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第8話 思いのぶちまけと後悔

 私はカップアンドソーサーをテーブルから持ち上げて、少しリチャードに近づいた。

 丁度良い口実だった。ここまで近づけば、ティースタンドから食べ物が取れる。

 リチャードに近づきすぎてもいない。お茶ももらえる。


 リチャードはニコッと笑顔になり、ティーポットを私のカップに近づけ、ダージラインの紅茶を注いでくれた。



「ありがとう、リチャード。最後にお茶で締めくくれるだけのお茶があるって思うと、安心して食べ物食べられるわ」

「ははっ、そんなに気に入ったんだね。ダージラインの紅茶はここにはいつでもあるけれど、ファーストフラッシュはこの時期だけだし、それも茶園は毎回変わることが多いから、来るたびに新しい楽しさを味わえると思うよ」



 ……えっ? 今の言葉って……

 リチャードって、またわたしをここに連れてきてくれる気がある?



「リチャード、わたしのこと、またここに連れてきてくれるの?」

「えっ? もしかして、嫌だったりしたかい? 緊張だったら、何度か来れば慣れると思うけど……」

「ううん、そうじゃなくて。こんな特別な所、リチャードならともかく、わたしなんて……」



 目の前に並ぶ、カップアンドソーサーやティースタンド。そもそも机の、見た事のない厚さのガラス天板のテーブル。

 入ってきた時に感じた、美術館の様だとすら思える空間。そんな所で飲食まで。


 ノブレスは良いのよ。


 彼ら・彼女らは、どういう形にせよいずれ王国に貢献する立場。その見返りはあって当然よ。

 だけどわたしは……庶民の生活の手助けくらいは仕事に出来るかも知れないけれど、貴族様たちがする国家統治のお仕事とは根本的に違う。

 ノブレスの方々から見たら、結局わたしは平民。統治される側・手を煩わせる側であって、その立場は変えようがない。



「アンルィは、うーん、何だろうなぁ……アンルィは、君自身をとても低く見ている様な気がする。けれど、そんな必要は全くないんだよ」

「全くないって……でも、あなたはノブレスで、私は平民で。ノブレス専用のサロンにズカズカ入り込んで……」

「ああ、そんな風に感じてたんだね。それはアンルィの考え過ぎだよ。僕は、アンルィをサロンに招待した。つまり、アンルィはゲストで、僕がホスト。どちらがもてなす側かは、分かるよね?」

「う、うん……」

「でも元々僕自身、あんまりノブレスだからこうして欲しいみたいな事が無くてね。なんて言いつつ、サロンで美味しいお茶飲んでるんだからどこの口が言うんだって話だけどさ」

「ふふ、そうなんだ。ノブレスの特権とか、平民とノブレスの峻別みたいなこと、リチャードはあんまり好きじゃないの?」

「好きじゃない……そうだね、その言い方が一番しっくりくるかな。だから僕にとっても、アンルィみたいに分け隔てなく接してくれる友達は、とても嬉しいんだ」



 と、リチャードの方からわたしにグイッと近づいてきた。

 ち、近いっ! 手を少し伸ばせばリチャードの髪に触れられそうな程の距離!

 いきなりの接近に、心臓は唐突に反応し、耳にまで響くほどバクバク言い始めた。



「アンルィは僕の先生なんだから。僕に色々、それこそ命令とかだって、してもかまわないんだよ?」

「そ、そんな事を言われても、そんな……」

「アンルィは退学や留年の危機から僕を救ってくれている、恩人だよ。これからも手を焼かせてしまうけど、僕だけでは本当にどうしようもない事なんだ。アンルィにとっては厄介だし手間だし、僕に割く時間のせいで他の友達との時間も減るし……」

「ねぇリチャード。わたしはリチャードとの時間や勉強を教えることを、手間だなんて一切思わないし、思った事もないの。むしろ楽しみにさえしてる。図書室での勉強時間も、今日の個室での時間も、わたしにはとっても大切な時間だったわ」

「アンルィ……どうして僕にそこまで手を尽くしてくれるんだい? 僕がアンルィに、恩返しが出来るとしたら、せいぜいこうしてサロンを一緒に楽しむくらいのことしかない。僕はアンルィから受けた恩を、どう返せば良い?」

「恩返しなんて、そんなこと考えなくて良いのよ。私が勝手にしてるだけのことなんだから。それに勉強って、自分で学ぶだけよりも人に教えることを通して、より深く学べるものなのよ? だからわたしこそ感謝したい気持ち」

「……僕にはどうしても分からない。アンルィが何故そこまでしてくれるのか。僕は貴族家の人間だけど次男だから、何か便益を与えてあげる事も出来ない。なのにアンルィは、まるで無償奉仕の様に、僕のことを気に掛けてくれて、面倒を見てくれる。どうしてなんだい?」

「どうしてって……そ、その……」



 一瞬迷った。

 けれどわたしは、勢い任せで押し切ることを決心した。



「わたしが、リチャードのことが、好きだから。リチャードと一緒にいたいって思うから。勉強なんて実はその口実なだけだし、うん、ほんとごめん、わたしって実はそんな女なのよ。無償奉仕なんかじゃないわ、教室でも、リチャードから見えないのを良いことに、リチャードのこと見て、ニマニマにやけてるの。気持ち悪いよね、本当にごめん、リチャード」



 押し切ってみたは良いが、今日の日までしてきたことの「表」と「裏」を自分自身が直視してしまって、言い訳にもならない自己開示をぶちまけてしまった。



 あーあー……

 やっちゃった……



 もうこれで、リチャードに嫌われる。気持ちの悪い女だと思われる。もう近づけない。もう眺める事も出来ない。

 勢いに任せた結果がこれ。途中で止められなかった。

 好き、ってことだけ伝えて止められれば、まだ可能性はあったかも知れなかったのに。


 その可能性を、わたし自身が潰したんだ。



 ……明日から学校、憂鬱だな……

 いえ、もうこのサロンもよね。

 帰ろう。リチャードには、もう顔向け出来ない。



 私はソファーからパッと立ち上がった。



「さよなら、リチャード。今までありがとう」



 リチャードの顔も見ることが出来ず、テーブルに視線は落ちたままでつぶやく様に言って、出口に向かおうと動き出した。


 その瞬間に、私の右手首がぎゅっと力強く握られた。

明日は夜9時更新です。よろしくお願いします。

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