第2話 先生と、激しくにらめっこする授業。彼にとってだけ。
本日の投稿、3回目は午後6時になります。
「と、このように、魔法というものは制御と調整が全てなのじゃ。単に魔法が使えることそれ自体に意味などなく、目的を達する為に用いる。それが魔法である」
魔法学総論。今日の最後の授業だ。
この授業が終われば、わたしにとってパラダイスな時間が待っている。
魔法学『総論』、と名前は付いているが、3年生のわたしたちが習うのはかなり実践的な内容になってくる。
魔法学総論の授業自体は1年から3年までずっとある授業だけれど、授業以外でも魔法の使用が許される3学年になったら、単に理論や仕組みの話だけではなくなった。
ただ、リチャードは……相変わらず先生の顔をじっと見つめているので、さっきまでの内容も難しかったのかも知れない。
それほど難しい内容ではなかった。魔法をいかにあやつり、正確に行使するか。その理論部分の解説だ。わたしには、教科書を読むだけでも分かる範囲ではある。
色々な教科の点が取れていないらしいリチャードだけれど、全ての基礎に当たる魔法学総論が弱いと、他の教科はそもそも理解が難しいかも知れない。
これは、まず総論をこそ、早めに詰めないといけなさそうだ。
それより。んー、やっぱり良いわよねぇ……
この、リチャードを斜め後ろから自由に眺められるこの席のくじを引き寄せた、あの日のわたし。
そのくじ運だけは、どこまでも褒めてあげたい。本当に、心から。毎日眺めが良いのは心の健康にとても良い。
「先生ー、魔法の調整が出来ても、そもそも弱かったら、使い物にならなくないですかー?」
リカの声。リカは授業中でも思ったことはすぐ口にする。
ある意味、先生も困らせる質問魔になる時すらある。
「良い質問じゃ、リカ君。では、君が考える、そもそも弱く使い物にならぬ魔法とは? 具体的に挙げてみたまえ」
「えーっと、攻性魔法のたとえになっちゃうんですけど、弱すぎる火魔法とか? 対象を焼けない火なんて、どう調整しても役に立たなくないですか?」
攻性魔法。いわゆる攻撃魔法のことだ。
火魔法の攻性魔法と言うと、ファイアーボール辺りが初手だ。
確かに威力がまるでないファイアーボールが役に立つとは思えない。
「火力、あるいは威力。力の面で弱すぎる火魔法でも、その使い方が自在であれば、主力武器とはならずとも、戦いに勝つことは叶う。そうだな、リチャード」
「は、はいっ!」
突然、老先生の魔法杖で指されたのは、リチャードだった。
リチャードはハッと顔を一層上げて、とてもしっかりした視線を先生に投げている。見た目は全く模範生徒だ。
「去年の総合魔法大会の準優勝者として、この問いにどう答える? 先ほども言ったが、魔法は目的達成の為に用いるものだ。結果を残した君であれば、理解できようか?」
「う、うーん……」
リチャードはふと難しそうな顔をして腕を組んだ。
先生の質問に対して腕組みしても許されるのは、私たち平民のメイトではあり得ない。貴族子弟のノブレス・メイトだからこその話だ。
必死に考えているんだろう。リチャードは首を傾げているが、細かく顎先が動いている。
彼の頭の中の目が追っている、色々な場面を、検討しているんだろう。
とは言え、リチャードの魔法は、先生の問いと相性が悪い。
半年前になる2年次の総合魔法大会で、ノブレス・メイト専用の、攻撃魔法を実際に使った決戦競技があった。リチャードはその準・覇者だ。
リチャードの戦い方を観客席から見ていたが、強烈な魔法で相手の行動の自由を奪った上で、残りの詰めは剣技で攻める。
つまり、リチャードが得意とする魔法は『威力ありき』なのだ。威力が無いけれど調整は自由、それをどうする? と聞かれて、リチャードは答えられるのだろうか。
「僕のスタイルではないですが、せめて髪の毛を少し焦がす程度の威力があれば、戦いを決めきる仲間がいれば、敵の行動を妨害して勝ちを取れます」
「ふむ。どうやって妨害をする?」
「例えば、仲間が斬りかかるのにタイミングを合わせて、敵の顔面に、髪を焼くか、極論もっと弱くて、熱風程度でも良いので、火の玉を飛ばします」
「ほう。するとどうなる?」
「タイミング的に虚を突かれた敵は、ガードもカウンターもまともに出来ない状態になって、斬撃を直接受けるでしょう。勝つ、という目的は果たせます」
リチャードが答え終える。
教室内は誰も、何も言わない。ノブレスの発言後はいつもこうだ。
他クラスのノブレスでも同じと聞いている。
「なるほど、リチャード君が考える方法も一理あるだろう。どんなに弱い火魔法でも、精密に顔面に叩き付けられれば、振り払うなり目を閉じるなり反応してしまうものじゃ。そこに生まれた隙を突く。なるほど一理ある」
と、老先生は持っている細く短い杖の先をくるくると回した。
「だがリチャード君。君の考えに、問題点が無いわけではない。パーティーを組んで戦う場合、後衛を先に狙われることも考える必要がある。先ほどの回答は『後衛頼み』という程では無いが、君たち学生がパーティーを組み、後衛の友人がいきなり脱落させられたならば、さぞ動揺は激しいだろう。違うかね? リチャード君」
「そ……そうですね。後衛から先に狙うなんて、騎士道にもとる卑怯な行為だとは思いますが」
「誰もが騎士道に準じた戦いをする訳ではないからのう。それはリチャード君も分かっているだろう。君の考えは、君自身の強大な力にあくまでおまけの様に後衛の妨害、という想定だが、これは汎用性に欠ける。リチャード君はパーティーを組んだことは?」
「はっ? パーティーですか? 機会も無かったですし、パーティーを組んだことはありません」
「ならばワシは君に、パーティーを組む事を勧めたい。仲間というのが如何に良い心の作用をもたらし、逆に力なき仲間が如何に戦場で足を引っ張るか。確か騎士志望だと記憶しているが、騎士は集団戦。パーティーの経験は必ずや君の役に立つだろう」
老先生は確信に満ちた強い視線をリチャードに送った。
その深い皺が刻まれた顔に屈託の無い笑みを浮かべ、リチャードを見つめる。
それに対してリチャードは、いきなりのパーティー結成の話で、大分混乱している様だ。
いつもの様な勢いも落ち着きも薄れてしまい、困惑が目で見えるほどはっきりと、その表情に浮かんでいる。
「君の立場から行けば、同じノブレスメイトと組むべきなのだろうが、今年のノブレスメイトは皆、単独戦力で押し切る傾向が強く、補佐・後衛に向かない。君として誰か希望はあるかね?」
「き、希望ですか? その、パーティーを組むのは、確定ってことでしょうか」
「そうじゃの。そのパーティーで、半年後の総合魔法大会の決戦競技にも出ると良いだろう。ペアかトリオか、そのくらいの規模が良かろう。当てはあるか?」
そう言われたリチャードは、困った様な表情のまま、なんとあろうことか斜め後ろの席の私に、目線を向けてきた。
「僕としては、アンルィがペアであれば、個人的に色々と都合が良いです。ペアを組むなら、アンルィとにしたい」
「アンルィ君。ノブレス・メイトからの直接指名だ。受けぬとなると」
「受けますっ!」
私はかなり食い気味に、老先生の言葉を途中で止めて宣言した。思わず手を挙げていた。
いつもどこでも、チャンスは一瞬しか無い。
リチャードと、ペアを、正々堂々と組める、夢のような……も、もとい。
リチャードが望んでくれたのだから、わたしはそれに応えたいと思うのだ。これも私の正直な気持ちだ。
「では、授業後二人は、パーティー申請書の提出の為に教員室に来る様に。授業は、少し早いがこの辺りとしよう。ご苦労であった」
老先生は机に置いた数冊の本と杖をまとめて持って、教室から出て行った。
私がリチャードを見ていると、リチャードもわたしに視線を投げてきた。少し困った感じ。そりゃそうよね、平民といきなりペアって。
でも、それもリチャードが望んでくれた事……わたしは顔がにやけない様に気をつけながら、今感じている幸せ感をおなかいっぱい反芻して味わっていた。
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