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6F.襲撃(後)


 構えたレイピアを敵へと向け、体は横に。無手の左手は体の後ろに。つま先寄りの重心で、軽くステップを踏む。

 ベルナデットの取った構えは、普段とは違う『貴族の上品な剣術』の構えだった。

 「それじゃあ勝てないって言ったつもりなんだが?」

 「えぇ、理解しています」

 口調も変える。黒ずくめの姿では、こちらの出自などわかるまい。

 「確かに儀礼的な剣術となった部分もありますが、決して弱くはありません。先達の積み上げた技を、少し披露して差し上げます」

 剣を立て、一礼。それで確信しただろう、こちらが貴族であるという事は。

 「……おもしろい」

 ─ひゅっ!─

 一振りした槍を、斜め上へと向けて構える。

 「名はヴィクトル。家名はない。ただ武を目指し、ジェラールの姓を使っている」

 家名は剥奪されたのか、それとも市井の出か。それで勝手に付けた姓がジェラール………槍の使い手として有名な兵士の名前というのは、自信か憧れか。

 「子爵家、当主補佐。特務隊大尉、ユヌ」

 対し、ベルナデットは名乗るわけにはいかない。なにせここは他領。許可は得ているとはいえ、現地の面子というものもある。子爵と、特務隊のユヌ………1であると言うのが限度。

 それでも、爵位と階級は充分過ぎるほどに“格”を示しているだろう。

 「尋常に勝負」

 槍の間合いにレイピア一本で突っ込むなど、尋常とは言えないが。

 「参ります」

 それでもベルナデットは、前へと進んだ。

 穂先を敵に向けるのではなく、斜め上へと上げた構えは………

 ─ビュッ!─

 突きではなく、振り下ろしの前動作。突きより範囲が広く、一撃での致命傷には届かないだろうが、当たれば体勢を崩しかねない。体勢が崩れれば、次の攻撃も受けかねない。

 槍は突く武器というイメージが強い。確かに突きの方が威力は高いが、突くだけの武器ではない。槍は、突きで止めを狙う武器である。

 慎重に間合いを計りながら、ベルナデットは攻撃を躱す。きらめく穂先を見送って、刃とその周辺のみがエクシードであると確認する。柄のほとんどは、革などで補強されている木。………まぁ振り回されるそれを断ち切るなど、ベルナデットに出来そうにないが。

 村雨なら出来るだろうか、などとチラと考えて。

 レイピアは刀身の細い剣である。切るといっても引っかくようになるし、こちらも致命傷を狙うとなれば突く攻撃になる。

 となればそのリーチ、間合いがものを言う。レイピアの届くような距離まで、ヴィクトルの槍捌きは近付けさせてくれない。

 ベルナデットは到底剣の届かぬ位置、槍の間合いのぎりぎりを、出たり入ったりしながら攻撃をしのぐ。

 攻められぬ………攻め切れぬ焦りを感じたのは、ヴィクトルの方だった。

 「どうした?ただ避け続けるのが貴族サマの剣術か?」

 「いつまでたっても捕らえられないのがあなたの槍術ですか?」

 カチンと来たのも、ヴィクトルの方だった。増える攻めを、やはり躱し続けるベルナデット。

 だが彼女の方に攻め手がないのも事実だった。いわゆるステータス的、レベル的に見ればベルナデットの方が上である。ゲーム的戦闘であれば、ヴィクトルの攻撃は当たらずにHPを削られていき、ベルナデットの勝利となるはずだ。

 間合い、というのは、それほどまでにものを言う。実際、貴族同士の決闘で使うようなレイピア剣術では、よほどの差でもない限り槍相手に勝つのは難しい。

 なので………

 「あなたは有利な間合いの武器を選択し、いい気になってるだけです」

 平均的な兵士相手だったら圧倒していただろうと、その腕は認めつつも表には出さずに告げる。

 「次はレイピアや細身の剣を騎士が携えている理由を含め、実戦的に参ります」

 軽いステップから、やや腰を落として半身に構える。背負っていたバックラーを外し、後ろに回していた手に持つ。時々によりバックラーの構えは違うが、体の側面へ。

 「抜かせ。そんな小さな盾を構えたところで何が出来る」

 ここまでベルナデットは一切攻撃を仕掛けていない。有利に立っているという確信だろう、ヴィクトルの攻撃は強く激しくなるが………

 ─カンッ─

 ─コンッ─

 ─ぎゃり!─

 払い、薙ぎは跳ね上げるように受け流し、突きはその丸い形状が逸らす。

 バックラーとは小さな盾………ではあるが、他の盾にはない特徴がある。まず、腕に固定しない。握り込むだけである。形状は麦わら帽子のようなといえばわかりやすいか。その半球部分の内側に拳がくる。

 これで攻撃を真正面から受け止めようというのは、逆に難しい。この盾は、“受け止める”盾ではなく、“受け流す”盾。

 腕に固定せず動かしやすくしているのも、半球状の部分があるのも。すべては“止める”ではなく“流す”ため。

 重量もあり、その長さから遠心力も使って繰り出される攻撃を、ベルナデットが真正面から受け止めるのは………まぁ法術もあるので無理とは言わないが。バックラーで、誰かみたいに方向を操りながら受け流してやれば、次への攻撃にロスが出来る。

 レイピア一本で、今までさんざん躱してきたのだ。バックラーが入った事で、下がらずに済むようになった。

 「…っく」

 間合いが縮むと、槍は窮屈になる。じりじりと下がりながら石突も使い、コンパクトに振り回す。ベストではないが、それでも充分に戦える。戦えてきたのに………

 ─ヒュッ!─

 鋭い風切り音を立ててレイピアが唸る。決して動きは大きくなく、一発二発当たったところで致命傷にはならないだろう。だが、攻撃から攻撃の間というのが少ない。防御からの一挙動で反撃がくる。

 一手でも攻め方を間違えれば、槍はバックラーで弾かれ、防ぎようのない角度でレイピアの切っ先が肌を刺す。

 それは致命傷にはならないだろうが、出血を伴い、動きを鈍らせ、次のダメージに繋がる。

 条件はあれど、レイピアもその剣術も決して弱くはない。エクシードという強固な素材では破壊も無理。法術という体格差、筋力差を埋める術もある。

 さらに言うなら、ここにはもうひとつ………

 ─かんっ─

 背後で、槍が壁に当たった。

 広いとはいえ、そして長いという程ではないとはいえ。槍を振り回して戦うには、充分とは言えなかった。わずか乱れた軌道をベルナデットが見逃すはずもなく。

 「このッ──」

 せめてもと振り回した槍はレイピアに受け止められる………狙い通りに。武器を封じた隙に体勢を立て直……───

 ─ゴンッ!─

 ………防御用として作られ、使われてはいるが、攻撃に使えないわけではない。

 でかいナックルガードともともれる形状のバックラーで殴られて。村人に扮していたため兜もなかったヴィクトルは、一撃で沈んだ。


 ルミネイトの特徴として、驚異的な肉体が上げられる。たとえば………

 ルガルは腰を落とし、相手の大振りの拳を剣の刃で受け止めた。

 ざくり、と肉を断つ音。がりっ、と骨を削る音。だがそこまでだ。拳が割られ、半ば指が取れ掛けながらも腕を引き………少しすれば、何事もなかったかのように無傷の拳が振られる。

 肉体的な強度、回復力。傷を負わせて動きを鈍らせて徐々に………などという戦い方は無意味だ。

 マルセルの街で大きなルミネイト事件があってから二年近く。対策が練られていなかったわけではない。何度も検討、対処法が論じられてきたが、実験など出来るわけなく。他の街や過去の事例から、有効とされる方法は一応出されはしたが………。

 頭部の完全な破壊、もしくは切断。そこまですれば、無力化出来る。

 頭部の完全な破壊、もしくは切断。だがそんな事が、戦闘中に可能だろうか?ルガルの経験上、まず無理と言っていい。

 首を落とすというのは、固定されている状態ですら失敗する事がある。完全な破壊に至っては、剣で試すような事ではない。

 なので机上ではなく、実戦的な帰結としては………

 「【フランマ・スパティウム】」

 ゴゥ、と炎が雄叫びを上げ、聖堂内が明るく照らし出される。火柱に消えたルミネイトが断末魔の叫びを上げた。

 ベルナデット隊が囲み、精霊術で燃やしたのだ。

 現実的なルミネイトへの対処法としては、動けない状態にし、その一瞬に焼き尽す。

 村雨やベルナデットのような、肉体を破壊しつくすまでのスピードや威力があればいいが、ほとんどの兵士は英雄でもクリニエールでもない。数的有利を作り、瞬間的な手数で押し切るしかない。

 ともあれ、最初に倒れたのはルミネイトの方。これで対処していたルガルの部下ひとりを加えて残りのルミネイトに対処出来る。

 派手でもないし、必殺技があるわけでもない。ただ堅実に、地道に、追い詰めて倒すだけ。

 だが任務を遂行し、生き残れる。それはどんなドラマティックな勝利よりも貴重なものだと、ルガルは知っている。

 ルミネイトはあと三体。油断せず、着実に進めれば、その貴重なものが手に入る。


 ─ガンッ─

 ─ごンッ!─

 拳と拳がぶつかり合う。その度、およそ人体とは思えぬ音が響く。

 鏡で映したかのように戦うさまは、人の戦い方とは思えなかった。

 拳を握るのは、その方が固いからである。そして狙うのは、その拳より柔らかい場所である。でなければ、先に拳が壊れる。

 さまざまな武術、流派があれど、打撃という技においての多くは、自分の痛くない所で相手の痛い所を叩くのが基本だ。拳を拳で迎え撃つなど、心中の自爆技でしかない。なのに………

 すでに数合、いやそれ以上。拳同士をぶつけ合い、ヤンと元パラディンは一歩も引かずに戦っていた。

 いくら強化の法術があるからといってもそれは異様ではあるが、パラディンとは己が身を鍛えて神に近付く者である。厳しい修練と、ロヴェノイツという神への聖唱で鋼のような肉体を得る。

 ロヴェノイツは、人を次の階梯へ導くとされている。

 その強靭な肉体にエクシードは必要なく………ではなく。パラディンはエクシードを使わない。

 「それだけの業があって、なぜ協会を離れた」

 拳を止めぬままのヤンの問いに、

 「離れて得たものだ。知らんわけではないだろう?協会は純粋とはほど遠い」

 役割と権利はぴたりとくっついている。教義を広める役割は、広める内容、範囲、予算への権利である。権利に利益が付いてくる以上、そこに欲という不純が混じる。

 正しく神の教えを広め、神の御元へ至らんとするパラディンの支援をする協会は、信仰を笠に政治に介入し、パラディンを武力として扱っている。

 全部ではないが事実だし、実際ヤンも修行の名目で派遣されている。

 それでも、だ。

 「ならば協会を離れるだけでいい。野盗にまでなっている理由はなんだ」

 「言っただろう?離れて得たものだと」

 「…!?」

 わずかな動揺。拮抗の崩れた拳はヤンの脇腹に刺さった。

 距離を取りガードを固め………追撃はこなかった。呼吸を整え回復に務めながら、問いかける。言葉を発するより先、その瞳は肯定していた。

 「……あの男か」

 ルミネイトを操ってみせた、あの男。村雨達はアダムと呼んでいた。見た目はただのやさ男といった風だったが………

 「あの男になにがある」

 「口外せんと約束した。だが………協会もまったく知らない話、というわけでもないだろう。オレを倒せたら聞いてみるがいい、神とルミネイトの事を」

 「………」

 確かに疑問はあった。

 協会の動く理由は大別して三つ。聖唱を含む法術関係か、英雄、ルミネイト関連。

 法術はいい。神そのものに関わるものだ。だが英雄は?ルミネイトは?強力な戦力であり法術も行使する英雄は、まぁわかるとしても。ルミネイトに積極的に関わる理由とはなんだろう?

 「……協会との縁を切るのであれば、あの方に紹介しよう」

 動揺と疑念。迷いすら見透かしたような言葉に、ヤンは即答した。

 「断る」

 真理に、神に近付きたいとは思う。武を以て高みを目指すパラディンの中には、確かにそれ以外に興味を向けない者もいる。

 だが法術という形で人々の営みに寄り添う神という存在。何を言わずとも“在る”事で恵む神というモノに、畏敬と理想とを感じている。

 ただ強く、存在だけ神に近付いても意味はない。そう思うからこそ、躊躇わずに否と答えた。

 「心亡き拳に神は宿らん」

 「神は、夢の中にいるわけではない」

 知りたい事はある。村雨達を追うべきだとも思う。命令を考えるなら、そうするべきだ。

 けれどここで引いては、ヤンが目指すパラディンにはなれない。目の前の“元”パラディンを打倒さなければ大きな瑕疵が残る。

 「お前を倒し、証明する」

 信念を握り込み。

 ヤンは構えを取った。


 このままでは倒せない。

 それどころか、逆に倒されていたかもしれない。

 ……それが、クレアに冷静さを取り戻させた。距離を取り、間合いを計り直し、相手の出方を見る。といっても、向こうから攻めてくる様子はない。それは確かにそいつが言った通りではあるが………

 ──攻めてもらわないと話にならない。

 専守防衛を気取ってるわけではない。戦闘訓練を始めて二年ほどのクレアの“それなりに通用する戦術”が防御型なのだ。まったく攻撃出来ないわけではないが、通用しないのは確かめたばかりだ。

 あいつに、どう攻めさせるか。

 けれどそれは、難しい話ではなかった。攻撃してこないのが言った通りであるのなら………

 相手を視界におさめたまま、壁の穴へとダッシュする。

 『あの人の邪魔をしなければ…』と言っていたし、そもそもヤンが外へ向かおうとするのを妨害して仕掛けてきた。

 「あ、待って……」

 一撃。それでも命まで奪う事に迷いがあるのか、中途半端な攻撃を流し、体勢を崩させる。その隙に、完全に外へ出た。

 これで、クレアが少しでも逃げる素振りを見せれば、奴は必死に追いかけなくてはいけない。

 「邪魔は、させないと言ったはずです!」

 先ほどよりは殺意のこもった攻撃。確実に急所を……というわけではないが、致命傷になり得るような斬撃を、

 ─カンッ─

 聖堂内と違い、整えられた庭部分はそれなりに広さがある。薄暗いが夜目は効く方だし、周りに何もない分、はっきりと動きが捉えられる。

 難なく攻撃をさばき切れば、さすがに相手も慎重になった。が、主導権はこちらにある。距離を取り、移動する素振りを見せれば攻撃せざるをえない。

 ………正直、村雨達の行方についてはもうわからない気がするが。

 ─コンッ─

 振られた剣を、受け、流し、押す。それらを一瞬で行う。するとどうなるか。

 「…!」

 わずかに体が流れる。そこを攻める。杖は返しも早い。慌てて防御したところで、剣とは違ってどこでも握れてどこでも攻撃出来る杖は、防御された所を支点に攻撃を繰り出せる。

 この杖という武器の特性と、受け流す………ベクトルを変えるという技。形が出来るまでかなり悩んだし、考えた。ありとあらゆる、持てる全ての知識を使って。

 強くなるにはどうしたらいいか。速く動くにはどうしたらいいか。それらを力学的に考え、辿り着いたのがこの『相手を崩す防御』だった。

 なにも絶対的に強くならなくていい。相対的に強ければいいなら、相手が十全の力を発揮出来ない状態にすればいい。

 ずっと速く動いてる必要はない。必要な時、最短最速で動ければいい。攻撃の起点が多く、防御にも適した杖は理想だった。

 ただ刃が無い分、当て方には気を付けなければいけない。かすったくらいではダメージはいかない。しっかりと当てれば充分なダメージは出るが………

 いつでもどこでも、とはいかないが、その問題は解決出来る。エクシードの扱いに関して、クレアはかなり器用だ。

 数合の打ち合い。ベクトルをずらされ、崩れたバランスを無意識に取ろうとする、それすらも崩されて。出来た大きな隙に……───

 ─ヒュンッ!─

 刃のきらめき。反射的に防ぐも、肌が浅く裂かれる。

 通常、エクシードは戦闘中に変化させない。『硬いもの』『武器』というイメージが崩れるからだ。だが、クレアはその変化を器用にこなす。

 村雨のように『一部が柔らかいイメージ』ではなく、棒から槍のようなイメージ変化を行う。行えるようにしてきた。

 ベクトル変化の防御。エクシードの形状変化。そして強い魔力による法術。それらが、クレアの切り札だ。

 ……刃が出来た瞬間、上も下もない杖に上下が生まれた。いや、そう錯覚してしまっただけなのだが。それでも、一瞬でも『刃のついた上下のある武器』として認識してしまった以上、『刃のついた上下のある武器』としての動きを予測してしまう。

 無論、そんな最大のミスリードを逃すわけなく。刃のない部分で攻撃したのは、そこが最短で、刃を生み出すより速度を優先したから。

 ─がんッ!─

 「……ぅ」

 生きていたのは、偶然に過ぎない。いや、クレアの腕が足りてなかったからか。ともあれ………

 「………」

 残心を解かず、さりとてさっさと止めとも思えず。警戒は解かないまま………男の手から離れた剣が、溶けるように形を崩していくのを見て。

 気絶したらしい。確認と同時に改めて周囲の警戒をしてから、ほっと息を吐く。

 一対一で戦うなど分に余ると思っていたが、それでも勝ちを拾えた。装備からロープを取り出し、男を縛る。軽くボディチェックもしていると、

 ─ぴぃ─

 聖堂の方から口笛。目をやれば、警戒しながらベルナデットが顔を出した。

 「一名捕縛、他は見当たりません」

 ひとつ頷き、中に合図を送ると、

 「追うわよ」

 それは、クレアも、という事だろうか。

 村雨を追うのはわかる。だが同時に、この村と、そしてデルブにも人員を裂かねばなるまい。すでに伝令は走らせているだろうが。

 ルガルかベルナデットの、どちらかの隊がここ、残りがデルブとなれば………

 ──あ、あたしが余りか。

 半端なのはクレアとヤンだ。

 「……、」

 ヤンは?と聞きかけて。

 ─ゴンッ─

 聖堂から、未だ“拳撃”が響いている事に気付いた。まさか、と視線だけで尋ねると……

 「手出し無用、だそうよ」

 あんな戦い方、よく続けられるものだと思う。それとも、それこそが“パラディン”なのだろうか。

 「ルミネイトも一体残ってる。でも時間の問題だから。とにかく追うためにも手掛かりを………」

 辺りを見回すベルナデット。聖堂から出て直進、なんて事もあるまい。

 周囲は低い石垣で囲われ、その先には民家。敷地から出るには正面か裏手………だが、飛び越えられない石垣ではない。民家だって、密集しているわけでもないし。

 ひとまずは素直に通りに出たと思うしかない………いや。

 「なす……」

 白いその実は、薄暗い中でも目立った。

 「?」

 敷地の隅、家庭菜園がある。そこに植えられたナスの実がひとつ、落ちている。近寄ってみれば、まだ短く食べごろとは言えないし、触れみるとしおれてもいない。

 「切り落とされたばかりです」

 「目印というわけね」

 よく見れば、わざと付けたらしい足跡もある。菜園のやわらかい土の上、そしてその土が付いた石垣と、その先にもひとつ。

 歩幅から見て、身体強化をしてかなりの速度を出している。

 「向かったのはあっち………だけど、」

 ベルナデットは暗い空を見上げ………おそらく地形を思い出しているのだろう。

 歯切れの悪い語尾には、クレアも同感だ。まっすぐ行ったとして、そちらは平原、なにもないはず。

 「しかもコレ、ね」

 石垣から出た足跡の横、ドライフルーツとナッツが落ちている。種類と数による暗号で、『法術』『味方』『警戒』を意味する。

 追いかける場合、法術の使用を制限しろ、という事だろう。

 法術を使わずに追いかけたところで速度が違い過ぎる。まともに向かっては追いつけない。

 「……どうする……」

 はっきりと焦りを表情に出して。ベルナデットは唇を噛む。彼女がそこまで表に出すのは珍しい。これでは行き先もわからず、わかったところで追いつけない………

 「あの……」

 単純な思いつきに、むしろ不安になりながら。大きな穴のある意見じゃないかと思いつつ、クレアはその建物を指さした。


 森の入り口で馬を放し、出す音、聞こえる音に細心の注意を払いながら進んでいく。

 ジョーヌは平原の村である。丘はあるが、付近の見晴らしは良い。近くに森はあるが、あくまで限定的で。

 そんな地形で人目を気にして話をするとなると、場所は絞られる。森、しかも街道を避けた場所。

 法術に頼りきりのなか、それを使わずに追いかけろと言われた時すぐに馬が浮かばないように。追跡しなければという時、なにも通った所を辿らなければいけないわけではない。行き先に予想が出来るなら、そちらを目指せばいいわけで。

 まぁ、その予想が外れていた場合はどうしようもないが………

 「……そう思った時、歌を聞いた」

 「歌?どんな歌だ?」

 聞こえてきた声は、確かにアダムと村雨のものだった。

 「さぁ?はっきりと覚えてるわけでも、歌だったと確信してるわけでもない。歌のように感じただけで………聖唱だったのかもしれない」

 下草が生い茂っているわけでも、都合のいい藪があるわけでもない。足元を気にしながら、姿勢を低く………木陰を選んで声の方へと近付いていく。

 「ひとつ確かなのは、その時見た景色が僕を変えたって事だ。短い時間だったけど……いや、そう感じただけかもしれない。色んなものが見えた。あれは、神の世界だ」

 声を抑える術を知らないのか、それとも興奮しているのか。良く聞こえてくるのはあのとんがり帽子………アダムの声だ。対し村雨の声はいささか判別しづらい。

 「神……ねぇ」

 「信じないのかい?」

 「神の定義によるな」

 木々の間、これといった特徴のないそこに二人はいた。背の高い木々の間にある、ちょっとした空間だ。星明りもわずかな中、シルエットだけが確認できる。

 「英雄は神の使徒だと思っていたけど……。記憶がない、なんて事はないだろう?」

 「少なくとも、神に会った記憶はねえな」

 ベルナデットが肩に手を置き、そして離れていく。村雨、クレアとの三点でアダムを囲む位置へと移るためだ。

 クレアもアダムの斜め後ろへと移動して………隙があれば、村雨に合図を送っておきたい。

 息をひそめ、這うように進む間も二人の会話は続いていた。内容は気になるが、あまりそちらに気を取られるわけにもいかない。

 「なら、あの建物や乗り物は?通信手段だってそうだ」

 ──……通信手段?

 動きを止めて、思わず耳を澄ます。彼は今、“連絡手段”ではなく“通信手段”と言ったか?

 「あの街並みが、あの暮らしが神の世界ではないと?」

 「やっぱりおまえ……、あっちの世界を覗いたのか」

 「認めたな。やはりあの世界こそ理想郷なのだろう?」

 「どこをどう見たか知らねえが、そんないいモンじゃねえぞ」

 「………英雄とは、使徒ではなく追放者か」

 「かもな」

 ベルナデットにもこの会話は聞こえているだろう。どこまで理解しているだろうか。

 バレないように、息を整える。

 もしアダムの言う事が本当なら………彼も、高い魔力を有している可能性が高い。理屈まではわからないが、クレアの魔力が上がったタイミングを考えると、充分ありえる。異世界を知る事が、魔力の高まるトリガーかもしれない。

 もうひとつ。

 異世界を知るというのは知識を得る事でもある。頭の良い悪いではなく、文明として築き上げた知識量に差がある。村娘だったクレアが、道場という場を得たとはいえわずかな期間で戦闘力を上げられたのも、そういった知識に頼ったからだ。

 簡単に言えば、根性論とスポーツ科学の違いだ。

 彼がもしその両方を有しているなら、“英雄”と同格という事になる。いや、“もし”ではなく確実に向こうにあって、こちらに無いものがある。

 「そろそろこっちの聞きたい事にも答えてくれよ。ルミネイト……あれはどうやった」

 そう。ルミネイトの知識。それは『向こうの世界』の知識ではありえない。

 「さっきのヤツ?それともルミネイト化の方法?」

 「…………」

 「わかってる。理屈としてはどちらも同じ。ただ、説明を理解出来るかまで責任はもたない」

 これは………どこで仕掛けるか、判断に迷う。見ればベルナデットはほぼ予定の位置へ辿り着いている。これで、村雨とベルナデット、クレアの三人でアダムを囲んだ形になる。

 誰かが動けば、一気に攻められる。出来れば不意打ちがいい………が、話をどこまで聞くか。

 「そもそもルミネイトがどういうものか。暴走?魔物化?バケモノ?正解は………“神化”だ」

 ──………。

 その言葉の意味を、どれだけ正しく理解出来たかわからない。あるいは村雨なら、正確に把握しているのかもしれない。ベルナデットはどうだろう?

 ただ言えるのは、耳を傾けるしかない状況になった、という事だ。仕掛けるタイミングは、致命的なほどに難しくなった。

 「神に近付く……でなければ、聖唱でルミネイト化なんてしない。なる、ならないの違いは魔力、そもそもの“在り方”に左右される。魔力というのは“ここ”以外を感じる能力を元にした影響力。つまり神の世界を強く感じられるほど、神に近付ける」

 本人としては『ちゃんとした説明』のつもりなのか。事実かどうか考えるよりも先、早口で重要そうなワードが重ねられていく。

 「ただ『それだけ』なら強いヤツは皆ルミネイトになる。ならないのは神に全てが向いてないから。対価、繋がり、命令で発動する精霊術ではなく、“この”世界に根付くエクシードが邪魔をしてる。だから逆に、それを使えば神化に一段近付ける」

 「粉末……匂いの元もエクシードか」

 「話の通じる相手で良かった。この町を特定しただけの事はある」

 「………わざと手掛かりを残してたって言いたいのか」

 「解いたから来たんだろう?というか、わからない相手に話をしても意味がない」

 ルミネイト化についてはいまいち把握出来なかったが。これはクレアにも……というか、クレアだからわかった。

 たぶん村雨は、アダムの意図していないルートで正解を出した。『赤いローブ姿』というのは、そのヒントを集めるためのものだったのだろう。それらを丁寧に追って手にしたヒントから、きっとデルブなりジョーヌなりが導き出せた。そういう風にしたかったんだろう。

 似ているようで違う………アダムは迷路にヒントを並べて出口を示していたのに、村雨は建築方法から出口を探したようなものだ。

 「………“T”っていうのは……」

 探るような村雨の口調。誤魔化しつつも話を合わせにいっている。

 「そう、最初のヒント以外にも意味はあった。神の言葉で『強制的に盗む事』を意味するだろう?」

 ──盗み……強盗?ティー?

 いや、それこそイニシャルか。だとしたらThief?

 「“タタキ”か。……てめぇのは“畜生働き”って言うんだ」

 「その言葉は知らないな。さすが“英雄”」

 クレアには、“タタキ”の意味もわからなかった。だがあきらかに混じった異国………異世界の言葉。馴染みあるその言葉に平然とついていったアダムからして………

 ──『神の国』を完全に勘違いしてる。

 本当の『神のいる場所』と『村雨の故郷』とを混同している。が、さきほど言っていた。『魔力というのは“ここ”以外を感じる能力を元にした影響力』。ならばヤツの魔力も高いのだろう。

 「話を戻すが……エクシードがなければルミネイト化するって事か」

 「………持ち主のいないエクシードは、時間と共に消滅する。特殊な加工をしてやれば、“存在位置”的に近いエクシードも巻き込める」

 「………聖唱は?他者に影響を与えるほどは………」

 「稀にいる。でもそれは用途……神を限っているから。選択を広げれば、百人に一人か二人くらいじゃないか」

 「おまえもそのタイプか」

 「タイプと言えばそうだけど………」

 それは思考の間ではあったけど。言葉を探すだけにしては、なにか不穏なものを感じた。なにか良くない事を検討しているような……───

 「同じタイプであっても、どれだけチガウか見せようか」

 「《打ち鍛えられし御身に願う……───」

 村雨が聖唱を始めつつ走り出した。

 アダムが法術を使う、と判断したのだろう。村雨の聖唱を聞いた瞬間、クレアも………そしてベルナデットも聖唱を始めて駆け出した。

 「《灯よ、我が身を燃やせ 消せぬ火となれ》」

 短縮の聖唱。その末尾の瞬間には村雨はアダムを切りつけていた。左から首、右から首、すれ違いながら脇腹。そしてその三撃目が入った次の瞬間には、ベルナデットの正確な刺突が背後から……───

 ─ドンッッ!!─

 およそ人体が発するとは思えない音を立てて。アダムの体は数メートルを飛んだ。いや、ほとんど浮かず、その軌跡に吹き出た血を残して。

 「……あぁ。余計なのが二人もいたのか」

 心底がっかりしたかのように呟くアダム。首に手をやり………触れた手は赤く染まったが、すでに血は止まっていた。倒れもせず、よろめきもせず、振り返ったその姿に傷跡はない。

 追撃をかけようとしたクレアは、自身の間合いの縁で足を止めた。

 ……ここで攻撃をしても、ダメージを与えられる気がしない。出来るのは足止め、行動阻害くらいだろう。なら、この位置で妨害に徹するのがベスト………

 ──……の、はず。

 攻撃は二人に任せ、自分はその隙間を埋める。

 村雨はすり抜けるように攻撃するし、ベルナデットはその間を埋めるように戦うが、この相手は、攻撃で体ごと吹き飛んでしまう。『体の一部が』吹き飛ぶのではなく。

 クー・ド・ロシュの衝撃で壊れない強度を持つ相手、というのは想定外だろう。攻撃の度に距離が開いてしまっては戦いづらい。

 「《乞い願わくば……」

 アダムの聖唱に……───

 ─ダンッ!─

 村雨の大地を踏み込む音が重なった。

 法術を使った気配のない状態でコレである。この上、強化などされたらどうなる事か。

 もちろんクレアも攻撃を仕掛ける。ダメージではなく、聖唱の妨害………頭部への打撃だが、

 ─ごんっ─

 大木でも殴ったかのような手応え。

 「…求め求めて止まぬ末》」

 一瞬しか、止められない。次いで切りつけた村雨の刃は、

 「《飢える病の知の神よ》」

 頭部をかばったアダムの腕に食い込むだけ。こうなると頼るは………

 「…ハァアアッ!」

 気合いの声。跳びあがったベルナデットの、角度を付けたクー・ド・ロシュ。頭をかばったため視界を塞いだアダムには見えていないはずだ。その刺突が……───

 ─ドォンッッ!─

 落雷のような音を立てアダムを地面へと押し倒す。地面にヒビが入り、木は揺れ、積もった葉が舞い上がる。それでも、

 「《…間隙埋める渇望に 未踏許せぬ欲求に……」

 聖唱は止まらない。

 「このッ…」

 村雨が片手をポケットに。出した何かを投げつけるより先、弾けるようにアダムが跳んだ。

 ……クレアは道場で、安易に跳ぶなと教わった。数少ない言葉での教えのひとつだ。

 跳べば落下する。空中での動きは限られる。動きも予測される。対して得られるのは、自重全てとわずかな落下速度を乗せた攻撃。故に安易に跳ぶなと言われたのだが………

 「《爪牙を立てて 深淵照らし、真実語り、》」

 梢を破り高く舞うその姿を見上げる。それほどまでに高く跳んでいた。

 確かに動きは予測がつく。攻撃も当てられるだろう。だが、攻撃はさっきから当たっている。アダムの攻撃のためとも思えない。

 それはもう、ただ聖唱を聞かせるための……その言葉に集中させるためだけの、そんな跳躍だった。

 そして実際、クレア達は夜空から降るようなその聖唱が終わり、彼が降りてくるまで手は出せなかった。

 「《満ちぬ未知への希求を吼えろ》」

 「…!」

 なにがどう変わった、というわけでもない。ただ、森がざわつき、肌が痛むようなプレッシャーが周囲に満ちた。

 ………いや。ひとつ、明確に変わったものが。

 「………影響を与える側に適性が必要なら、影響を受ける側にも適性が必要になる」

 すとっ、と。木の実でも落ちたかのように着地。大きな隙ではあるが、その雰囲気、その光る両の瞳に圧され、足が動かない。

 「僕の適性は探求の神。この神の影響を受けやすい人間は、かなり少ないようだ。もちろん、手を加えれば変わってくるがね。ただ………」

 まだ何かあるのか。半ばイヤになりながらクレアは身構える。構えたところで、有効打も対応策も浮かばないが。

 「僕自身の“深度”はかなりだ。神の世界を覗いたせいもあるんだろう。ルミネイトは腕が増える傾向があるのは知ってるか?」

 言うと、アダムは帽子を取り、上着の襟をひっぱった。びりっ、と簡単に裂けて………

 「あれは生えるモノのイメージが……概念が無いから“腕”になる。知ってさえいれば………」

 ─ビリッ!─

 上着が破れ、背中………肩の後ろ辺りから、それが生える。ソレを見て、嫌悪混じりに呟いたのはベルナデットだった。

 「………翼……」

 前知識が無ければ、感じるものなど様々という事か。

 背中から翼の生えたその姿から、村雨はもちろんクレアも感じるものは違う。なるほど、神化………神に近付いた姿と言えるのかもしれない。

 「英雄村雨、君ならこの姿がわかるだろう?」

 ちらりと村雨に目をやれば。

 眉をひそめ、渋い顔でアダムを見ていた。ただ羽根が生えた………だけではないらしい。

 「ただの真似事だろう……恰好はな」

 刀を握る位置、その姿勢から、どうも攻めあぐねているように見える。いや、事実攻めあぐねているのだろう。ではなければ、とうに切りかかっているはずだ。

 アダムは、小さく肩をすくめてみせた。

 「確かに飛べないけど意味はある。わからないヤツには……───」

 「…ッ!?」

 目があった。反射的に杖を上げ…───

 ─ゴッ─

 流す……というより。船に翻弄される小枝のようだった。とにかく衝撃を正面から受けず、少しでも安全な場所へと体を移す。反撃どころか、ベクトル操作すらする余裕はなかった。

 これがただのパンチだというのだから、とんだバケモノだ。

 二撃目を警戒し、返した杖を向ける。そこへ飛び込む影が……

 「待て、ベル…!」

 声は村雨。飛び込んできたのはベルナデットだった。再びのクー・ド・ロシュは、見た目には柔らかそうな翼に当たった。

 が。

 弾むボールのように………とは穏やか過ぎる表現か。爆風でも受けたかのように、ベルナデットの体が吹き飛ばされる。その瞬間クレアに見えたのは、レイピアを握ったままの手があり得ない角度で背中の方へと向いてる姿。

 「上から来るぞ!」

 村雨のその声に、クレアは下を向いた。

 「【フォルティス・ルーメン】!」

 「くっ…」

 刹那、強い光りか木々を染め上げる。通常なら強めのライトくらいだろうが、薄暗い森の中、突如現れた光球を直視してはしばらく何も見えまい。

 普段とは違う言い回しである『上から来るぞ』は、事前に決めていた符丁だった。

 「クレア!」

 呼ばれて。村雨の目を見れば、この最大の隙に何をするかは察せられた。

 全速で距離を取り、ベルナデットの倒れた先に走る。

 地面に落ちた宝石の、未だ放つ光りの端。木の根元に体を丸めて、彼女は小さくうめいていた。その右腕はひと目見て折れてるとわかる。それも一カ所や二カ所ではない。

 「ベルナデット!」

 名前を呼ぶ。意識ははっきりしていないようだが、吹き飛ばされて木に当たっていたとしたら、腕以外にも傷があるかもしれない。

 法術は、自分以外に効果はないのが基本だ。

 「ベイムの法術!」

 耳元で叫ぶ。治癒神ベイムの聖唱は………

 「…《乞い……ねが…わくば》………」

 さすがだ。

 治癒神ベイムの聖唱は、軍人ならばその御名を言われれば寝言でも唱えるというほど叩きこまれる。

 聖唱が続いてるのを確認し、右腕をそっと動かす。ナイフで袖を裂き、向きを確認していると、

 「どうだ?」

 アダムとの間に立った村雨の背が、思ったより近くにあった。アダムの方は、動いていないようだ。

 「聖唱を確認。意識朦朧。腕以外の外傷は不明」

 腕については言わなくてもわかるだろう。それに影の多い中、細かい所まではわからない。大きな傷はないようだが。

 「出血は?」

 「右腕に裂傷」

 擦り傷ぐらいはあるだろうが、地面に滲むほどのものはない。

 ──そういえば………。

 そもそも、どういう攻撃で跳ね返されたのだろう。ベルナデットのクー・ド・ロシュは、見た目にはもろそうな翼へと当たったはずだ。それが押し返されるなど………法術の強化を入れても、ここまでの事は考えられない。

 「なにが起こったか。考えを聞かせてくれるかな」

 問いかけは、ゆっくりと近付くアダムから。焼かれたはずの目はもう回復したのか、こちらに輝きを放つ瞳を向けている。村雨が灯した光りを背に歩んでくる姿は、その翼もあいまって、確かに天使のように見えた。

 「………法術の強化を考慮しても、そんな羽根で出来るはせいぜい姿勢制御だ」

 挑発……というよりも。アダムの口ぶりは、生徒に答えを促す教師のようで。

 村雨がそれに乗ったのは、おそらくクレアにも理解させるためだろう。

 「形よりも………」

 続けた村雨の言葉が詰まる。

 ………クレアに理解させるため、というのは間違いかもしれない。村雨自身、戸惑い、正解を欲しているのかもしれない。

 「オレの見方が正しいなら……。その羽根は、濃密な魔力を生んでいる」

 ──魔力を……生む?

 魔力に関しては異界の知識を頼れない。クレア自身が学んだ事や経験からになるが………。

 法術、精霊術、そしてエクシードとその根幹には魔力が関わる。強ければすごい、といいう単純な図式だが、その魔力自体は本人の素養や素質、あるいは血統と言われる。

 血統というのはいかにも貴族王族が流布しそうな説だが、筋金入りの農民であるクレアがエクシードの技術を磨けた事を考えれば、素養というのが大きいと思われる。

 実際は、生まれ持ったものプラス修練という、平凡な結論だろう。

 ………と、ここまでは一般の話。

 例外がある。

 他ならぬ、クレア自身の話。

 確かに平均より上手くエクシードを扱えていた、イコール魔力操作に長けていた。厳密な魔力量などわからないが、まぁ多少は多かったかもしれない。

 が、その程度だったはずだ。

 デュボアの村が襲われて。あの時から、確実に魔力は増えた。それは異常と言っていいほどに。

 それに理由を付けるなら、死にかけた事。というよりも………

 「お前の言う『神に近付く』……それが神の世界、異世界に近付く事で、その別世界が魔力に満ちた世界なら………理屈は通るかもしれねえ」

 異世界からの存在である英雄も。異世界の知識を得たクレアも。異世界へと近付いたルミネイトも。

 異なる世界に満ちる魔力に触れたから、その大きな魔力を得たと考えるなら。『神の世界』を見たというアダムもまた、大きな魔力を持っている事になる。そこからさらに、ルミネイト化で『神』に近付いたというのなら………。

 「……結論を聞こうか。この翼は、なんだと思う?」

 「パイプ。あるいはポート。“神”とやらとの、繋がりそのものだ」

 光りを背負い、その表情は影となってわからない。だがその間は、正解を表しているような気がした。

 翼のシルエットが広がる。

 「では、その推測をもとに。どうする?」

 戦うのであれば攻略を、逃げるのであれば方法を考えねばならなない。

 ………交渉や、降参なんて選択肢もあるのだろうか。

 情けない事に、クレアは村雨の様子を伺うしか出来ない。階級的には正しいのかもしれないけれど、丸投げしているようで悔しさがある。

 自分に出来る事はなんだろう?

 「………ベルナデットが吹っ飛んだのは、自分より大きな魔力に魔力をぶつけたからだ。って事は、そっちより大きな魔力をぶつければいい」

 そんな事が………いや。“英雄”ならば可能なのだろうか。思えば村雨の“底”は見た事がない。

 ずっとアダムに向けていた刀を下ろし、村雨が振り返った。そしてこちらに近付き、肩に手を置く。

 ──え……。

 それはまるで、ひとつの覚悟を感じさせるような動作で。

 「クレア、戦いが始まったらベルナデットを連れて逃げろ」

 「ちょっ…!なに言ってるんですか!?」

 「ベルナデットの技であれだ。こじあけたところで打つ手がない」

 「そんなこと……っ」

 強く肩を掴まれて。クレアは言葉を止めた。

 「俺がなんとかする」

 「…………」

 暗い中、ほのかに光りを映すその黒瞳をみつめかえす。共に暮らしすらしたけど、瞳の奥すら覗けそうなこの距離で目を見るのは初めてだ。

 「………なんとか出来ると思ってる人は、逃げろなんて言いませんよ」

 肩の手をつかみ………

 「あたしだって、足止めくらいは出来ます」

 ゆっくりと払う。

 「………いいんだな?」

 「はい」

 肚が決まったとは言い難いが。それでも覚悟なんて、後から付いてくる。

 立ち上がる村雨の後に………

 「………くれあ……」

 腕を引く弱い力。ベルナデットが、苦痛に顔を歪めながらも、こちらを見ていた。手を握り、

 「おねがい……」

 「………。」

 頷く。手を握り返し、クレアも立ち上がった。

 「話はついた?」

 律儀にも……いや、それこそ“興味”のなせるわざか。待っていたアダムが声を掛ける。

 「あぁ」

 頷いた村雨が構えた刀は、普段の小ぶりなものではなく、両手で扱うようなサイズだった。

 「全力でこじあける」

 クレアも杖を構える。

 「アイツになにもさせなければ勝ちですよ」

 二人息を吸い………

 聖唱を始めた。


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