表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/22

第4話 突然のお誘い ~彼にとってはリフレッシュなだけだけれど~

「はぁー、さすがに頭が受け入れなくなってきた……ねぇ、サロンにでも行かない?」



 大分虚ろな目が天井に向いてしまったリチャードだったが、サロンでのひとときを思うと急速に回復するようだ。

 サロン、と私に顔を向けて言った瞬間、目の輝きが倍化した。キラキラね。



 サロン。平民だけでは決して入れない、貴族子弟専用区画。

 貴族子弟、の中でも、品行方正な生徒しか使えない、特別なリフレッシュ施設だ。


 以前にも、リチャードからサロンに誘われたことはあった。

 けれどその時は、まだサロン自体が伏魔殿の様なイメージがあって怖くて、首を震わせて断った覚えがある。



「サロンって、もちろんわたし行ったことないんだけれど……大丈夫? わたし、リチャードに恥をかかせなきゃいいんだけど……」



 怯えて反射的にお誘いを断ってしまったあの日から、調べた。

 事実と噂は混然としているが、情報自体はあの時よりうんと増えた。



 サロンの中にいるのは、もちろん利用者である貴族子弟と、一団のメイドさん達。

 たくさん利用者が来ても良いように、メイドさんも多いらしい。


 ただ、調べた今でも気持ちが(ちぢこ)まるのは、メイドさんの数ではない。質だ。


 メイド団を率いるのは、なんとあの公爵家でメイドを管理している、現役の「トップメイド」。

 立ち位置こそメイドだが、実質公爵家執事と同じ観察眼と執務能力があると聞く。

 それでいて年齢も若い。20代だと聞いた。更に言えば未婚だそうだ。手を出す貴族子弟がいないものかと思ったのだが。


 このトップメイド――サロン内ではメイド長さんらしいんだが――生徒の気品を審査する人員でもあるらしい。

 だからこそ、品の良い貴族子弟にだけ開放されているサロンではあるものの、おそらく息苦しさを感じるのだろう、そう人気は無いとのことだ。



「恥なんて! 僕の雑さでもあれこれ言われない所なんだから、アンルィなら大丈夫だよ、僕が保証するさ!」

「そ、そう? じゃあ、教科書とか忘れ物しない様にして、えっと、ホントにこのまんまで良いのかしら、机とか」

「良いんじゃない? そんなに汚してる訳でもないし」



 さっきまでの消耗した顔も動きも一転、いつもの爽やかな笑みと元気な雰囲気に戻っているリチャード。

 いや、机の上には図書室の借りてきた本が積んだままなんだけど……



「さ、じゃあ持つ物は持ってさ。サロンへ行こう! サロンのルールは、道すがら説明するね。ややこしい事はほとんど無いから」

「そ、そう?」



 なんだかわたしの方がオドオドしてしまう。

 片付けもせずほったらかしで行こうと言われるし、かなり異色な場所の予感しかしないサロンのルール説明は、道すがらにちょっと程度、っぽい。

 不安と言うほど強い感情では無いが、足下の床板が突然割れて落ちそうな所に立たされている様な……いや、もう十分に不安なのか、これは。



「サロンのメイドさん達も、やっぱり良いところでメイドさんしてる人たちだから、すごく気が利くんだよ。頼めばいろんなサービスもあるよ」



 そう言ってリチャードは立ち上がった。

 うん、机の上に彼の忘れ物はなし。わたしもショルダーバッグのひもに手を通し、立ち上がる。



「じゃあ、僕の後ろに付いてきて。アレ? それともサロンの場所とか行き方とか、もう知ってる?」



 リチャードがふとした感じで振り返り尋ねてくる。これ、素直に知ってると言うべきか迷う。

 ただ、ずっと答えない訳にもいかないので、聞いた事があるくらい、と答えた。実際それが真実でもある。



「そっか。だったら分かると思うけど、サロンは西棟の最上階。ここからだと、階段と渡り廊下渡って、もう一回階段上れば着くよ」

「んー……貴族様の休息の場のはずなのに、ちょっと場所的に不便よね。遠くない?」

「そうだね、実際の距離は、あるね。でもそのおかげで、生徒の騒ぎ声すら無い、静かな空間になってるんだ。あ、でも音楽はあるよ」



 えっ? 音楽が、ある? 誰か演奏者が常時詰めてるってこと?

 音を記録する魔法や魔道具はあるけれど、あんなの軍用や諜報用にしか使わない。

 一度授業で音声記録魔道具の『音』を聞いたけれど、とても『音楽』なんて言える音質じゃなかった。


 やっぱり、『サロン利用者ら聞いた人に聞いた』、そんな『また聞き』の情報だと、抜けも多いわね……

 ルール違反をうっかりして懲戒退学、みたいなのだけ避けられれば、まあこの際良い。不安を抱えても良いことは何も起きない。

 リチャードとの時間を精一杯楽しむことに、今からはそれだけに、とにかく集中しよう。



「音楽があるのがなんだかすごいわ。でも、そんな所だと、やっぱりルールも厳しいんじゃない?」

「守らなきゃいけないルールは、そうだなぁ……、騒ぐな、喧嘩するな、議論をするなら外でしろ、くらいだった気がする」



 なにそのザックリしたルール。絶対そんな大雑把なはずが無いわ。リチャードのことだから、自然にルールを上手くこなしてるだけな気がする。

 自然に。だって、リチャードだから。とても礼儀正しくて紳士的で……


 ……ハッ。

 そうか。


 いつもクラスで接してくれるリチャードの姿。平民に寄せてくれている話し方とか、それが彼の常だと思い込んでた。けれど……

 サロンに行けば、リチャードはあくまで貴族家の方。リチャードが本来持っている貴族ならではの気品みたいなものに、もしかすると初めて触れることが出来るかも知れないんだ、わたし。



「えっと……ルールもそこまで厳しくないなら、わたしが行っても大丈夫……かな? 少し安心してきたよ」

「えっ、もしかして、不安だった? ごめん僕気づけなかった。ホントに、サロンは気難しい所じゃないから、安心して来てくれれば良いよ」



 わたしが頑張って表情を隠していたら、やっぱりリチャードには気づかれなかった。

 けれど、自分で言った、安心、って言葉に、つい顔が緩んじゃった。リチャードに頭下げさせたくないのにな。



「大丈夫よ、リチャード。やっぱり、新しい所に行くって、誰でもちょっと不安じゃない? そのくらいの話だから」

「う、うん……とは言え僕の、アンルィの気持ちを考えるのが」

「もう、そのくらいでいいの。女の子の気持ちがあんまり分かんないリチャードの方が、変に気の利く男よりよっぽど素敵なんだから」



 ちょっと勇気出して踏み込んだ。

 リチャードはちょっとだけ、一瞬だけ、驚いた様な表情を浮かべたが、すぐに優しい笑顔になった。



「それじゃアンルィ、仕切り直しって訳じゃないけど、サロンのこと話すね。これからの予定は、何かある?」

「ううん? 普通に家に帰るくらいの話だけど?」

「アフタヌーンティー、というには少し遅いけど、サロンは食事も出してくれるんだ。結構おいしいから、一緒に食べない?」

「えっ、わたしも良いの? サロンからすれば、よそ者って感じなんだけど……」

「サロンメンバーが連れてきた人は、そのメンバーに準ずる扱いを受けることになってる、みたいだよ。いつも僕、サロンは一人でしか行かないから詳しくは知らないんだけど」



 ハハッ、とリチャードが苦笑い含みな顔で笑った。

 そっか、リチャードはサロンを使うけど、一人で利用するパターンなんだ。

 まぁ確かに、リチャードがたくさん女子生徒連れてサロンでハーレムしてるトコ、ちょっと想像つかないなぁ……

次話は、本日午後6時に公開します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ