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4D.爪痕


 「「【グランディス・フランマ】」」


 薄灰色の空に、炎が吸い込まれていく。立ち上った火柱は、否応なくアニーの事を思い起こさせた。

 ………あの時。クレアの生み出した炎は、アニーを跡形もなく焼き尽くした。精霊術の火ゆえにポルト家の中庭に被害は出さなかったが、夕闇に染まったばかりの街でかなり目立ったらしい。敷地の外には、かなりの人数が集まっていた。

 ルミネイト化のアニーもかなり光っていたし、戦闘音も響いただろう。もし出入りを制限していなかったら、敵も被害も増えていたはずだ。

 被害………この葬儀は、中庭に駆けつけて最初に殴られた人のものだ。名前はモルガン・アンベール・ダ=シランドル。クリニエールの4……だった人。

 実力は、当然クレアより上だっただろう。警戒だってしてたはずだ。なのに一瞬で命を奪われた。

 それだけアニーのルミネイト化は強力だったという事で。

 ともすれば、自分も埋葬される側だったかもしれない。

 本当にわずかなモノが、その明暗を分けたと思う。

 伝統に則って、護衛されてたクレアも弔辞を読み上げた。与えられた文章の暗記であったが、その中にあった感謝と哀悼は心からのものだ。

 亡くなったのは彼ひとりだったが、負傷者は出ている。護衛隊と、盾のドニ。彼らは回復が間に合わず、この葬儀も欠席している。

 少々窮屈な礼服に身を包み、ベルナデットらクリニエールの同僚が設置する墓石を見守る。どうしても目に入るのは、肩を振るわす家族の背中だ。

 粛々と進む葬儀を、どこか感情の追いつかないまま眺めつつ。ぼんやりとクレアが考えてしまうのは、もし……───


 「もしルミネイト化の神聖魔法を使われたら全員襲ってくるんじゃないか………なんて思ってたんじゃねえだろうな?」

 「うっ…」

 図星を突かれて、クレアは箸を止めた。

 葬儀が終わり、明日は休暇を頂いた。事件以降ずっと取り調べだなんだと続いていたから、溜まっていた分といった感じだが。

 戻ってはきていたが、ほとんど『泊まるだけ』だった村雨邸での、久々のゆっくりした夕食時。居間でルネも含めた三人、囲炉裏の鍋を囲んでる。

 ちなみにメニューはすき焼き。白滝も豆腐もないし、生卵もないから牛鍋亜種みたいだけど。

 「うすぼんやりしてっから、くだらない事考えてるだろうとは思ってたけど……」

 「くだらないとはなんですか」

 取り調べでさんざんアニーの事を話してきた。どうしたってそちらに考えが向いてしまう。さらに、農民なのに村を焼かれた不幸の先で貴族のような暮らしを手に入れたクレアを恨んでいたんじゃないか、と聞かされれば気分も沈む。まして最後は自分で手を下したわけだし。

 「恨まれて当然……とか思ってんじゃないだろうな?」

 「…………」

 見慣れた作務衣姿の村雨に、こちらも作務衣に戻ったが、クレアは言い返せない。

 力さえも『偶然』で手に入れた自分は、この『生まれ』に運命がついてくる世界では異質で。自分で幸運と思ってるコレは、他人から見ればどう思われるかといえば………。

 それが、ルネでさえ肉を拾い、あわてて途中から控えた鍋に箸が進まない理由でもある。

 「くだらないってのは、少なくとも間違いが二つあるからだ」

 薄いが大きい肉をご飯に乗せ、村雨は視線を肉に合わせたまま言った。

 「ひとつは、ルミネイト化でお前を襲ってきた奴らとあのメイ………犯人含めて、恨まれてはいないって事だ」

 「なぜそう言えるんです?」

 取り調べの将校は断定していたのに。

 「聖唱だよ。嫉妬の神に捧げられたものだ。恨んでるなら憎悪の方だろ」

 言われてみればその通り。だが屁理屈のような、表現が違うだけのような……。

 「重要だぞ?違う神、違う聖唱があるって事は。明確な違いがあるって事だろ」

 「その違いって?」

 「俺が知るわけないだろ」

 言い切って肉を頬張るその顔は、とても話題とそぐわない。

 ……まぁ、美味しそうなお肉ではある。

 「……恨まれていようが嫉まれていようが、あまり変わらないじゃないですか」

 「違うぞ。っていうか、それがもうひとつだ。お前………」

 と、ビシッと箸で差される。お行儀が悪いと思いつつ、視線だけで先を促した。

 「この街に着いてからの事、思い返してみろ」

 言われて………訓練とルミネイトに関する事件ばかりだったような気がする。“英雄の弟子”にはなれたものの、ここでの暮らし以外はほとんどマイナスじゃないだろうか。いや、この暮らしを考えれば収支は黒字だろうけど。庶民じゃこんなお肉、まず口に出来ないし。

 「お前自身がなんかしたって言ったら、俺のトコに来たくらいだろ」

 「……その言い方だとあたし、流されてるだけみたいじゃないですか」

 「ほとんどそうだろう。ま、状況考えりゃそうなっちまうんだが……」

 訓練、事件。確かに何かしようってアクションを挟む隙はなかった。

 「つまり、だ。俺のトコに誰か来る予定があったわけでもないし、ビスタが誰か拾ってくるなんて珍しくもないし。誰かを蹴落としたわけじゃねえんだから、恨まれると思うのは筋違いってワケだ」

 恨むのと嫉むのとは違う。今のクレアの立場を(ロクに知りもしないで)誰かが羨んだとしても、その誰かが村雨の弟子になれたとは限らない。そもそも試験は受けられたはずだし。

 そしてバスチアンがクレアに手を差し伸べる代わりに誰かを見捨てたというわけでもない。

 となると、やはり向けられるのは恨みというより嫉妬なのだろう。それも、直接買ったものではない。

 ………考えてみれば。スラムで襲ってきた兵士達も、なんらかの形で“英雄の弟子”を羨んでいたのかもしれない。その思いが一定以上の兵士だけが襲ってきたと考えれば、まぁ納得はいく。恨まれていた心当たりはないが、勝手に嫉まれていたというならば。

 「…………」

 ポルト家でも、アニーが『この家の人にはあまり嫉まれてなかったらしいな』と言ってた。村雨の言う事も、的外れというわけではない………のかも。

 なら……と、疑問が浮かぶ。“嫉み”“嫉妬”という感情を利用していたのが事実ならば、聖唱ひとつでルミネイト化出来るものなのだろうか。

 「ルミネイト化の方法はわかったんですか?」

 目の前で見てはいたけれど。感情と、それに合わせた聖唱と。それだけで出来るものなのだろうか?確か本人は、『この神聖魔法だけは人に掛けられる』と言っていたが、それは何らかの条件があるとも取れる。『大勢に掛けるには色々必要』とも言ってたし。

 けれどアニーがいなくなっては確かめようもない事だ。だからまともな返答があるとは思ってなかった。

 村雨は、肉で巻いたご飯の余韻を味わった後に、

 「わからんな。カルケール元子爵で試したけど、他にも要因があるらしい」

 「!?試したんですか?」

 カルケールと言えば………言えば………誰だっけ?

 「一度かかった奴だからな。色々備えて試してみたけど何ともなかった。まぁ半分はほっとしたかな」

 一度かかった元子爵……

 ──あぁ、“一人目”だ。

 正確にはちょっと違うが、クレアがポルト家に身を寄せてからルミネイト化した“一人目”。しかもアニーを紹介した張本人で、砦に勾留されてたはずだ。

 当然爵位は剥奪。さらに実験台にされるとは………。

 同情………の余地は、あまりないかもしれない。珍しい事ではないとはいえ、アニーとの出会いは“夜の街”だったというのだから。そんな風に暮らしていたアニーにも、それを利用していた客にもモヤモヤしたものを感じてしまうがちょっとマテ。

 「あの………アニーって……」

 「あぁ、どこかで教育受けたわけでもなさそうだし、なんでレヴィアの聖唱を……しかも改変して使えたのか……───」

 「いえ、そうじゃなくて。名前、その子爵が付けたんでしたよね?」

 頷きながらも、質問の意図がわからないらしく疑問符を浮かべる村雨。“アニー”はよくある女の子の名前だが………

 「“アニー”ですけど、彼………“彼”ですよね?」

 「…………色んな名前で呼ばれてたらしいな」

 『ふっ…』と笑みを見せた村雨は、箸を止めて遠い視線を天井に向けた。

 妻子あるいい歳のおっさんが夜の街でローティーンの子をどーこーというのもどうかと思うが。女の子の名前を付けてあげるというのは、いくら女装で潜入するからと言っても………。

 ──うぅ~ん……まぁ、女の子と言われてもわからないくらいの容姿だったけど。

 専属メイドだからといってあれやこれやを頼まないで良かったとは思う。

 度々抜け出していたのも、『お客に会いに行っていた』からで。今回ルミネイト化した人達は、なんらかの形でアニーと接触があったと聞いたけど。なんらかというか、そういう繋がりで。

 男女問わず人気だったらしい。カルケール元子爵が正体を明かした後は、あっさりと身元が割れた。

 カルケール元子爵………個人の趣味嗜好とはいえ、ルミネイト化がなくても立場は失っていたんじゃないだろうか。

 「気分のいいモンじゃないが、この街来て日の浅いお前が気にする事じゃないさ。ま、今回の事で改善されりゃいいんだが………」

 いまいち渋い口調なのは、スラムで似たような事が横行しているのが安易に想像出来るからだろう。壁の修復や治安などは改善されても、探られたくない部分、利用している部分は変わらない。なにせ変わって欲しくない人達が決定権を握ってるのだから。

 スラムもアニーみたいな子も。なくせるならその方がいいのに。

 「ま、今回お前は被害者の色合いが強い。うまい鍋喰っても罰は当たらない程度にはな」

 「…………」

 箸が進まないのがクレアの罪悪感だと言い切った言葉だ。その通りだが………アニーだけが罪悪感の元ではない。夢に出てくるのはもう一人。クリニエールのアンベール特務中尉。

 「亡くなった特務中尉は、師匠もよく知ってる人なんですよね?」

 あの中庭に駆けつけた警備隊の一人。最初に殴られた人だ。

 「…………」

 聞くまでもない。クリニエールは村雨が認めないと入れない部隊でもある。

 答える代わりに聞いてきた。

 「兵隊式の送り方ってのは知らないか」

 村で葬儀は経験している。ここに来ても、前回の事件で経験したばかりだ。とはいえ、前回は主にルネの両親だったし、兵隊式といわれれば………。

 箸と茶碗を置いて、村雨は酒を一口あおった。

 「兵士ってのは何かの為に戦う。戦うってのは命を懸けるって事だ。だから時として生き死により結果を重んじる。今回あいつの目的はお前の護衛だった。だから、喰え。喰って、生きてて良かったって思ってやれ」

 「………」

 それは“重い”と感じてしまう。ひと一人分の、その周りの人達の喪失を考えると。それほどまでの価値が、どこかに見出せるのかと。

 そして自分は、そんな世界に飛び込んだのだと思うと………。

 …………だが、とりあえずは。

 「喰えって。もうお肉がないじゃないですか」

 「油断大敵、弱肉強食。これも兵隊式だ」

 見れば、鍋に残るのはネギにジャガイモにトマト………

 ──トマト?

 すき焼きも牛鍋も知らぬルネが作ったからだろう。まぁマズくはないだろうけど、牛鍋亜種というかビーフシチューに寄って来てる。

 「大丈夫です」

 ずっと黙っていたルネが取り出したのは………

 「火が通った段階で確保しておきました。温め直して召し上がってください」

 「なんて出来た子!」

 皿ごとその手を握る。すき焼きがビーフシチューになったくらい大目に見れる。

 「甘やかすと強くならねえぞ。ほっとくくらいがちょうど良いんだ」

 箸に持ち替えた村雨を牽制つつ、お肉を鍋に入れる。

 と、珍しくルネが村雨に意見を返した。

 「ですがご主人様、グリヨン砦を出た時は……───

 「それはいいだろ」

 慌ててさえぎる村雨に………グリヨン砦といえば、件の元子爵が勾留されている所。街からは馬でも往復二時間はかかる距離で………

 そういえば。アニーとの戦闘中に戻って来た村雨はえらく呼吸が乱れてた。もう鍋が似合う季節だというのに、だいぶ汗もかいて。いくら急がせたとしても、馬に乗っていただけであぁはなるまい。

 ………馬と、聖唱で強化して走るのと。どちらが速いだろう?

 障害物の多い街中などでは、間違いなく後者だと思う。

 砦でどんなやりとりがあったかは知らないが、一人、村雨だけが早く戻って来た理由がわかった。

 それと、もうひとつ。

 「あたしに止めを刺させたの、けじめ的な事だけじゃなかったんですね」

 あの時、なぜ村雨が火の精霊術をクレアに任せたのか。電撃の直後には放てなかったのか、クレアが放つ事で直接カタをつけさせたかったのか。色々考えもしたが、単純に魔力不足もあったわけだ。

 「んな事まで考える余裕はなかったよ。言ったろ?あそこまでのルミネイトは初めてだって。ってか、余裕って言えば、」

 崩れかけたジャガイモをお玉ですくいつつ、

 「武器、剣はやめたんだな」

 「やめた……というか、」

 こちらはお肉を取りつつ。

 フィーリングに合う言葉を探す。明確に“棒”と思ったわけではないのだ。剣が扱いづらく、その理由を探していった先がそうだっただけで。

 「剣って、握る所が限られてるじゃないですか。それが棒状の端だけって、受けた時に不利な気がして。その………テコの原理的に」

 握った片手を支点、もう片方を力点としても、圧のかかる刃は両手の間より遥かに距離がある。同じ圧力を出すには何倍もの力が必要になる………と、そんな単純な話ではないけれど。

 「両端を持つとか、持ち替えるとか出来た方が、広い面積で受けられるかな…って」

 形状的には大して変わらないのだから、面積が広いというのは錯覚でしかない。ただ構えがそう感じさせるだけで。

 「……ふぅむ」

 ぼんやりとしたクレアの説明を聞きながら、村雨はひとつ唸った。

 村雨自身の戦闘スタイルは、格闘を交えた片手剣。先の先を取るような戦い方だ。このスタイルになる前も、棒術など扱った事も習った事もない。そもそもポピュラーな戦闘術ではない。

 王道と言われるのは片手剣。それも盾は小さめの物、もしくは持たない。

 剣を使ってるとはいえ、村雨のような格闘スタイルは邪道とされる。レイピアだが、ベルナデットのようなスタイルが好まれるし、教えられる。それでもはみ出したような………例えばエクシードを盾にして斧で戦うドニのようなタイプは疎外される。彼は、村雨が拾ったようなものだ。

 あくまで剣術を教え、型にはめた道を行かせるか。

 ドニのように、村雨の傘下で棒術を伸ばすか。

 ちらりと目を向ければ、クレアは美味しそうに肉を頬張ってる。気にしていたメンタル面は、ひとまず時間と食事が癒したようだ。

 そもそもクレアの戦闘を、村雨はちゃんと見ていない。好んでその立場にいたわけじゃないが、じっくり見る事が出来たのは………

 「そーいや、ベルがお前に会いたいって言ってたな」

 話したいという内容ははぐらかされた。が、十中八九魔力の事だろう、と村雨は思ってる。

 クレアが放った火の精霊術を、周りには村雨が放った事にしている。駆けつけた警備隊は倒されていたが、ベルナデットだけはしっかりと見ていた。口止めはしたが、黙っているかどうかをクレアと直接会って確かめるとか、そんな所だろう。

 精神状態を理由に延ばしていたが、あまり待たせると誰かに漏らしてしまうかもしれない。

 「そん時に、戦い方についても聞いてこい」

 「会うのは決定なんですね…」

 嫌なわけではないが。彼女には負い目がある。アニーをクビにしなかった事や、借りていた部屋の窓ガラスを盛大にぶち破ってしまった事とか。中庭だって結構な荒れようだし。

 「なんだ?魔力の事なら黙ってくれてるぞ?」

 「あ、それもありましたね。いや、申し訳ない事をしたなと思ってて……」

 ぽつぽつと説明すると、村雨は渋い酒でも飲んだかのような表情で首を振った。

 「ま、気になってるんなら直接そう言うんだな。きっと……───


 「そんな事を気にしたんですか?」

 心底呆れた、という表情を初めて見た気がする。ベルナデットは、驚きというよりも感心したかのように目を丸くした。

 「ムラサメ様は精神状態を配慮してましたけど、余裕はあるみたいですね」

 そう言われると確かに余裕があるとも取れる。でも、そんな事まで気にしてしまってるとも言えるわけで。

 畳の上、それでも姿勢を正してベルナデットは口調と表情を引き締めた。

 「戦闘下に置ける不慮、あるいは兵士の裁量内の被害は、必要と認められる範囲で指揮官が責任を負い、司令部がその補償をします」

 どこかで聞いたような気がする。たぶん軍規か何かだ、とクレアは記憶を探って………そういえば違反だ罰則だと怖い事ばかり気になったけど、権利や補償もちゃんとあった。

 「今回の貴官の戦闘行為に置ける被害は最少のものであったと、ベルナデット・ギヨーム・ラ・ポルト特務大尉の名において認めます。………というか、本当に少ないと思います」

 と、足を崩して………崩した足を持て余し気味に位置を決めかねて。兵士でもある彼女は地面に座る事もあるだろうから、他の貴族よりは慣れているだろうとはいえ、さすがに居心地悪そうだ。

 椅子でも用意すれば良かったかと思いつつも、いやまさかクレアの部屋に招くとは想定外だったし。

 そう。通常なら貴族でもあり階級も上のベルナデットがクレアを呼ぶのだが、今回は彼女の方から訪ねて来た。共も数名、しかも別の部屋で待機させてる。

 またポルト家へ行くと思っていた想定が外れ、居間あたりで村雨達も居るなかと思っていた予想も外れて。二人っきりで、まして自室となれば、何も準備出来てなくても仕方ないと思う。

 ………散らかってないのが幸いだ。布団も服もすべて押し入れ。あるのは小さな机と、その上に本棚とライトだけ。六畳ほどなのに持て余すなど、『神堂紅亜』だったらあり得ないかもしれない。とはいえ、電化製品の一切がないし。

 「深刻な顔して『先にいいですか?』なんて言うから、何かと思ったわよ」

 「……すみません」

 一応、謝っておく。冷え始めた紅茶に口を付け、確かに兵士が自分で被害を補償してたら仕事にならないと納得。

 ちなみに、その紅茶はお膳に乗せられ各々の前にある。茶托に湯呑なら畳の上でも構わないだろうが、ティーカップにソーサーだとそうもいかない感じがする。用意したルネの配慮だろうが、なんだかんだルネ自身も畳の生活に慣れてしまったのだろう。床に座るという慣れない行為のベルナデットの前に、そのお膳の位置は邪魔だった。

 「それ、どかして、足を伸ばしても構いませんよ」

 どこかほっとした表情を、だが彼女はすぐに引き締めた。

 「いえ、私の話もしておきます」

 言って長い脚を窮屈そうに折り畳み、頭を下げた。

 「剣を向けてしまった事、正式にお詫びします」

 「ちょっ…──」

 地位も階級も上、しかも足を運んでの謝罪。彼女の今後にも響きかねない態度に慌てる。他に人目が無かったのが幸いで。

 「やめてください。それこそ『戦闘中に置ける不慮の事故』みたいなものじゃないですか」

 「いえ……」

 と彼女は頭を上げないままで、

 「ルミネイト化の鍵となる聖唱がレヴィアのものとわかった時点で、なんらかの嫉妬心を利用されているのは推測がつきます。クレアさんが狙われているとわかっていたのですから、少なくとも私は近くにいるべきではなかったのです」

 「…………」

 いまだ頭を上げぬ、その彼女の金髪のポニーテイルをみつめて。言われた事を理解しようとするが、なんだかまるで、彼女がクレアに嫉妬しているように受け取れる。

 でも、それなら辻褄が合ってしまうのも事実で。

 恐る恐る確かめてみる。

 「あの……まるで私に、貴女が羨む所があるように聞こえるのですが……?」

 果たしてベルナデットは、長い沈黙の後にかすかに頷いてみせた。

 ………わからない。彼女は貴族で、腕も確かな兵士で、歳も大して違わない。結婚はしていないが、それはクレアも同じ。身長だって彼女の方が高く、スタイルでも………まぁそこは好みがわかれるところだ。単純に優劣は付けられない。

 ともあれ、クレアが羨ましく思われるようなところなど………責任の無い立場とか?自由に使える時間とか?でも、そんなものクレアに限った事ではない。もっと自由な立場の人はいるはずで。

 首を傾げるクレアに、ベルナデットはやっと頭を上げて………でも視線はそらしたままで。

 「羨ましいのです、その………」

 「…?」

 「…………」

 かろうじて聞き取れたその言葉に、クレアの頭がフリーズする。

 ──『ここに居る事が』?

 繰り返してみても、意味がわからない。いや、わかる。わかるけど、わからない。でもそうか、それなら………いや、やっぱりわからない。

 「恥ずかしい話です。家の者や周りの兵士には、訓練や微妙な立場の事を伝えて安易に羨む事ないよう話したのですが、自分の心だけは………その…………」

 「あ…の、わかりました……から」

 ついカタコトになってしまう。とりあえず姿勢を崩してもらって、自分は紅茶を飲む。このまま止めずに恥ずかしい告白など聞かされたら、それこそこっちの方が申し訳なくなる。

 ──つまり、ホントに『嫉妬』だったんだ。

 村雨と一緒に暮らしている、という事への。

 うぅむ…と唸り、これだけは言っておく。

 「あ。師匠と私、そーゆうのじゃないので」

 「………」

 迷いながらも、疑惑の籠った目である。

 「あと、ルネも」

 「!?」

 そちらは素直に驚くらしい。

 まぁ『尊い』とか『愛でる』とかニュアンスの難しい話ではあるし、証拠と言われても困るし。

 もう少しつっこんで聞きたい気もするが、村雨の事だしどうでもいい気もする。

 まぁなんにせよ、クレアの……いや、村雨の屋敷に来て人払いまでして話した理由はわかった。わかったので、こう言っておく。

 「ま、好きにして下さい」

 「す…き、だなんて……そんな、、」

 ──うわぁ、ヲトメだ…。

 頬を染めて軍服の裾をもぢもぢする姿に、ポルト家で見た威厳はカケラも見当たらない。戦闘に備えていたその頭脳があれば、村雨くらいどうにでも出来そうだけど。

 「………そういえば、師匠から言われてた事がありまして、」

 「なんでしょう!?」

 「……………私の戦闘についてなんですが」

 「あ……そうですね。私も聞きたいと思ってた事がいくつかあります」

 軽く咳払いすると、背筋を伸ばした。それだけでピンク色から、威厳のあるオーラへと変わる。

 「まず、エクシードの形状からですが……」

 「はい」

 と、これは村雨にも説明した。その時は『ふわっ』とした説明しか出来なかったが………いや、今も自信はない。ただ簡単に言うならば、

 「扱いやすく、受けやすいと思った形なんです」

 ひとつ、頷くとベルナデットは、

 「以前、『次を考えて』と言った事を覚えてるかしら。その時、あなたは何を考えました?」

 ポルト家の中庭で訓練を受けていた時だ。その時……ではないが、考えたのは『一撃受けた後、すぐに防御姿勢に戻れる事』だ。

 「同じような問いかけをすると、ほとんどの兵士は反撃を考えます。『攻撃は最大の防御』という英雄の残した言葉もありますし、攻めなければ倒せませんから」

 確かに。実力差から守る事ばかり考えていた、というのもあるが、そもそもとしてあまり攻撃をイメージしていなかった。

 「クレアさん、あなた、攻撃を躊躇していませんか?」

 「…………」

 言われて思い浮かぶのは………。

 暗く狭いキッチン、目の前で胸を貫かれたシモーヌ………ルネの母親の姿。

 教練で剣を振るっても、それを使う事にためらいを覚えては意味はない。それを責められれば、何も返せない。

 「………まぁ『剣で攻める』事にためらいを覚えるあなたが、『棒術で守る』というのは良いのかもしれませんね。攻撃面での課題は残しますが」

 ベルナデットは、あっさりとそのスタイルを認めた。意外………でもないのかもしれない。剣が主流だが、彼女はクリニエール。配下に“異端”もいるし、なにより村雨のスタイルが特殊だ。

 「ムラサメ様が私に聞きたいのもその事でしょう。棒術の方が向いている、と伝えておいて下さい」

 「この後ご自分で伝えられたらどうです?」

 「………」

 ──あ、ニラんだ。

 刺さるような鋭さだが、やや唇を突き出したその仕草は可愛さが勝ってる。

 「申し上げたように、攻撃面に課題があります」

 無視して話を進めるつもりらしい。

 「ですがそこは、精霊術でカバー出来るでしょう」

 精霊術と言われて。彼女にはクレアの魔力の高さがバレている事を思い出す。それを黙っててもらわないといけない。

 どこまで明かして、どうやって黙っててもらうか。思い浮かばない内に、

 「あの魔力は目を見張るものがあります。さすがムラサメ様が弟子にしただけの事はあります」

 ──あ、そーゆう扱いか…。

 唐突に理解した。

 クレアや村雨は、『クレアが異世界の知識があり、そのため魔力が高い』と知っている。だから隠さなければいけないと思っていたが、ベルナデットから見れば『村雨が弟子入りを認めたほどの魔力の持ち主』という見方で。

 『異世界との繋りがあるから』魔力が高いのではなく、『魔力が高いから』村雨の弟子になったという順序。

 まぁ、それでも………

 「あの……その魔力の事なんですが……」

 都合がいいのはわかっているが、黙っていてもらいたい。妙に探りを入れられても、過剰な期待をされても困る。

 「わかっています。ムラサメ様からも口止めされましたし、あなたにこの領地のために戦う覚悟がないは、見てわかりましたから。実力も、ですけど」

 一言多い気もするが。

 確かに領主やこの街、あるいは国のために戦おうという気はない。目下の目的は強くなる事だし、その力を振るう先は自分で決めたい。入隊して、兵士として訓練を受けておきながら、本当に都合がいいとは思う。

 こんな選択肢を与えてくれた村雨には感謝である。

 『ムラサメ様も過保護ですわ』と呟いた後、ベルナデットは軽く首を横に振った。

 「これも嫉妬ですね」

 そして唱える。レヴィアの聖唱を。

 「《乞い願わくば、昏く冷たく灯した炎、一切染まりし妬心の女神よ》」

 思わずドキリとするが………

 「《我が身も昏く、我が身も冷たい。この心、喰らいて燃やし、焼き尽し給え》」

 この聖唱は、嫉妬心を煽るものではない。本来、嫉妬を司るレヴィアに願うのは………


 《揺らぎの果てに落ちし灰を 再び染める事無かれ》


 願うのは、心を鎮める事。アニーは、そこまで知っていたのだろうか?

 小さな墓石を見つめて、そんな事を考える。場所は街の北、いつだかスラムから崩れた壁を抜けて出た森の中。墓地には埋められないし、そもそも埋める物もない。本当の名前だって知らない。

 だから少しだけ立派な石は、クレアの自己満足でしかないけど。

 もし自分が……

 もっと強くて、

 もっと立派で、

 もっとしっかりしていれば。

 嫉妬ではなく憧れとして、

 いつかそこへという希望として、

 違う世界のカタチを見せられたのではないかと思う。

 だから少しだけ立派なこの石は、クレアの自己満足でしかないけれど。

 誰も知らないこの場所へ、クレアとあの子のために置いておく。

 後悔と、メイド姿の似合う男の子の存在を忘れないために。


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