3-1 堅物が崩れるとき
いつも下を向いて歩いていたけれど、最近は少し前を向いて歩けるようになった気がする、
授業やらでグループを組む時も苦痛でなくなった。
今日は社会科ではグループに分かれて地域の研究の授業だ。
スムーズにグループを作れることが、以前のわたしから見たら職人技だったんだもの。
叶子ちゃんと聡音ちゃんがいてくれるのおかげだ。
持ち物はカバンとノートと筆記用具。
授業中に学校の外へ出るというのは、変にドキドキしてしまう。
今回は無断で抜け出しているのではなく、ちゃんとした授業の一環のはずなのに、
「ちょっと叶子!どこ行くのよ!うちの班はゴミ収集場の調査でしょ!」
「あぁ?校外学習なんてサボるためにあるんだろう?」
先陣を切って歩いていた叶子ちゃんは、わき目も降らずにゲームセンターに入っていってしまった。
「ちょ、ちょっと!こんなとこ誰かに見つかったらチクられるわよ!」
「大丈夫だ!そいつだってここに入って来てんじゃねぇか!お互い様になる!」
相変わらず変な所に弁がたつ。
ゲームセンターに入ったのなんていつぶりだろうか、
小学校の頃お父さんに連れてきてもらってぬいぐるみ取ってもらったなぁ、あのペンギンさん今どこにあるんだろう・・・
「ゲーセンって、危ないんじゃないの?・・・怖い人に絡まれたりするのは嫌よ!」
聡音ちゃんが珍しく怯えている様子だ、
若干、わたしの後ろに半身だけ隠れている。
おそらくゲームセンターに入ったりするのは初めてなのだろう。
「はははっ!いつの時代の話だよ!」
「最近はゲームセンターも明るくなって、ファミリー層の方が多いんだよ、わたしも久しぶりだけど」
「タバコも吸えねぇようになってっからな」
「そ、そうなの・・・」
平日の昼間とあって、お客さんはそんなに多くない。
メダルゲームのコーナーに年配のお客さんが少し目立つ程度だ。
でもたくさんのゲームの煌びやかさも彩っていて店内はにぎやかだ。
「暇だしなんかゲームでもやろうぜ」
「暇じゃないわよ!授業中よ!」
「わたし、あれやってみたい」
「林檎まで!」
指さす先には同じゲームが4つ並んでいた。
流れてくるマークを音楽に合わせてリズムよく叩くゲームだ。
昔来た時に、すごく面白そうだと思って眺めていたが、休日という事もあり、大きいお兄さんたちが凄い動きでプレーしていてとても近づけなかった。
こっちのコーナーには全然人がいない今が絶好のチャンスだ。
「いいな!やってみようぜ!」
「聡音ちゃんも一緒にやろう、一回だけ」
「わ、わかったわ・・・」
わたしを中心に3人で並んでゲーム機の前に立つ。
ここに立ってみたかったんだ、しかも友達と一緒に立っているんだ。
「お!この曲入ってんじゃん!」
「うん!わたしも知ってる」
「ここを、押せばいいのね・・・」
最近のゲームは臨場感が凄い、子供じみた妄想かもしれないが、3人でバーチャルの世界に入って敵を倒しに行くのかと思ってしまった。
そういうゲームではないのだけれど。
初めてという事もあり、なかなかに難しい、
難しいけど楽しい、
あっという間の数分間だった。
「面白かったな!」
「うん!聡音ちゃんはどうだった?」
「・・・面白かった・・・」
「聡音ちゃん?」
「どした?そんなに心配なら帰るか?」
「・・・もう一回やりたい」
視線を反らしながらも、少し顔を赤らめていた。
聡音ちゃんからそんな言葉が出るとは信じられなかったが、わたしも叶子ちゃんも変にイジろうとは思わなかった。
「よっしゃ!後ろに人も並んでねぇからもっかいやろうぜ!」
「わたしもやりたかった」
3人でもう一度100円玉を入れる。
最近の電子マネーもいいけれど、硬貨を入れたときに一瞬なるのピコンという機械音が、テンションを上げてくれるスイッチなんだ。
2回目でも同じくらい楽しい、
今度はもう少しレベルの高いステージに挑戦してみよう。
顔を向けずにチラッと隣に目をやる。
聡音ちゃん、楽しそう、
勉強もスポーツもちゃんとできる人は、ゲームがうまくなるのも早そうだ、
もしかして聡音ちゃんが一番ハマっちゃった?
「終わったか~」
「うおっ!!!」
2回目のゲームが終わるや否や、聞き覚えのある声が鳴った。
担任の山吹先生が普通に立っている。
30代位の、至ってどこにでもいそうな眼鏡をかけた男性で、あまり怒ったり笑ったりもしないから、特に人気があるわけでも嫌われてるわけでもない。
どことなく事務的な人だけど、時折、ひとりひとりの細かいところまで見ている。
その生徒ごとに気を使ってくれていると思わせられることがある。
3人とも集中しすぎて全然気付かなかった・・・
「せ、先生・・・」
「ち、違うんです!これは!いえ、その・・・」
聡音ちゃんは必死に取り繕うとしていた、慣れていないのだろう、出てくる言葉もままならない。
叶子ちゃんは驚いてはいたが、特に慌てることもなくいつも通り、さすがだ。
わたしは当然怒られるであろうことは覚悟した。
「俺が勝ったらちゃんと戻るんだぞ」
「えっ?」
先生は眉一つ動かさずに、ゲーム機に100円を入れ始めた。
わたしたち3人の分も合わせて、
3人して何がなんだかわからなくなっていたが、ゲームが始まった。
今度は4人で並んでのプレーだ。
平常心ではいられないし、プレーどころではない、
怒られるうんぬんではない、意外や意外、先生のゲームプレーがうますぎる。
「俺の勝ちだな、授業に戻るんだぞ」
「スゲーな、先生よ」
「遊んでもいいけど、ちゃんとやることはやるんだぞ」
「は、はい、」
「クラス全員で調べたことをまとめる授業だからな、ちゃんとやってるみんなに迷惑はかけないようにな」
山吹先生は一言も怒らなかった、それらしき表情すらなかった。
でもなぜだろう、
こっぴどく叱られるよりも、次はちゃんとしようという気持ちにさせられた。
たぶん、3人とも同じ気持ちだったと思う。