2-6 ちゃん付け
「あなたたちにとって、社会で大事な事って何だと思う?」
「え?」
唐突なアイリスさんの質問に、一同はそれぞれ各所に目線をやって考え込んでしまう。
「委員長みたいに、何事も真面目に正しく取り組めることだと思います」
「京さんみたいに、大人のつきあい、社会をちゃんと知ってることだと思うわ」
「姫野みたいに、自ら損な役目をかって出れる謙虚さだと思うけどな」
偶然か否か、三すくみでお互いを称えるような形になってしまった、
「うふふっ、みんな正解よ!」
「正解?」
「羨ましいってことは、その人の良い部分を見つけてあげられる才能があるってことだからね」
「みんなちゃんと素敵に生きてるわよ!でも、みんなまだまだ足りない部分もいっぱいあるわね」
「やっぱり、」
「それでいいのよ、少しずつ覚えていけばいいし、どんな大人だって足りない部分はいっぱいあるんだから」
「そうなんですか?」
「誰かの生き方が素晴らしいと思ったら、ちょっとだけ真似してみればいい。もちろんすぐにそうなれるわけないわ、だからちょっとずつでもいい、合わなかったら別の道を探してもいい、」
「・・・」
「わたしも3人の事見てて、見習ってみたいって所いっぱいあったわよ!」
「あ、ありがとうございます、アイリスさん・・・」
わたし如きにこんなことを言ってくれるなんて、
おそらく、アイリスさんもいろんな、いろんな苦労をして今に至るのだろう、
ましてやオカマバーのママをやっているんだ、わたしなんかとは比較にならない位の偏見や言葉を受けてきたのではないだろうか・・・
だからこそ、こんな嬉しいことを言ってくれるんだろう。
「あと、わたしの事はアイリスちゃんって呼んでね!」
「あ、ごめんなさい、アイリス、ちゃん・・・」
自分よりもずっと年上の人をちゃん付けでいいのだろうか?
でも良いと言うのだから、親しみを込められて、なんか嬉しい。
「京さん、素敵な所に案内してくれてありがとう」
「おう!ってかタメ語でよくね?あたし留年してる年上じゃねぇぞ!」
「いえ、そんなつもりじゃ・・・」
「叶子って呼べ!りん!」
「はい、か、叶子さん・・・」
「さんはいらねぇよ!」
「叶子・・・ちゃん、」
「おまえもな!聡音!」
「私も、いいの?」
「たりめーだろ」
「わかったわ、叶子!林檎!」
「あ、ありがとう、そ、聡音・・・ちゃん」
慣れるまで、まだまだ時間がかかりそうだ、
・・・
「ママ~おはよう~!」
「見せたいものって何かしら?」
扉の開く音とともに、二人の大人が入ってきた。
一瞬、わたしたちを探しに来た人かとも思ったが、開口一番安心した。
「いやん!どうしたのこの子たち!」
「ママがさらって来たの?可愛い~!食べちゃいたいくらい!」
「およし!マーガレットちゃん、ポインセチアちゃん!叶子ちゃんのお友達よ!」
アイリスちゃんの同僚だろうか部下だろうか、二人でわたしと委員ちょ・・・聡音ちゃんを撫でてくれる。
このお店の従業員さんであることは確かだ。
マーガレットちゃんはピンクの頭に背が高くてスタイルがいい、ショートパンツから露わになる太ももが魅力的だ。
ポインセチアちゃんは坊主頭に大きなイヤリングが似合っている、ちょっと太めな体系が強そうで頼りになりそうな人だ。
・・・
二人が来て、みんなしばしの歓談をした後、さすがにそろそろ学校に戻らなくてはという話になった。
叶子ちゃんは帰るつもりはなかったようだが、アイリスちゃんは一度ちゃんと学校に戻りなさいと念を押してくれた。
怒られようとも、それがわたしたちにとっての最良の一手だということが、彼女達にはわかるのだろう、
いけない事をしているのだ、楽しいことの後にはそれ相応の対価が待っている。
・・・
今日の授業も終わったころ、3人でおそるおそる学校へ戻った。
当然見つかって、大目玉だ。
職員室の隅っこに、3人並んで立たされて、
でも、3人で怒られたからか、叱責も3分の1に感じてしまう。
それよりも、3人で抜け出していろんな経験をしてきた。その高揚感からのムズムズを抑えるのに必死で、笑顔がこぼれそうになってしまう。
こんなに楽しいお説教は、生まれて初めてだ。
たぶん、みんな同じだった。
職員室を出た後、誰も何も言わなかったのに、3人とも笑いがあふれ出た。