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6E.襲撃(前)


 世界は、疑問ばかりだ。

 聞いても納得のいく答えは得られず、考えても確証に辿り着かない。

 確かめようとしたら、噛みつかれた。

 犬はなぜ動いているのか。それを確かめようとしただけなのに。

 疑問と探求を褒める父母も、これについては怒った。

 なぜ『いけない』なのか、結局理解は出来なかったが、噛まれた事が理由と推察した。

 なので、噛めなくしてから確かめた。

 いや。確かめようとした。結局、なぜ動くのかはわからなかった。

 それから、世界は変わっていったように思う。

 向けられる目。かけられる言葉。

 変化は、学校へ通い始めて如実となった。

 地味だか継続される攻撃。言葉と態度の意味はわからなかったが、教えられた通りに自衛の為の反撃をしたら、これも怒られた。

 理解が出来ない。

 だがわかった事もあった。

 拒絶だ。

 あの日、変わったのは世界じゃない。自分の目が開いただけだ。

 この世界と自分は、違う色で出来ている。だから理解出来ず、理解されない。

 向けられる目も、かけられる言葉も。違うから、警戒し、距離を置かれていただけ。

 なんだ、と始めて納得した。

 自衛の為の攻撃、と思っていたが、彼らの方こそ自衛の為に攻撃していたのだ。この異質を、異分子を、排除しようとしていただけだ。

 つまり自分は……───



 村雨の召集は急だった。近いうち、とは言われていたが、夕方に知らせが来て、日が落ちた頃には村の外れに集まっていた。

 忙しくなる時間にいきなり抜けてしまって、女将さんには申し訳なく思う。

 林の中、暗い色の服に覆面を付け、それぞれに装備を持った一団はまるで夜盗のようだった。

 「行き先はジョーヌ、直線距離で行く。村の手前の丘で合流だ」

 集まった6人に聞こえる程度の声で、ぼそぼそと村雨が確認する。

 街道を徒歩で行けば一日ほどかかる距離である。最短距離のため、道のない所を進む。まともにやってたら朝になっても辿り着かない。

 「休憩は一回、警戒は怠るな」

 小さくうなずき、それぞれ聖唱に入る。

 《乞い願わくば 山掴む手 海越える足 音置き去りし疾風の神よ》

 祈るのは旅神アヌ・マーナ。移動を常とする人達にはメジャーな神で、日常生活系を除けばもっとも使われてる聖唱かもしれない。

 その効果は速力上昇、疲労軽減と移動を補助するものだが、鍛錬を積んだ兵士が使えば馬よりも速く長く走れる。闘神シウラとは、パワーでは劣るが持久力が桁違い。伝令には必須の法術である。

 「………」

 全員が唱え終わったのを確認して。ベルナデットの小隊が先頭を切って走り出した。次いで伝令のモリスと村雨とクレア。

 『合流』と言った通り、ルガルの小隊がヤンと一緒に、伝令ひとりを連れて先行している。他のメンバーは、別方面へ偵察に行ったりデルブで待機だ。非戦闘員もいる。

 月も細い、闇夜の林。そこを疾走するのは、高速で迫る木々を避けるようなもの。気を抜けば自ら木に激突して……なんて事になる。

 辺りを警戒しつつ、仲間にも気を払い、ルートを選びつつ疾走する。その後の事を考えれば、一時間ほど続けるのが限度だった。

 休憩のために止まった大木の陰。水とドライフルーツを手に、村雨はクレアの横に腰を下ろして、

 「おまえにゃ悪運とか運命とか……そういった神でも“憑いてる”のかね」

 「……表現、ひどいですね……」

 小さな声で、そう切り出した。

 「“彼”が当たりだって事ですか?」

 聞き返したクレアに、村雨の影は頷いた。

 「十中八九、そうだろ。あんなアンバランスなヤツが普通なわけねえ。となると、目的も単純な金銭とは思えねえ」

 「となると、“あの件”に関わっててもおかしくない。そういう事ですね?」

 話に入ってきたのはベルナデットだ。目立つ金髪は、まとめてフードに隠している。

 彼女だけではない。ぼそぼそとした会話に、みな耳を澄ませている。直前まで宿で働いていて、概略までしか知らないメンバーがほとんどだ。

 「あぁ。どこにどう関わってるかまではわからんが、場合によっては覚悟しとけ」

 そもそもが、ルミネイト化と繋がったための村雨派遣だ。でなければ、おいそれと他領まで“英雄”を派遣出来ない。

 「最初に“奴”がデボアに現れた時期、この前旅立ってからの時間………お仲間を待機させとくにも限界ってもんがあるだろう。ジョーヌを狙うなら今日あたりだ」

 という事らしい。まぁ、それもこれも“彼”………あのとんがり帽子が主犯だった場合、だ。

 「最初の計画通りに回るぞ」

 ジョーヌの村を襲おうとしているなら、待機出来る場所、待機していそうな場所というのはある程度絞れる。そちらを偵察、警戒しつつ………内部に手引きする者がいるかもしれない。村の中にも偵察を出す。

 それらのルート、人選は済んでいる。

 みんなが腰を上げ、走り始める準備をする中、クレアはふと聞いてみた。

 「赤ローブをやめた理由って、なんですかね」

 「さぁな。くだらねえ理由なんじゃないか」


 そろそろ林を抜け、あとは丘を越えればジョーヌが見える………という所で。

 「…!」

 先頭のベルナデットが、合図を出して足を止めた。

 小隊が素早く展開して周囲を警戒する中、打ち合わせ通り、クレアは後方を警戒する。

 ざわ…と、夜の風に葉が擦れる。どこかで鳥と虫の声。それだけで、他には何も聞こえない。

 ─…ー、…ー、─

 ……いや、鳥の声ではない。

 ─っぴー、っぴー、─

 モリスが口笛を返す。伝令で使われる符丁だ。鳥の声に似せて合図を送ってる。

 警戒しつつも歩を進め………ほどなく、先行部隊に同行していた伝令と出会った。

 彼は、こちらの顔を認めるとすぐに告げる。

 「大半の村人は夕刻から村長宅に集められてます。逃れた村人から、監禁に近いと推測。先行部隊は東の風車小屋で情報を集めています」

 ──監禁…?

 襲うでも奪うでもなく、そんな事をする目的がわからない。聞き出したい情報でもあるのか、それとも人質………それこそ意味がわからないが。

 「………デルブまで知らせてくれ」

 「……」

 うなずき、聖唱を唱えて走り去っていく。

 指示を出した村雨に、視線だけで問うベルナデット。それに対し……

 「知らない情報があるか、とんでもない酔狂か。そのどっちかだろ」

 賭けるなら前者だけどな、と付け加えて前進を指示する。

 再び走り出せばほどなく林を抜け、さほど高くない丘の稜線付近で一度止まる。村の様子をうかがうのだが………

 「………」

 「……」

 その偵察に、村雨はクレアを指名した。

 なぜ?と視線を返すが………

 ──あぁ、農村出身だからか…。

 地形や建物、村人の情報は得ていても、習慣や風習などはなかなかわからない。そういったものをクレアに確認させたいらしい。

 ここは、デュボアとはかなり離れている。場所が違えば、習慣などまったく違ってもおかしくない。………おかしくないだけで、似ているかもしれないから行け、という事か。

 諦めて、法術を切り替える。旅神アヌ・マーナから、知覚の神ヘェイエルに。わずかな月と星の光りの中、シルエットしかわからなかったものが見える………いや、“わかる”ようになる。

 そろりそろりと移動を始めたクレアに、ベルナデットの隊から二人がついてきてくれた。

 丘のてっぺんは避け、右………東側へ回り込むように越える。まずは先行部隊がいるという風車小屋を確認したい。

 地形や建物の配置は、事前に頭に入れている。風車小屋は村の外縁部分、村長宅は中心だ。

 姿勢を低くして稜線を越える。麦の収穫を終え、株だけが残る畑の先、家が立ち並んでいた。その窓に明かりはなく、中心付近の………おそらく村長宅付近にだけ、明かりの漏れる窓がある。

 日が沈んで二~三時間。絶対ない、とは言い切れないが、まずない事だろう。

 精神を集中し、意識を村の方へと伸ばす。目を凝らし、見えない手を伸ばすような感覚。視点の先にもうひとりの自分がいるような、そんな知覚を得る。

 ──………いない。

 家から人の気配がしない。留守の家独特の、冷たい静寂を感じる。

 わかる範囲、数軒を“見て”から風車小屋へと意識を向けた。

 いない……?いや、いるはずと探せば、屋根に不自然なシルエット。小屋の陰にも潜む気配。

 おそらく先行部隊………というところで。さすがに限界を感じて、村雨達の方へと戻りつつ術を解く。

 魔力というより、情報量と集中力の問題だ。

 「………。」

 村雨に、情報通りと頷いてみせる。

 そうなると、とりあえずの目的は速やかな合流となる。偵察を出しつつ、物陰に潜むように風車小屋へ。近くまで行き合図を出せば………

 「………」

 合図を返しつつ現れる人影。マスクをめくれば、ルガル小隊の面々が。

 こちらもマスクを取りつつ、

 「【レプリモ・ソヌス】」

 村雨が、小さく唱える。空気の振動を抑え、防音の結界を作る。と言っても、完全に遮断出来るわけではないし、外からの音も遮ってしまうので、見張りは外に置き、そちらを注意していなければならないが。

 「村人は?」

 ここでも簡潔に、要件だけを尋ねる村雨。

 ルガルは視線だけで村長宅の方を示し、

 「偵察を出しましたが、簡単に近付けます。村人は縛られて聖堂に詰め込まれてるようです。敵は護衛の奴ら数名………こりゃ待ち構えられてますね」

 情報が漏れた………とは考えにくい。デルブに滞在して日が経ってしまったし、研修という名目とはいえ『目立つよそ者』に変わりはない。そこから……

 「……読まれたってコトか……」

 呟く村雨。行動が読まれた事そのものよりも、どこまでの情報から読んだのか?が重要だ。

 それだけ考え、策を巡らせる相手がいる、という事になる。

 「詰め込まれてるといっても全員ではないでしょう?逃れた村人はいないのですか?」

 ベルナデットの問いに、ルガルは、

 「見かけた人達には出来るだけ聖堂から離れて、夜明け前にデルブに向かうよう言ってあります。すでに発ってる人もいるでしょうがね」

 ただの村人が夜の森を行くのは危険が多い。もし見張りが居たら、村から離れる前に見つかってしまうだろうし。

 ──…ってことは、見張りはいない?

 話を聞きながら、クレアも違和感を覚える。

 金が目的ならとっくに奪ってるはずだ。それ以外だとしても、なんらかの行動を起こしているはず。

 つまりこの野盗は、わざわざ村人を人質に取って、おそらく自分たちを待ち構えている。なぜ?

 「…………」

 ちらりと村雨の様子を伺えば、多分似たような事を考えているだろう思案顔。クレアも頭を捻るが………討伐に来た軍人と戦いたがる野盗など、戦闘狂以外にありえるだろうか?

 「目的を絞るぞ」

 あれやこれやと情報を確認していた周りが黙る。

 「討伐と救出だ。この状況じゃあ全員救出なんて難易度が高すぎる。とにかく逃がして足止めだ」

 すでに逃げた村人がいるらしい。なので、おそらく見張りはいない。その推測から、捕えられている村人達は、保護ではなく解放を目的とする。追いかけようとする野盗達を足止めできれば、あとはなんとかなる………というか、地元だ。自分達でなんとかしてほしい。

 しかもどこに、何人、どういう形で捕まってるかなど、詳細な情報がわかるわけでもない。となれば………残酷なようではあるが、多少の犠牲もやむを得ないというのが村雨の決断だ。

 「分けるぞ」

 とは、救出部隊と、陽動も兼ねて待ち構えている所へ飛び込む討伐部隊の編成。

 今、ここにいるのはベルナデットとルガルの各小隊。伝令一人に村雨とクレア。そして、ここまでただ黙って言われた通りについてきていたパラディンのヤン。

 「私はムラサメ殿に同行する」

 その彼が、はっきりと要望………いや、請求を口にした。

 確かに協会所属の彼は命令系統から外れている。要請は出来ても命令は出来ない。

 「いいのか?正面から……いや、後ろからぶつかられるようなトコだぜ?」

 待ち構えている所に飛び込むのだ。正面からぶつかるだけとは思えない。罠のひとつやふたつ、あってもおかしくない。

 「修行は積んでいる。そも私の役割はムラサメ殿の監視だ」

 韜晦せず“監視”と言い切ったヤンを見て。村雨は頷いた。

 「わかった。伝令とクレアで村長宅の方を………」

 「あたしもですか?」

 反射的に口を挟んでいた。

 「戦いたいのか?」

 そう聞かれれば、答えはノーに決まってる。だが………

 「……妙な遠慮でハブられるのはイヤです」

 実力で言うならば、まぁこの中の下から数えた方が早いけれど。それでも魔力というアドバンテージはあるし、屋内というのならエクシードの操作がものを言う場面もあるかもしれない。

 村雨の、黒い瞳を見返す。

 純粋に戦力外、作戦のためというのならともかく。この不確かな状況で、クレアを裏方に回すメリットはないはずだ。

 「………わかった。ベル、誰か出してくれ」

 村雨の考えは読めない。だが折れたという事は、やはり考える所があったのだろう。

 そしてこれで、クレアは自らの退路を断った事にもなる。

 ──やっぱりやめときゃ良かったかな…。

 「やっぱりやめときゃ良かったとか思ってるか?」

 村雨には読まれてしまった。だがそう言われれば、

 「英雄がいるんですよ?この状況で戦えなければ、一生戦えませんよ」

 燃える村は脳裏にちらつく。あの時の恐怖は忘れていない。それでも今は、踏み越えてやるという思いのが強い。

 そうだ。今は戦える。なりふり構わず強さを求め、戦える力をつけた。ひとりでもない。この状況で戦えなければ………

 吐いた言葉を反芻して。やるべき事、やる事以外を削ぎ落していく。

 突入と対応の確認をしながら………

 「伏兵の可能性が一番高い。陣形は………」

 ふと感じた不安の正体を、クレアは掴み損ねた。


 村人がいるという聖堂は、村長の邸宅の隣りにあった。同じ敷地、と言った方がいい。村長宅も二階建ての立派なもので、少しデュボアと重なる。

 聖堂には簡単に近付けた。村の中心にあり、敷地自体は広くても隣家との距離は十メートルもない。

 簡単に越えられるような石垣。片隅には物置小屋。鐘楼は立派だが、やや年季の入った石造り。正面、両開きの扉の他、裏口がひとつ。窓はあるが、人が出入り出来るほどのものは少ない。

 その窓から、ほんのりと明かりが漏れている。揺らぎのない、魔力の明かり。

 見張りはいなかった。

 「………」

 村雨の合図を受けて、ひとり欠けたルガル隊が裏口に回る。

 「………」

 残った村雨、ベルナデット隊、ヤン、クレアは、聖唱を終えてから聖堂からの死角を選んで扉へと近付いた。

 直前の偵察では、聖堂内に捕らわれているのは三~四十名。場所からみて、村長や司祭もいるだろう。敵は四人人ほどが確認されてる。

 その程度ならば、一気に制圧が可能だが………

 ─ダンッ!─

 扉を蹴り開けるベルナデット。すぐさま突入しようとした村雨は───

 「…【ウェントス】!」

 小さなマラカイトを投げ、術句を唱えた。

 風が巻き起こり、聖堂内に吹き荒れる。村人らしき悲鳴があがり、流れ出る風にクレア達の足が止まり………

 ──におい…?

 マスク越しにもほのかに、嗅ぎ慣れない匂いが。

 「さすがだ」

 一瞬止まったその間隙に、声が差し込まれる。声の主は聖堂の奥、神々の世界を表したとされるシンボルの前にいた。

 「“食べる”の他、匂いでも因子を与えた事があった。ちゃんと覚えていたようだ」

 村人達は縛られ、床に座っている。立っている彼らの識別は、薄暗い中でも出来た。

 聖堂に入り込み、並ぶ長椅子の陰に隠れる。一瞬で焼き付けた光景から数えるに、立っていたのは六人。村人に囲まれる形で………つまり人質兼盾という事だろう。

 「そこに居るのが全員じゃないだろう!残りはどうした!」

 扉からはシンボルへとまっすぐに道が出来ている。その両脇に長椅子が並んでいるのだが、そこに隠れたまま村雨が声をかけ………

 「そう急かないでほしい。こちらは……───

 ─キンッ─

 「───話したい事はたくさんあるんだ」

 反対の長椅子の隠れたひとりが、ナイフかなにかを投げたらしい。その弾かれた音が響く。

 「要求があるなら伝える」

 時間稼ぎと陽動と。合図をしながら村雨が応える。

 「要求?伝える?勘違いしてるなぁ」

 帰ってきた声は、

 「僕が話したいのはキミだよ、英雄村雨」

 「…………。」

 思わず村雨を見るクレア。他のメンバーも同じだった。一瞬動きを止め、反応を、あるいは指示を待つ。

 村雨が英雄である事を………いや。エピシアにムラサメという英雄がいる事と、その顔を知ってる者はいてもおかしくない。偶然その者がここに居るというのも、なくはない。

 だが、村雨は今顔を隠している。声だけでバレるというのは考えにくい。ならばブラフ?このタイミングで英雄を名指しするというのも考えにくい。

 ………やはり、どこかで確信を得ている。

 「どこかで会ったか?」

 隠れたまま応じつつ、村雨は他のメンバーを散開させた。

 「会ったというのなら、先日デルブで。その時は“ムーラン”なんて名乗ってたけど、その顔立ちと黒髪黒目、すぐわかったよ」

 「来ると読んで待ち構えてたってわけか」

 「あぁ。そろそろ行動を読んだ誰かが来る、とは思っていたから。英雄が来てくれて嬉しいよ」

 死角を探して移動しつつ、窓の反射を利用して話している男の様子を伺う。不均一なガラスのせいではっきりとはわからないが、とんがり帽子のシルエットは目立った。そして見間違いでなければ、笑っているように見える。

 ヒヤリとしたものを背中に感じた。違和感を覚えつつも、クレア達はどこかで相手を“まとも”と考えていた。おかしいと思いつつ、目的が金銭的なものであるという前提からの行動を呼んでいた。

 掴み損ねた不安の正体は、これだったのだろう。英雄村雨と話がしたいのであれば、人質の盾も有効だ。

 「話がしたいってなら、時間と場所を改めてくれねえか」

 「話はしたい。でもそれ以上に確かめたいんだ。……それ以上近付いたら村人を殺す、と言ったら止まってくれるかな?」

 後半は、反響の仕方が変わった。位置を変えて近付いていた別メンバーに向けたらしい。それこそブラフかもしれない以上、止まる理由など……───

 「柱の陰に二人。反対にもう一人。英雄の近くにいるのは、噂の弟子かな。裏口からは………四人。外にもいるね」

 全員の動きが止まる。

 直接見える場所にはいない。一人二人なら言い当てられても、裏口のルガル達や、外から様子を伺ってから村長宅へ行く予定の存在まで言い当てるとなると………

 「……確かめたいって言ったな。何をだ」

 立ち上がる村雨を、クレアは見上げた。

 はっきりと居場所を見破られた以上、身をさらしてでも情報を集めた方がいいと判断したのだろう。隠れている以上、こちらからも見えるものは限られる。

 「………振りじゃなく、話す気になるものを見せてあげよう」

 村雨が体の陰で出すハンドサインに気付いているのか。サインを中継するクレアに男の表情まではわからないが、その声音に、とっておきの手品でも披露するような愉悦が混じった。

 「《乞い願わくば……───」

 ──聖唱!

 唱え終わるのを待つつもりはない。どうせバレてる。クレア自身に飛び道具はないが、他のメンバーは違う。その後を詰めるつもりで椅子の陰から出て………

 聖堂の奥。協会のシンボルの下に村人が座り、その中心に男がいたわけだが。唱え始めると同時、彼はしゃがんでいた。代わりに村人数人が立たされている。立たされた村人の後ろには彼の仲間がいるわけだが………強行したところで、村人にしか被害がない。

 「《奔放なる希求 湧出せし本能の神よ》」

 別の手を模索する一瞬。聖唱が進み、捧げる神があきらかになる。

 ジェブラーニ。欲望の神。クレアが遭遇した最初のルミネイト事件で中心に置かれた神。だが………

 「《あるがままに手を伸ばせ 求める事に罪はない》」

 ──違う…?

 クレアの知る聖唱ならば、《伸ばしたこの手を掴み給え、あるがままに求め、進む叫びを聞き給え》と続く。《満ちたる道を照らし、掌握の価値を教え給え》と結び、自ら進んで得る事を示唆する。

 なのに………

 「《求めて進め 束縛断ち切れ 得られぬ道理があるものか》」

 その、肌が粟立つような感覚は……。聖唱のせいか、それとも……。

 「ァアアアーッ!」

 「ッシャー!」

 目を、文字通り光らせて。立たされていた村人たちは、縛っていたロープを引きちぎった。その症状は間違いなくルミネイト化。暴れだせば、近くの村人がまず被害を受ける。

 敵の近く。傷つけたくない村人の近く。悪条件は重なれど、それでも無視は出来ない。戦闘がはじ……───

 「待て!」

 鋭い静止の声は、とんがり帽子の男。従う理由もない……はずなのだが。

 動きを止めたのは、ルミネイト化した村人の動きが止まったからだ。

 ──ルミネイトに、命令を聞かせた?

 そんな事が可能なのだろうか?可能であるのならば………

 いくつかの場面がフラッシュバックしたのは、クレアだけではあるまい。

 その方法は、是が非でも知りたい。

 「話をしたい………そんな気になったかな?」

 正直、村人の人質よりも有効なカードだった。

 村雨がマスクを取る。

 「あぁ、たっぷりと聞きたい事が出来た」

 「なら、うれしいよ。でもみんなに聞かせるような事でもない」

 そう言うと彼は壁際に向かう。村人の輪の中から外れた形だが、今はルミネイトへの命令が盾となっている。

 ここで彼を倒した場合、どうなるかはわからない。

 「場所を変えよう。ついて来ていいのは英雄村雨、君だけだ」

 壁に向けて拳をつくり、無造作に踏み込んだ。

 ─ドンッ!っっ─

 轟音を立てて、壁が吹っ飛ぶ。人間業ではない。当然法術による強化だろうが………

 だとしたら、いつ強化した?先ほどの聖唱は、ルミネイト化のためじゃなかったのか。

 「……ずいぶんと法術に長けているみたいだな」

 村雨の問い……だか賞賛だかに、

 「……、君ほどではないよ」

 笑ったらしい間があった。

 「さて。無粋な邪魔が入らないよう、せっかく張った罠だし使わせてもらうよ」

 ベルナデット達の動きをどこまで察していたかわからないが。そう言われると、動きを止めざるを得ない。どんなテを使うかもわからない。先制奇襲が有効かすらもわからない。

 「実はデルブにも襲撃を予定している。時間を指定しておいたから、村に向かっている頃だろう」

 反射的に、デルブにいる面々の顔が浮かぶ。女将さんなどの村人、御者をしたメイドにルネ。戦えるのはカロル大尉の小隊だけ。伝令がいるが、伝えられたところで………

 「もちろん、ここの村も放置する気はない。数は少ないが、充分に仕事はしてくれる」

 彼の言う仕事とは………

 ドキリとする。この村も、デルブも、燃えてしまうのだろうか。

 「奇遇だな。こっちも数は少ないが、仕事はきっちりしてくれるぜ」

 ハッタリだ。いくら強くても、数がいなければカバー出来ない事がある。でもそれは………

 ──むこうにも言えること。

 知らず強く握りしめていた拳に気付く。

 向こうの言葉、全てを信じる理由はない。デルブ襲撃も嘘かもしれないし………本当だとしても、案じて迷う事がするべき事じゃない。

 襲撃が本当だったとして。たとえば今この瞬間から戻ったとしても………いや、それを見越しての“時差”か。急いで戻れば間に合うかもしれない。そういう選択を強いている。

 「趣味の悪いヤツだ」

 村雨の声音が一段下がる。むしろ落ち着いたようにすら聞こえるそれは、やると決めた声音だ。

 「君だけはついて来てもらうけどね。僕を自由にしないために」

 自らをエサに英雄を封じ、残りのメンバーはふたつの村の救援で封じる。ルミネイトに関するカードがあるためうかつには手を出せないし………選択の余地はない。

 「行こうか。邪魔しにきたら、容赦なく殺すよ?」

 自ら開けた壁の穴をくぐりながらそう告げ、男が外に消える。時折唸り声のようなものを漏らすルミネイト、不安と恐怖の村人………そしてその中に紛れる野盗の脇を抜け、村雨も外へと向かう。穴をくぐる際にちらりと振り返り、

 「………」

 視線とハンドサイン。ルミネイトには“反撃”、“敵”は“五前後”………。

 村雨の背中が見えなくなった瞬間、ベルナデットの声が響いた。

 「開始!」

 人質として村人がいる事はわかっていた。その中に敵が紛れる可能性も。

 今、わかりやすい敵はルミネイトと、先ほど村人を盾にした数人。それ以外にもいる可能性がある。それをあぶりだす手段は………

 ─バンッ!─

 裏口へと続く扉が勢いよく開き、一瞬村人たちの視線がそちらに集まる。不自由な動きのまま、怯えた目を向けたのは本当の村人だ。反射的に武器を取り、構えようとしたのが紛れた野盗だ。

 素早くそれらをチェックして、ベルナデット達が攻撃を仕掛ける。

 それらの行動はあっという間で。さすが訓練を重ねた兵士は違う。連携になれていないクレアは出遅れて………

 「ルミネイト!」

 後ろの方にいた事もあり、止まっていたルミネイトの動き出しに気付けた。

 効果範囲でもあるのか、時間か。それともあの男が命令を解いたのか。近くの村人に襲いかかったり、手近な兵士に攻撃を威嚇する。

 上がる断末魔と、悲鳴。

 そうなると、捕らえられていた村人は一斉に逃げ始めた。クレア達が入って来た扉へと殺到する。その集団を慌ててよけながら、

 ──あたしに出来ることは……

 避難誘導?違う。村人に関しては、聖堂から逃げ出せればいい。ここに居る野盗、ルミネイトを倒す事だが………

 乱戦の様相を呈した中、飛び込んで役に立てる気がしない。せめてもっと少数なら………

 「ッ!」

 壁の穴に向けて走り出した大きな影があった。シルエットからでも、その巨躯はヤンだとわかる。

 ほぼ同時、乱戦の奥から動いた影があった。

 邪魔しにくれば殺す、と脅しはしたものの、実際にそんな事になれば村雨だって黙っていない。あの男の『話したい』という望みを叶えるのであれば、追っ手は防がねばならない。

 野盗とはいえ、忠臣もいるらしい。

 閃く銀光。シャツに皮ベストと村人の恰好だが、振られた手には剣の形のエクシード。それをヤンは───

 ─キンッ!─

 腕で弾いた。

 エクシードの斬撃は、エクシードで受けるのが普通だ。通常の鎧くらいでは、威力を減じる事は出来ても防ぐ事までは出来ない。

 つまり腕にエクシードを仕込んでいた、と考えるのが普通で。となれば分割出来ないエクシード、逆の腕を狙うのは当然と言えた。

 ─キンッ!─

 弾いた。逆の腕で。

 「っ!?」

 驚愕の色を見せつつも、即座に返されたカウンターの拳を体捌きだけで躱す。そのまま距離を取る………かと思いきや、

 ─キンッ、キッ! キィン!─

 連撃。急所を狙う攻撃だけではない。弾かれた腕以外にも脚、肩、腿など、その細身の剣で高速の斬撃を繰り出す。

 どういうトリックか。それらほとんどを、ヤンは弾いている。両腕だけではない。時に脚ですら、カン高い音を立てて弾く。切れた服の下には肌がのぞいているから、なにかを仕込んでいるようにも見えないのだが……。

 ともあれ、クレアは二人の間に飛び込んだ。剣の攻撃を受け流し、反撃で押し返す。

 「ここを片付けてからにしてください」

 背中を向けたまま、ヤンに告げる。敵を釣れたのは良かったが、ヤンひとりが離脱していてもおかしくなかった。

 「………」

 うなずいた……かどうかはわからなかったが、留まってくれたらしい。もっとも………

 「パラディン……だな」

 足を止めた理由は、その言葉にあるのかもしれなかった。

 影のように。音や気配を感じさせない足取りで近付いてきた男は、長身でかなり引き締まった体をしていた。ぼさっとした髪と鋭すぎる目付き。もとより村人に紛れるには無理があった。暗殺者とでも言った方がしっくりくる。

 ヤンとクレア。

 剣の男と長身の男。

 油断なく対峙しながら………長身の男が、口を開いた。

 「《乞い願わくば、移ろい進み 遥か高みに座す神よ》───」


 「開始!」

 ベルナデットの合図に合わせて……

 ─バンッ!─

 わざと音を立て、ルガルが扉を開く。反射的に構えを取った数人………村人に紛れた野盗を確認し、ベルナデットは走り出した。

 村雨の事、デルブの事。気になる事はある。だが目の前にはルミネイトと村人。野盗も、あの宿での出来事からそれなりの手練れが混じっていると思われる。

 集中しなければ………これくらい対処出来なければ、村雨の心配をするなど身の程知らずと言われてしまう。

 村人に紛れていた野盗に、容赦なく剣を突き立てる。返す刀でもう一人……──

 「ルミネイト!」

 油断……は、していなかった。注意も怠っていない。そもそも、おとなしくしているのが異常なのだ。

 防御態勢を取ったベルナデットを無視し、ルミネイトは近くの村人に牙を立てた。

 悲鳴。断末魔。助けられなかった後悔は、一瞬だけ。

 次の事態を予測して、ベルナデットは大きく跳んだ。村人達を飛び越えて、聖堂の奥の壁まで行く。そこから見たのは、正面扉に向かって殺到する村人達。

 主犯格である男が去り、詳しくはわからないだろうがルミネイトという怪物が暴れだしたのだ。逃げ出すのも当然と言えた。

 ただ困るのは、その中に敵………野盗も混じる事。だったのだが。

 パニックを起こす村人と違い、野盗達の動きには理性がある。その分、遅れる。

 さきほど目を付けた顔でもある。その遅れた隙で、

 ─キンッ─

 「………」

 倒してしまえれば良かったのだが。

 ルガルの小隊と合わせて、ただの野盗を四、五人は倒せたか。ルミネイトは仕留めきれなかったようだ。

 剣を弾いたのは、ベルナデットが狙った相手。一番奥で、妙に冷静にしていた村人………に扮した野盗。ルミネイトが暴れだした瞬間、近くに隠していたらしい棒を取り出していた。それが彼の得物………の、柄だった。

 所々金属や革などで補強してある棒。もちろんそれで弾いただけなら高い金属音などしない。エクシードを使い穂を作り、槍としていた。

 長さ二メートル程か。室内とはいえ、広く造られている聖堂。振り回すのに問題はない。むしろこちらの攻め手が限られそうだ。

 「サギュリエ!」

 厄介な相手、それなりの遣い手。そう推し量り、ベルナデットは叫んだ。

 本来なら『コンバ・サギュリエ』、一騎打ちを意味する言葉である。今回の場合は、一対一でコイツは抑えるからその間に他を、という意味で使ったのだが………。

 「うれしいねぇ。隊長さんかい?」

 「……大尉。小隊長だ」

 確かに『単騎の戦い』という意味だから、一対一をするというのはわかるだろう。だが、すぐに“一騎打ち”の意味と取るのは………。

 貴族の騎士、兵士には少ないが、市井の生まれの兵士には槍を使うものもいる。一応カリキュラムもあり、彼の構えにはその名残りがある。

 「元兵士か」

 なんらかの理由で隊を抜けた兵士が野盗になる。ない話ではない。

 「元“騎士”だ。強くなりたくてな」

 ニヤリと笑う。

 整っていないアゴ髭や伸ばした襟足、刈り込んだ頭の両サイドと、良く言えばワイルドな髪型だが………粗野な部分を除けば、まぁ貴族としても通るだろうか。

 出自はともかく……でもないか。ガラにもなく、つい反応してしまう。

 「まるで、騎士が強くない、みたいな言い方だな」

 「限界がある、ってことさ。レイピア片手のお上品な戦いは、貴族様のお庭でしか通用しないって知ってるんでな」

 「それで“槍”か」

 戦闘において“間合い”、一足一刀の距離というのは大きな意味を持つ。単純に攻撃範囲が広いというのもそうだし、相手より遠く、つまり距離が縮まる際に先制出来るというのは有利に働く。

 相手が攻撃出来ず、自分は攻撃出来る。そんな距離で戦えればどうなるか、素人にもわかる。

 言うまでもなく、槍というのは剣より長い。

 「わかるだろ?おとなしく降参するなら悪いようにはしないぜ」

 「……………」


 「サギュリエ!」

 その声がベルナデットのものだとわかった時、ルガルは相手がルミネイトだと思った。

 見える範囲にいるルミネイトの深度は浅いように見え………目の発光はあるが、それとわかるほどの肉体変化はない。数人で囲むのがセオリーだ。

 肉体変化するほどのルミネイトがいたから彼女が足止めし、その間に他を倒せという意味だと、ルガルは思ったのだ。

 足止めすべき相手が、ルミネイトではない、という事以外は合っていた。そんな相手がいるというのは意外だったが。

 ベルナデットが一騎打ちの状態に入るなら、指揮はルガルに回ってくる。状況は把握出来ていた。が、ベルナデットが一人、クレアとヤンが二人、共にルミネイトではない野盗を相手にしている状況。

 フリーなのはルガル含む小隊四人に、ベルナデットの部下二人。

 対し、ルミネイトが四体と、村人に紛れていた野盗が七人……ベルナデット隊が初手で三人仕留めている。二人はヤンとクレアの方へ。残りは二人。

 村人は正面扉へと向かい、あと数秒で外へと出るだろう。戦闘範囲には残っていない。ルミネイトに襲われ、息絶えた者以外は。

 となれば、取るべき作戦は決まっていた。ちらりと部下に目を向ければ、わかっているとばかりにそれぞれ相手を見定め向かっていく。

 ルガルの隊は、決して弱くない。対ルミネイトの出動も経験している。今回の遠征に選ばれたのも伊達ではない。けれどベルナデットの隊は、その上を行く。

 仕方ない。クリニエール直下の隊なのだ。彼らの腕が上であると認めたうえで。

 残る野盗二人をベルナデット隊が速やかに倒し、その後集中してルミネイトを一人ずつ潰していく。対ルミネイトは多対一が基本だ。

 つまりそれまでは、ルガル小隊が一対一でルミネイトを足止めする。

 深度は浅そうとはいえ、その理性と膂力は立派にバケモノ。油断出来る相手ではない。

 ルミネイトとルガル隊。最初に倒れた方が不利になる。


 「《我が手を握れ 共に歩め さればこの身、御身に捧げん》」

 聖唱を最後まで聞く。そんな騎士道、今は必要ない。法術完成前に倒そうと踏み出したクレアは、行く手を遮った手の主にいぶかしげな視線を向けた。

 ヤンである。裏切りとは思えない。なにか………確固たる意思を持って、唱える男をみつめている。

 「《変われど進む 意思は変わらぬ いずれ彼の地に達する身なれば》」

 聖唱の結びと共に、男は首元からペンダントを出して見せた。それは聖印………協会員の証、という事くらいしかクレアにはわからなかったが。

 ちらりと聖堂に掲げられたものと見比べる。少し違うようだ。

 「………“元”パラディンか」

 低い声で尋ねるヤン。

 「今も教義に殉じる身だ」

 「野盗に身を落とし、何を言う」

 「神の御元を目指し、ただ心身を磨く。協会では叶わぬ境地を得ただけの事」

 「邁進していると抜かすか、破戒僧が」

 腰を落とし両手を上げ、

 「濁った戒律の中に扉はない」

 共に構えを取る二人。

 問答は終わりらしい。空気が帯電でもしたかのように張りつめる。他者の介入など許さない雰囲気で対峙して…………

 「「!!」」

 合図もなしに、同時に踏み込んでいく。

 ─がんッ!─

 次いで響いた音は、とても拳同士のぶつかった音とは思えなかった。

 ─ごんッ!─

 …………言われなくても間に入りたくない。出来れば二人だけで決着なりつけて欲しい。本音を言うならほうっておきたいが…………

 「……あなたは、どうするんですか?」

 ヤンが外へ行こうとするのを妨害した剣の男がいる。彼もまた、パラディン同士(片方は“元”か)の激突を見てから、こちらへと目を向けた。

 外へ行く……というのなら妨害するだろうが。

 「その質問、そのまま返す」

 クレアとしては援護に向かいたい。ヤンではなく、ルミネイトの方へ。

 ただ、それでコイツがフリーになってしまうのでは意味がない。ヤンへの攻撃を見るに、それなりの使い手のようだし。

 「あの人の邪魔をしないのであれば、僕はなにも」

 構えを緩めて見せる姿に、イラッとした。

 「…なにも…?」

 「はい。あなたが何もしないのであれば、こちらから手を出す気はありません」

 譲歩。妥協。妥結点。クレアだって戦わないで済むのならそうしたい。好き好んで武装して戦闘態勢を取ってるわけではない。

 だが男の受け身の言い方に、その態度に、

 「……まるで戦う理由がないみたいに言うじゃない」

 「言った通り、あの人の邪魔をしないのであれば、僕に戦う理由はありません」

 ──あぁ、悪手だな……。

 ひどく静かに、そう思う。このまま会話で時間を稼ぎ、数的有利を待つ。ベルナデット達ならきっと敵を倒してくれる。だから時間を稼ぐ。それが戦術的に正しい。だってエクシードである剣の意匠、ヤンとの戦闘。どっちを見ても、それなりの使い手だとわかっているのだから。

 「戦いっていうのはね……」

 でも、言葉は漏れた。止められなかった。あの夜燃えた村が、この村に入る時に見た景色と重なる。あの夜見なかった村人が、ここの村人と重なる。

 「奪われた瞬間から始まる。奪った側の都合なんて関係なく」

 「…?どういう───

 ─ュッ!─

 感情の奔流のような突きは、紙一重でかわされた。男は剣でクレアの杖を弾いたものの、反撃はしてこなかった。

 揺れるようなステップで距離を変化させながら、

 「あなたには戦う理由があるってことですか」

 「戦う原因が、おまえ達にあるッ!」

 薙ぎ、打ち、突き、払う。そのすべてが避けられる。“並み”の相手なら一、二撃当てられてるはずなのに。

 だが熱くなったクレアも、“並み”の相手なら反撃を受けていたかもしれない。

 反撃を警戒した隙にも、打ち返しが来ない。本当に戦う気がないのかもしれない。

 態度はともかく、腕は“上”。その判断がクレアに冷静さを戻した。少し距離を取り、改めて男を観察する。

 村人に紛れるためだろう、ありふれたシャツとズボン。だが生地は良さそうだ。どこか幼さの残る顔立ち。おそらく十代。というか、デルブの宿で見た。あの乱闘騒ぎの渦中にいた青年だ。

 と、彼もこちらを観察して………まさかあの店の、と気付いたわけではあるまい。なにせ覆面までした黒ずくめ。目を向けられたのは、手にしたエクシードだった。

 ──その目は知ってる。憐憫の方。

 クレアの“棒”というエモノを見た反応は、大別してふたつ。そんなモノしか作れないのか、という侮蔑か、それが精一杯かという憐憫。

 あえて正す気はない。侮っているのなら、侮らせたまま地に這わせればいい。だが………

 あの宿での乱闘で無傷だった体捌きだけでも厄介だ。もともとクレアの戦い方は受け身………カウンターか、それよりも遅いいわば“後の後”の戦い方。攻める事には向いてない。

 回避の技術から見て、おそらく奴も受け身のタイプだろう。似たタイプと言える。

 となると、積極的に攻めた方が不利になる。現状、『戦う理由のある』クレアが不利という事だが………


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