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6D.滞在


 宿場といっても、四六時中旅人で賑わってるわけではない。食堂(というか、酒場)を兼ねてはいても、むしろこの村では高級な部類に入るため、地元民だって毎日通うわけではないし。

 つまり宿泊客も少ない昼下がり。カラにするわけにもいかない食堂では“ヒマ”なんて事もあったりする。

 厨房からは仕込みをしているおかみさんの鼻歌など聞こえてくるが、まさかハモるわけにもいかない。頼まれたジャガイモの皮むきはとっくに終えたし、テーブルも拭き終わった。“研修”として人が多い時の、あふれたような状態だった。だから……───

 「いらっしゃいませ」

 ドアの開いた音に素早く反応した。今はヒマ潰し………もとい、お客様は特に歓迎だ。

 最初、丸いツバと先端の尖った三角錐の帽子が目に入った。うつむき加減だったのもあるだろうが、入って来たのはやや小柄、どこか線の細そうな男性だった。髪は少し色素の落ちたようなダークブロンド。無造作とも言えそうな形で切られている。

 しっかりとしたブーツに白いズボン、革のベストに白いシャツ………さすがに薄汚れているが。大きなリュックはひと目で旅装と知れる。ただ一番目を惹くのは………

 「お泊りですか?お食事ですか?」

 とりあえず、マニュアル通りに声を掛けるクレア。

 「部屋を……あぁ、いや。先に食事を」

 手近な椅子を引くと、荷物を下ろして腰を下ろす。

 この時間に到着、しかも先に食事という事は空腹なのだろう。そう思って今出来るボリュームのあるメニューを二、三示したのだが………

 「もう少し軽いものを」

 「……よろしければメニューをお持ちしますが」

 「お願いします」

 結局注文は、ビスケットにドライフルーツという軽食。というか、保存食レベルじゃないだろうか。

 「飲み物はいかがしますか?」

 「おすすめは?」

 「ワインです。隣り村が産地ですので」

 「じゃあ、それを」

 かしこまりましたと厨房へ。おかみさんに料理を伝えつつ、宿泊の準備を進める。

 まぁ、料理と言ってもビスケットにドライフルーツなど………

 「はいよ」

 皿に乗せるだけ。間食としては一般的かもしれないが、辿り着いた宿でわざわざ注文するようなものでもない。

 「おまたせしました」

 というほど待たせてもいないが。テーブルに皿を起きつつ、宿帳も出す。求めるのはサインと部屋のランク、それに前金だ。

 「こちらのお部屋もご用意できます」

 と、本館にある個室を示す。

 「やだなぁ、そんなお金があるように見えます?」

 笑いながら否定される。まぁ、お客の少ない今日は大部屋でもくつろげるだろうが。

 「しがない吟遊詩人ですよ。荷物も、ほとんどは商品ですし」

 吟遊詩人、といっても歌だけで食べていけるような人はなかなか地方まで出てこない。こんな所まで来る吟遊詩人というのは、娯楽や噂話と一緒に土地の物も売り歩く、行商も兼ねている事が多い。

 なるほどと大きなリュックにちらりと目をやるが………一緒に置かれたもうひとつの荷物も目に入る。

 「宿泊客は少ないですが、日が落ちる頃には地元の人も来ますよ」

 酒場と吟遊詩人は、持ちつ持たれつといった関係に近い。彼が歌を披露し、それで注文が増えるならこちらもありがたい。

 「そうですか。最近、誰か歌ってたりしましたか?」

 「いえ……」

 クレアが来てからは、吟遊詩人は訪れていない。仮に訪れていたとしても………

 「珍しい楽器を使われるようですし。よろしければ宣伝しておきますよ」

 目を向けるのは、気になっていた楽器ケース。楕円の一部が伸びたようなその形は、ギターのそれだ。

 旅の吟遊詩人でケースが必要な楽器を使う、というのは珍しい。多くはエクシードをバチで叩く、タングドラムのような楽器を使う。

 これだと習得に苦労するが、必要な道具は修理のしやすいバチだけ。壊れやすく大きい楽器を持ち歩く事を考えれば、大抵がこちらを選ぶ。というか、弦楽器………ハープやギターなど、そもそもがそれなりに値段のする物。習う事自体のハードルが高い。

 ちなみに。ボウルくらいの大きさで、半球のあちこちに切れ目を入れたようなタングドラムは、スチールパンと並んでエクシードで作るメジャー楽器である。対してハープやギターは、形状こそエクシードで真似出来るが、弦はどうしても在り物になる。そして環境で変化する弦を調整する機構というのはエクシードでは難しく………それなら硬質で、一度形を覚えてしまえば良い打楽器の方が良いというわけだ。

 「珍しい?」

 不思議そうに聞き返されて、クレアの方が不思議そうな表情になる。

 「はい」

 「………」

 「………」

 お互い、噛み合わない所で嚙み合った沈黙で見つめ合う。

 「この辺りは初めてなもので。じゃあ稼げますかね」

 取り繕うように笑みを見せながら。

 「そうですね」

 と同意しながらも、クレアはこの辺りどころか地方が初めてじゃないかと思いつつ、尋ねられて近くの村も含めて案内する。といっても、ほとんどが事前情報で聞いた話だし、言えない事もある。どこまで役に立てるかは怪しい。

 周囲の村の簡単な情報だけ話すと、興味深そうに聞いていた。

 なお、その彼の演奏は、上手い………ような気がしなくもなく。少なくともアンコールと、充分な額を稼ぐ程度には上手いようだ。

 宿帳の名前を思い出し………

 ──アベル……。

 しっかりと、胸に刻んだ。


 村雨が選んだデルブという村は、西から来たら山を越えた、東からならば山を越える前の宿場だった。付近……といっても通常半日から一日はかかる距離だが、付近の村は三つ。

 来る時、図らずも関わる事となったワインの村もそのひとつ。ただ、狙われる確率は高くないと見ている。馬車からわかる通り、それほど裕福ではないのがその理由だ。

 残る二つはともに東側。これといって特徴はないが、野菜や家畜などコンスタンスに稼ぎがある村、ヴェール。土地の使い方が上手い指導者がいるのではないかと、クレアは睨んでいる。そういう所は、きっと野盗対策にも抜かりない。

 なので本命は、小麦畑を抱えるジョーヌという村。丘と林を越えた、徒歩なら一日かかる距離にある。

 偵察は、日帰りでそこまで行くというのだから………ここも大概である。“道場”でも、馬のような移動距離の『おつかい』を頼まれたものだ。

 その偵察によると、納税と換金のための一行が帰ってくるらしい。となると途中、このデルブにも寄るわけで。

 六つあるテーブルは、すべてそのジョーヌ一行で埋まっていた。宿泊の方もほぼ貸し切り状態である。とはいえ、“村人”なのはその半分にも満たない。

 厨房からの料理を運びつつ、ちらりちらりと観察する。あくまでお客に対する態度の中で。

 陽気に騒いでるのは、ほとんどがジョーヌの村人だろう。その恰好からわかる。それと、明日には帰れるという安堵からか酔い方が迷惑………騒がしい。

 残りは武装していて。ナイフや籠手など、どこかしら装備を残していた。

 そもそもとして、メインの武器は手放せないエクシードとなる。となるとナイフの一本二本持っていたって違いはない。そんな状況ならば、防具を脱げとも言えない。結果、邪魔になる程のものでなければ持ち込み禁止とは言えないし、そこまでの物、持ち込もうとする人のが珍しいのだが………

 壁際に陣取ったひとりの男。というか、壁際を選ばざるを得なかったというか………彼は、二メートル程の棒を持っていた。

 棒である。杖ではない。かなり硬そうな木で作られていると思われる。所々金属や革など巻いてある。そんな物を置くとなれば壁に立てかけるしかなく、必然席も壁際になる。

 ………多少奇異の目で見ても問題ないだろう。

 持ち主は、二十代前半と見えた。頭の両サイドを刈り込み、襟足は伸ばしている。あと似合わないアゴ髭も。黒目勝ちな目だけは鋭く辺りを見ていて。妙に自信と余裕とを感じさせる。

 間違いなく傭兵だろう。ちびりちびりと口は付けているが、酒を控えている。

 酒を控えているといえば、もうひとり。十代半ばか後半、まだどこか幼さの残る青年。少しくたびれていたがシャツとズボンは上等な物に見えた。佩いている剣はエクシードだろうか。意匠が細かい。ブラウンの瞳が落ち着きなく動きながらも時折止まるのは………給仕のベルナデットを追ってるせいだ。

 傭兵と思しき中で酒を控えてるのはこの二人だけ。あとは酒量が増えるにつれ、村人と一緒に………いや、それ以上に騒ぎ出した。

 傭兵といっても色々いるだろうが、金を貰うか奪うかで野盗と大差ない連中もいるのだろう。少なくとも、今の彼らは野盗と間違われても仕方ないような酔い方をしていた。

 「よぉ、姉ちゃん。アンタだろ、美人だけど気位の高いウェイトレスっちゅーのは」

 どっちの基準でクレアが外されたかは置いといて。ベルナデットにそんな絡み方は危ない。

 すぅ…と剣呑に目が細められると、そこだけ外の風が吹き込んだかのように温度が下がった。………ような気がしただけなのはわかってる。

 「ご注文でしょうか?」

 すでに夕食時は過ぎた時間帯。柱の上の小さな魔法の光りだけでは足りず、各テーブルにはランプが置いてある。その明かりがベルナデットを下から照らし………クレアは、せめて穏便に済むように願った。

 品のない物言いなど日常茶飯事。“警告”に気付いて引きますように。

 「今、誰がアンタをオトせるか賭けてたんだ。どうだい?俺に乗らないかい?いろいろとはずむぜ。はずませるぜ?」

 くいくい、と妙なポーズで誘ってるらしい男。それを同じテーブルの男達はニヤニヤしながら見ている。

 クレアはそっと目を閉じ、名も知らぬ死の神の聖唱を呟いた。彼女が浮かべた薄い笑みは、決してイエスや照れなどではない。色々な物を削ぎ落した結果残った営業スマイルの残滓だ。

 アーメン。という言葉はここにはないけれど。

 「どうなんだい?」

 肩に手をまわそうとしたのだろうか。立ち上がり、手を伸ばした男がそのまま床へと寝転んだ。

 「……っひゃはははは!そんな酔ってちゃなんも出来ないだろーが!」

 爆笑の渦の中、床の男はなにが起こったかわからないような表情で。

 確かに酔って転んだようにも見えた。似たような前例を知らなければ、酔っただけ、とクレアも思ったに違いない。

 ………タイミングとポイント。それをちゃんと捉えれば、人は驚くほどあっけなく転がるもの、とベルナデットは語っていた。

 何事もなかったように仕事に戻るベルナデット。男が立ち上がりながら何か言いかけたところで、

 「それくらいにしてもらおうか。彼女は研修生で、そーゆうコトはしてないんだから」

 厨房から、おかみさんの声。睨むような視線がそれ以上はやめとけと警告している。のだが。

 「じゃあ、つぎはおれだな」

 その赤ら顔から、すでに大分酔ってると思われる、端から無理だとわかる男がテーブルを支えに立ち上がり………

 「おっと、」

 故意か偶然か。隣りの男の足につまづき、よろけた拍子に後ろの席の男にぶつかる。ちょうどジョッキをあおっていたそいつの酒はこぼれる。

 「おぅ、悪ぃな」

 と言いつつ体をかえせばまたバランスを崩して、

 「おっとっと、」

 いささかわざとらしく、食器を回収したベルナデットの方へと……───

 そこから先は、見なくても予想がついた。今までも何人かいた。酔った振りして彼女に触ろうという不届き者が。そのことごとくが華麗に躱され、床なり柱なりに抱きつく事になる。

 「っ。申し訳ない」

 謝る声。それも素に近いベルナデットの声。何事かと思えば……

 ─がちゃんッ!─

 テーブルが傾き、並んだ食器が弾む音。転んだ先が悪かったらしい。ほとんどの食器と料理とが床に散らばる中、

 ──ランプ!

 割れて油がこぼれ、燃え広がったらまずい。反射的にそちらへ駆け出そうとしたクレアの先、ランプは床に落ちずに浮いていた。いや、その取っ手に棒が通っている。木製の、所々金属や革が巻いてある、二メートル程の棒が。

 片手に飲みかけのジョッキを持ちつつ、あのアゴ髭の男が背後にあった棒を一瞬でランプの取っ手に通したのだ。足を組んで座ったままで、表情ひとつ変えていない。

 見事な腕だ。クレアには同じ事は出来ない。

 もうひとり、テーブルの惨劇を避けたのは、酒を飲んでいなかった青年。両手に皿を持って立ち上がっている。彼は表情変えず、とはいかず……

 「いい加減にしたらどうですか!」

 ベルナデットにコナをかけてたテーブルの連中に………でも鶏の香草焼きとスープを持ったままでは、少し威圧感が足りない。

 「女性を賭けの対象とか……あげくお店にまで迷惑かけて」

 「あぁ?」

 と、青年を睨む男たち。雰囲気は一気に悪くなった。

 「余興じゃねえか。お子ちゃまはさっさと寝ちまいな」

 「その余興に彼女を巻き込むのは良くない、と言ってるんです」

 「ほぅ。じゃあお前が相手してくれるか…よっ!」

 最後の一音は、拳と共に放たれた。距離はやや離れていたし、相手をしていた男は椅子に座っていた。立ち上がりざま、鋭さは欠いたが不意を突いた攻撃を、引く事無く躱す。

 「いいですよ。ただし、外でなら……」

 「てめぇ!」

 言葉の途中で、別の男が殴りかかる。それもまた難なく躱すと、

 「いや、だから外で……」

 「この!」

 ──別のグループなのかな。

 始まった乱闘の周囲からランプや料理を出来るだけ避難させる。幸い店はほぼ貸し切り状態。顔なじみの何人かはおかみさんに挨拶して去っていく。残ったのはすっかり酔いの覚めた表情で隅っこに逃げたジョーヌの村人だが………彼らは他人事とは言えないし。払いは彼らになるだろうし。

 「巻き込まれちゃいないかい?」

 「はい」

 厨房に逃げ込むと、おかみさんが店内を見たまま………これは、被害額(請求額)を計算しているのだろう。さすが荒事に慣れてるなと思っていると、

 「荒事には慣れてるのかい?」

 逆に聞かれた。確かに、この店に来てここまでの騒ぎは初めてか。

 「まぁ…色々ありまして」

 「……慣れてる分にはいいけどね。厄介事の持ち込みは困るよ」

 勘か、それとも誰かから一般人ではない雰囲気でも感じ取ったか。釘を刺すような物言いに、クレアは曖昧な笑顔しか返せなかった。

 巻き込む気はないけれど、滞在している時点で持ち込んでいるとも言える。

 「品性の無い方がいけないんです」

 同じく厨房に………これは退場してきたと言った方がいいのか、ベルナデットがきっぱりと言い切る。

 田舎の男どもには、貴族の令嬢など蜂の巣の前の花みたいなものか。おかみさんも諦めのため息をつく。

 「ま、持って生まれたものはしゃーないかね。でも、今日はルネと交代してきな」

 「わかりました」

 “花”としてのランクなら、ルネだって負けてはいないが。それでも一息入れる隙が出来る。一息入れれば、酔いは覚めるだろう。

 「…………。」

 青年がダウンしたら、さすがに止めに入らなければと………おそらくベルナデットも気にしていただろうが。

 両手に皿を持ったまま、テーブルや柱にぶつかる事無く、彼は避け続けている。むしろ酔っぱらった男どもの方が柱にぶつかったり、テーブルに躓いて自滅する始末。

 アルコールの差を除いても、強い。武器も盾もつかわずに、十人近い相手から無傷のままだ。

 まぁ、『やめて下さい』だの『争う意味はないはずです』だの、攻撃は読めても空気は読めていなさそうだが。

 ──それにしても容赦ないな~。

 避難している村人と棒の男(さすがにランタンは床に置いた)以外は、青年が倒れる事を望んでいるように見える。というか、野次がそんなだ。

 それは酔った勢いや賭けに水を差されたからというには過激すぎる………しこりがありつつも組んだ日の浅いパーティとでも言えばしっくりくるようなもの。だとしたら………

 青年の動きを観察しつつ、棒使いの男も意識しておく。なにかあるとしたら、この二人の方だろう。


 ジョーヌ一行の去った日の昼下がり。仕事終わりの地元民や、今日の宿を求めるお客が来るにはやや早い時間帯。

 部屋の掃除が終わり、食堂へと戻ってきたクレア。ヒマ人かサボりでも来なければ一息入れられるところへ………

 「よぅ」

 「……ヒマ人ですか?」

 「んなワケねーだろ」

 村雨が現れた。さすがに軍服でも(作務衣でも)なく一般的なシャツを来ているが、見慣れないせいか違和感がすごい。無精ヒゲがないというのも、違和感の理由かもしれない。

 「部屋、用意してくれ。仕事っぷりを聞きに来た」

 「………」

 給仕や畑仕事の様子見……というわけではない。このタイミングは、昨日の一行について、という事だろう。

 「おかみさんに話してきます。二階の突き当りに行っててください」

 ベルナデット達も呼ばねばならない。となると、部屋を使う事も含めておかみさんの許可が必要だ。

 おかみさんはベルナデットと洗濯をしていたはずと外へ向かう背中に……

 「そのカッコのが似合ってるな」

 階段を昇る村雨から声が掛けられた。

 スカートにベストといわゆる村娘の恰好である。似合うもなにも、十数年こんな服装で村娘をやっていたのだから、クレアとしてもしっくりくる感はあって。でも、

 「褒められてる気がしないです」

 動きやすい、戦いやすいという恰好ではない。もっと戦装束が似合う、そんな風を目指しているはずなのに………

 ──って、師匠も軍服似合ってなかったか。

 戦う姿はサマになっているのに。

 「そっか。いや、褒めるつもりもなかったんだが」

 じゃあ、ただの感想か。

 頬を掻きつつ二階に消える村雨。今の発言がなんの意図もないとしても、クレアの胸にはチクリと刺さった。

 保護された村、あるいはこの村で。平民として暮らすという道に、自分は逆らってるんじゃないかという思いがある。魔力こそあるし、エクシードの扱いも上手い方だろう。でも戦闘のセンスはないと、“道場”で痛感した。武芸、武術に親しんできた年月が、自分には圧倒的に足りていない。

 それを、足掻いて、爪を立てて、正道から外れる事で取り繕ってるだけに過ぎない。多少戦えるようになったところで、いずれとても敵わないような相手に出会い、命を落とすと思えば………

 ─ぱんっ─

 弱きを、頬を叩いて追い払う。

 目的とした復讐。その相手が目前………かもしれない。そこまでは果たさなければ。

 「ベルナデット、ム…ーラン、、様がいらっしゃいました」

 ベルナデットの事も呼び捨て。村雨は偽名。慣れない言い回しに舌がつりそうになりながらも告げれば、

 「すぐ行きます。……構いませんか?」

 返事をしてから、おかみさんへと許可を求めた。

 「いいよ。食事時までには終わらせておくれ」

 苦笑いでうなずくようすを見るに、ベルナデットが村雨にどういう思いを抱いているか察しはついてる様子。こんなんで、本当に今まで進展がなかったのだろうか。村雨が気付いていないというのも怪しい。

 「ルネ、師匠が来たから」

 続いて呼びに行ったルネは、ひとりベッドメイクの最中で。周囲に人いないのを確認して、普段通りの呼び方をする。

 「かしこまりました。ここを片付け、着替えてからうかがいます」

 「着替え…?」

 ルネもクレアと同様、いわゆる村娘の恰好。似合っていないわけではないが、地味な服に物足りなさを感じてしまうのはいなめいない。とはいえ、わざわざ着替える必要などないように思える。

 「今度はメイド服で、と前回言われてましたから」

 「あぁ…」

 前回、様子を見に来た村雨が帰り際にそんな事を言っていた。メイド服は、おかみさんがソッコー却下していた。役割的には似たようなモンだろうという言い分なんか、通じるわけがない。

 「別にそのままでいいと思うんだけど…」

 「いえ。なにがあるかわかりません」

 なにがあったらメイド服が必要になるのだろう?

 だが、こうやって主張するようになったのは少し嬉しい。内容がアレだけど。

 「じゃ、手伝うわ」

 邪魔にならないよう団子にしている髪も、ツインテールに戻すべきだろう。そんなこんなで、ルネの支度を手伝ってから部屋へ行くと、ベルナデットはもちろん、彼女の小隊や他の部隊員、伝令のモリスまで集まっていた。

 二間あるとはいえ、ぎゅうぎゅうである。仕方なし扉付近に立つクレアとルネに目を向けてから。ベッドの端に腰掛けた村雨は、ぼそぼそとした声で話し始めた。部屋の中ならぎりぎり内容がわかるが、外に出れば聞き取れない。そんな喋り方だ。

 「ジョーヌの連中、羽振りは良かったみたいだな」

 昨日泊まって騒いでいた事は………小さな村だし、とうに耳に入ってるだろう。確認したいのは、

 「傭兵は十二人。うち、棒持ちと帯剣が手練れです」

 頷いたベルナデットが要点だけを返す。村人と傭兵とを見分けたのはその恰好や振る舞いからだけではない。そもそも作物による納税の帰りで、その道中前後の情報も得ている。その確認と、出来れば傭兵たちの腕前を知りたかった。

 乱闘騒ぎは、ある意味ちょうど良かった。

 「税金からの収支予想ですが……」

 村雨はもう知ってたのだろう。モリスの報告に、反応を示したのは宿屋組だけだった。

 ──そんなに穫れたのか。

 つい、デュボワと比べる。豊作だったとしても、毎年かなり稼いでると思われた。

 「その分、傭兵にも金を掛けてます。斡旋業者を挟んでます」

 傭兵を雇う、と言っても方法はいくつかある。溜り場に行く、募集を掛ける、そして専門の斡旋業者に頼む。

 個人が直接雇う場合、マージンがない分安くはなるが、信頼性の担保がない。その点、業者は信頼が商売に直結している。が、これも………

 「業者の裏までは取れませんでした」

 そもそも業者が騙す気だったり、商売をこれ以上続ける気がなかったりした場合は別だ。傭兵とグル、騙して奪って行方をくらます、なんて事だってありえる。

 「簡単に裏が取れないなら黒に近いと思ってた方がいいな。第一はジョーヌにするぞ」

 確証となるほどのものがあるわけではない。が、疑ってかからないといけない。

 それに、状況的に襲われそうなのはジョーヌの村でもある。この付近で襲うならそこくらいしかうまみが少ない、とも言えるが。

 ともあれ、これからはジョーヌを本命とした編成になる。

 「偵察合わせて何人か常駐させる。宿組から何人か減らして………報告のために何人か帰らせてもいいかもしれませんね」

 口調を変えつつ村雨はベッドから椅子へと滑るように移った。寝室の窓から数人が飛び出していく。クレアが気付いた時にはそれらは同時に起きていて………自分はこの位置で問題ないと確認する。

 はっきりと足音が聞こえたのは、ベルナデットがクレアの隣りに立ち、村雨が部屋を見回してチェックを終えた時だった。

 「それぞれ向き不向きも見えてきたでしょうし農業サービス業以外にも需要は………」

 気持ち悪いくらいに内容と口調だけを変えて喋り続けている。思わず茶々を入れたくなるのをこらえているところで、

 ─コン、コン、─

 「少しいいですか?」

 おかみさんの声。

 「どうぞ」

 村雨が答え、ルネが扉を開ける。両手で持ったトレイには、部屋にいる人数ぴったりのカップが乗っていた。

 「あ~…、その。少し言っておきたい事というか、お願いしたい事がありまして…」

 珍しく歯切れが悪い。

 トレイの方は、ルネがごく自然に受け取り、カップをテーブルに並べる。

 「遠慮なくおっしゃってください。受け入れ先の意見も重要ですから」

 にこやかにのべる村雨は、ホント誰?というほど化けていた。

 思えばマルセルの街でも英雄の皮をかぶっている。結構役者なのかもしれない。

 「それじゃあ…。研修って事だったけど、このままウチに居てもらう事は出来ないですかね?全員とは言わない、二、三人でいいんです」

 でっちあげた方の話。しかもそれを受けた先の話。

 あり得ないけれど、気に入られたとなると悪い気はしない。と同時に、罪悪感も募る。

 「研修生達は迷惑をおかけしていませんか?」

 「最初手がかかるのは誰も同じ…ですよ。でも今時点で充分戦力になってくれてますからね。どこか斡旋っていうなら、ぜひウチにお願いしたいもんです」

 普段とは違う口調に時々詰まるおかみさんに比べ、村雨は淀みない。

 「候補にはいたします。ですが私ひとりの発言力など知れています。この計画に期待している人は沢山いますので」

 「そうですよねぇ」

 やんわりとした棄却に、予想もしていたのだろう、おかみさんは頭を下げた。

 「お邪魔して申し訳ありませんでした。失礼します」

 いえ、お気になさらずと見送って。扉が閉まってからも少し耳を澄ます。足音が遠ざかったのを確認してから、村雨は口調を戻した。

 「えらい気に入られたモンだな」

 「一位指名は誰ですかね」

 つい、軽口で返す。トラブルも招くが客も呼ぶベルナデットか、要領良く仕事をこなしているルネか………どちらにせよ、良い看板娘になるだろう。

 窓から出てった数人が様子をうかがい、戻って来た。おかみさんが再び来る事はないだろうが、それでも手早く要件を済ます。今後の配置などを指示し、宿屋組以外を解散させた。

 残ったのは村雨にベルナデットと彼女の小隊と他数名、そしてクレアとルネ。こちらはあまり早く解散してしまうと、逆に怪しまれるかもしれない。

 おかみさんの持ってきたカップに口を付けつつ………時間潰しのつもりだろうか。村雨は先ほどの話題を掘り返した。

 「とはいえ研修がいい手応えとはなぁ」

 村に入り込む事が目的で、むしろ厄介に思われても大丈夫なようにと考えた方法だった。

 「兵農一体ってやつか?」

 「野菜の収穫に戦闘は関係ありませんよ」

 武器の扱いが農具……それも鍬などの扱いに通じるからこその言葉だろうが、収穫に使うのは小さなハサミやナイフである。

 ──ナイフなら通じる……?

 いやいや、それなら彼らがあんなに手こずるはずない。さすがに自らの手を切るなんて事はないが。人を切るのと野菜を切るのとは違う。

 「言わせていただくならば、あと一週間……いえ、三日あれば人並の収穫量になってみせます」

 「自分も一人前の戦力になってみせます」

 「おかみさんに声を掛けられるほどの実力を、必ず手に入れます」

 口々に決意をのたもう兵士達。というかその口ぶりだと………

 「収穫の主力はクレアって事か」

 確認するような村雨に、全員がそろってうなずいた。

 「よかったな」

 「あまりうれしくないです」

 十数年と培ってきたものを新米と比べられても……。

 「それに、欲しいのは畑よりお店の戦力じゃないですか?」

 と、ベルナデットとルネに目を向ける。

 ルネは無表情、ベルナデットは少し驚いたようだ。

 「私は騒ぎの種よ?」

 自覚があるなら………とも思うが。客寄せになってるのも事実だし。

 「話は聞くぜ。トゲのきっつい花だってな」

 それは褒められてるのだろうか?クレアは疑問に思わなくもなかったが、ベルナデットは村雨に『花』と言われて悪い気はしてなさそうだ。

 「ルネの働きっぷりは言うまでもないしな」

 と、なぜか満足げな村雨。

 確かに黙々と指示をしっかりとこなす………うえに細かい所まで気が付いて必要な報告は欠かさない。しかも金髪ツインテの似合う美少女……というのも関係なくもない。ベルナデットと同じで、客寄せ効果充分だ。

 事実、メイドとして買いたいという話も出たとか出ないとか。

 「なんにせよ、兵士やめたって拾ってくれる所が出来たんだ。よかったな」

 笑う一同の中で。

 クレアだけはふと思う。この中で、本当に兵士をやめる………辞められるのは誰か?

 ………兵士になる気がなければ、そもそも村雨の弟子などしていない。それでも、どこかで迷いがある。復讐という火種は、時間と“混ざりもの”で薄まっている。それでもそれらがなければ強くもなれなかった。

 ここでの暮らしを一瞬でも夢想してしまって。それも有りかと思えてしまって。

 どうにも中途半端な自分が嫌になる。

 帰り際、村雨は足を止めて。

 「………早く帰れるといいな」

 メイド服のルネを見て、そんな事を言った。

 その光景に自分は居るのか………ふと思った疑問を、クレアは口に出せなかった。


 滞在も十日が過ぎると、研修というよりほぼ普通の従業員として扱われている。元が真面目で体力もある兵士だから、覚えは早いしタフだし。おかみさんは、本格的に歎願の手紙を書くらしい。その書き方を教えているのはベルナデットではあるが………。

 ともあれ、稼働率が上がったために必要となった諸々を注文すべく、クレアはルネと一緒にお使いに出ていた。

 大した距離でもないし、内容も多くはない。それでもルネと一緒というのは、おかみさんから重大なミッションを命じられたから。

 家具屋の手を握ったあと、上目遣いで『お願い、もう少し安くして』と言って、壊されたテーブルなどの費用を安くする、という重大なミッションである。これはクレアにはできない。

 ──えぇ、できませんとも。

 地方では行き遅れ感の際立つ歳である。世界が違えばまだピチピチだと言うのに。

 とはいえそんな色仕掛け、ルネだってやり慣れてるわけではないだろう。ちらりと様子を見れば、なんだか居心地悪そうにスカートを気にしている。

 「……緊張してる?」

 聞いてみれば、

 「いえ、その……この服だと落ち着かないんです」

 クレアと同じ、いわゆる村娘姿。けれどルネの場合、普段の仕事着がアレだから。村雨の趣味の弊害である。

 「大丈夫よ、似合ってるから」

 というか、その程度で素地の良さは消えない。

 なにか言いたそうな気配はあったものの、それを問いただす前に別の所から声が掛けられた。

 「クレアちゃん」

 「あ、どうも」

 宿……というか、食堂の方の常連だ。愛想良くしておかねばならない。

 「今日、また行くよ」

 「ありがとうございます」

 「ほら、この前の変わった楽器の詩人さん。あの人戻って来たみたいだからさ。つかまえといてよ」

 クレアがあの宿に来てから会った詩人など、ひとりしかいない。とんがり帽子の彼だ。

 だが宿屋では見ていない。それにどこかへ旅立ったにしては、戻ってくるのが早過ぎる気がする。

 「見かけたら声を掛けておきます」

 クレアのお世話になっている宿は、この村でも高級な部類。実入りが少なければランクを落とした宿に行ってるかもしれない。遠まわしにそう伝えたつもりなのだが………

 「あっちの雑貨屋で見たよ」

 察してはくれなかったようで。

 となると、少なくとも探して声くらいはかけなくてはいけない。まぁ幸い雑貨屋にも用はある。先に寄ってしまおうとそちらに向かうと、ちょうど店から出てきた彼………アベルと出会った。

 「こんにちは」

 とんがり帽子に楽器ケースと、向こうは目立つ恰好をしている。対してこちらはいかにも一般人という服装。誰だかわからなくても仕方ない。

 「えぇと……歌を聞いてくれたお客さんかな」

 「先日ご宿泊いただいた宿の者です」

 「あぁ、それは失礼」

 会ってしまったからには聞かなくてはいけない。

 「宿泊先はお決まりですか?」

 「いや、まだなんだが………聞いてもいいかな」

 部屋ならガラ空きである。

 「弦を探していてね。もう予備がないんだ」

 「弦……ですか…」

 旅立った先で切ってしまい、宿場町であるデルブに戻って来た、というところだろうか。珍しい楽器でもあるし、そもそも庶民が手を出す品じゃない。当然、雑貨屋に置いてあるはずがない。

 思案を巡らせるクレア。その間に………

 「妹さんかな?」

 アベルは、ルネに目を向けた。

 「同じ宿で働いております、ルネと申します」

 と、ややぎこちない礼を返す。………ぎこちないのは、貴族相手ではなく一般人がするよなお辞儀だからだろう。作法から勘繰られないように言われている。

 「前回見たかな。こんな整った顔立ちなら、覚えていると思うけど……」

 トラブルを避けるため、主に裏方仕事をしているせいだろう。ルネを見た事なくてもおかしくはない。だが………

 彼のルネを見る目は、多くのお客が見る目と違う気がする。好色じみた値踏みや嫉妬、あるいは『愛でる』『尊い』とも違う。言うなれば純粋な観察………

 ともあれ。

 「この辺りの商店には、弦は置いてないと思います」

 「ここの店主にもそう言われたよ」

 諦めていたらしく、肩をすくめる。

 「持っておられるとしたら村長ではないでしょうか」

 一口に“村長”と言っても、その村の規模、収入によって大きく変わる。取りまとめ役の長老、といった感じから、プチ領主のようなレベルまで。ここデルブの村長は、代々長を務めるそれなりの資産家だ。

 道楽で楽器のひとつくらい持ってるだろう、とクレアは決めつけた。

 「村長か……」

 呟くアベル。悩むのは、アポが取れるかどうか、だろう。

 ………たぶん、取れる。話題になった吟遊詩人、なんなら泊まっていけと………まぁ村雨が駐留してなければ、そういう話にもなるだろう。

 だが、それではちょっとアレなので。

 「紹介状を用意出来るかもしれません」

 まるで詐欺だな、と思いつつ。クレアは可能性の示唆、という形で切り出す。

 「村長と親しいのかい?」

 「私ではなく、宿の亭主が、ですが」

 ちょっと聞き込みでもすればわかる事だし。おかみさんの旦那………婿養子の亭主は、村長の息子である。

 村一番の宿も、クレア達の逗留も、伊達ではない。

 「あぁ、それは助かるね」

 いまいち嬉しそうには聞こえないが。それでもここまで来れば話は早い。

 「大切なお客様がお困りとあらば、亭主も協力を惜しまないと思います」

 ぴしりと姿勢を正し、念を押す。

 「ご宿泊先は、まだ決まっていないのでしたよね?」

 クレア渾身の営業スマイルに………

 「あぁ、今決まったよ」

 ───ゲット。

 あとはもう、村長が弦を持っていようが譲らなかろうが知った事ではない。

 全てを丸投げするべく………買い物をルネに任せて………クレアは、アベルを連れて宿へと戻った。


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