第66話 青葉昴は感謝される
時間は進み――
「いやー! 自然もいいけど、やっぱここが一番安心するぜー! ただいマイスクール!」
我らが汐里高等学校の駐車場に到着した生徒たちは、解放感に身を包まれながらバスを降りる。
見慣れた光景を前に、俺は大きく伸びをしながら声を出した。
俺に続いて司、月ノ瀬、蓮見、渚もぞろぞろと降りてくる。
「あ、ちなみに今のは『ただいま』と『マイスクール』を掛け合わせた超高等ギャグで――」
「はいはい、面白いわね」
俺の肩にポンっと手を置き、月ノ瀬がそのまま横を通り過ぎた。
あまりにも芸術的な受け流しっぷりに、怒りを通り越して思わず感動しそうになる。
――てなわけで。
俺たち、帰還!
「よーし、全員降りたなー」
忘れ物チェックをしていた大原先生が、最後にバスから降りて俺たちを見渡す。
「改めて、お前たちお疲れさん。面倒な話はまた来週にするから、今日はここで解散! さー帰った帰った!!」
ワッとクラスメイト達が沸く。
なんとも先生らしい適当な締めだ。
ほかのクラスを見てみると、担任教師がそれっぽい言葉を並べているというのに……相変わらず適当である。
でもさっさと帰れるなら助かるー!
主に勉強のせいで頭がお疲れモードである。
あまり真面目に勉強した記憶ないけど。
時間的に母さんはまだ帰っていないだろうし、ダラダラ帰るとするかぁ。
「青葉!」
「うぉぅっ!」
一瞬、視界が揺れる。
誰かが突然、ガバッと肩を組んできたことで体勢が崩れた。
転びそうだった身体をなんとか支え、俺はその犯人を睨む。
「お前なぁ……いきなりなんだよ広田」
「帰る前に一言言っておこうと思ってな!」
「え、なんだよ」
肩から腕を離し、陽キャらしい明るさ全開の笑顔を浮かべる広田。
広田のすぐ近くには、大浦も立っている。
一言ってなんだろう?
怪訝な表情を浮かべる俺に、広田は元気よく言い放つ。
「お前のおかげで楽しい合宿になったぜ! サンキュー! 青葉班長!」
……んぁ?
「俺からもお礼を言おう、青葉班長。楽しかったぞ」
広田と同じように大浦もお礼の言葉を告げた。
予想外の展開に、俺はなにも言えずに目をパチパチとさせる。
「ハハッ! なんだよお前その顔ー! そんじゃな! また来週会おうぜ!」
「またな、青葉」
二人は楽しそうに笑い、手を振って俺に背を向ける。
「あ、おい広田!」
展開に付いていけず、思わずその背中に声をかけてしまった。
やべぇ、呼んだのはいいもののなにを言えばいいか分からねぇ。
広田たちは「ん?」とこちらを振り向く。
俺は一度視線を下に落としたあと……再び上げた。
「お前、三組の子とは上手くいったのかよ?」
咄嗟に思い浮かんだ言葉を投げかける。
そういえば肝心の恋の行方を聞いていなかった。
あんなに堂々と『オレはやるぜ!』みたいなノリで言っていたのだ。
きっと上手くいったに違いない。
広田はまた笑顔を浮かべて――
「え?」
と、首をかしげた。
「いや、だから三組の……」
「え??」
「マネージャー……」
「え???」
笑顔を一切崩すことなく首をかしげる広田。
あー……これ、あー……。
はい。察しました。そういうことね。
俺はそれ以上なにも聞かず……というか聞けず。
広田と同じように満面の笑顔を向けた。
「また来週会おう! 広田少年! 大浦もまたな」
「……クソぉぉぉ!! 青春のバカやろぉぉぉぉぉ!!!」
「おい拓斗! まったく……ではな」
改めて、二人は立ち去って行った。
広田よ。
――ドンマイ。
せめて合掌しておいてやろう。
南無……。
それにしても……まさかお礼を言われるなんてなぁ。
『班長』なんて一方的に押し付けられたものだけど……まぁ、なかなか悪くないじゃないの。
「玲ちゃん玲ちゃん」
「……ええ、分かってるわよ」
満足感に浸っていると、後ろでコソコソと話す蓮見と月ノ瀬の声が聞こえてきた。
おいおい、まさか俺の悪口話してるんじゃないだろうな?
青葉ってホントに面白くないよね、みたいな話をしてるんじゃ!?
聞こえない振りをしているが、内心ビクビクだった。
「ね、青葉くん」
「おぅぇ?」
名前を呼ばれたことで変な声が出てしまったが、俺は冷静さをキープして後ろを向いた。
声の通り、蓮見と月ノ瀬は俺を見て立っている。
ちょいちょい、ホントに俺の話してたの?
ホントに悪口大会してたの……!?
警戒している俺に、蓮見は穏やかに微笑んで……言った。
「私も……ありがとう。青葉くんが班長だったおかげですごく楽しかった! カレーもおいしかったし! それに……青葉くんには何回も助けてもらったから」
え……?
「ほら、玲ちゃんも」
「わ、分かってるってば」
月ノ瀬はコホンと咳払いをし、照れくさそうに視線を逸らして蓮見に続いた。
「あ……ありがと。まだクラスに完全に馴染んだわけじゃないから……アンタがいて助かったわ。……お疲れ様、青葉班長」
視界が、眩む。
不快な感覚が俺を襲う。
優しい言葉を口にした二人に対し、俺は反射的に視線を落とした。
グッと……見えないように歯を噛みしめる。
――なんでお礼を言うんだよ。
助かったとか。
楽しかったとか。
そんなことは俺の知ったことではないのに。
俺は別にお前らを想って――
「――昴」
ハッと視線を上げる。
そこには、仕方なさそうに俺を見る司が立っていた。
「よかったじゃん」
ニッと笑い、俺に向かってそう言った。
その隣には、なにも言わないが呆れた様子でこちらを見る渚が立っている。
『みんな』が俺を見ていた。
――本当に。
優しいヤツらだよ、揃いも揃ってな。
俺は司たちに聞こえないように、ふっと息を吐く。
そして……釣られるようにして笑顔を浮かべた。
「ハッハッハ! そうだろう!? 感謝しろよな!」
偉そうに胸を張って。
今の俺には、こう返すことしかできなかった。
湧き出る不快感を……ぐっと抑え込んで。
俺はただ……笑った。
「はぁ……すぐに調子乗るんだから」
「まぁまぁ、月ノ瀬さん。昴ってそういうヤツだから許してやってくれよ」
「そうだぞ月ノ瀬! 許せ!」
「アンタが堂々と言うのはおかしいわよね!?」
明るい笑い声が俺たちを包み込む。
学校でこういう話をしていると、尚更いつもの日常に戻って来たのだと実感した。
「さて……と、それじゃあ私たちも帰ろうか」
蓮見の言葉に、俺たちはそれぞれ頷く。
ずっと話していても仕方ないしな。
それぞれ疲れているだろうし。
蓮見の提案には賛成だ。
「るいるい、帰――」
「あ、ごめん晴香。わたし今日このあと用事があって……」
渚が申し訳なさそうに首を左右に振る。
二人は家も近いようで毎朝一緒に登校して来ているし、帰りも同様だ。
なんだコイツ、合宿最終日にわざわざ用事を入れてるのかよ。すげぇな。
だったら俺が蓮見と帰って青春のひと時を……ぐへへ。
「あ、そうなの?」
「そう。だから先に帰っちゃっていいよ」
「うーん……」
蓮見は軽く考えたあと、分かったと頷く。
それに対して、月ノ瀬が「あ、じゃあ……」と胸の前まで手を挙げた。
「晴香、途中までだけど一緒に帰っていい?」
「うん! もちろんだよ玲ちゃん!」
蓮見と放課後青春イベント、粉砕! デデドン!
いいよいいよ。
美少女二人で仲良く帰ればいいよ。
あの二人が並んで歩いてたら普通にナンパとかされそうだね。
「じゃあ、またねみんな! お疲れ様!」
「また来週。気を付けて帰るのよ」
二人は手を振って立ち去っていく。
俺たちも「ばいばい」と手を振り返した。
背中が遠ざかっていったあと、次は司が「よし」と声をあげる。
「俺も、ちょっと志乃と待ち合わせてるから先帰るな」
え。
聞き逃しはしない、その言葉。
ちょいちょい。ちょいちょいちょい。
志乃ちゃんという名前を聞いたら黙ってられないですよ!
俺はフッとクールに笑い、可能な限りのイケメンボイスを出した。
「だったらお兄ちゃんとして俺も同行せねば――」
「志乃の兄は俺だけだから。いくら昴でもそれは許さないぞ」
即却下である。
「えぇ……マジかよ……お兄ちゃん厳しいって」
「誰がお兄ちゃんだ」
このシスコン野郎が!
いいじゃん! 会わせてくれたって!
俺も志乃ちゃんに会いたいんだよ!
『お久しぶりですね昴さん♪』とか言われて癒されたいの!
志乃ちゃんヒーリングエネルギーを全身に浴びたいの俺は!
うーむ……考えれば考えるほど天使みたいな子だな。
……そらシスコンにもなるわ。
司はなにも悪くないわ。
まぁ、志乃ちゃん的にも久々に司と会えて嬉しいだろうし……。
仲良し兄妹に水を差すわけにはいかないかぁ。
悔しいが、今日は諦めておこう。
「しゃあねぇなぁ。ほんじゃま、志乃ちゃんによろしく伝えておいてくれ」
「おう、もちろん。じゃあな昴」
「ういうい」
司は歩き出す……前に、渚に視線を向けた。
「渚さんも、またね。帰り気を付けて」
「朝陽君もね。班長、お疲れ様」
短く言葉を交わし、司は歩き出す。
そうなると――だ。
この場に残るのは……俺と、渚の二人だけになる。
こうして二人になるのは……昨夜以来だろう。
いつも通りに振る舞えていたのは、司たちがいたからなのか……それとも。
まぁ、それぞれサクッと帰って行ったしコイツも用事があるみたいだし……。
俺も帰ろっと。
「ほな、拙者も失礼――」
「待って」
「おっと?」
ニンニン! と忍びのポーズをして帰ろうとした矢先、渚は俺を呼び止めた。
ドロン失敗である。
「あんたさ、このあと予定ある?」
淡々と渚は俺に問いかける。
予定……?
意図は分からないが、ここは素直に答えておくとしよう。
「いや、ないけど」
「そ。じゃあちょっと付き合って」
「……はい?」
あまりにサラッと言うから一瞬流されそうになったわ。
コイツ今、付き合ってとか言った?
理解が追い付かんぞオイ。
困惑したまま次は俺が質問をする。
「えっと……お前、用事あるって言ってなかった?」
「それ、あんただから」
「おん? なんですって?」
用事が俺ってなんやねん。
より一層ハテナ状態の俺に、渚は最後に平然と告げた。
「あんたと話すことが用事だから」
ほー……?
それはそれは……。
ふーん?
……。
――え、なんで?