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6B.特別試合


 例年、競技会は士官学校の敷地内で行われる。貴賓席も作られるが、せいぜいが……という言い方も何だが、領主が来る程度。他の街から人が来るというほどでもないし、関係者しか見に来ない。

 だが、今回は……

 国都からいらしてる司教とそのお供のパラディンを、仮設の椅子と飾り程度の屋根の下で観戦させるわけにはいかない。会場も、グラウンドに線を引いただけ、なんてわけにもいかない。

 幸いにして、領主邸の隣りが練兵場である。スペースは充分あるし、司教様方が滞在してるのも領主邸。兵舎もあるし、出場選手の待機場所にも困らない。文句のない立地である。立地は。

 困ったのは設備である。練兵場だけあって、ほぼ何もない。

 そこに、多少は見栄えのする闘技場と、そこそこの観客席と、ちゃんとした貴賓席を作らなければいけないのである。それも、討伐隊出発までは充分だが会場を建設となると充分とは言えない時間で。

 責任を取らされる形で、村雨に監督が任された。討伐の準備だってあるだろうに、緊急工事の手配である。なし崩し的に競技会のスケジュールもやらされたりして………

 「ルネ、進行の方は?」

 「生徒会が行ってます。本戦は終わりましたし、ご主人様の出番は閉会までないかと思われます」

 「そうか。あ、お茶あるか?冷たいやつ」

 軍服の襟を緩め、椅子にぐで…と座る。半分ずり落ちながらも背もたれにひっかかるようにして、天井を見上げる村雨。その口から愚痴がこぼれる。

 「あ~……なんでおれがこんなこと…」

 「自分で撒いた種だからじゃないですか」

 毎日のように聞くセリフに、クレアは毎回同じように答えている。お手本のような『自分で撒いた種』な状況だと思う。まぁ収穫物の行き先が村雨ではないだけ、同情の余地はあるのかもしれない。

 「というか。弟子が初の公式戦だってのに、その控え室に来た理由は休憩ですか?」

 怒る気にもなれず、ただもう呆れるしかない。

 兵舎の、普段は物置かなんかだろう一室。埃の匂いが染み付き、床には落としきれなかった汚れ。窓も小さく、壁際には訓練用の防具やら人形やらが積まれている。この雰囲気は、どことなく村の聖堂の小部屋を思い出す。

 『関係者以外立ち入り禁止』の張り紙もあるが、そうと知らなければ控え室だとは思うまい。

 「あー…いや、様子見もあるぞ。結局、修行の成果は確認出来なかったからな」

 ベルナデットと手合わせはしたものの、その様子は見れず、詳しい話も聞けていない。なにせ村雨は、“撒いた種”の世話に忙しかったので。

 「なんか『期待していい』みたいな事は言ってたけど、どうなんだ?見てたろ、試合」

 戦闘競技会の本戦はすでに終了、今は閉会式の準備……兼、特別試合の準備中。本戦を終えた優勝者へのインターバルでもある。

 クレアが……“英雄の弟子”が試合をするというのは、当然知れ渡っていて。以前、士官学校でボロ負けしているのも知られていて。そんな状況で堂々と観戦なんで出来るわけなく、会場の端からこそこそと覗いていただけだが………

 「う~ん…。負けない………と、思います」

 「ほう」

 消極的な言い方ではあるが、勝敗に関してはっきりと口にした。

 今期の優勝者は、決して弱いわけじゃない。むしろ例年から見ても強い方だろう。実戦さえ積めば一年経たずに一人前レベル、と村雨は見ている。

 クレアの見方が違ってるか、自己評価が高いか。それとも、本当に『負けない』強さにまでなっているか。

 なんにせよ、勝てると思っているならもっと気楽に構えていてもよさそうだが。どうにも表情が暗い。

 「勝てそうならいいじゃないか。なにが気になってるんだ?」

 「勝てそう、じゃなくて、負けない、です。気になってるのは………」

 対戦相手と、自分の戦い方だ。相手は士官学校三年生男子。武器は当然剣、それも長剣。周りが長身のためやや小柄に見えるが、それでも百七十以上、体付きはかなり筋肉質。鋭い踏み込みと振りで、多くの勝負を速攻で決めてきた。

 対しクレアは、多少体付きが変わったとはいえ細身のまま。身長もそれほどではないし、なにより扱う武器が………

 「そんなんで『負けない』試合をしたら相手がどうなるか、って?余裕じゃねえか」

 確かに。余裕があるからそんな事まで考えてしまうのだろう。全力出さなきゃ、とか、どうなるかわからないような試合だったら勝つ事だけ考えていたかもしれない。それに………

 うつむいたままのクレアを見て、村雨は聞いた。

 「戦いにくいか?」

 「……はい」

 決勝で負ける事を祈ってしまった。優勝者の名前はアンドレ・アンベール・ダ=シランドル。一年半前、士官学校で負けた相手でもあるが………ポルト家の中庭で亡くなったクリニエール、モルガン・アンベール・ダ=シランドルの弟だ。

 「………ま、勝っても負けてもいい試合だ。好きにしろ」

 窓の外から、間もなく閉会式が始まるとの声が聞こえる。村雨は立ち上がると、

 「でもな、わざと負けるってのは相手に伝わるぞ」

 そう言い残して去って行った。


 やや傾き始めた陽の光りが、垂れ幕の隙間から漏れている。観客席の間に作られた通路で、クレアは迷いを捨てられないまま、出番を待っていた。

 運営に参加している士官学校の生徒が、闘技場の様子を見ながらタイミングを計ってる。聞こえてくる声からおそらく今、優勝者へのインタビューでもしてるのだろう。

 よく響く声に、ふと精霊術を疑う。反響するように作られたとも思えないし、マイクもないのに。というか、勝利者インタビューなど毎回やってたのだろうか。運営に関わった村雨あたりの発案じゃないだろうか。

 いまいち盛り上がらない様子のインタビューを切り上げ、司会は特別試合の説明へと入った。さすがに裏事情など言わないが、士官学校の代表とでも言うべき生徒と“英雄の弟子”のエキシビジョンマッチとなれば、それだけで盛り上がる。

 「それでは紹介します!“英雄”ムラサメの弟子、山ごもりを終えその力を覚醒させた戦慄のつむじ風、クレェェアァァー!」

 ──せ、せんりつのつむじかぜ?

 妙な二つ名を……。この呼び出しも、村雨の発案だろうか。

 避けられた垂れ幕を、かなり気後れしながら抜ける。一応の拍手で迎えられた会場は、三方を階段状のベンチ、一方を貴賓席に囲まれてそれなりに立派に見えた。

 肝心の闘技場は、石畳を敷いて均しただけ。段差もほとんどなく、広さは二十メートル四方といったところか。

 呼び出しをした司会らしき男性が去る中、主審と、革の防具を付けたアンドレが残る。

 防具といってもヘルメットと胴当てだけ。クレアも同じもを着けている。有効打が入れば決着というルールなので、ガチガチに固める意味はない。

 それに、神聖魔法アリのうえ、武器はエクシード。重要なのは攻撃側の手加減で、少々の防具では意味などない。

 「両者、武器を」

 アンドレが、抜刀そのままの剣を構える。

 形状自由なエクシード。普段は剣帯に飾りが付いた程度の物に、鞘に納めた形にして下げる。抜くと同時に刃を作るのだが、これは模擬戦。『刃の無い形』にする。意匠は………こだわりがないのか、教科書にでも載ってそうな基本的な物。鍔の辺りにあるレリーフだけが細かいが、家紋だろうか。

 「「…!」」

 ──やっぱり…。

 クレアがエクシードの形を変えた瞬間、会場がざわついた。多少の差異はあれどカテゴリー“剣”での試合ばかりだった中、特別試合とはいえただの“棒”では………。

 「………えー…。“それ”でよろしいのですか?」

 主審のセリフに笑いが起こる。

 長さ百二十センチほど、簡単に握り込める太さの、なんの飾りもない棒である。

 「はい」

 「………」

 苦笑いの主審が下がる。確認するまでもなく刃はない。

 もはや会場は、ただの見世物かと気の抜けた雰囲気である。アンドレもそうでは試合の意味もなくなってしまうかもしれないが………

 ──忘れてるわけない……よね。

 正眼に構えたその目に油断は見えない。兄であるモルガンが守った“英雄の弟子”を見極める、といったところか。戸惑いが隠しきれていないのは仕方ないかもしれないが。

 クレアも構える。左半身を引き、やや膝を落として。左手で引き、右手で支えた“棒”は斜め下を指すように。

 「構えッ!」

 構えというが、実際は準備……神聖魔法を唱える間である。

 「《乞い願わくば 焼かれ打たれて咲きし赤 止まる事なき猛き神よ……」

 やはりというか、アンドレはシウラの聖唱だ。そもそもが士官学校の競技会であるからして、教えられた内容をなぞるのが基本。聖唱はシウラだし、武器も剣になる。

 その戦い方を、決勝までの数試合分見てきた。見られてきた事を承知の上で、戦い方は変えないか。

 「《打ち鍛えられし御身に願う 灯よ、我が身を燃やせ……」

 やや遅れて、クレアも聖唱を開始した。短縮だが、シウラを選択する。ここで別の神聖魔法を選ぶのは、なんだか申し訳ない気がして。

 「始めッ!」

 聖唱の結実を確認して、開始が宣言される。同時、アンドレは踏み込んだ。

 その思い切りの良さは、下手に様子見をして先手を譲るよりは得策である。が、両者の位置………開始位置は、十メートルほど離れていた。クレアが迎い撃てば、その距離は約半分。実際、ほとんどの試合は攻め合うのが初手であった。

 が、クレアは動かない。たっぷりと走らせて、歩法と切っ先によるわずかなフェイントを見切り……

 ─カンッ─

 半身、躱す。

 ─ッュン!─

 ─カンッ─

 鋭い切り返しも躱す。手にした“棒”をくるくる回し、いなし、躱す。

 ─ヒュッ ュンッ ビュッ─

 響くは風切り音と、

 ─カンッ カンッ カンッ─

 打ち払う“棒”の音。アンドレは攻め続けるが、その全てを、クレアは受け流す。

 ふらふらとした動きと、面白いように回る“棒”。対し、必死に攻める剣。

 観客席からは笑いや、アンドレへの檄が飛ぶ。ほとんどの観客には、打ち合わせ通りの演武に見えているのかもしれない。が………気付かないのだろうか。彼が、とっくに本気だという事に。

 振りの鋭さは初撃より上がってるし、切り返しの狙いはだんだんと防具のない急所へとなってる。それは殺傷を意図してというよりも、手加減を忘れ実戦へと近い意識になっためだろう。それでも………

 ─カンッ─

 彼の剣を捌きながら、クレアには余裕があった。なんというか、剣筋が素直なのだ。

 早いし鋭い。それでも次手が読みやすい分、防御しやすい。

 たぶん実戦経験の差だろう。悲しいかな、クレアは経験だけは積んできた。相手を問わずに。なので、ここまでまっすぐなのは逆に怖いくらいで。

 受け身になる事は決めていたが、それでも攻撃に移れないのは『ホントにここで打ち込んでいいのかな?』と思ってるからでもある。

 なので、必死に攻め続けるアンドレと、それを遊んでるかのようにいなすクレアという図が続く。

 ─カンッ─

 流された体勢を直さずそのまま抜けて、アンドレは距離を取った。攻め疲れだろうか。打開の糸口を掴みたいというのも……───

 ──…わらっ……た?

 それはほんのわずかな変化。もはやアンドレへのブーイングに染まる中、彼の口元は、確かに笑みの形に歪んだ。

 その心は推し量れない。それほど彼の事を知らない。でも、自嘲や諦念には見えなかった。

 距離を取り直して上段に構えたアンドレは、渾身の力で勝負を賭けようとしている………と、見えたかもしれない。

 だがクレアには、すでに勝敗を悟り、見世物らしく派手な最後を演出しようという風にも見えた。

 ………構え直し、わずか迷う。

 勝つべきか、負けるべきか──。答えが出るより先に、アンドレが踏み込んできた。

 『わざと負けるってのは相手に伝わるぞ』

 村雨の言葉を思い返しながら。

 クレアも踏み込み、剣を持った腕の内へと先端を差し込む。低く沈みながら体を入れ替えれば、アンドレは綺麗に一回転した。そして転がったままのアンドレが、

 「…参りました…」

 宣言したところで、試合は終わった。


 「えー、まだ会場解体という若干の仕事が残ってるものの、競技会は無事終了しました。この短期間にも関わらず事故もなく、つつがなく開催、進行出来たのも皆様のおかげです」

 グラスを持った村雨の声が店内、そして通りにまであふれている関係者の間に響く。気分が高揚してるのか、その声はいつもより大きく、顔はにやついている。

 「皆様の協力、労働に感謝を込めて………ついでに、不肖の弟子の勝利にも」

 高揚してるのは村雨だけではないらしい。どっと沸く。

 「それでは…かんぱーい!」

 「「かんぱーい!」」

 グラスの鳴る音、一瞬の沈黙。そして決壊したかのような騒がしさ。

 「いやぁ、こりゃ明日が怖いな」

 店の一番奥、椅子に座った村雨はすでにカラとなったグラスを置きながら、外まで続く騒ぎを眺めた。

 「……会費、しっかり取ってたじゃないですか」

 「格安だろうが。赤字よ、赤字」

 確かに一般の飲食としては格安だ。村雨の大盤振る舞い………に、見えなくもない。

 クレアはテーブルに設えられた鉄板……火が入ってないので蓋がしてある……を見ながら、

 「宣伝費と考えれば高くない……とか考えてません?」

 「一杯注いで来るかな。いるか?」

 露骨な誤魔化しに、こちらもカラにしたコップを渡して応える。

 ──まぁ店が繁盛するのはいいコトだし……。

 村雨の事だから、領主に頼らない生計というのも考えてるのかもしれない。

 いや、でも考えてみれば。異世界でお好み焼き屋経営とはずいぶんエンジョイしてないか?しかも、人を修行に送り出してる間に。

 十日ほど前にも訪れたここ『しぐれ』は、村雨がオーナーのお好み焼き屋だ。

 飲食店はあれど似た店舗はない。しかも“英雄”サマのもたらす新料理。材料のせいで少々お高いが、今回の打ち上げで庶民の間にも広まれば文字通り『もうけもの』。

 ずいぶんとしたたかになったもんだと、テーブルを回りながら声を掛けてる村雨を目で追う。『英雄らしい振る舞い』はどこへ行ったか、その姿はもはや宴会部長である。

 英雄なんかよりよっぽど似合いそうなその姿に………いや、そうなるとクレアは『宴会部長の弟子』になる。それだけは絶対イヤと首を振ってると、

 「おぅ、悪いな……どした?」

 「この店、手伝えって言われるんじゃないかと思って」

 「負けてたらやらせてたけどな」

 実際ルネは駆り出されてる。冗談ではないだろう。

 ………『宴会部長の弟子』はイヤだが、店の手伝いはちょっと楽しそうだ。

 「ま、あぁも完璧に勝たれちゃ手伝えとは言えねえよ。見せてやりたかったぜ、司教の頭の血管」

 発端である『クレアの素質』。ジャッジはパラディンから一人、学校長、兵士から一人だったが………どこまでが村雨の思惑か、クレアが勝ってしまえばほぼ通る人選である。

 競技会の出場者は士官学校の生徒で、貴族である確率も高い。そうでなかったとしても、名や地位のある兵士の子供だ。そんな生徒が負けた相手を、おいそれと弱いとは言えない。

 これが剣術競技会なら文句の付けようもあったかもしれないが、今回は“戦闘”競技会。ただの棒を剣より上と認めるわけにもいかないし、せいぜいが『変わった武器のため戸惑った』とでもフォローして、『さすが英雄の弟子』と言うしかない。

 例外は司教側のパラディンだが、それにしても一対二。ローリスクな勝負を整えた村雨の勝利であった。

 「しかし……実際強くなったな」

 アルコールのおかげかひと仕事終えた高揚感からか、素直に褒めた言葉にちょっと嬉しくなる。

 「そうですかね、やっぱり。そうじゃないかと思ってたんですけど」

 ベルナデットと手合わせしてふっとばされ、ちょっとグラついてた自信が少し回復した。

 「今度は俺とやろうぜ」

 少し回復した自信が蹴り飛ばされそうである。

 「イヤですよ」

 「なんでだよ。ほら………えー、師匠だから。稽古つける感じで」

 「なんですか、その取って付けたような理由」

 「いーじゃねえか。面白そうな戦い方してるし、ちょっと戦ってみたいんだよ」

 「ワクワクしないでください。どこの民族ですか」

 とはいえ。ひと目で『面白そうな戦い方』と見破った村雨である。ちゃんとした稽古というのなら、手合わせもいたしかたなしか。

 「じゃ、せめて教えろよ。なんでああいう戦い方になった?」

 「………」

 まるっきり絡んでくる酔っ払いそのものだが………仮にも一応“師匠”である。受け取ったグラスに口を付けつつ説明を……───

 「……冷蔵庫、作れたんですか?」

 ビールが冷たい事に、今更ながら気付く。

 「かなり強引で、不完全なシロモノだけどな。容量にも限度があるが、『冷たいビール』がここの売りだ」

 それから自慢げに、苦労話を織り交ぜて原理を話してくれるが………正直、空気を圧縮して冷やすだの庫内に噴射した時には冷たいだの、よくわからない。わかったのは、複雑な精霊術を使ってるらしい事と………

 「せっかく鉄板があるんだから、ギョーザも焼けばいいんじゃないですか?」

 「それだ」

 パチン、と指を鳴らす村雨。彼が、しっかり経営者の一面を持ってる事。

 「他にないか?」

 「………ジャガイモのチーズ焼きとか」

 戦い方の話より喰いつきが良くないか?と思いながらもレシピを説明する。スライスではなく蒸して潰して、ハーブでも混ぜて焼けばビールとの相性もいいだろう。

 クレアの説明にふむふむと頷き、興味深そうに聞いたわりには、

 「あとでルネにも説明してくれ」

 「いいですけど………戦い方もルネに説明しときます?」

 「あぁ、いやそれはこっち」

 「………まぁ、いちおー話しますと、」

 道場での修行には、瞑想というのが付いてきた。心を落ち着け、無になる………というよりは、深い思考のための時間だった。

 曰く、理なく身に着けた技は技に非ず。故に理を見出し、技を生め。

 「俺の時も言われたな。要は理屈を考え、それを通す術を編み出せって事だよな」

 何をしたらいいか、その為にどうしたらいいか。それを考えさせられるのだ。

 そうは言われても、それこそ何をしたらいいかわからない。素直にそれを問うたら、具体的な相手を想像してみろと言われた。そう言われて浮かんだのは、ベルナデットの連撃だった。

 「ほぅ。で、あの捌き方ってわけか」

 その通り。

 連撃の利点は、その連続にある。一撃目を避けても二撃目、三撃目と続く。となると、一撃目を避け、かつ続く攻撃を乱せばいい。攻撃を避けつつ、次撃に繋げにくいような受け流し方をすればいい。

 ただの回避ではなく、攻撃の体勢を乱すよう捌く。それが、クレアが戦闘術の基礎としたところだ。

 「ふぅ…ん。まぁ、まだなんかあんだろうけどな。それだけじゃあ棒使ってる意味ねえし。そこは楽しみに取っとくさ」

 さすがというか、確かに同じ戦術は剣でも使える。クレアが剣ではなく杖を使ってる理由はちゃんとあって………

 「あ。“棒”じゃなくて“杖”です。杖術」

 厳密な違いというとグレーになる部分もあるが、主な差は長さだろうか。百二十少し、細身の棒は“杖”の類に入るし、扱い方も棒よりはコンパクトだ。その分、派手さはない。扱いは決して簡単ではないのに、日常用品にも使われるからか、かなり侮られる。

 「勝ったのにブーイングでしたね…。ほとんどの人には伝わってませんよね…」

 初めこそ防御主体、受けやすく扱いやすい形状として選んだが、とんでもない。振れば振るほど、その変幻自在な動きの深みに戸惑うばかりだ。

 今回の動きだって、クレアがどれだけの時間をかけて出来るようになったものかなんて、絶対伝わっていない。

 「いいじゃねえか、手の内なんて晒さない方がいいんだから。実力なんてのは、わかる奴にはわかっちまうモンだし」

 にやりと笑うと、さらりと『ジャッジは満票だったぜ?』と告げた。

 ジャッジ?といえば、素質の話に違いない。それが満票……となると、司教側が出したパラディンもクレアを認めたという事になる。

 そりゃあ、司教の青筋も出るだろう。というか、パラディンにも認められるほどとなると、単純に嬉しい。緩みそうな口元を押さえて………思った。

 「師匠は、私が強くなったと認められて嬉しいですか?」

 「あん?なんだ、そりゃ」

 「いや、その……」

 試合を思い出す。アンドレはあの時、確かに笑ったと思う。

 「試合で戦ってる相手が強いって、嬉しい事ですかね?」

 「なんだよ、それ。それこそどこの民族だよ」

 そう言いながらも、『そうだなぁ』と天井を見上げる。

 「相手との関係によるんじゃねえか?あくまで『試合』なら、どっちが死ぬって事でもないだろうし………いやでも、負けて嬉しいって事はないな」

 アンドレが笑ったのは、負けを覚悟した瞬間だ………というのは、クレアの勘違いかもしれないが。それでも、決して勝ちを確信した笑みではなかったはずだ。となると『関係性』という事になるが………

 「………試合で、笑ってたっていうのか?」

 さすがに察しが付いたらしい。村雨に対して頷きながらも、

 「私の気のせいですかね。そんなはず、ないですもんね」

 「……………どうだろな」

 ぐびりと酒を飲み、独り言のように呟いた村雨の言葉は妙に耳に残った。

 「……アイツの弟なら、笑うのかもしれないな……」



 子供の頃、よく打ち倒されたまま空を見上げて笑っていた。

 なぜ、負けたのに笑うんだ。と、父には叱られた。

 負けたのに嬉しそうにするなんて、不思議な奴だ。と、兄は笑っていた。

 負けて悔しくないわけじゃない。勝ちたいと思っていないわけでもない。

 ただ………

 いくら打ち込んでも。いくら技を仕掛けても。

 どうしても、兄には勝てなかった。

 そんな、強い兄が誇らしかった。

 自分が全力を出しても敵わない、そんな兄が嬉しかった。

 ………だから、笑みがこぼれた。

 その兄が守った相手が、

 前はあんなに弱かった“英雄の弟子”が、

 こんなにも強くなったという事は、守った甲斐が、意味があったという事だから。


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