閑話16 夜LINE⑪【渚留衣・朝陽志乃】
午後八時半頃にて。
朝陽志乃
『夜分にすみません、渚先輩。今ってお時間よろしいですか?』
なぎ
『うん、全然余裕。珍しいね。志乃さんがわたしに連絡なんて』
朝陽志乃
『合宿から帰って来てお疲れのところごめんなさい……』
なぎ
『大丈夫だよ。普通にゲームしてただけだから』
なぎ
『それで、なにかあった?』
朝陽志乃
『あ、はい! 兄さんのことでお礼を言いたくて!』
なぎ
『え、朝陽君? わたしなにかしたっけ?』
朝陽志乃
『渚先輩、兄さんと同じ班だったんですよね?』
朝陽志乃
『渚さんには何回か助けてもらったー……って呑気に言っていましたから』
なぎ
『そうだけど……助けたってなんだろう?』
朝陽志乃
『授業中起こしてもらったとか、なんとか……』
なぎ
『あーたしかにそれはそうかも(笑)』
朝陽志乃
『もう……本当にうちの兄がご迷惑をおかけしました……』
なぎ
『大したことないよ。同じ班だからそれくらいはね』
なぎ
『というか、そんなことでわざわざ連絡をしてきたの?』
朝陽志乃
『はい! 当然のことかと!』
なぎ
『いい子過ぎて泣きそう』
朝陽志乃
『えっ! 大丈夫ですか先輩!』
なぎ
『うっ、純粋さが眩しい』
朝陽志乃
『先輩!?』
なぎ
『ごめんごめん』
なぎ
『それにしても、ホントに二人って仲良し兄妹だね』
朝陽志乃
『そうでしょうか?』
なぎ
『うん。わたしは一人っ子だからさ。それこそお兄ちゃんとか欲しかったかも』
なぎ
『一緒にゲームしてくれそうだし』
朝陽志乃
『そう……ですね。わたしは元々一人っ子だったんですけど……』
朝陽志乃
『兄さんがわたしの兄さんになってくれて良かったと思ってます! 自慢の兄ですから!』
なぎ
『おー、朝陽君が聞いたら大喜びしそうだね』
朝陽志乃
『こ、こんなこと恥ずかしくて本人には言えませんよ……!』
なぎ
『なにこの可愛い生き物』
なぎ
『んーまぁ実際、朝陽君は優しいし……。いいお兄ちゃんって感じするよ』
朝陽志乃
『はい! あ、もちろん兄さんもそうなんですけど』
なぎ
『?』
朝陽志乃
『私にはもう一人、兄のような人がいますから』
朝陽志乃
『気持ち的には二人の兄さんがいるんです!』
なぎ
『え』
なぎ
『それって………あの某うるさくて騒がしくてうるさいヤツ……だったりする?』
朝陽志乃
『ちょっと笑っちゃいました(笑)』
朝陽志乃
『その通りです! あの某うるさくて騒がしくてうるさい人、です!』
なぎ
『うえぇ……アレが兄かー……。退屈はしなさそうではあるけど……うーん……』
なぎ
『うーーーーん……』
朝陽志乃
『先輩がうなってる……!』
なぎ
『たしかに、アイツもいつも志乃ちゃん志乃ちゃん言ってるし……勝手に志乃さんのことを妹だって思ってそう』
なぎ
『そもそも今日だって志乃さんのこと少し話してたし』
朝陽志乃
『えっ』
なぎ
『朝陽君が志乃さんと合流するから先に帰るって言ったときにね』
朝陽志乃
『はい』
なぎ
『お兄ちゃんとして俺も同行しないと~って。そのあと朝陽君にバッサリ断られてたけど』
朝陽志乃
『えぇ……』
なぎ
『志乃の兄は俺だけだ~! ってさ』
なぎ
『ふふ、二人のお兄さんから志乃さんは大事にされてるんだね』
朝陽志乃
『あはは……なんか恥ずかしいです……』
朝陽志乃
『別に私は昴さんもい』
朝陽志乃
『あ』
朝陽志乃
『な、なんでもないです! ボーっと打っちゃってました……!』
なぎ
『そう? ならいいけど』
朝陽志乃
『でもそんなことがあったんですね。昴さんらしいなぁ』
なぎ
『基本バカだからねアイツ。仕方ない』
なぎ
『あ、そうだ志乃さん』
朝陽志乃
『はい?』
なぎ
『ごめんね、ちょっと聞いていい?』
朝陽志乃
『大丈夫ですよ! どうしました?』
なぎ
『青葉の話で思ったんだけど、志乃さんがアイツと最初に出会ったのっていつだっけ?』
朝陽志乃
『昴さんですか?』
なぎ
『そ』
朝陽志乃
『昴さんと最初に顔を合わせたのは、私が小学六年生のときですね。紹介したい友達がいるって、兄さんが家に呼んだんです』
朝陽志乃
『まぁその……いろいろあって、平和的な顔合わせではなかったんですけど……主に私が原因で……』
なぎ
『なるほど』
朝陽志乃
『先輩、それがどうかしたんですか?』
なぎ
『なんとなく気になってね。青葉って、そのときから今みたいな性格だったの?』
朝陽志乃
『そう……ですね。はい。明るくて、元気で……最初は慣れるのに大変でした(笑) 懐かしいです』
なぎ
『うん。親友の妹と仲良くなるために無駄に張り切る姿が想像できた。ダル絡みがすごそう』
朝陽志乃
『えっとー……否定はしません。よく分かりましたね先輩……』
なぎ
『だってアイツってそういうヤツでしょ』
朝陽志乃
『おー! さすがは渚先輩……! 昴さんのことをよく分かってますね』
なぎ
『全然嬉しくないなぁ』
なぎ
『ちなみにどんなダル絡みされたの?』
朝陽志乃
『いろいろあるんですけど……例えば……』
朝陽志乃
『きゅうりを両手で持って、俺は一流バンドマンのスバルだぜー! って私の部屋の前でエア演奏始めたり』
なぎ
『なにしてんのアイツ。食べ物で遊ぶなって本気で怒られそう』
朝陽志乃
『まさにそう昴さんに言いました!』
朝陽志乃
『あとは、抱腹亭素晴流と申しますーとか言って……私の部屋の前で落語っぽいなにかを話したりとか……』
朝陽志乃
『私、その時期は部屋に籠ってばかりで……兄さんや昴さんがドア越しにたくさん話しかけてくれたんです』
なぎ
『地味に抱腹亭素晴流の話が気になるから今度本人に聞こう』
朝陽志乃
『昴さんビックリしそうですね!』
朝陽志乃
『そんな感じで……兄さんと一緒になっていろいろやってましたねぇ』
なぎ
『それも全部志乃さんと仲良くなるため、だったんだね』
朝陽志乃
『そう、なんでしょうね……本当に仕方のない人たちです』
なぎ
『でも……そっか。すごくいいお兄さんだね。二人とも』
朝陽志乃
『はい。それは自信をもって言えます!』
なぎ
『素敵な妹を持って幸せだろうなぁ。志乃さんも、二人の話になるといつも楽しそうだもんね』
朝陽志乃
『えっ!? 本当ですか!?』
なぎ
『ふふふ』
朝陽志乃
『も、もう先輩! やっぱり昴さんが言ってた通りです』
なぎ
『は。詳細求ム』
朝陽志乃
『ふふ、秘密ですっ!』
なぎ
『ぬぬぬ』
朝陽志乃
『と、まぁ私から話せることはこんな感じです! 大丈夫でした?』
なぎ
『うん、ありがとう。長々とごめんね』
朝陽志乃
『いえいえ! 兄さんがお世話になったのでせめてものお礼です!』
朝陽志乃
『でも、渚先輩。どうして急に昴さんのことを?』
なぎ
『深い理由はないよ。聞きたいなぁって思っただけ』
朝陽志乃
『なるほど……? 私がお力添えできることなら、またなんでも言ってください!』
なぎ
『いい子すぎて直視できない』
なぎ
『じゃあ、また。連絡ありがとう志乃さん。話せてよかった』
朝陽志乃
『こちらこそです! お話できて嬉しかったです!』
なぎ
『おやすも』
朝陽志乃
『……も? お、おやすもなさいです!』
× × ×
スマホを机の上に置いて、ベッドに腰掛ける。
思えば、渚先輩とあんなに話したのは初めてかもしれない。
普段は口数が少ないクールな先輩ってイメージだけど……。
「ふふ」
先ほどのやり取りを思い返して笑みがこぼれる。
昴さんの言う通りだったなぁ……。
以前、渚先輩について言われた一つのこと。
『アイツ、ネットだとめっちゃ喋るからね。むしろあっちが本場だから。普段のダウナーな感じに騙されちゃダメだぜ志乃ちゃん』
たしかに渚先輩、メッセージ上では特に親しみやすい感じがした。
もちろん、いつもの先輩が話しづらいというわけじゃないけれど……。
どこか、みんなとは一歩引いている感じがしたから。
それでも。
昴さんに対してだけは……また少し違うなぁとは思っていた。
蓮見先輩や、ほかの先輩たちとは異なる……独特な空気感。
二人ならではの……距離感。
「昴さん……」
ポツリと名前を呼ぶ。
返事がくるわけでもないのに……。
なぜか、自然と口からこぼれた。
「昴さんの顔も見たかったなぁ」
ゴロン、とベッドに寝転がり天井を見つめる。
渚先輩の話が本当だとしたら、正直……昴さんも兄さんと一緒に来て欲しかった。
少しくらい顔を見たかったし、お話もしたかった。
どうせあの人のことだ。
兄妹水入らずでー……とか考えていたのだろう。
もう……そういうことばっかり考えるんだから――
不満が募って頬が膨らむ。
「それにしても……どうして渚先輩は昴さんのことを聞いてきたのかな」
初めてだった。
女性から兄さんのことではなく……昴さんのことを聞かれたのは。
優しいお兄さんだよね、どんな人?
お兄さんめっちゃいい人じゃん、紹介してよ。
家だとどんな感じなの?
そんなことを……私はこれまで何回も聞かれてきた。
それなのに。
いつも一緒にいるはずの昴さんのことは……聞かれたことがない。
『兄さんと昴さん』のセットでは聞かれたことはあるけれど、昴さん個人については……まったくなかった。
だから――本当に驚いた。
不思議だとは思っていた。
でも……私はそれでもよかった。
兄さんは当然として、昴さんもとても魅力的な人で……私自身、そんな昴さんのことがずっと大好きだったから。
私だけが──あの人の良さを知っている。私だけがあの人の魅力を知っている。
みんなが見ていなくても、私だけは昴さんのことを『見て』いる。
私だけが――なんて。
そんな気持ちがあったのも……また事実で。
それなのに……どうして――
渚先輩の質問には、別に深い意味はないのかもしれない。
なんとなくって言ってたし……言葉通りなのかもしれない。
だって先輩と昴さんは……仲良しだし。
嫌なことなんてない。
昴さんを知ろうとしてくれる人がいるのは……いいことなんだから。
おかしなことは、ない
ない――のに。
「……っ」
――どうして、胸の奥が痛いんだろう。
いつもお読みいただきありがとうございます。
緑里ダイです。
これにて本作の6月編が終了となります。
たくさんの評価やいいね、ブックマーク、感想をいただくことができてとても嬉しく思っております!
次回からは7月編に入りますため、
どうか引き続きよろしくお願いいたします。
緑里