2-5 秘密の手帳
楽しい食事の時間が続けば、話も楽しくなる。
ポケットから小さな手帳を取り出し、料理のメニューや味、感想、いつどこでどんな環境で食べたかを記帳する。
わたしの秘密のメモ帳で、美味しかった料理や、良いレシピを思いついたときに機を見てちょこちょこと書き溜めていた。
人前で出したことはなかったのに、嬉しくて思わず取り出してしまった。
「なんだそれ?」
「あ・・・これは・・・、わたしも、いつかこんな美味しい料理を作れるようになりたいと思って・・・」
「嬉しいわ~、林檎ちゃんもちゃんとなれるわよ!」
一瞬恥ずかしいと思ってしまったが、誰もからかったりはしない。
それに甘えて、いつもならなかなか聞けないようなことも、話してみたいという感情にさせてくれる。
「・・・でもわたし、頭もよくないし、何をやっても遅くてドジだし、みんなが普通に出来る事もなかなか出来ないから、そんな仕事務まるかどうか・・・」
「あら、料理する仕事に就きたいの?」
「・・・はい、」
「へぇ~、知らんかった」
「どうしてなりたいの?」
「何にも出来ないわたしだけど、昔、おもちゃのお菓子作りセットで作った時にね、お母さんもお父さんも満面の笑みで美味しいって言ってくれた景色がずっと忘れられなくて・・・」
「・・・」
「今思えばお世辞だったのかもしれないけど・・・」
「あら~、とっても素敵じゃない~」
「偉いなお前、ちゃんと将来の事考えてて」
「しっかりした考えを持ってるのね」
こんな話をして、内心バカにされるかと不安だった。
将来の夢なんて誰にも言ったことなどなかった。
でも、3人ともバカにするどころか、尊敬の目すら向けてくれる。
こんな何も出来ないわたしなんかに、
・・・
「でもわたしみたいなのが、将来ちゃんと社会に出られるのかなって、今から心配で・・・」
「・・・」
「さっきも言ったけど、わたし、委員長の頭が良くてしっかりしてるところが羨ましい、先生や周りの人から信頼されているのが羨ましい・・・」
「・・・そんな」
「京さんの強い所が羨ましい、相手が大人でも大勢でも自分の考えをはっきり言えるのが羨ましい・・・」
「・・・そうか?」
「あたしはおまえらみたいに毎日時間通り学校行って、ちゃんと先生の話聞いて、終わりまで学校居れんのがスゲェと思うけどな」
「いや、それ普通じゃない?」
「その普通が出来ねぇんだよ、先生のいう事真面目に聞くとか、時間通り机の前に座ってたりすんのが苦痛でしょうがねぇんだ・・・」
「私も二人が羨ましい」
「え?聡音ちゃんまで、なんで?」
「失礼なこと言うけど、ちゃんとしなくちゃいけないっていうプレッシャーがなくていいなって思ってた」
「・・・」
「家でも学校でも、おまえはちゃんとして当たり前、成績良くて当たり前、・・・5分遅れただけでいつもしっかりしてるおまえがどうした?って言われるし・・・」
わたしなんかの事を羨ましいなどと思ってくれる人がいるとは思わなかった。
しかも、わたしが憧れてたような人たちが・・・
みんな同じように悩んでいるんだ、
中身は違えど、身近な人が悩みを抱えているのを聞くと、自分の抱えていた重い気持ちが少しだけ軽くなった気がする。
わたしの始めた会話のせいで、せっかくの楽しい食事タイムが重苦しい空気になってしまって、申し訳ない。