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4C.アニー


 死に様を想像してみる。

 きっとロクでもないものだろう。金を盗られて殺されるか、金があると思って殺されるか……。あるいは病気で動けず、朽ちていく。

 そして三日もせずに忘れられるのだ。誰の心にも留まらず、誰も涙をこぼさずに。

 ならば生きてる事に意味はあるのだろうか。

 生きてる間に、意味を見出せるのだろうか。

 ………あるのは、虚飾を憎む思いだけ。くべられるのは、その感情だけ。

 せめて爪痕を残す?チガウ。

 死に際に吐き出す怨嗟を、今の内に吐き出すだけ。



 「ベルナデットです。今いいですか?お客様がいらしてます」

 ノックと共に声が掛けられたのは、訓練も終わった午後、ひとり部屋で本を読んでいる時だった。

 深夜にルミネイトが現れてから数日、ほぼ以前と同じ生活をしている………といっても。ルミネイトがまったく現れていないわけではない。ごく軽度の者ばかり、それも目的はバラバラのよう。となれば、ちょっと強い暴漢である。しかも治療可能。現れれば警戒はするものの、最初ほど厳重ではない。

 いつまでこの態勢でいるのだろう、と思いっていたところである。

 どうぞと答えれば………

 「よぅ、変わりないか?」

 扉から顔を出したのは、軍服姿で、ヒゲも剃った村雨。

 「師匠」

 思わず立ち上がって出迎えてしまう。村雨のあとからはベルナデットと彼女のメイド、そして最後に……

 「ルネ!」

 白いシャツに黒のサロペットスカート。クレアの選んだ服である。

 「クレア様、お久しぶりで……」

 挨拶の途中で抱きかかえ、ドレッサーの前に座らせる。メイド服の時と同じツインテールなのだが………髪をほどいて梳かす。

 「おいおい、順番が違うだろ」

 「そんな事ありませんよ」

 何も言われずとも椅子に座り、くつろぎ始める村雨。ほっといてもいい人はほっといていい。今はルネの髪型の方が重要だ。

 「…少しやせた?」

 おとなしく髪を編まれるルネは、鏡を通したせいか、少し細くなったような気がした。

 「体重は変わってないように思います」

 「そう」

 村雨のツインテールという趣向からは外れるが、この服には三つ編みが似合うと思っていたのだ。いや、似合う。文句は言わせない。

 「……いいんですか?ムラサメ様」

 咎めるというより呆れ混じりのベルナデットの声。

 「しゃーない。そのままでいいから話は聞けよ。ここの所のルミネイトについてだ」

 それは聞き逃せない話なので、耳だけは傾ける。発生自体は耳に入っていたが、事件後やその調査結果となるとあやふやな所があって………。

 「領主邸襲撃からこっち、数件起きてるが、どれも軽度で治療済み。けど、そろいもそろって口が重い。一応は協力的だが何か隠してるのは間違いない」

 村雨の口調は、砕けているというより素に近い。あまりまとまってない話し方からすると、調査で疲労が溜まっているのだろうか。

 慣れない生活下で警戒と調査をしているのでは、仕方がない事かもしれない。

 「身元はここら………この近くの奴らばかりだ。この館に出入りがあったり、近くに住んでいたり。犯人はおまえを狙ってると思っていいだろうな」

 領主の避難している方は平気らしい。だからといって領主の方の護衛をこちらに回す事など出来ないだろうが………逆だったらしていただろうけど。

 狙いがクレアとわかったところで、今度は目的がわからなくなる。

 「こういう言い方もどうかと思いますが、クレアさんを倒して利になるほどのものがあるとは思えません。強いて言うなら“英雄の弟子”という立場ですけど………」

 ベルナデットが村雨に目を向ける。答えは当然、否。

 「倒したからって弟子にするわけじゃねえし。こんなやり方する奴、弟子に取れるわけねえし」

 取り込もうとする事に価値はあっても、今現在のクレアを………しかもこんな手段で倒す事に意味はない。

 「ま、動機ってセンでは謎のままだけどな。近くを張ってりゃ尻尾も出すだろうさ」

 ティーカップを傾けながら………ついでに椅子を傾けながら言う村雨。おそらくそれが本題だったのだろう。解決への見通しが立つと立たないとでは大きく違う。それが蜃気楼のような見通しでも。

 ルネの三つ編みを終え、さすがに同席は断られたのでそのままドレッサーの椅子を近付けて座らせる。

 ──それで言うと、あたしだって同席していい身分かわからないけど。

 村雨は気にすまい。ベルナデットと同席した事はある。彼女のメイドがクレアの分のお茶も用意してるし、まぁ気にしなくていいのだろう。

 「対抗策の方はどうなんですか?その……ルミネイト化の」

 気が引けつつも腰を下ろし、聞いてみる。

 今はひとりずつしか発生していないようだが、やはり怖いのは複数同時で発生した時。防ぐ方法………せめてその糸口でも掴んでないかと思ったのだが。

 「考えはある。けど試せないからな。デメリットがないわけでもないし………ま、用意だけはしといたけどな」

 腕を組んで………村雨の眉間にはシワが寄ってる。頭痛の種は多いらしい。

 用意した物というのも聞いたが、発想としては単純で、だが確かにデメリットもある。一応、今屋敷内の何カ所かに仕掛けているというが、うまく使わなければこちらも不利になる。

 なにか他に方法は………

 「スラムで襲われた時、私は神聖魔法を使ってたんですけど………それはどうなんですかね?」

 先に唱えたシウラの法術がルミネイトの影響を抑えた。そうは考えられないだろうか。

 「それも、試してみないとわからないな」

 「もし効果があるのなら、クリニエールには対抗策があるという事になります」

 クリニエールは、シウラの短縮聖唱が出来る。というか、それくらい出来ないとクリニエールには入れない。

 犯人の使うルミネイト化が神聖魔法であるならば、元から別の神聖魔法を掛けていれば………

 「……上書きって、出来るんですか?」

 「それも、試してみないとわからないな」

 村雨はまったく同じ言葉をなぞる。

 「少なくとも、個人単位では上書き………というか、併用は出来ません。それを根拠に部隊には通達してありますが………」

 ベルナデットの語尾も鈍る。自信はないのだろう。じゃなきゃ、クレアに『自分がルミネイト化した際の対応』なんて考えさせない。

 「聖唱はわかってるんですよね?実証実験とか……」

 「出来るわけねえだろ」

 「……ですよね」

 いくらルミネイト化が軽度、治療可能だと言っても、それが確実かどうかはわからない。聖唱をなぞれば発動すると思われるが、それも、どの程度の規模と深度になるかわからない。

 結局、“対策候補”を用意して備えるしかない。

 「ま、ここからはそう長くならないはずだ。狙いがおまえで、ココの関係者に絞ってるってならこっちも絞りやすい」

 どうやらクレアに会うのは“ついで”らしい。この館に聞き込みに来たというところか。ついででも、状況が知れたのはありがたかったが。

 「そーいやおまえさんのメイドは?話が聞きたいんだが……」

 「あー……」

 そりゃメイドが付いてると思うだろうし、外にいなければ部屋にいると思うだろう。だが午後のこの時間、用を頼む事もほとんどないし、休憩してもらっている。

 「この時間は、休憩中です」

 「………」

 ここではそうなのか?という目をベルナデットに向ける村雨。首を横に振るベルナデット。

 「ま、好きにすりゃいいと思うけどよ」

 まぁ、村雨だけは文句を言う権利はないと思う。

 「お帰りになるまでには話をさせますわ」

 ベルナデットが軽く手を上げると、彼女のメイドが一礼して退室していく。アニーを探し、待機させるためだろう。

 「アニー・ヴェベールというメイドなんですが、少々奔放すぎます。クレアさんも、もっと厳しく躾けて構いませんよ?」

 「いや、私は……メイドが付くだけで…、」

 「そういやなり手がいなかったって言ってたな。どうやって見つけたんだ?」

 「カルケール子爵からの紹介です。抗議しようにもタイミングが………」

 「カルケール……子爵……?」

 その名前、クレアも覚えがある。会ったわけではない。どこかで聞いた……というより見たような………。

 村雨も記憶を探るように眉間に指を当てた後、こう聞いた。

 「何人目だっけ、ルネ」

 「一人目です」

 少し離したドレッサーの椅子に、背筋をピンと伸ばして座ったままで。間を置かずに答える。

 ──もはや秘書じゃない…。

 ツッコミ所はそこじゃない気もするが。

 「現在はグリヨン砦で取り調べ中です」

 街の外、街道沿いにある砦だ。再発の可能性も否定出来ない以上、街中に置くわけにもいかない。取り調べというか、実際は監禁だ。

 メイド服でもないルネは、本当に秘書のように見える。

 ──……ベンチャー企業の若手社長……。

 いや、どちらかというと下町工場の方が似合ってるけど。

 うぅ~む…と唸った村雨は、

 「どう思う?」

 クレアに話を振ってきた。

 「え?板金の方が……」

 「……なんの話だよ」

 なんの話だろう?

 いや、アニーの紹介元の人がルミネイト化してたって話で。

 「偶然?でもアニーの出自について私は知らないし………」

 メイドとしての仕事振りからフォローをしようとしたのだけれど。不真面目な態度ばかりが思い返される。

 言葉に詰まる内に、ベルナデットが明かしてしまう。

 「端的に言うならば、仕事に対して熱心ではなくメイド内での評判も悪いです。私のメイドでしたらとうにクビにしています」

 ばさりと言うその内容に、反論の余地がない。

 「なんて言って紹介して来たんだ?」

 「知り合いの子で仕事を探している、と。子爵の紹介でしたし、なにかあればすぐにクビにして構わないとも言われましたので」

 クビにしてよかったんかい!…とツッコむ。いらぬ情けを……いや、もしかしたらこれをきっかけに変わって……くれるだろうか。

 なんだか本人以上に悩んでいるクレアを置いといて、村雨はさらに唸る。

 「………アニー、金髪じゃないしショートですよ?」

 「ンな事考えてねえよ。もし、だな………」

 と、言いかけてまた黙る。

 彼女を疑っているのだろうか。確かに犯人についてわかってる事は少ない。だから少女である事は否定出来ないけど、それでも………

 と、これもまた、フォローする言葉が見つからなかった。とはいえ、疑うに足る証拠があるわけでもなし。身元が怪しいなど、珍しくもない。

 「まぁ、犯人についてわかってる事は少ないんだ。油断するなよ」

 まとめるようにそう言うと立ち上がる。

 「悪い、ベルナデット。先に砦に行ってくるから、そのメイドの事は頼む。あと……──」

 と、ポケットから無造作に出したソレをテーブルに置いた。


 『失くすなよ』


 ベッドに転がりながら、村雨の置いていった宝石を眺める。いつぞや見た大きなルビーとダイヤだ。村雨が所有している中でも屈指の宝石だろう。

 もうひとつ、預かりっぱなしのトパーズも出す。

 ──……売ればひと財産……。

 実際売るかどうかは置いといて。その辺で捨て値でさばいたとしても、一、二年は楽に暮らせる。思わずクレアの心がグラつくくらい………そして宝石に興味のなかった『神堂紅亜』のテンションが上がるくらいの代物。

 ………別に村雨からの信頼を秤にかけているわけではなくて。

 一気に起きた色々な出来事を、慣れぬ居候生活でゆっくり考えるヒマもなく過ごして来たが、村雨から情報も得た事でやっと整理ができそうだ。

 といっても、おそらくもう時間はない。出来るのは、これらの宝石の使い方と……───

 目を閉じて、思い出すのはベルナデットの剣戟。

 彼女がルミネイト化して襲ってきた場合の対処。実力差を埋める……いや、誤魔化すだけの策。

 幸いにして、倒さなければいけないわけではなくなった。トパーズ……雷の充電具合も、なんとか一発分は溜まったと思われる。もっとも、広範囲とまではいかない以上、誰に当たるかは運次第、という面もある。

 ルミネイト化した時、ベルナデットがどういう戦い方をするか……。

 クレアがこれらの宝石を持ってる事を踏まえた戦い方をするか。それとも何も考えずに襲ってくるのか。

 深度が上がればケモノのようになるだろうが、総じて、今回のルミネイトは軽度だというし。

 ごろりと寝返りをうつ。

 彼女の剣を受けられるイメージが湧かない。そもそもが、自分が剣を扱うイメージがいまいちなのだ。繰り返すが、今まで扱ってきたのはクワやカマ。剣というのは握れる場所が限られている………。

 「…………」

 疑問が浮かぶ。

 当たり前のように言われ、当たり前のように訓練し、当たり前のように振るってみてけれど。それしかないわけではないのに。

 あるはずだ。もっとこう………扱いやすく、『受ける』イメージの作れるモノが。

 体を起こし、エクシードを出して。思いつくまま形を作ってみる。円、四角、三角……厚くしたり薄くしたり。

 これもまた幸いにして。エクシードの扱いならば、そこらの人より器用に出来る。魔力が増えた事により………だろう。以前よりも複雑な形も作れる。

 色々試すが、握りやすく、振り回せる形となるとやっぱり………

 その形にたどり着いた時、


 『   』


 その時、体を包んだ感覚をなんと言えばいいか。

 停電が起きた時の、なにかが消える感じ。明りではなくて、光りの圧力とでもいうものが消えたような。静電気が体を撫でたような、そんな感じ。

 変化を探して、クレアは窓の外に目を向けた。茜色の陽が対面の外壁に差し込んでいる。村雨たちが出て行ってから一、二時間?夕食が近付いた頃。

 頭より先に体が動いて、ベルトを留め、ソフトレザーのベストを付けながら聖唱を紡ぐ。エクシードを確認した所で………

 ─コン、コン、─

 ノックが響いた。返事をしなければやり過ごせるだろうかと考えて………蹴破られるだけと諦める。

 「どうぞ」

 それはここ数日で染み付いたやりとり。だから、彼女もノックなどしたのだろうか。

 現れたアニーは、見慣れたメイド服だった。

 「………」

 扉の向こうからこちらの様子を伺って。一拍置いてから入ってくる。

 「やっぱり効いてないのか」

 確認するような、独り言のような呟き。そこからはもう、上っ面の礼儀が剥がれ落ちていた。

 「……なにが?とは聞かないのか。調査に来たってヤツがなにか言ってったか」

 容疑が固まってるのなら拘束を命じている。疑惑止まりだったのは、手段もそうだが動機や証拠がなかったからで。シラを切り続ければ、容疑者のままだったかもしれないのに。

 ──それじゃあ目的が達せられない……って事でしょうね。

 なんとか腹を括り、クレアも口を開く。

 「疑われてるのは事実よ。ただ、決定的な証拠がない」

 時間があれば、ルミネイト化した人達への接触など、状況証拠までなら揃ったかもしれない。今、村雨が集めているのもそれだろう。

 「証拠?ずいぶん慎重じゃないか。聞き取りが来るって聞いたけど、本当に聞き取りのつもり?」

 「………」

 頷く。少なくとも、あの時点ではそのつもりだったはずだ。

 「効いてない……って言ってたけど、どうやってるの?」

 砦へは、往復だけでも馬で二時間くらいかかる。それでも、出来るだけ時間を稼ぐ。気になる点はいくつもあるし。

 「どうって……この神聖魔法だけは人に掛けられる。大勢に掛けるには色々必要だけど。理屈は知らないよ」

 意外と素直に答えて………くれている?嘘かもしれないが、そんな感じはしない。当たり前の事を聞かれ、当たり前のように答えた印象。

 でも、理屈がわからないのでは聞きようがない。話を変える。

 「それじゃあ、動機は?なぜ……──

 本当に?との疑問も込めて。

 「──なぜ、私を狙ってるの」

 ふん、と鼻を鳴らし。口調と同じく仮面の剥がれ落ちた表情で、

 「言っただろ。壁のためだ」

 それは、メイドになった理由を訊ねた時の答え。最初からそれが目的で近付いたと、という事になる。

 「壁って………」

 ぱっと浮かぶのは、街を囲う城壁の事。でも、クレアとは関係ない。

 疑問符を浮かべるクレアを嘲るように歪められた口元に、これこそが話したかった事であると知る。

 「……農民の出だったよね?」

 別に隠していたわけではないが、まるでそれが重大な秘密であったかのように切り込んでくる。

 「それが……」

 「それが悪だ」

 言い切られ、さすがに気圧される。

 生まれなんてどうしようもないものを責められたから、ではなく。そうと信じ切ったまっすぐな瞳で言い切られたから。

 「なぜココにいる。おまえが居るべき世界じゃない。居ていいわけがない。それがなぜわからない」

 畑に生まれたならば畑で死ぬ。

 社会……というか、世襲主義とも言うべきこの社会の構造が壁を作ってる。血統を重んじる貴族が政治の根本を握ってる以上、隙間はあっても、その壁は壊れない。

 権力のある立場ではないはずのアニーが、その壁の存在を受け入れている。受け入れているどころか、そうあるべきと信じている。

 だがそれ以上に、アニーの言葉はクレアに刺さった。

 『おまえが居るべき世界じゃない。居ていいわけがない』

 自分はたまたま命を拾った。それは『神堂紅亜』がもたらしたものだ。だから、本来なら……───

 これは奇跡というより、バグなのかもしれない。

 「あるべきとこへ戻れ。そう思ってるのはボクだけじゃない」

 ──『ボク』……?

 口調の変化は演技をやめたからだと思ったが、もしかしたら………

 いや、それよりも。

 「《その心、喰らいて燃やせ、一切染め上げ給え》!」

 聖唱。それを途中で止めていたのか。

 アニーが末尾だけ唱えると、再び静電気の波のようなものが襲った。そして……

 「……どう丸め込んだのか、この家の人にはあまり嫉まれてなかったらしいな」

 手応えでもあるのか。不満そうにそう言うと、しかし笑みを浮かべ、扉の前を開けた。

 「けど、大物が釣れた」

 軽く、しかし力強い足音があっという間に近付いてくる。

 この館の人間にルミネイト化を仕掛けた。けど掛かったのは少数………でも“大物”。

 そう理解した瞬間、クレアはエクシードを変化させた。迷いも疑問も、一旦すべて置いておく。戦闘モードへと切り替える。

 他の事を気にしながら対処できる相手ではない。

 開いた扉の先、廊下で一瞬止まったベルナデットはすでにエクシードを見慣れたレイピアへと変えていた。鎧こそ付けていないが軍服姿、ふわりとしたポニーテイルが勢いのまま舞って……──

 ─ダンッ!─

 鋭い踏み込み。燐光を放つ瞳をこちらに向け、まっすぐに迫る。それを予想していなかったら………あるいは幾度となく受けていなければ、反応出来なかったかもしれない。

 思ったより早く、想像より伸びる突き。それを紙一重でかわす。というか、紙一重でしかかわせない。

 次いで払われる剣先を、1メートル少しにした棒状のエクシードで受け流し………

 ──まだ…!

 切り返される三撃目を、受け止めながら背後に跳ぶ。

 事前に予想と予定をたてていた分、想定通りに体が動いた。それと、攻めてきたのが最悪のベルナデットである事が大きい。

 彼女じゃなければいいと思っていたからこそ、対応の想定はしていた。

 ─ッッシャアァン!─

 しっかりと受け止めた一撃。その一撃で、クレアの体は数メートルを吹き飛び、窓を割って外へと落下した。

 ロシュ………手の内を明かしてくれていた彼女に感謝する。わかってても防げないという自信かもしれないが。

 後ろに飛んで勢いを殺しつつ、壁ではなく割れやすいガラスをクッションにさせてもらい、なおかつ狭い室内から場所を変える。斜陽にきらめくガラス片と共に中庭へと落ちながら、地面までの距離を計る。

 ダメージは抑えられた。落下で動けなくなっては本末転倒、それに……───

 ─キンッ!!─

 着地、すぐに跳びのいた石畳にレイピアが突き立てられる。

 それに、もたついてたらベルナデットの追撃を受ける。

 バックステップで距離を取りながら、噴水の近くへと移動する。見据えたベルナデットは………

 ──軽度じゃないの?

 身体能力、殺気、行動。それらが最近のルミネイト化よりも重い気がする。

 嬉しくない事に、軽度も深度の高いルミネイトも相対した事がある。このベルナデットは………光る目、高い身体能力、目的としたクレア以外に目もくれない様など。領主邸襲撃後のルミネイトというより、スラムでルミネイト化された兵士達に近い。

 ──あの兵士達も治療は出来てたっけ。

 なら、いけるか。

 条件は、噴水の周りで、そのまま出てしまわないように勢いを止める事。ただし、“発動”のためには自分は範囲外にいなければならない。

 打ち合いでは無理。というか、今、なんとか凌いでいられるのが不思議なくらいだ。訓練の時ですらこんなに受けられなかったのに。

 ─ッ!─

 ……右?

 棒状のエクシードの両端を掴んで、その間で受け、捻るように流す。

 ─ッカ─

 ……突き。

 持ち替え、払う。

 ─ュン!─

 切り払い。これは距離を取り………

 避けられたら、次はステップを変えて切り上げてくる。

 ─ュッ、ビュッ!─

 やっぱり。攻撃のパターンが単調……というより、訓練通りのパターンなのだ。クレアがその速度ついていけているのは、シウラの効果と実戦というプレッシャーからか。それとも持つ場所も受ける場所も自由、という棒にしたおかげか。

 ともあれ、パターンが読めるなら………

 ──なんとかるモンでもないって!

 なんとか防げるというだけ。反撃の隙が掴めない。強引に距離を取る事は出来るかもしれないが、倒せる糸口というほどでも………

 違う。クリニエールに選ばれるほどの騎士が、こんな単調な攻撃をしているのだ。次を考えろと言った彼女が。

 確信。よりも、可能性を見たという方が正しいか。ともあれ、いつだか言われた『隙を作る方法』の答えを見せる時か。

 切り払い。それを避けてステップを変えた刹那にエクシードを向けて───

 ─ぼんっ!─

 わざと音を立て、薄い膜にして広げる。棒だったエクシードを、つまりは傘のように広げて一瞬の目隠しに使った。

 「…ッ!」

 虚を突けても、ほんの一瞬。一瞬後には回り込もうとするだろう。なので、

 「【モーメントゥム・フォルティス……──

 ベルトに留めたポーチから出したそれを投げる。

 石………それも夕闇に輝く宝石となれば無視は出来まい。といっても、投げたのはダイヤの方。雷で博打をする気はない。

 宝石を掴んだ瞬間に、術句は半分以上唱えた。これなら作った一瞬の隙に発動出来る。それに、こっちの防御が完璧じゃなくても問題のない術だ。

 傘に隠れるように身を引き、目を閉じて残りの術句を紡ぐ。意味は……

 「【ルーメン】!」

 『一瞬、強く光れ』

 瞼の裏すら真っ白に染まる。呻く声が、離れた所からも聞こえた。

 普通、戦闘中にエクシードを大きく変化させるような事はしない。それ自体が隙になるし、『硬い』というイメージを崩しかねないから。けれど元から扱いに長けていたクレアが、さらに『神堂紅亜』の魔力を得てかなり自在になっている。

 エクシードの変化を使う。これが、出された課題の答え。精霊術を使う隙は、しっかりと作れた。

 とはいえ、さすがにダイヤでこれはやりすぎだったか。投げたダイヤの落ちる音を合図にエクシードを棒に戻してベルナデットの方を見れば………目を抑え、ふらついている。それでも武器を手放さず、距離を取ろうと後退っているのはさすがの本能か。

 だが余裕を与えるつもりなどない。最大の、そして最後のチャンスかもしれない。

 エクシードを伸ばし、足払いを掛ける。

 ─ばしゃん!─

 噴水へと落としたのは、訓練の恨みなどではない。あくまで確実に足止めするためで。

 クレアは距離を取ると、噴水を回る道、その外側の縁石に手を触れた。かすかな凹凸………村雨が施していった仕掛けである。

 魔力を流せば一瞬、巡る小道の内側が光った。

 「…………」

 なにかが変わった、という感じはしないけれど。たぶん発動したはずだ。

 警戒を解かずに見守る先、噴水から上体を起こしたベルナデットが激しくむせ込む。張り付いた髪をかき上げた向こう、その瞳の色は………

 「いったい何が……」

 青。その燐光は消えている。

 ──……戻った。

 村雨が対抗策として用意したのは、法術の使用を禁じる、ルミネイトの治療にも使われたという遮絶陣。

 それをワンアクションで発動出来る状態で仕掛け、敵を誘いこんでから発動させれば………ルミネイト化された人間なら治療でき、犯人ならルミネイト化させる事を防げる。かもしれない。

 残念ながら屋敷を包むほど大規模な陣は用意出来ないし、いつ来るかわからない相手を、自身も法術を禁じられた状態で待つわけにもいかない。わずか数カ所の、保険のような仕掛けだったがうまくいった。

 視界を奪われ、しかも水の中。パニック……になるかわからないが、ベルナデットに向けて説明を叫ぶ。

 「光りで一時的に目が眩んでます。場所は中庭の噴水!」

 それだけ叫べば、状況を把握したらしい。ぎり…と噛み締めるような表情をした後、

 「敵は!?」

 「アニー」

 その名を答えてから、本当に?と疑う気持ちがある。もう間違いないのに、それでも“敵”と呼ぶ事にためらいを覚えてしまう。

 「二階に……」

 いや、降りてきている。いつの間にか……どうやって?

 ベルナデットと共に閃光はくらったようで、目を押さえたまま頭を振っている。チャンスといえばチャンスだが………

 ──どうする…?

 殴り倒す?拘束する?そのわずかな逡巡。

 「ッ!」

 こちらを睨みつけた瞳は、ほのかに青を帯びて輝いていた。

 ──ルミネイト化!?

 自分にも掛けたというのか。思わず引いた足の裏、少し離れた所からの振動が伝わる。それに気付くと同時に、声。

 「隊長ー!」

 「ベルナデット様!」

 呼び方はバラバラだけど。ガラスの割れる音に、派手な光り。外周警備の人達が駆けつけてきた。先行している二人は神聖魔法による強化をしているらしい。彼らの踏み込みが地面を揺らしてる。

 「私はいい!クレア二等兵を!敵はアニー・ヴェベール!屋敷内の警備隊はアテに……──

 『するな』か、『できない』か。ベルナデットが続けようとした言葉は、

 ─ッゴ!─

 重く、鈍い音にさえぎられた。

 援軍が来たという事でわずか気の緩んだクレアの目の先で、その音は拳と兜がぶつかって発せられた。アニーの無造作に振るった拳と、先頭を走ってきた男の兜がぶつかって。

 吹き飛ぶ瞬間、一枚の写真のような映像が目に残る。中に頭があるとは思えないほど凹み、首とつながってるとは思えないような角度で。一瞬後には視界から消えた。

 ありえない。

 離れた屋敷の壁から、爆発のような音がする。

 ─ゴッ!─

 再び重く、鈍い音。

 我に返ってアニーを追えば、もう一人の男へと同じように殴りかかり、しかし今度は大きな盾で防がれていた。

 「なにが起きたの?」

 ベルナデットが聞いてくる。

 そうだ。この短時間で回復するほど弱い光りじゃなかった。なのに………

 「先行していた二人の内、一人が殴り飛ばされました。壁まで飛んで……動けそうにありません。もう一人が、今盾で戦ってます」

 盾で戦っている、という表現もどうかと思ったが。それでも、アニーの大振りなパンチや蹴りを、足を止めたまま大きな盾で防ぎ続ける様は『盾で戦ってる』と言うべき姿だった。

 「ドニね。彼ならしばらく防げるはずだわ。他に誰が来たの?」

 誰が来たと言われても、『見た事ある顔』くらいで名前など覚えてない。

 とりあえずあとから来た人達に手を振って合図を送り、ベルナデットと直接話してもらう。

 ………と、その前に。

 「遮絶陣が発動してます」

 警備の人達に、これだけは言っておかないと。なぜベルナデットがずぶ濡れで噴水の中に立っているのか、そんな所から話が始まりかねない。

 全員が来たわけではないのだろう、軽装鎧の彼ら、五人ほどは警戒しながらも近付くと、ベルナデットに敬礼した。

 「外周は平気だったのね」

 「特に異変は……。ルミネイト化のメイドだけですか?」

 疑問に思われたのも無理はない。侵入を許していないのなら、ルミネイト化させたのは誰か?という事になる。

 「そのメイドこそ犯人……と、いう事でいいのでしょう?」

 聞かれて。もう否定する要素はどこにも残ってなかった。

 「……はい」

 頷いたクレアに、小隊長らしい彼は顔色を変えた。

 「方法はわかってるのですか?もし簡単に行えるものだったら……」

 方法?何の……もなにも、ルミネイト化の方法だ。もしそれが、戦闘中でも行えるほど簡単なものだったら……───

 盾の打ち叩かれる音は続いていた。どっしりとした守りは、小柄で素早いアニーの動きを完璧に防いでいた。

 その音に混じって。

 「《乞い 願わくば 昏く冷たく灯した炎………」

 ──聖唱!

 スラムの時も、この聖唱で兵士達が我を失った。今、この場にいる人数こそ少ないものの、力量は比べ物にならない。

 「入って!」

 ベルナデットの耳にも聞こえたのだろう。警備隊の人達を遮絶陣に招く。それに続こうとしたクレアは………

 「クレアは外に!」

 ──なぜ!?

 今の所ルミネイト化した事はないけど。それでも、狙いがクレアだと明確になった以上、なにか仕掛けられてもおかしくない。遮絶陣の中なら、一切の法術は効果ないはずだから安全なのに………

 と、この時は思った。思ったが、不満ながらも従った。

 「《彼の血も昏く 彼の身も冷たい……」

 アニーの聖唱は続く。戦いながらだからか、途切れ途切れ、時間もかかってる。だが相手………ドニと呼ばれた盾の使い手は、その聖唱を止めるほどの攻撃が出来ていない。というか、防御を主としているからこそ、ずっと防ぎ続けているとも言える。手にした斧は、牽制のように振るわれるだけ。おそらくエクシードは盾の方だろう。

 なんとか援護、せめて聖唱の妨害をと思っても、クレアではどうすればいいのかわからない。下手に手をだそうものなら、ドニの足を引っ張ってしまいそうだ。彼がすでにかけているだろう神聖魔法、それがルミネイト化を防ぐと期待するしかない。

 治療にこそ効果はあったが、遮絶陣の効果だって確証がない。誰が敵になるかわからない中、全員に警戒を向けて………聖唱が終わる。

 「《その心、喰らいて燃やせ。 一切染め上げ給え》」

 瞬間……───

 「………」

 クレア自身に、変化はなかった。まずそれを確認し、遮絶陣に目を向ける。ベルナデットも警備隊も、警戒を示したまま………これも変わらない。ただ、激しく鳴り響いていた盾の音だけが消えた。

 ドニと呼ばれた盾の男は………立ち尽くしたまま。動きは止まったものの、だがそれだけだ。

 「チッ。コイツもか」

 呟くと、その腹へと蹴りを入れて壁の方に飛ばすアニー。

 「何もわかってない。そう生まれたからには、そう死ぬべきだ。そういう世界なんだから。じゃなきゃ……」

 続けようとした言葉は、果たして何だったのか。言葉を呑み込んだまま、その輝く瞳がこちらを向く。光りに射すくめられたように、クレアの足は止まった。

 「おまえは、元の場所で泥にまみれて死ぬべきだ」

 「…!」

 焼けた村がフラッシュバックする。男のシルエットが浮かぶ。

 アニーが語ってるのは、今の事ではない。『神堂紅亜』がいなかったらそうなっていたという、過去の話だ。

 『おまえが居るべき世界じゃない。居ていいわけがない』

 刺さったままの言葉が疼く。村のみんなはもういないのに、自分だけ生きてるのは何かの間違いなんじゃないかと。

 クレアに向けて駆けだすアニー。それを見ながらも動けないクレア。接触の瞬間に勝負が決まってしまう。それを止めたのは………

 ─ッ!─

 走りくるアニーの顔に、腕に、ナイフが生えたと思った。

 わずかな音を立てて、飛んできたナイフの内二本が刺さった。よろめきながらも数歩進んだアニーは、その飛んできた方向………遮絶陣内のベルナデット達を見て、そちらへと向きを変え………だが足を止める。

 遮絶陣を知ってるかはわからないが、ベルナデットのルミネイト化が解けた事、兵士達が避難している事から、『何かある場所』というのはわかるのだろう。近付く事をやめ、自らに刺さったナイフを引き抜いた。

 鮮やかに輝く血が、一瞬だけ飛び散った。

 痛みなど感じていないような笑みを浮かべ、その手にしたナイフを振りかぶって投げ返す。鎧の男をも殴り飛ばす力で投げられたナイフは………

 ─キンッ─

 離れた場所の、花壇のレンガに当たって折れる。

 ナイフ投げにはそれなりの技術が必要になる。舌打ちをするとアニーは、悔しそうに地面を蹴りつけた。

 いや。舗装に使われた石畳を蹴り飛ばした。

 派手な音を立てて割れた石畳が、無数の礫となって兵士達の方へ飛ぶ。

 ─カカカカッ!!─

 鎧と石のぶつかる音。その中に……

 ─ギャン!─

 一際激しい音が混じる。砕いた石畳の欠片を拾い、アニーが投げつけていた。

 投石ならば、それほどの技術は必要ない。さすがに狙いは甘いようだが、力が違う。

 ─ガン!─

 ─ゴンッ!─

 ふたつみっつと、動きそのものは単純だが、早回しのようなスピードで。ベルナデットを中心に構えていた兵士達が次々倒されていく。遮絶陣の中ではエクシードも使えず、かといって外に出てはルミネイト化の餌食だ。

 ──って、見てる場合じゃない!

 今、自由に動けるのはクレアだけ。棒のエクシードを握り直し、シウラの神聖魔法が効いている事を確認する。まだ保ちそうだ。

 今度はクレアが駆け出し、アニーに迫る。振り下ろしたエクシードは………

 ─ゴッ─

 鈍い音を立てて、肩に当たって止まった。

 あまりにもあっけなく当たった事と、その手応えの硬さにクレアの方が戸惑う。

 手を止めたアニーは、そんなクレアを見て───

 「ッ!」

 振り上げた拳を避け、飛び退る。続く蹴りも躱す。

 早い。が、なんとか目で追える。躱せるし、捌ける。それは攻撃が単純で大振りであるからだが………

 ─ガッ!─

 受け流そうとしたエクシードが弾き飛ばされそうになる。

 単純で、大振りだが、威力はとんでもない。攻めなければいつか負ける。それはわかってるのに。

 手の中に残ったさっきの感触が、どうしても攻撃をためらわさせる。

 クレアを見据え───いや、睨みつけ、ひたすらに拳を振るうアニーと。

 視線を外す事も出来ず、反撃する事も出来ず、ただ退がり続けるクレア。

 遠からず敗北する。それを変えたのは、

 ──………?

 かすかに聞こえた音。アニーの吼えるような声ではなく、ベルナデットの檄でもなく、重い物が地面に落ちたような低い音。それはさっきも聞いたような……───

 ─ッ!─

 大地の振動。

 そして鈍い音を立てて、目の前の人物が入れ替わった。いまいち違和感を覚えるその軍服を、不覚にも頼もしく感じる。

 「師匠…」

 やっぱ斬りつけときゃよかったか…などと小さく呟く。その頬には汗が伝い、肩は荒い呼吸で上下していた。

 こちらを見もせず腰を落とし、右肩を引いて剣を構える。

 「出来るだけ合わせろ。俺の攻撃終わりに一撃入れればいい」

 「…え?」

 感動の……とまではいかなくても、いいタイミングでの登場ではないか。ピンチに颯爽と………まぁ颯爽と現れたのだから、気の利いた一言くらいあってもいいのに。

 「行くぞ」

 「ちょ…──」

 乱れた呼吸のまま駆けだす村雨。その背を追いかける。

 さっきの一撃は、なにが起きたかわからないほどのもの。砲弾でも落ちてきたかと思ったほどだ。それを喰らったのだから、ルミネイト化していると言ったってちょっとくらい……───

 石造りの壁にめり込み、入ったヒビも相俟って、蜘蛛の巣に捕らわれた蝶のようになったアニーは………一度ピクリと痙攣して。顔を上げると、まっすぐに村雨を睨んだ。

 右肩が捻じれ、腰から下が違う方向を向いたまま、蝶というより蜘蛛のような動きで壁から飛び出す。

 「ッッシャァアー!!」

 その叫びは、もはや人とは思えない。突進と共に突き出される拳に、だが村雨は踏み込んだ。

 ─ぱんっ─

 伸びきる前の拳を叩いて回り込むと膝を後ろから踏み抜いて、

 ─ガンッ!─

 蹴り倒す。

 地面へと頭から倒れ込んだアニーはその首筋から輝く血を一瞬噴き上げ………そしてすぐに立ち上がった。そこへ───

 ─ゴンッ!─

 追撃。戻って来た村雨が再び蹴り倒す。

 間を取り……いや。助走を確保し、突進し、切りつける。そのたびに鈍い音と、輝く血飛沫があがる。

 高速で移動を繰り返し、立ち上がらせる事なく攻撃を繰り返す村雨。斬撃が浅いが、それでもダメージは与えてるし、相手に何もさせていない。

 ……強い。ベルナデットも強いと思ったが、村雨がここまでとは。

 身体能力は……クレアもわかる。神聖魔法で上げる事が出来る。だが『次にどう動くか?』は、神聖魔法だけでどうにかなるものではない。強化され、通常以上に動く肉体をしっかり制御、コントロールしてこその強化魔法なのだ。

 エクシードを持ち、少し距離を置いたまま………もう出番はないんじゃないかと思うクレア。戦闘態勢すら解きそうなその背中に、

 「なにをしてるの!」

 ベルナデットの鋭い声が刺さった。

 振り向けば、遮絶陣の端に立ち………アニーを警戒してだろう。具体的な指示こそ口に出さないが、その目が語ってる。いや、叫んでいる。村雨の援護をしろと。

 ──だから……

 連撃の続く村雨の方へと視線を戻す。入る隙も無ければ、援護の必要すら怪しい。『攻撃終わりに……』とか言ってたけど、クレアが一撃入れてる間に村雨が二発くらい入れそうだ。ほっといても、このまま倒してしまうのではないかと思うのだけど。

 ─ダンッ!─

 一際大きく蹴り飛ばし、再びアニーを壁へと貼り付けて。村雨は動きを止めた。

 「出るなよ、ベル」

 視線は外さぬまま、額の汗を払い、荒い息のまま早口に告げる。

 「クレア、トパーズ」

 その指示には反応出来た。ポーチに手を入れ、素早く投げ渡す。それを受け取りながら、

 「そっちを使って最大火力で仕留めろ」

 「えっ…!」

 なぜ自分が?という思いの一言に………村雨は予想していたのだろう、これも早口のまま告げる。

 「あいつを良く見てみろ」

 「…………」

 言われるままに、壁にめり込むアニーを見る。

 関節が外れたか、折れたか。右腕はぶらぶらと揺れていた。肩口の傷は骨が覆い跡形もなく、ただ裂けた服だけが切られた痕跡を残している。壁から抜け出そうと一歩踏み出した足は、膝が内側を向いており、つま先は後ろを向いていた。

 ごきり…と音がして。新たに生えた右腕が壁から体を剥がす。左手と左手を使い、瓦礫をどかす。ふらりと揺れる頭のその髪は、吹き出た血に染まり輝いていて、その隙間からなお明るく輝くは二つの瞳。口から洩れるは、もはや人のそれとは思えぬ唸り。

 気が付けば。とうに日は沈んでいるのに、この中庭だけは満月の夜のように明るい。その光りの元は……………

 「ここまでの深度、俺は見た事ねぇ。治せるとは思えないし、治ったところで………」

 行いを考えれば、明るい未来など待っているはずがない。

 「やるしかないんだ」

 その言葉は……───

 『……こうするしか……ないと思って………』

 「……………」

 ポーチに手を入れ、その宝石を握り込む。

 クレアの顔をちらりと確認して。村雨を改めて構えを取った。切っ先をアニーに向け、左手を鍔に添え、より低い姿勢で。

 ─ッ!─

 駆け出したのは、どちらが先か。今までは速度で翻弄していた村雨を、だがアニーは上回るダッシュを見せる。いつの間にか体格も、村雨を上回るほどになっている。まともにぶつかれば勝ち目はない。

 当然、村雨はまともにぶつかる気はなかった。

 間合いの遥か手前で剣を突き出す。その剣はエクシード。扱う者次第で形状を変える。

 刺さる寸前にした事は、手にしたトパーズを剣を通して先端に移す事。

 刺さる瞬間にした事は、術句を唱える事。

 「【トニトルス】!」

 絶縁性の高いエクシードを使って接触させる事で、発生した雷は対象にのみ流れる。ルミネイトがどんな体になってるかわからないが、筋肉があるのなら高電圧で動きは止まる。

 そこへ───

 「【グランディス……──

 ルビーを掲げ、クレアは叫ぶ。せめて、ありったけの魔力を込めて。


 「……フランマ】!」


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