第63話 青葉班長はワクワクハイキングに勝ちたい
「青葉班! 集合!」
「「おう!!」」
「おー!」
「ついに晴香までやる気に……!?」
合宿最後の勉強時間である授業&自習を終えた俺たちは、ついに最終イベントである『ドキドキ! 山の中ワクワクハイキング!』の時間に臨むことになった。
実際はリア充的な名前じゃないけど。
まぁそんなわけで、あとはこのリフレッシュタイム……もといハイキングイベントを経て、学習強化合宿は終わりを迎えるわけだ。
つまり! そう!!
俺たちは勉強地獄から解放されたのだ!! 自由を! 手に入れたのだ!
勉強だるかったわぁ。
補習だるすぎたわぁ。
いや補習は俺のせいだからアレですけど。
いやー……まぁいろいろね。
波乱はありましたけど……無事に終わって良かったなりよ。
「いいかお前たち! このハイキングでやることはただ一つ!」
現在、ハイキングのスタート地点に集まった俺たちは、それぞれ班ごとで固まっていた。
これから順番にスタートして行き、事前に用意されたコースをのんびりと歩くことになる。
基本的にコースは山の中で、まさに自然を感じる絶好の機会ってわけだな。
俺は堂々と胸を張り、目の前に立つ四人の班員たちに告げる。
「ほかの班より圧倒的な速さでゴールして、あとから到着して来た班にドヤ顔を──」
「そんなことするわけないでしょ!」
「いてぇっ!?」
スパァン──! とクリーンヒット音が周囲に響き渡る。
我らが月ノ瀬による王道平手打ちツッコミが、俺の頭に綺麗にヒットした。
叩かれたことでヒリヒリする頭を俺は抑える。
いてぇ……普通に痛かったよぉ……ふえぇ……。
月ノ瀬は腕を組み、呆れたようにため息をつく。
「あのねぇ、これはレースじゃないのよ? なにかあったらアンタ責任取れるの?」
「え、取らないけど?」
「サラッと最低なこと言わないでくれる!? あー驚いた……一瞬流しちゃうところだった……」
ちっ、流れでごまかせなかったか……!
責任なんて取るわけないだろ!? なに言ってんだ!
俺は悪くない! 言うこと聞いた班員が悪い!
最悪班長、青葉昴ここに爆誕。
くだらないことを考えていると、月ノ瀬が俺をグイッと横に押しやって皆の方を向いた。
え、あ、そこ俺の立ち位置……。
「まぁ、せっかくだからみんな楽しみましょう。もちろん怪我しないようにゆっくりね。なにかあったらちゃんと言うこと」
おいおいおい。
なんで月ノ瀬が話まとめてるの?
班長わしぞ? わし、班長ぞ?
最後の最後に班長の座が奪われるというピンチの状況に陥った俺は、思わず話に割って入る。
「ちょいちょい、青葉班長を差し置いて指揮を執るなんて──」
「みんな、いい?」
「「「はーい! 月ノ瀬班長!」」」
「清々しいほどの裏切り来たなオイ!!! 俺だから! 俺が班長だからぁぁぁ!!」
悲しき男の声が響き渡った。
てなわけで。
レース……じゃない、ハイキングね。
始まり始まり。
× × ×
「おーすげぇなトシ! 樹がいっぱいだぜ!」
「それはそうだろう。山の中だからな」
「おー! あっち見てみろよ! なんか生えてんぞ!」
山の中に用意されたハイキングロードを歩きながら、青々と生い茂る一面の『緑』を見て一同が感嘆の声を上げる。
普段の日常では決して見られないような、まさに『THE・自然』の景色だった。
空気うめぇー! 木でけー!
俺はそんな小学生みたいな反応を抱きながら、班員の少し後ろを歩いていた。
「あ、ちょっと二人とも! 先行き過ぎちゃダメだよー!」
テンションが上がって先に行ってしまった広田と大浦を追うように、蓮見も早足で歩く。
男子二人があんなに盛り上がる気持ちは分かる。
俺たち東京の民は自然と触れ合う機会が少ない。
自然より人工物のほうが親しみあるからな。
もちろん、同じ都内でも所謂田舎っぽいと言われるところは存在するけども。
そんなシティーボーイである俺たちがこうして大自然を前にしたら、そりゃテンションが上がっても仕方ないわけで……。
かくいう俺も内心ちょっとワクワクしている。
ここも立派な東京都なんだよなぁ……実感が湧かないぜ。
あ、そうだ山菜とかないかな。珍しいキノコとか生えてないかな。
でも道から逸れないようにって言われてるし……危ないことは流石に控えておきたい。
いやはや……改めて大自然だねぇ……。
俺たちを囲むようにそびえ立つ木々を見ながらポケーっと歩いていると──
「青葉」
月ノ瀬が俺の名を呼ぶと、歩く速度を遅らせて隣に並んで来た。
「どしたよ」
「アンタにお礼を言っておこうと思ってね」
「お礼? ……あぁ、いつもカッコよくて目の保養にさせてもらってるって?」
「……?」
「せめてなにか言って!?」
軽快なボケをスルーし、無言で首をかしげる。
悲しくなった俺はたまらず迫真のツッコミを入れると、月ノ瀬は少しだけ笑ってくれた。
あの、マジで一個覚えておいてくれ。
スルーって一番心に来るの。
それだけはやめてください。
昴お兄さんとの約束です。
良い子のみんなはちゃんと守ろうね!
「昨日のキャンプファイヤーの話よ」
キャンプファイヤー……?
その言葉を聞くと、テラスでの会話が一瞬頭を過ぎる。
俺は思い浮かんできた光景をすぐに振り払い、話を聞く姿勢を見せた。
渚とのことじゃないだろうし、月ノ瀬にお礼を言われるようなことなんてしていない……と思う。
いったいなんのお礼なのだろう。
「司を迎えに来てってメッセージ飛ばしてきたでしょ?」
「ああ。それが?」
「そのおかげで……まぁ、その」
月ノ瀬の頬が僅かに赤くなる。
その自覚があるのか、俺からフイっと顔を逸らした。
「少しの時間とはいえ、アイツと二人で話せたから。だからそれの……お礼。ありがと」
指先で頬を掻き、照れくさそうに言ったそのお礼に対し、俺は小さく笑って顔を逸らす。
なるほどなぁ……。
好きな人と二人で話せる環境を用意してくれたから、それのお礼ってわけか。
その程度のことでわざわざお礼だなんて……。
さてはこの夜叉、律儀だな?
揃いも揃って律儀ガールズだな?
――別にお礼なんていらないのに。
俺はただ、あの場での最適解を選んだだけのこと。
蓮見と渚を一緒に居させるようにするには、月ノ瀬を呼ぶ以外の選択肢は存在しなかった。
もしあの場で呼び出したのが蓮見や渚だったら、仲直りの確率は格段と落ちたはずだ。
勝手に喜んで、勝手にお礼を言っているところ悪いが……お前は消去法で選ばれただけのこと。
アレはただ、俺がお前に役割を与えただけに過ぎない。
当然、それで司との仲が深まるのなら……それに越したことはない。
――なんて、もちろんそんなこと言わないけど。
俺はニヤッと嫌らしい笑みを浮かべて、再び月ノ瀬に顔を向けた。
「で、告った? 告ったの? ねぇねぇねぇ?」
右手を口元に当て、ムフフと笑う。
俺の煽りに月ノ瀬は「は、はぁ!?」とより一層顔を赤くさせた。
「そ、そんなことするわけでないでしょ!? バカなの!?」
「あーつまんな」
「露骨に興味無くすのやめてくれる!? アンタが煽ってきたのよね!?」
楽し。
いつも俺にいろいろ言ってくる月ノ瀬を弄るの楽し。
コイツ、結構反応が面白いんだよなぁ。
なんだよもー。
告白の一つや二つくらいしておけよー。
「あーあ」と俺は残念そうに言いながら前を向く。
夜空の下の告白とかロマンチックなのにさぁ。
翌日俺たちに『私たち付き合い始めたから』とか恥ずかしそうに報告してこいよぉ!
ワクワクする展開ではあるが、そうなると蓮見の精神状態がとんでもないことになりそうだな。
いつものショートどころじゃ済まなそう。
月ノ瀬は話題を変えるために咳払いをして、まだ若干頬を赤くしたまま話を続ける。
「……それと、晴香と留衣の件もよ」
蓮見と渚?
話の内容が読めない俺は眉をひそめる。
「アイツらがどうしたんだよ」
「私を呼び出したのって、二人に話をさせるためでしょ?」
おおぅ……そういうことか。
流石に月ノ瀬はしっかり理解していたか。
「昨日の朝、俺は俺のやり方で……って、言ってたのはつまりそういうことでしょ?」
「ふふふ、そうかもな」
「うわ、ドヤ顔うざ」
うざとか言うなよ!
渚かよお前は!
「それで、結果的に晴香たちは仲直りができた。間違いなくアンタの功績よ」
「功績て……。話したのはアイツらだろ? 俺は別になんもしてねぇよ」
俺は特別なことなどしてない。
ただ相応の舞台を用意しただけで、結末がどうなるのかは蓮見たち次第だった。
もっと拗れる可能性だってあったのだ。
そうならず、無事に仲直りができたのは二人が……主に蓮見が頑張ったからだ。
「はいはい……ならそういうことにしておくわよ。――補習の件も含めて、ね」
月ノ瀬は最後に意味ありげにそう言い残すと、先を歩く蓮見たちのほうへと向かって行った。
「……」
補習の件も含めて……ね。
鋭い月ノ瀬のことだ。
俺がなぜ補習を受けていたのかは、なんとなく理解していそうだな。
月ノ瀬玲という人間は、過去の経験から他人を簡単に信用することはないはずだ。
司だって、蓮見だって、渚だって。
好きではあるが、完全に心を許しているのかと聞かれれば……また別の話だろう。
信用していないということはつまり――他人を容易に疑えるということ。
だが、安心していいぞ月ノ瀬。
お前が今のまま朝陽司を好きでいてくれるのなら、俺はお前の『友人』として振る舞い続けよう。ゆえに俺たちの距離感は変わることはない。
俺を好きなだけ疑えばいい。
俺を好きなだけ不審に思えばいい。
そのうえで俺を――好きなだけ利用すればいい。
アイツを……朝陽司をその先のハッピーエンドへ導いてくれるのなら。
俺はどんなことでも受け入れよう。
それこそが……俺の願いなのだから。
「ほら。ダラダラ歩いてないで早く来なさいよ、補習班長?」
先を歩く月ノ瀬がこちらを振り向き、声をかけてきた。
ったく、だからその不名誉なあだ名はやめろっての……。
というかお前、ゆっくりでいいからーって自分で言ってただろうが。
自由な班員たちを持って、あたしゃ大変よ。
俺は月ノ瀬たちの背中に向かって歩き出す。
先を歩くその背中。
手を伸ばしても届くことは決してない。
伸ばしても伸ばしても……ただ空を切るだけ。
触れることは決して許されない。
許されてはいけない。
けれど、それでいい。
その距離感が──俺には心地よく、そして相応しい。
触れる資格なんて。
掴む資格なんて。
舞台装置には必要ないのだから。