1.街
夢を見た。
夢だと思った。いや、走馬灯かもしれない。
いやいや、走馬灯にしては知らない風景ばかりだ。
そこは夜も明るく、高い建物が並び、無数の人が無数の贅沢に囲まれて過ごしている。危険は少なく、食はあふれ………けれど情報に埋もれ、社会のうねりに流されて潰されている。
暗い部屋で、虚ろに画面を眺めて。『自分』は不満を抱えていた。
なにが不満だというのだろう?ケガをしているわけでもない。悪漢に追われてるわけでもない。家も家族も村人も、朝が来た時には消えているかもしれない………そんな状況でもないのに。
ロクな絶望も知らないクセに、希望を求めていた。
漠然と、曖昧に、変わりたいと願う。そんな『自分』が嫌で、変わった『自分』を思い描く。
どうすれば変われるだろう?
変わろうとすれば変われる?
ならば、『変わろうする自分』に変わるには、どうすれば変われる?
いっそなにもかも…………
あの画面の向こうのように、呪文で変身できたらいいのに。
そうすればきっと変われる。負けてもくじけず、信念と力を持ち、誰かに手を差し伸べられる、そんなヒーローに。
接触する拳と足はしっかりと覆う。関節は可動のためにも余裕を持って。胴体の防御は最小限。それらを、扱いやすいよう薄くして繋ぐ。
ぱっと見は、軽装鎧を付けたように見えるかもしれない。
だが実際は、エクシードのコントロールを併せたパワーアシストアーマー。体の動きと同時、エクシードをコントロールして何倍もの力を生み出す。“スーツ”と言った方がいいかもしれない。エクシードが足りず、ヘルメットまで作れなかったのが心残り………
………ぼんやりと、手触りだけの、そんな記憶。気が付けば、炎とは違う赤い光りが東の空を染めている。
手には、球体に戻ったエクシード。クレアは地面に座り込んで、未だ炎を上げる村を見ていた。
………混乱している。
男二人を倒した記憶はある。その後…………断片的な、燃える家の光景。熱に押されて村を出て、おそらくは今に至る。
─っ、っっ、、─
地面の振動。反射的にエクシードを構えて振り向けば、道の先から数騎、男を乗せた馬が駆けてくる。男と言っても、しっかりと武装しているのは先頭の数人だけで。あとは革鎧に弓といった軽装。その中には、いくどか見た顔もある。
「無事か?」
周囲に散っていく中で、ひとり馬から降りて声を掛けてくる。確か隣り村の、村長の息子。
「………、、、」
無事?なにが無事なものか。畑は焼け、家も焼け、誰もいない。もう、何も残っていない。
「おい……」
「、、、、、」
あふれた涙は止まらなかった。喪失と、でも安堵と。
声を上げる事はなかったけど、しばらくは動けそうにもなかった。
村ひとつが消えてしまうような出来事は、頻繁にとは言わないが珍しい事でもない。
特に麦の収穫が終わり、その収入を得たと思われるこの時季には。それなりの規模を持った野盗集団にとって書き入れ時である。
村側は対策として傭兵を雇ったりするわけだが、それだってタダではない。村の規模と、その年の収穫量と、翌年への蓄えと。色々なものを天秤に掛けて雇う。
それが今回は、完全に野盗の方が上回っただけの話。
村に生き残りが居ただけでも奇跡。奇跡であれ生き残りが居たならば、その保護が隣り村の役割で。
保護されたベルナールの村で、なんとか食事を取れるようになるまで丸一日かかった。
案内や世話は女性ばかり、部屋も村長宅の客間と気を使ってくれたのだが………村長の家というのは、どこも似たり寄ったりの造りになる。もしかしたらここも……という不安が半分。
残り半分は、この身に起きた事への混乱。
まず、魔力が上がってる。目を閉じると、『繋がり』を強く感じるのだ。
この世界で使える『魔法』の類は、別世界との繋がりから派生する。感覚的なものだが、繋がりを強く感じるというのは魔力が上がった事を意味する。
エクシードを鎧に変化させて使った力もそうだが、右腕の傷を完治させたのも強力な神聖魔法だろう。
ただの農家の娘がピンチで目覚めたにしては強すぎる力。おそらくこれは、もうひとつの変化と深く関わってる。すなわちあの走馬灯で見た……───
──『神堂紅亜』って、誰!?
知らない国の、知らない記憶。そこで一人の女性として二十数年を生きた記憶。
それが、我が事のように思い出せる。いや、思い出す必要もなく記憶にある。
同じ名前だから、ともすれば『自分』がどっちかわからなくなる。村が焼かれた事も、『神堂紅亜』にとっては他人事でしかない。だからショックが薄まってるというのもあるが………クレアにとってはアンデンティティを、文字通り揺るがす問題で。
遥かに進んだ文明を、自分より長く生きた記憶。探れば探るほど、今が夢の中のような気分になる。
ソファーに座り、窓の外をぼへっ…と見ながら、時折奇声を発して頭を搔きむしるクレア。そんなクレアを、ベルナールの人達は温かく見守ってくれた。
その哀れみの目は………そうじゃないとわかっていても、ちょっと悲しくなる。
落ち着けば村の様子を話し、今後の事を決めねばならないのだが。そんな様子ではと、さらにもう一日。
寝ている間に記憶の整理が行われるという説があるが、二日目、目覚めたクレアはなんとか人としての体裁を保てるようにはなった。
ショックはある。それだけはどうしようもない。
混乱の方は、ひとまず折り合いを付けたという所だろうか。現状がわからなければ、クレアだろうと『神堂紅亜』だろうと関係ない。
………開き直ったとも言う。
「少し…落ち着いたようだね」
応接間に招かれ、長い白髭の男性………ベルナールの村長は言った。確か六十近かったはずだ。頭の方は、窓からの日差しを反射していてまぶしい。
「はい。ご迷惑をおかけしました」
頭を下げる。新しい服も貰ったし、風呂も使わせてもらった。人心地着けたのは、この村の人たちのおかげだ。
「うむ。ではデュボワの村の事だが……大丈夫かね?」
「………」
うなずく。自分達の村がどうなったか……それはもう、想像がついている。受け止める覚悟まではないが、知った所で取り乱さない程度は出来るだろう。
「昨日……いや、二日前の夜か。野盗に襲われたそうだね。赤く輝く夜空に気付いて我々は………───
ゆっくりとした話し方は平静を保つのには役立ったが、知りたい情報までには時間がかかった。
端的に言えば、村は壊滅。周囲の森に燃え移った火はいまだ消えず、領主へ使いを出している最中だという。
「…………」
やはり生き残りは自分だけ、と思っていいだろう。
野盗の目的は主に金だ。蓄えたお金以外にも、精霊術用の宝石もある。エクシードは、持ち主が死んでもすぐには消えないし、魔力のブーストなどに使える。逆を言えば、死んでなければ使えない。
………本当に全てを失ったのだと、そう思ったら体から何かが抜けていった。力というか、昨日までの“色”みたいなものが。
「酷なようだが、おまえさんはこれからの身の振り方を考えなければならない。この村に住みたいというのなら喜んで受け入れよう。領主様からの使いが来られるまでに決めておいてくれ」
久しぶりに……というわけでもないが、外に出た。ベルナールの村はデュボワと違い、どこまでも平坦で。聖堂と村長宅が中心にあるのは同じだが、そこからの景色はまったく違った。取り囲む家にさえぎられ、遠くは見渡せない。
ふらふらと気の向くままに歩けば、収穫した野菜を運ぶ荷馬車とすれ違ったりして。好奇混じりの視線を向けつつも、皆、会釈をして去っていく。
隣りの村といっても、畑の様相はかなり違う。クレアのいたデュボワは小麦や綿花だったが、ここは野菜中心。そういえば、出された食事も芋が主食だった。
木陰を見つけ、腰を下ろす。少し汗ばむような陽気だが、ここならば少し涼しい。
外へ行くと言ったら貸してくれた大きな帽子をかぶり直して、揺れる木漏れ日に目を向ける。
村長から言われた『身の振り方』。
提案された『この村に住む』というのは、よくある選択肢で。ここの誰かの養子に………いや、年齢を考えると嫁になり、暮らすという事。嫁ぎ先に選択肢はない。
おそらく農家の、行き遅れたような男の元だろう。
仕方がない、と思う反面、『神堂紅亜』は拒絶する。行き遅れたと言っても十歳くらい上の相手だろうが、『見ず知らずの男と一緒になるなどムリ、いつの時代よ』と………そりゃ、そっちではそうだろうが。ここでは当たり前だ。
………厄介である。クレアとしては本当に『仕方ない』と思っているのに。だって生まれた村も家族も失った。知り合いもいない。受け入れてもらえるだけありがたい。なのに、理屈の通じない感情が反発する。
どうやら後回しにしたこの問題を解決しないと、現状を受け入れる事すら出来ないらしい。
じゃあ……と目を閉じ、『神堂紅亜』について考える。
ここまではっきり『記憶』があるからには、夢や妄想ではないと断言していいのだろう。ソレが本当にどこかに存在しているかはともかく、文明の進んだ国で過ごしていた女性の記憶が、クレアの中に突如生まれた。
きっかけは………死にかけた事と、その時神様に祈った事だろう。思えばあの『殻』、とっさの防御としては上出来だが、籠り続けるには大事な物が欠けていた。
すなわち、空気穴。
血だけではなく酸素も足りず意識を失った。普通ならばそこでエクシードが形を保てなくなり、あの男に………。
そうはならなかったのは……───
エクシードを取り出して、手のひらより少し大きい程度の四角に変える。厚みを出来るだけなくし、三角に折る。そのまま手を振れず、幾度も折り、広げ………出来上がった鶴は、正直手で折るよりキレイかもしれない。
──コントロールも段違いに上がってる……。
そして……
意識を込め、一気に広げる。ばんっ、と音を立てて薄い四角形へと戻る。
そして、反応も。
これが出来るから、パワーアシストアーマーなんて真似が出来た。神の恩恵と、『神堂紅亜』の知識と。それらがあって生き残れた。
──強い……?
今の自分は、どれくらいの戦闘力を持つのだろう。
あの時と同じようにエクシードを扱えるか?という問いに対しては、多分イエスと言える。が、いざ『戦う』となったらどうだろう。
戦闘のイロハも知らない。せいぜいが野生動物に遭った時の対処だけ。そんなんで対人戦など出来るはずもない。
今あるのは、技術を身に着ければ戦えるだろう“力”だけ。いや、異界の知識もあるか。おそらくこれらは、“英雄”と呼ばれる者と同質だろう。
この力があれば、もう一つの選択肢も取れるだろうか?
『神堂紅亜』の影響でこの村に嫁ぐ事に反発を覚えるならば。同じように『神堂紅亜』の影響と思われる感情がある。
『神堂紅亜』の知識と、強化された能力で、“そっち”を選択する事も可能だろうか。
「……………」
答えは、『わからない』だ。
それなら……───
数日後。
クレアは領主の元へと引き上げる一団と共にいた。馬車の荷台の隅に腰掛け、過ぎた道のりをぼんやりと眺めている。
郷愁……ではない。他にする事がないだけ。
襲われた村唯一の生き残りなど、兵士達からは腫れもの扱いである。一通りの事情はベルナールの村で話したし。
………生き残った方法については黙っていた。エクシードの技術についても同様。『無我夢中で逃げて気付いたら村の外にいた』なんて説明で済んだのは、『野盗を返り討ちにした』なんて事よりあり得そうだと思われたからだろう。
「疲れたか?」
並走していた馬を寄せ、バスチアンが聞いてくる。
短い金髪、湖水のような碧眼。兜こそかぶっていないが、この陽気の中、具足と籠手まで着けた鎧姿。腰に佩いた剣のエクシード、その意匠から、それなりの腕前と思われる。
「いえ」
首を振る。実際……お尻は痛いが……疲労は溜まっていない。
クレアに話しかけてくれるのは彼だけで。最近口を聞いてくれない娘がいるとかで、なにかと面倒を見てくれる。
「もう少しすればマルセルの街が見えてくる。着いたら食事をして、その後領主様にお目通りできるだろう」
振り返った所で御者の後頭部と木漏れ日差す森しか見えないが。それでも後少しと聞けば高揚もしてくる。なにせ初めての『街』だ。こんな機会でもなければ来る事もなかったかもしれない……と思えば、少々複雑か。
「………余計なお節介かもしれないが………考え直さないか?」
心内を読んだか、それとも町が近いからか。バスチアンは道中にした提案を、もう一度してきた。
「なにも兵士に志願しなくていいだろう。見ず知らず男との婚姻が嫌なら、うちの養子になればいい。野盗への復讐ならば、俺が果たす」
条件は話をしてくれる事だ、と。
親身になってくれる。いい人だ。子供がいると聞いた時にちょっとがっかりしたくらいに。
領主お抱えの兵士だし、部隊内の立場から見てもそれなりの地位。養子になれば、たかが農民の娘だったのが上流階級である。
………いじめられるんじゃないか?というネガティブ思考は、たぶん『神堂紅亜』のものだろう………
魅力的な話ではある。教育やマナーなどは厳しいかもしれないが、兵士を目指す事と比べたら命の危険がないだけマシだろう。いじめられるんじゃないか?というのは、どっちにだってあるだろうし………
それでも、その誘いに首を横に振ったのは、
「ありがたいと思いますし、身に余る話だと思います。ただ私は……──」
得た力がある、知識がある………余計なオマケも付いてきたが。それらと共に、生まれた感情がある。
だが、まずは村を襲って奪っていった奴らに報いを受けさせたい。あれが許されていいはずないし、見逃すという選択をしたまま生きていきたくない。復讐は何も生まないというけれど、少なくとも区切りを付けられる。
そのためにも、戦う術がほしい。
「私は……、このままだといつか暴れてしまいそうです」
冗談に聞こえるよう、笑顔を混ぜる。
上流階級のルールの中、仮面を被って欲求を押し殺し、求められる役割で過ごす。そんな生活をしていたら、きっといつか暴発する。なまじ力があるだけに、何をするかわからないし。
「……そうか。だが力になりたいと思ってる事は忘れないでくれ」
「はい、ありがとうございます」
と、これは心からの笑顔で答えると、なぜかバスチアンは空を見上げ、目頭を押さえた。彼の目に自分がどう映っているのかは知らないが、これらすべてが憐憫や何かの目論見とは思えない。
村の外………街の兵士に、そんな人がいると知れただけでも良かった。
「………息子と見合いをしてくれと言ったら、口を聞いてくれなくなるか?」
「………私が釣り合うような立場になった時にお考え下さい」
自分の村がどの領主の土地か、というのは知っていても、それはあくまで知識としてだけで。一応『カンセール公国エピシア領デュボワ村』と暗記はさせられたが、大公閣下はもちろん領主様ですらどんなお方か存じ上げない。
一生知る機会もないだろうと思っていたそのお人が、今、目の前にいる。
城下町を見下ろせる窓をバックに重厚な執務机を置き、サイドには執事と秘書。スマートなその二人と違い、領主本人は頭髪の寂しくなった小太りの中年だった。高級生地の服は着慣れている感があるが、風格の方は………まぁ『領主と初対面』を含めた環境を差し引けば、あまり残らない気がする。
応接用のガラスのテーブル、柔らかそうなクッションのソファー。それらを挟んで扉の前、クレアは視線を窓に固定したまま直立していた。
二階建て以上の建物に入るのも初めてだし、キレイな絨毯の上をこんな靴で歩いていいのかという気後れもある。彼の言葉ひとつで運命が決定されるような状況だし、気に障る事のないよう言動は最小限にしたい。
「ふむ、デュボワは全滅か……」
報告書を受け取り、バスチアンからも説明され。顎に手をやり、領主は村の再建や新たな住民について秘書とやり取りを始めた。こちらには、ちらりとも目を向けない。
──………忘れられてる……。
声なんて掛けられるわけもないが。それでも村の生き残りがいる前で『麦の徴収が済んだ後なのは幸い』なんて言わないでほしい。
クレアがこのオヤジの頭を踏んで窓から飛び出す妄想をし始めた頃、会話の切れ目を狙ってバスチアンが領主に声を掛けた。
「エピシア卿、デュボワの村民、クレアの身の振り方についてなのですが……」
「……」
そこで領主が、やっとこちらに目を向けた。入室時以来、二度目。今度は値踏みするような視線が向けられる。
「兵士への志願をしております。ご許可を頂けるでしょうか」
「兵士?」
わざわざ連れてくるというのは、親戚がいるか、なんらかの才能・技量がある場合。この街に住むに足る理由がある場合。
──男でもないのに入隊希望で連れてくるとは………て、思われてるだろうな。
動かず、視線も変えず。クレアは推測する。
近くの村からは受け入れを拒否された、と思われるかもしれない。ならば商店などの労働力として、というのが普通だろう。もう少し見目が良ければ、どこかで囲われるかもしれない。あくまで、『もう少し』。
『戦力になりそうにないから他を探せ』。そう言われた時はどうしようと思っても、バスチアンに任せるしかないわけだが。
領主の答えは、あっさりしていた。
「許可する」
意外に思ったのは、クレアだけのようだった。続く言葉も、他の人達は予想していたようで。
「まず“彼”の所へ連れていき、ダメだったら一般兵として訓練する。ひと月経っても見込みがない場合はメナール、お前に任せる」
「はい。ご配慮、感謝いたします」
と、どうやら退出する流れらしい。バスチアンの後、頭を下げて部屋を出る。
身分が上の人に会うというのは、失礼があった場合どんな処罰があるかわからないという緊張が寄り添うわけで。
やっぱり養子の話は受けなくてよかったと思いつつ、兵士になっても無縁ではないと思えば胃が痛い。あまり位の高い人には会いたくない、そう思っているのに。
「次に会う人だが………ちと特殊でな」
地位は男爵。郊外に屋敷を作り、ひとりで暮らしているという。なぜ、そんな人に会いに行くかというと……
「“英雄”というものを知ってるか?」
うなずく。村の聖堂にあった本に書いてあった。
優れた才能を持つ、あるいは傑出した功績を残した人物。たとえばインフラや農業、戦術に革命を起こした人たちの事。彼らは神に遣わされ、非凡な才を持ち、世界を大きく変える可能性を秘める。
そいった知識が記された本が広まったのも、印刷に革命を起こした英雄がいるからだ。そして今ならわかる。多分、『神堂紅亜』のような異世界の知識を持った人達だ。
と、いうか。この流れは───
「これから会うのは、その“英雄”だ。だがなぁ、」
言い淀むバスチアンを見上げれば、その表情は悪友にでも会いに行くような渋い顔で。
「俺に言わせりゃただの変人だし、能力はあっても教練には向かないし、歴代の“英雄”に比べれば物足りない。珍しい物はいくつも教えてもらったが、ほとんど喰いモンだしな」
「では、私がお会いする理由はなんですか?」
例外なく強大な力を持つ英雄は、戦略上重要な存在だ。『領地にいる』というアピールはあっても、詳しい能力や住まいなどは広めたい情報でもないだろう。まして『実は変人』なら、なおさら。
一瞬、『神堂紅亜』についてバレているのかと肝を冷やすが……
「戦闘能力は文句ないんだ。だが、なんといっても教練に向かない。ヤツの教え方について行ける兵士がいないんだ。なんというか………独特でな」
答えとも言えない答え方に、だが納得する。つまりは………
「入隊の際は、ダメ元で面接させてる、という事ですね」
「………ま、英雄に会える貴重な機会だから」
濁しながらも、バスチアンの表情からは肯定が読み取れた。
村の馬は、ほとんどが農耕用で。その背に乗るなんて事は、あまりなかった。
………『あまり』である。何度かチャレンジし、落ちない程度にはなった。
本来ならクレアが一人で馬に乗って……なんて事はあり得なかっただろうが、そこはすっかり甘くなったバスチアンが『乗馬に慣れておいて損はないだろう』と訓練の名目で借り、手ほどきを受けながら件の“英雄”の屋敷へと向かった。
町というのは、中心から離れれば離れるほど治安が悪くなる。例外は街道沿いだが、そこは当然の人の出入りも多くて。静かな所を希望した“英雄”は、武官たちなどが住まう西側エリアの外れで妥協したそうだ。
正直、馬で行くほどの距離ではないそうだが、そこはあくまで『訓練』だし。良い経験ではあった。
石材やレンガの、瀟洒といった感じの邸宅が並ぶ。延々と続く塀と門。一軒当たりの感覚が段々と狭くなり………唐突に、再び長い塀が続いた。外れにしては不釣り合いな規模のここが『英雄の家』らしい。
塀は他と同じ造りだったが、門は強烈な違和感を放っていた。
他が鉄柵状だったのに対し、木製の扉。なおかつ屋根があり………ここだけ『時代劇』。なのに押しボタンがある。曲げた金属で木片を持ち上げたような、ボタンというには無骨な物だけど。これはいわゆる『チャイム』というものだろう。
「奇妙な造りだろう?それを押すと中に伝わるらしい。押していいぞ?」
──バスに乗った子供じゃあるまいし……。
それは『神堂紅亜』の感想。クレアとしては、押してみたい気持ちが勝っている。
馬から降り、ボタンに指を伸ばす。カツ、という感触と音。それだけ………いや、遠くでベルのような音がしたか。
「一応男爵だが、あまり気にしないでいい。礼儀にうるさい奴ではないし、そもそも奴自身が無作法だからな」
バスチアンも馬を下りる。そういえば厩舎に寄った際、彼は鎧を外していた。帯剣はそのままだが、領主配下の兵である証、深緑のマントをしている。
ふと、気になって聞いてみる。言い方を聞いていると、一兵士と英雄という感じがしない。
「バスチアン様は、その英雄様と親しいのですか?」
「親しい……とまで言っていいのかわからないが、アイツが天から遣わされてからしばらくは、侍従みたいな事をしていた。もはや尽くす礼儀が尽きてるのかもな」
バスチアンの明るい笑いに、戸の軋む音が重なる。門………ではなく、脇戸が開く。出てきたのはまだ幼さ残る、十二、三と思われるメイド。和風の扉からメイドというのもどうかと思うが、フリルの付いたカチューシャや短めのスカート、エプロンドレスにパフスリーブと、なにか意図を感じてしまうような出で立ちで。
金髪ツインテなど珍しくもないが、もはやそれすらも疑ってしまう。
彼女は戸から出ると、きっちりとしたお辞儀をした。
「いらっしゃいませ、メナール様。ご主人様は現在キッチンにおられます。………お呼びいたしましょうか?」
──自らキッチン?
男爵ともあろう方がキッチンに立つなど………そこが“変人”たる所以だろうか。
「いや、いい。馬を繋いでおいてくれ。彼女は“候補生”だ」
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
再び角度の完璧なお辞儀をし、脇戸の中に消える。ゴトリという音は、正門の閂だろうか。あの少女の力で開くのだろうかという大きな門だが、意外と滑らかな動きで開く。そこから見えたのは………
地味な色の瓦に、柱の露出した造り。玄関にはガラガラと音のしそうな引き戸がはめられた、木造平屋の和風建築。門から玄関までのアプローチも、途中までは石畳、その先は玉砂利に飛び石。周りはただの均された土だが、そうゆうアトラクションにでも入ったかのような別世界だった。所々に違和感を覚えるのも含めて。
馬をメイドに預け、玄関まで行く。バスチアンが戸を開けつつ(ガラガラと音が鳴った)、
「変わった造りだが、ヤツの趣味だ。違和感があるだろうが、ここで靴を脱いで上がってくれ。気になるようならそこに室内用の履物がある」
「……………」
違和感は、ある。バスチアンの言うのとは違う意味で。
板張りの床に下駄箱、どこかひんやりとした空気まで。どこかの旅館か田舎の家かといった雰囲気に目眩がする。ここは、どこだろう?
腰を下ろしてブーツの紐を解き………バスチアンに倣ってスリッパを使う。迷いなく進む彼の後につきつつ見回せば、障子、ガラス戸、畳、縁側、枯山水と、もうここだけ完璧に異世界で。
廊下を抜けた先に土間があり、そこには竈……ではなく。壁際にクッキングストーブ。そこに男がひとり、煮立つ鍋を前にして味見を繰り返していた。
「よう、ムラサメ」
バスチアンが声を掛ける………村雨?
裸足にサンダルで、着ているのは藍染の作務衣。黒髪を首の後ろで縛り、ちらりと振り返ったその目は黒。無精ひげが歳を上に見せているかもしれないが、それを加味しても三十前後と思われた。
「娘は商人にして店を持たせるんじゃなかったのか?」
このご時世、女が自由に……かつ出来るだけ安全に生きるには、確かに商人がいいかもしれない。だが地位は高いとは言えず、一角の商人になるには苦労するだろうし………憧れるようなものでもないだろう。
「いや、彼女は入隊希望者だ」
「…………」
今度はしっかりと振り返る。値踏みするような視線をクレアはしっかりと受けて………逆に、これが“英雄”なのかと思う。
いまいち覇気が感じられない。服の仕立ては良さそうなのに、なんとなくだらしなく感じてしまう。やや痩せ気味だが体つきはしっかりしていそうで………それが、かろうじての“らしさ”だろうか。
「……ワケありか」
「襲撃があった村から連れ帰った」
「…………」
こぽこぽと、しばし鍋の煮立つ音だけが響く。
………この香り、とクレアは気付いた。野菜や肉を煮込む香りじゃない。甘さと魚介の出汁、そしてなにより独特の芳醇な香りは………
「……これが出来たら合格にする」
と、近くのカゴからタマネギを取ると、バスチアンの方に放り投げた。それを受け取って………どうやら初めての事ではないらしい。諦めたような表情で、手のひらの上にタマネギを乗せる。
なにをするのかと思ったら、村雨は、首に下げていたペンダントを引きちぎった。いや、手の中で細身のナイフへと形状を変えるそれはエクシード。変化のスピードもさることながら、そもそもワイヤー部分の柔らかさは造るのが難しい。並みの使い手ではない………と、それをタマネギ目掛けて投げる。
「…!」
─サクッ!─
小気味よい音を立ててナイフは刺さり、そしてタマネギごと村雨の手の中に戻った。
「……期限は一週間。少しでも近付けたと思ったら見せに来い」
夜。宿舎のベッドで、目の前の薄暗い天井を見ながら(二段ベッドの上なので)村雨の見せた技を考える。
エクシードをナイフにする。離れた物に当てる。ここまでは、ほとんどの者が出来る事。問題は、『手元に戻す』。
離れたエクシードを手元に戻そうとする事は、一応出来る。だがその移動力は、阿寒湖の毬藻にも劣る。タマネギを刺したまま戻ってくるなど到底ムリな話。
だがクレアは、そのトリックに見当がついていた。なにも彼は、離れたエクシードを引き寄せたわけではない。
初歩と言えば初歩のような手品。だが、エクシードの操作レベルがとてつもなく高いだけ。さすが“英雄”といったところか。
そのトリックを話し、ある程度の技術を見せれば“合格”はさせてもらえるかもしれない。
そこまでわかっていて、ではなにを悩むか。
寝返りをうちながら、今度はあの家を思い出す。紛うことなき和風建築。そして和装。さらにはあの名前。
『神堂紅亜』と同郷だろう。珍しい黒髪黒目というのも証拠になる。合格したら、そんな彼の元で教練?
──バレる。きっとボロが出る。
自分の中に異世界の記憶がある事。おそらくそれが理由で魔力が高まっている事。
バレたらどうなると言われると、わからないから悩んでいるのだ。
いっそ明かして、色々聞いてみたいという思いはある。が、その後どうなる?記憶………知識はともかくとしても、魔力を高める手段として研究される。もしそれが成果を上げれば、この国………あるいはこの領地を中心に、世界のパワーバランスが崩れる。
「……戦争……」
呟いて、鳥肌が立つ。幸いこの部屋の住人達は、乙女らしからぬイビキを立てて寝ているので聞こえはしなかっただろうが。
この数十年、この辺りは戦争と言われるほどの戦闘は起きていない。だがもし起きたのならば、クレアのような、デュボワの村のような事が、あちこちで起きるのだろうか。
「………」
再び寝返りをうつ。ちょっと想像が行き過ぎた。
でも、気楽に力を使えない事だけは確かだ。“英雄”の存在は兵器と一緒だ。移動は自由に出来ないし、機密が付きまとう。力がバレれば、クレアも同様に扱われるだろう。
戦闘技術を学びたくて兵士に志願した。力を誤魔化して技術だけ学び、あとは適当な理由で除隊………目立った成績を残さなければ、難しくはないだろう。その後は傭兵になるつもりだったが………。
“英雄”の戦闘技術は学びたい。奇しくも、バスチアンの言った『英雄に会える貴重な機会』というのは的を射ていて、ここで技術を学べるかどうかは大きい。しかし『神堂紅亜』とその知識についてはバレたくなくて………。
ごろごろと悩んでいる内、いつしか眠りについた。
夢を見た。
鮮やかな色、匂い、声まで聞こえるのに、夢だとわかった。
干した小麦の匂い染み付く作業小屋で、収穫した綿花を選り分けている。未婚の女性が主に行う……いわば子供の仕事なのだが。当然ここではクレアが最年長。
本や司祭から手に入れた知識にアレンジを加え、適当な物語を語りながら、子供たちの手を止めぬよう、飽きさせないように作業を進める。割と頻繁に分けた綿を回収しにくるのは、クレアが爆睡してないかの様子見も兼ねていて………。
でも、いま自分は眠っている。これはあの日、何事もなく夜が明けていたら過ごしていたはずの一日。
母が食事に呼ぶ声も、父が吸うタバコの匂いも、共に過ごした人たちの瞳の色まで覚えているのに。
すべて焼けた………だから、これは夢。
夢だと、わかってしまった。