬に、熱い涙がつたっていくのを感じた。

 わたしはそれを拭うこともなく、精一杯の笑顔をなんとか作って、言った。



「はい、リチャード。私で良ければ、ずっと一緒に」



 リチャードはとても嬉しそうな、まばゆい笑顔でもって私の言葉に応えてくれた。

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