第64話 ワクワクハイキングは無事に終わる
グルッとハイキングコースを歩き、スタート地点に戻って来た俺たち青葉班。
現在はワイワイと雑談をしながら朝陽班の到着を待っていた。
朝陽班は青葉班の次に出発したため、必然的に到着は後になる。
「あ、来た来た! おーい!」
蓮見が表情をパアッと明るくさせ、ブンブンと手を振っている。
視界の先にはこちらに向かって歩いてくる生徒たちが見えた。
アレは……司と渚だろう。
司は程よく、渚は控えめに……と、二人の性格がよく出ていた。
「ねぇ、留衣なんだけど……明らかに疲れ果ててない?」
苦笑いを浮かべる月ノ瀬の言葉に、俺は徐々に近付いてくる渚に目を凝らす。
あー……うん、あれはバッチリ顔に出てるな。
誰が見ても分かるレベルで『わたししんどいんですけどぉ!?』と顔に出ている。
「そりゃインドアガール渚だからな。むしろ頑張ったほうじゃね?」
「それはたしかに……そうかもしれないわね」
「あはは……そうかも……」
三人の中で意見が一致する。
それほどまでに渚=インドアというのは共通認識だった。
その後、俺たちが話していると無事に朝陽班が到着した。
俺は「よっ」と手を振り上げる。
「お疲れさん、司」
「うん、昴もな。……どっちかというとお疲れは渚さんだけど」
目の前まで歩いてきた司と軽く言葉を交わし、そのまま俺たちの視線は渚へと向く。
汗をかき、肩で息をしている渚は膝に手を置いて、荒くなった呼吸を整えていた。
「るいるい、お疲れ様! 頑張ったね!」
蓮見が嬉しそうに駆け寄り、渚の頭をよしよしと撫でる。
その姿はまさに蓮見ママである。
「はぁはぁ……が、頑張った。超頑張った。冗談抜きで一ヶ月分くらい運動した」
力の無い笑みを浮かべ、渚は「ぶい」と淡泊にピースサインを向けた。
とても微笑ましいやり取りに、見ている俺たちも安心したように表情を緩ませた。
そして俺はふと思う。
――え、いいな。
俺は?
俺も頑張ったんだけど?
よしよししてくれないの?
俺は真顔で隣に立つ月ノ瀬を見る。
「月ノ瀬。俺も頑張ったからよしよししてくれ。甘やかしてくれ」
「は? 嫌よ気持ち悪い」
「気持ち悪い???」
「じゃあ昴、俺がよしよししてやろうか?」
「なんで野郎によしよしされないといけないんだよッ!」
ガルルル……と獣のような鋭い目付きで司を見る。
ぐぬぬ……!
不公平だ!
俺も頑張ったのに!
班長の座を奪われながらも頑張ったのに!
くそぅ!
行き場のない羨望をどこにぶつければいいんだ!
カモン! 俺をよしよしして励ましてくれる女子カモン!
「私、正直心配だったんだよ? るいるい大丈夫かなぁって」
「過保護すぎ。本気出せば楽勝だから」
「おー! るいるいすごい!」
腰に手を当て得意げに胸を張る渚に対し、蓮見がパチパチと拍手をしている。
嘘って分かっているのにしっかり褒めて伸ばす……これが蓮見ママのやり方か……なかなかやるじゃねぇか……。
こういう女子に限ってダメ男に引っかかったり騙されたりするんだよね。
……それは良くない! 蓮見ちゃんを守らないと!
「まぁ何回か危なかったけどね、渚さん」
渚ほどではないが、少し疲れた様子の司が二人の会話に混ざる。
いや、やっぱり危なかったんかい。
予想通りじゃねぇか。楽勝のらも字も無かったわ。
司の暴露に渚はムッと不満げな表情を作る。
「――朝陽君。わたし、内緒にしてって言わなかったっけ?」
「うーん、歩くのに必死で忘れちゃったかもしれない」
「……朝陽君だけもう一周行くように先生に頼もうか?」
「そ、それは勘弁してくれると助かるかなぁ」
――ん?
気のせいかもしれないけど……。
二人の距離感というか、空気感というか……。
なんかこう、変わった気がする。
柔らかくなった、というべきなのか……。
いや。
近くなった……のか?
変化を目の前にして思わず口角が上がったが、咄嗟に右手を口元に添えて隠す。
なんだよ。
上手くいってんじゃねぇか。
大方、ヘロヘロの渚を司がいい感じに支えてあげたのだろう。
それによって二人の仲が深まったのかもしれない。
……面白そうだから、ちょっとからかってみようかな。
俺も会話に混ざろうとしたとき――
「青葉」
……っと。
司と話していた渚が俺に身体を向けた。
「な、なんすか」
気だるげな視線を向けられ、シュバッと警戒態勢を取る。
やっぱりコイツに名前を呼ばれると警戒しちゃうな。
でも遺伝子レベルに組み込まれてるからね。それは仕方ないね。
渚は俺との距離を縮め、グイッと顔を寄せてくる。
その行動に驚いた俺は反射的に身を引く。
え、なになに?
「おおお、お金は持ってないっす……! なので命だけはどうか……!」
「お金って……あんた、わたしをなんだと思ってるの」
「鬼」
「は?」
「――のように可愛くて素敵な子だなと思ってます! はい!」
昴スマイルピカー! ごまかせ! ごまかせ!
月ノ瀬が蓮見に「……鬼って可愛い要素ある?」と小声で聞いているが、そこは無視。
か、可愛い鬼だっているかもしれないでしょ! 鬼差別は良くないぞ!
まぁ自分で言ってて苦し過ぎる言い訳だとは思ってるよね、うん。
渚はいつも通り俺にジトッとした目を向けて……これまたいつも通りにため息をついた。
……なんかアレっすね。ため息がいつも通りって悲しくなるね。
「わたしがいない間、晴香と月ノ瀬さんに変なことしてないよね」
その問いに俺は物凄い勢いで首を左右に振った。
「いやいやいや、なにを仰いますの!? 紳士代表たるこの私めがそんなこと――」
「二人とも大丈夫だった?」
「あ、あれぇ……俺に質問してたよね……?」
俺の答えを最後まで聞くことなく、渚はそのまま視線を蓮見たちの方へと移した。
どうやら私に答える権利はなかったようです。
でも! 今回は安心!
なぜならば、俺は蓮見たちになにもしていない!
怒られるようなことはしていない!
………。ちょっと……からかったり遊んだりしたかもしれないけど……。ちょっとだけだからね。
それは別にいつも通りだし大丈夫――
「おいコラそこの二人組。なにゆえ無言で目逸らしてるの? ねぇ?」
俺が蓮見と月ノ瀬に視線を向けると、二人は無言でスッと目を逸らした。
オイイイイイ!!
どうしてそんな意味深な反応するの!?
しかもなんか横顔ちょっと笑ってない!?
絶対遊んでるよね!? わざとそんな反応してるよね!?
「――青葉?」
背筋が凍る。
これは……マズい。
なんとか鉄拳制裁コースを回避しなければ!
俺はすぐに標的を定めて攻撃を繰り出す。
「そ、そういう渚だってお前! 司とイチャイチャハイキングして楽しんでたんじゃないのかよ?」
俺はニヤリと笑って渚に言う。
さぁ形勢逆転といこうじゃないの!
『は、はぁ!? なんだよ意味分からないし!』みたいな可愛い反応しろ! 女子中学生みたいな反応しろ!
来い!
「えぇ!? そうなのるいるい!?」
来たのは驚きマックスの蓮見の反応でした。
……いやお前じゃねぇよっ! 反応速いよっ!
ちょっと渚がそれっぽい反応したあとに言えよ!
「……?」
しかし、当の渚は意味が分からなそうに首をかしげている。
お、おかしい……。
恥じらい赤面コースからの茶化し攻撃に派生するはずだったのに……! 確定コンボだったのに……!
「だってさ、朝陽君。ここになんか変なこと言ってるヤツいるけどどうする?」
渚は俺を指差して司に話しかける。
「うーん、とりあえず無視しておいていいよ」
「了解」
「了解じゃないわ! 無視はやめて!?」
俺の抗議は空しく「はいはい」と流される。
うーむ。
やっぱり二人の雰囲気が少し変わった気がする。
前までだったらもっと違う反応をしていたような……。
少し打ち解けたということだろうか?
――ちょっと揺さぶってみるか。
「蓮見!」
俺は慌てた様子で蓮見の名前を呼んだ。
突然呼ばれたことで蓮見は「は、はいっ!」と肩をビクッと震わせる。
「お前の親友が司とただならぬ関係になってるぞ! 問い詰めろ!」
「ただなっ……!?」
蓮見はハッと目を見開いて口を覆う。
「る、るいるい!?」
「なってないから。全部青葉のデタラメだから。お得意の虚言だから」
「お得意とか言うのやめろ」
人を詐欺師みたいに言うんじゃありません。
「じゃ、じゃあ……朝陽くん! るいるいと――」
「なってないって。普通にいろいろ話しただけだよ。せっかく同じ班になったんだから仲良くなりたかったし」
「仲良くっ……!?」
あ、ヤバいこれ蓮見がショートしそう。
司の言っている『仲良く』はそのままの意味で、他意はないのだろう。
そこに深い意味なんてないと思う。
いろいろ話した……って部分が気になるが、そこは俺には分からん。
一部始終を見ていた月ノ瀬が「まったくもう……」と疲れたようにこめかみに手を当てている。
「青葉、アンタ晴香を使って楽しんでるでしょ」
「……。おっと、あそこにヘラクレスオオカブトが――」
「いるわけないでしょ。ごまかしかた下手すぎない?」
とりあえず、司と渚の間になにかがあったことは間違いなさそうだ。
元々二人は……主に渚が原因で、お互いに一歩引いたような距離感だった。
理由としては単純。
渚視点で朝陽司という男子は、大切な親友が想いを寄せる相手なのだ。
下手なこと言って悪い印象を持たれたら、蓮見にまで迷惑がかかる。
だからこそ司対渚はどこか壁を感じるような雰囲気があったのだが……。
今はその距離が縮まったように見えた。
それに……もう一つ。
渚が俺に普通に話しかけてきたのが意外だった。
いつも通りに振る舞うスタンスに決めたとはいえ、あまりにもいつも通り過ぎる。
違和感なんて全然ない。
もしかしたら、これは二人というより……。
渚個人に……なにかあったのか?
その……なにか、は予想すら付かないけど。
「どどど、どうしよう玲ちゃん! るいるいと朝陽くんが大人の階段を……!」
「登ってないから。司と留衣がなにもないって言ってるんだからそれでいいじゃない」
「それは……たしかに」
「分かった? 青葉の言葉をいちいち真に受けてたらキリないわよ」
それはそう! 正解!
ホントに俺が勝手にアレコレ言ってるだけだし!
というかお前、まだ出会って一、二ヶ月くらいだよね?
なんでそんな俺を理解しているような物言いなの? ひょっとしてずっと知り合いでした?
――ともかく。
二人の距離が縮まったのならそれでいい。
それ自体にはなにも問題はない。
俺からしたら月ノ瀬も蓮見も渚も同じなのだ。
特定の誰かを贔屓するつもりはない。
これはヒロインレースなのだから。
最後に勝ったものが正義なのである。
ま、ひとまず司と渚がちょっとだけ仲良くなったっぽいよ……ってことで、このハイキングイベントを終わりにするとしよう。
よーし。
あとは帰るだけだぜ!