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2.英雄


 労せず手に入れた力。

 代償は大きかったが、待遇は悪くない。

 勝ち組。自由。やりたい放題。

 ……そう思えたのは、最初だけ。

 ロクに自由などなく、与えられているのは手懐けるためのエサ。

 ガラスの檻に、見えない首輪。『いるだけでいい』というのは、『余計な事をするな』という意味で。

 時折命令は来るものの、これはユメ見たモノとは違う。

 燻る日々に舞い込んだ風は、懐かしい匂いがした。



 きっちり一週間。

 兵士の一般教練に参加したり、資料を見せてもらったり、街の観光をしたりと、充分な修練を積んで。

 クレアは“英雄”村雨の屋敷を尋ねた。チャイムを鳴らし、深呼吸。目を閉じて確認する。

 英雄に弟子入りするか?その結論は………『イエス』。

 その技術は魅力的だ。絶対に必要になる。

 ただ『神堂紅亜』については隠す。国に縛られるのは御免だ。

 なので、目指すはギリギリの合格。トリックは見破ったが真似は出来ない、とする。おそらく村雨も、それ以上は望んでいまい。『これが出来たら合格』と言ったのに、『少しでも近付けたと思ったら見せに来い』と言ってたし。

 出てきたメイド………前回と同じ少女に、用向きを告げて兵団の証書を見せる。今回は馬もいないので、脇戸から玄関へ。案内された先は、前回と同じキッチンだった。

 これもまた前回同様、煮立つ鍋の前に村雨がいる。立ち上る匂いまで同じ。

 「ご主人様、入団審査のクレア様がいらっしゃいました」

 「………」

 ちらりと振り返ると彼は、少し離れた台の上にタマネギを置いた。そして無言のまま促す。

 それに対し、クレアはゆっくりと告げた。

 「一週間、修練を積みましたが村雨様と同じ事は出来ませんでした」

 ぴくり、と村雨の眉が動く。

 ここで引いてはただの不合格になってしまう。何か言われるより先に続ける。

 「ですがその技は推測して来ました。村雨様は、ナイフを完全に手放していませんね?」

 エクシードの形は、技量の足る限り自由自在である。ナイフにしたからといって、その形状で終わらせる必要はない。引き戻すために……たとえば柄から糸状に伸ばし、袖の内側にでも巻きつけておけばいい。タマネギを刺した後、その糸を縮める形で手元に戻せばナイフが戻ってきたように見える。ただし……───

 「簡単にわからないほど細くし、素早く縮める技術が必要です。鍛錬を積んだ兵士でも難しいですが、“英雄”ならば可能なのではないですか?」

 一息に説明して、反応を待つ。

 理屈としては可能。だがそんな技術、出来るわけないと一蹴されるようなもの。クレアだって、以前だったら『実際にはムリ』と言ってただろう。

 けれどエクシードの操作にはイメージが強く影響する。当たり前だが、想像出来ないものは作れない。『出来るわけない』を乗り越えた者のみを修練の対象とするなら………このテストは理にかなっている。

 「………出来る範囲でいい。やってみろ」

 長い黙考を挟んだ英雄の言葉に、

 ──マズイ。

 クレアはたじろいだ。『一週間、修練を積んだ』とは言ったものの、実は一回しかやってない。なにせ、拙いながらも一回で出来てしまったから。

 だが、ここで断るのも不自然。覚悟を決めて、エクシードを取り出す。

 ゆっくりと……慎重を装って。ナイフの形を作り、柄から、きしめんみたいな“糸”を伸ばし、ナイフをタマネギに向ける。手の中に“糸”を畳んで掴み、それを一気に伸ばしながら……───

 ─サクッ─

 ……ゆっくりと引き寄せる。だが刺さり方が甘かったのか、タマネギは転がり、ナイフだけが手元に戻る。

 上出来ではないだろうか。ナイフの形状も甘くしたし、“糸”も太い。速度も遅いし、タマネギが転がったところなんかダメダメ感が出てていいと思う。

 胸中の満足感は隠し、悔しさを隠したような表情で村雨の反応を見る。彼は………

 「……ふむ……」

 顎に手をやり、やはりしばし黙った後。

 「ルネ」

 と、メイドを呼んだ。

 「はい」

 「彼女の合格を連絡してくれ。あと、しばらく泊まってもらうから部屋の準備を」

 「かしこまりました」

 ──合格……で、泊まる?

 そんな話は聞いてない。宿舎での聞き込みでも………あぁ、そもそも合格者が出てないんだっけ。時折講師として来るけど、圧倒的技術を見せつけるだけでよくわらかんおっさん、というのが若い兵士達の認識だったし。

 合格は喜ばしい。だけど『よくわからんおっさん』としばしひとつ屋根の下………。

 表面上は平静を保ちながらも内心びくびくするクレアを、村雨はじっ…と見ていた。


 一度宿舎に戻り、少ない荷物をまとめて。短い間だったがルームメイトとなったひとりを見つけて合格を伝える。

 「え?なんで?」

 祝福でも驚嘆でもなく、もはや疑問らしかった。答えについては教えてもらってるようで『どうやって?』とは聞かれなかったが。

 「それで、あのお屋敷に引っ越す事になりました」

 「……………」

 しばしの沈黙の後。

 「やっぱりあのおっさんの趣味はわからないわ」

 金髪メイドが好みじゃないの?と呟かれる。

 ──やっぱりそう見られるのか。

 見られるというより、もっとも考えられる可能性がソレ、という感じ。でも、根拠はないけれどそんな感じでもないような………ただそう思いだけなのか。

 ともあれ、諸々準備して屋敷に戻ろうとしたところ。兵舎を出てすぐにバスチアンに声を掛けられた。どこかで話を聞き、待ち構えていたらしい。

 「合格だってな。おめでとう」

 「ありがとうございます」

 初めて『おめでとう』と言われたかもしれない。送ろう、と言われて………さすがに荷物を持たせるわけにはいかなかったが、同行してくれるのはありがたい。正直、不安はあるし。

 「しかし……よく合格したな」

 「私もそう思います」

 素直にうなずく。聞けば………

 「初めての合格者……だそうですね」

 彼の元で修練を積む………いわば弟子入りのテストが始まって数年、ただ一人の合格者もなく、もう合格させるつもりはないのではないかと言われていた。見込みのある者がいれば教える、というポーズだけ。形としては成立している以上、領主も何も言えない。

 「しかし、なにをやったんだ?まさか真似出来たわけではあるまい?」

 「もちろんです」

 説明し、実際に……さすがにナイフは作らないが、不器用な“糸”部分を作ってみせる。

 「ほう」

 伸ばし、グネグネと畳むそれを見て、バスチアンは感嘆の声を上げた。

 「中々な技術じゃないか。どこかで学んだか?」

 「いえ、独学……というより、必要に迫られて」

 実際、農具や工具など、他に道具がない村ではいろんな物に変えて使った。訓練以外では剣にして下げっぱなしの騎士よりは、農民の方が形状変化は上手いかもしれない。

 「操作はそうかもしれないが………質量も多くないか?」

 「……。」

 一般的なエクシードの大きさは、球体にした状態でグレープフルーツほど。クレアも、それくらいにしている。

 魔力量が増えれば大きくなるが………ある程度の技量があれば、それすらもコントロール可能だ。村雨などは、小さなペンダントにしていたくらいだし。

 確かに、質量は油断していたかもしれない。

 「薄くしているだけですよ。薄くするのは得意なんです」

 誤魔化しながら………もしかして、それに気付いたから合格にしたのだろうか。だとしたら………でもバスチアンの様子からしたら…………。

 黙り込んだクレアの様子を勘違いしたバスチアンは笑いかける。

 「泊まりの件に関しては気にするな。身の回りの世話もするのが弟子ってものだ」

 正式に“弟子”らしい。

 「それに、派手に遊んでいたのは昔の話。最近はすっかりおとなしい」

 というのは、例の件だろう。ほっとしつつも、気になる事がある。

 「あのお屋敷に、メイドは何人いるのですか?」

 ツインテ少女しか見ていない。住んでいるのが村雨だけだとしても、少なくないだろうか。

 「一人だ。それも基本は通いだ」

 消えた不安が再び湧いてくる。やっぱり……でもここまで来た以上は………

 「ま、慣れれば普通に暮らせるさ」

 何に慣れろというのだろう?

 結局クレアの不安は払拭されないまま、村雨の屋敷に着いた。


 キッチンと呼ばれる土間の隣り、八畳ほどの部屋には囲炉裏もあった。さすがに火は入ってないが、やはりここだけ異世界のように感じる。

 屋敷の一通りの案内をした後、メイドのルネは帰ってしまった。通いというのは本当らしい。

 そして今、囲炉裏を挟んで、クレアは村雨自ら作ったという食事を前にしている。

 膳、である。

 四つ足の、小さな台。『神堂紅亜』の経験をもってしても、なかなかお目にかかれない『膳』である。その上には………見たまんまを言うならば、そばと天ぷら。

 カゴの中にはそばが盛られ、平皿には野菜の天ぷらに塩が添えられて。さすがにそば猪口はなかったのか、小ぶりの皿にそばつゆが。

 「………食べないのか?」

 対面の村雨は、軽く祈りを捧げた後にそばをすすり始める。

 「はぁ……えと……」

 祈りの言葉までは口にしたものの。これは………

 座布団の上、部屋に入って何度目かもわからない。膳の上を観察する。

 『神堂紅亜』の知識を排除して、“クレア”として記憶を探る。多分、これは、罠だ。

 麺類はある。が、持った麺をつゆに付けて食べるような話は聞いた事がない。それに箸。使う地域もあるが、クレアが知って………いや、使えるのはおかしいだろう。

 だが、である。

 弟子として暮らす以上、これは『慣れるべき生活』の一部なのではないか?ここで『使えません』というのは、逆におかしいのではないか?

 握った拳を膝の上に置いたまま、箸を睨んで動かないクレア。そんなクレアに、村雨は声を掛けた。

 「そういえば、名前を聞いてなかったな」

 「あ、はい」

 挨拶はした。その時に名乗ったはずと思いながらも、

 「クレアと申します」

 「…………」

 ずるずるとそばをすする間。

 「……フルネームは?」

 「いえ、苗字はありません」

 ある程度の身分がなければ苗字は持たない。便宜上、誰々の娘の……みたいな呼ばれ方はするが。

 「…………」

 何が聞きたかったのだろうか。反応を待つクレアに、村雨は再び聞いた。

 「食べないのか?」

 「あの……、箸の扱いに、慣れていないもので」

 自然に切り出せた。これでフォークでも用意すれば、なんとかしのげるだろう。

 ──でも……そばをフォークで食べるのか………。

 味気ない。と『神堂紅亜』が主張する。がっかりしつつも糸口を見出した……と思ったのだが。

 「……本当に?」

 「………どういう意味ですか?」

 「…………」

 ずっ…と、そばをすすり。村雨は箸を置いて居住まいを正した。合わせてクレアの背筋も伸びる。

 静かに、村雨は口を開いた。

 「共に暮らす以上、隠し事は出来ない」

 ─びくっ─

 やはりバレて……───

 「正直に言おう。なんかソレっぽい証拠があって多分異世界人かな~ってわかってるから素直に白状して欲しい」

 「…………………はい?」

 なんだか色々台無しなセリフだった気がする。気のせい………ではない証拠に。

 村雨は、正座を崩すと口調も崩れた。

 「だからぁ。本当は箸の使い方とかそばの食べ方とか指摘して、言い逃れ出来ない状況まで追い込んでから言いたかったけど………食べないじゃん?」

 頭が真っ白になる。内容というより、その変わりっぷりに

 「もうちょい会話が続けば『語るに落ちたな』とか言えるんだろうけど、話も続かないし」

 それは、村雨側に責任があると思う。

 「……ちょ…少しお待ちください」

 「なに?」

 どこからツッコむべきか、いや、なにから聞くべきか。目を閉じ一呼吸置いたのは考えるためで。決して頭痛を紛らわすためではない。

 「えー………っと。その、口調は……」

 「一応オレ、英雄だから。爵位も貰ったし、それなりに取り繕えって………ビスタに」

 ビスタ………愛称?となると、おそらくバスチアンの事だろう。

 でも、『取り繕え』とは言っていないと思う。

 「ま、いつまでも堅苦しいのはメンドーだし。そっちも適当でいいよ」

 「…………」

 ありがたい事……なのだろうが。ギャップに目眩がする。

 だが、もうひとつの質問。

 「私が、異世界人というのは?」

 「それ、かな」

 びしりと指を突き付けられるのは………口?

 「イセカイジン、なんて言葉を聞いて、あっさりそれを発音出来るのは………なんか、ほら、アレじゃん?」

 グダってはいるが、確かに的は射ている。聞いた事ないはずの単語を、理解し、発音する。それは確かに『アレ』だ。

 「“村雨”の発音がキレイ過ぎたのが最初の違和感かな」

 そこから目を付けられていたのか。

 「それに……」

 と、指の角度が下がる。

 まだあるのかと下を見るが………食事には手を付けていない。

 「そば。すすって食べるのを、みんな嫌がる」

 クレアから見れば下品そのものであるが、『神堂紅亜』からすると常識で。久々という感覚に陥ったそばと天ぷらに、『神堂紅亜』の方の感覚に引き摺られてしまったか。

 「あと、ナチュラルに座布団の上に正座したし。犯人はキミ以外あり得ないのだよ」

 犯人かどうかはともかくとして。

 この和風建築の中に入った時点で、もう誤魔化す事など無理だったのかもしれない。

 座布団を外し、クレアは頭を下げた。

 「参りました」

 「うむ」

 満足そうに頷くと………あぁ、こちらが素か。楽しそうに笑顔を見せる普通の若者に見えた。………こちらの世界では決して若者という歳ではないのだが。

 「じゃ、話を聞かせてもらおうか」

 覚悟を決めて、クレアは語りだした。


 と、言っても。

 自分でもわからない所は多い。そもそもクレアはクレアであって。あくまで『神堂紅亜』の記憶があるだけなのだ。

 「ふむ。じゃあ記憶が追加されただけ、て言うんだな?」

 「はい」

 ちなみに。一応『神堂紅亜』という名前は伏せた。自分の名前じゃないし、本人の許諾なしに教えるのはまずい………ような気分なので。

 「魔力に関しては?」

 「記憶を得た時に増えた………気がします」

 「気がする?」

 頷く。あの時の記憶は曖昧だ。生命的な危機も抱えていたし、なにより全てを失う惨事の中だった。

 「じゃあ、厳密には異世界人ってわけじゃないんだな?」

 「厳密もなにも……私はクレアです」

 そう言う瞳を真正面から受けて………村雨は立ち上がった。なにやら思案しながらクッキングストーブの前まで行くと、

 「そば湯、いるか?」

 「………いただきます」

 バレてしまったし。味が落ちるというので、そばは話の合間にいただいた。少々短いし、コシはいまいち、つゆは物足りなさがあったが、懐かしさのが勝った。初めて食べるというのに、だ。

 「魔力はある。知識もある。それでも入隊を希望したってのは、復讐か?」

 どうしても個人では劣る部分。そのひとつが情報である。村を襲った集団を見つけるには、個人より組織を頼った方がいい。それは確かだが………

 「それも……あります…」

 どうしても語気が弱くなる。

 もちろん憎しみはある。奴らが手の届く所にいたら、何をするかわからない。本来なら村の人達のため、すぐにでも追いかけて復讐するのが正しいのかもしれない。

 「でも、村も家族も失った私は、まず今日と明日を考えなければなりません」

 すべてを投げうってでも……とならないのは、いささかドライ過ぎるだろうか。それともやはり『神堂紅亜』と混じったせいで、どこか他人事に感じてる部分があるのだろうか。

 「復讐と生活との両立が入隊、か。冷静だな。……褒めてるんだぞ?」

 村雨はそば湯を飲み干すと、

 「それ“も”って言ってたな。他の理由は?」

 「戦う技術がありません。戦闘経験なんかなかったから………まずはその技術が欲しいんです」

 「技術ねぇ……」

 後ろ手を付いて天井を見上げ、村雨は首を傾げる。

 「なんとかなるんじゃね?オレだってケンカのひとつもした事なかったのに、こっちに来て習う前でもなんとかなったぜ?」

 ここのカミサマは気前がいいしな、と続ける。その言からするに、力押しが出来るくらいの圧倒的魔力差があるのだろう。でも、クレアにあるのはそこまでの魔力だろうか?

 「私は“英雄”ではありません」

 「でも、そう求められるかもしれない」

 「……………」

 まさしく。それが頭の痛い問題である。

 召喚される“英雄”以外に、英雄のような知識と力の存在が生まれれば………細かい事はわからなくとも、大きな波乱になる事だけはわかる。

 今なら、この“英雄”の口さえ塞げればなんとかなるのだが。

 「交換条件だ」

 「!?」

 それを、村雨側から言ってくるとは思わなかった。クレア側の要望はあるが、支払うべきものがない。いや、やはり………

 「その能力やら知識やら………他の連中には黙ってる。訓練もつける。代わりに……───

 これくらいは『安いもの』と受け入れなきゃダメだろうか。でもでも………

 「代わりに、そっちの知識を貸してくれ」

 「………??」

 予想を外しまくったその願いに、理解が追いつかない。

 「………同じ知識が、あるのではないのですか?」

 「同じって事はないだろう。別人なら知識に差がある。オレの知識だけでは、どうしても出来ない事があるんだ」

 「………たとえば?」

 「コレ!」

 びしりと指したのはカラになったそばつゆで。

 あっけに取られつつもクレアは、その提案を受け入れた。


 村雨の屋敷に泊まるようになって数日。午前中は兵士の教練に参加し、午後は戻って屋敷の事をしている。家事はメイドのルネもいるのでかなり楽だが、少々ばたついていて。なかなか村雨から教えを受けられていない。

 教練を終えて買い物をし、帰ってきたクレアは村雨を探した。

 「師匠」

 そういえば、呼び方を変えられた。先輩と師匠の二択から、迷う事なく師匠を選んだ。もっとひらがなっぽく呼べというのは断固として拒否した。

 ………わかってきた事がある。きっと師匠はダメなタイプの人だ。

 「師匠」

 「おう」

 探すと、屋敷の中央、『研究室』と名付けた部屋にいた。本来なら、何かあっても周囲に被害の出ないような場所にするべき部屋なのだが。貴重品が多く、警備優先となって屋敷の中央となった。

 「手に入りましたよ、例の物」

 「おぉ!」

 立ち上がり、宝石やら金属やらを箱に押し込め鍵を掛ける。

 「さっそくやるぞ」

 いそいそとキッチンへ向かい………思えば初対面の時からコレに挑戦していた。

 あの時漂っていたのは、甘さの混じる醤油の匂い。そして同じ匂いのした課題発表の日、出てきた食事はそばである。

 「……それにしても、醤油がそちらの世界の物とは………」

 鍋の準備を始める横、クレアは材料を並べながら呟く。

 「醤油だけじゃないぞ。味噌、米の酒、マヨネーズ………食の面でもだいぶ助かってるな」

 当たり前にあって考えもしなかったが、『英雄のもたらしたもの』という事は、そのほとんどがあちらの世界のもの。村雨にとっては、まったく違う食文化に飛び込まなくて良かったのだから、助かったというのは本心だろう。

 とはいえ、である。

 すべてのものが再現出来てるわけではない。また、この世界に合わせて変化したものもある。

 たとえば、そば。

 そばの栽培は行われ、一部麺にもされている。けれどその食べ方はスパゲティのようで。堅めに作った麺と醤油ベースのソースを絡めるというというもの。

 そばはすするモンでい!と村雨が挑戦しているものの………。打ち方は学べた。分量も調整し、それっぽくなった。が、そばつゆの味がイマイチなのだ。どうしてもなにか足りない。でもそれがわからない。そんな時に現れたのが………

 「シャル・ドゥ・ポワス。この辺りでは高級品ですからね」

 「おー。ほんとにカツオ節みたいんだな」

 元の世界の知識を持つクレア。さらに都合の良い事に、彼女はこちらの世界にも詳しい。

 となると、『つゆの味が物足りなくて。カツオ節っぽいの、ない?』みたいな、こちらの世界の人に聞けば『はぁ、“カツオブシ”ってなんですか?』になる質問を気軽に出来る。

 「よし!やるか」

 ぱんっ、と手を合わせ(意味はない。景気づけだ)エクシードをカツオ節削りの形にする。

 「本当は砕いて混ぜて使うんですよ」

 「カツオ節を削らないでなにを削るんだ」

 薄く削ったカツオ節を鍋の中へと………

 「沸騰してからです」

 「………料理、出来るのか?」

 「それは、どちらの話ですか?」

 クレアは、出来る。花嫁修業の名のもと仕込まれたし、本から得た知識もある。というか、この歳の女で料理が出来ないは少数派だろう。

 『神堂紅亜』の方はというと自炊の期間が長く、それなりにこだわりもあったらしくて。

 「干しシイタケも戻してます。今日はきんぴら、明日は切り干し大根にしましょう」

 「おぉ…おぉ~……」

 感涙にむせぶ村雨。

 彼との取り引きは、クレアの秘密を守るかわり、元の世界の知識を補佐するというもの。

 村雨に弱点を握られた形になるわけだが………胃袋を握り返し、立場はイーブンと言えた。



 一気に彩りを取り戻した食事。

 うろ覚えの知識だけでは、舌の記憶には追いつけなかった。やはり元の世界の文明がここより進んでいたといっても、こっちの世界の知識がなければ発揮しきれない。

 感じる不満の内、『懐かしい食事』に関しては結構解消された。元の世界のネタにも、ちょいちょい反応してくれる。やはり『地元ネタ』が話せるのは嬉しい。

 失ったものを数えてみる。

 家族、友人、家、金、ゲーム、義務、安全………

 得たものを数えてみる。

 魔力、友人、地位、家、金、メイド………とそこまで数えて。

 やはりこっちが正義と結論付ける。どちらにせよ戻れない。文化水準は遥かに下だが、優遇はされている。理想とは違うが………そんなもの、どっちの世界でも同じだろう。

 ガラスの檻に、見えない首輪。

 正体がはっきりとわかるだけ、こちらの世界の方がマシだろう。

 ………あぁ、それに。

 いつでも壊せるだけ、こちらの世界の方がマシだろう。


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